90 平蔵 ①
突然の帰省から戻った週の金曜、夕飯を終えて洗い物をしている優奈とテレビを見ている勝也。
本当なら休み前の夜はバイトなのだが、ヤメる事はしないながら父の思いやりを受け入れこれからはバイトの頻度を少し下げて2人の時間を増やしていこうと話し合ったのだった。
週末の帰省を挟んでいたため2週間近くキス以上の事が何もなかっただけに今日の優奈は相当ワクワクしている。
早めの時間からテキパキと片付けや洗濯を済ませ、この洗い物が終わったらすぐ風呂に入って準備万端にするつもりだった。
そんな時勝也のスマホが鳴る。
その着信音は優奈がブランカのメンバーだけに割り当てて設定してくれたメロディだ。
ビクッとしてそのまま視線を向け
(…絶対電話だけで終わらせてよ)
と心の底から念を送る。
「はいよ~。…あぁ…うん…うん………………え?」
勝也の顔から笑顔が消え、そして固まった。
その後しばらく黙ったかと思うと
「うん…うん…場所は?…うん…あぁ、今ここにいるよ……わかった」
電話を切った勝也が立ち上がる。
「着替えろ。出かけるぞ」
「えええぇぇぇ?!ちょっと…今日は絶対って言ったじゃん!!」
今日という日を楽しみにしてガマンしていた優奈は内容も聞かずに怒り出す。
その優奈に目もくれずに寝室へ行くと服を出して着替え始める。
「ねぇってば!そんな大事な呼び出しなの?!」
寝室まで追いかけてきて文句を言う優奈に対し、着替えの手を止め
「…平蔵クンが車にハネられた。……なんか……危ねぇかもって…」
「……………え?!」
時間が止まったような静寂が流れた。
瞬時に頭を切り替えた優奈もそのまま寝室に入り着ている服を脱ぎ始める。
2人とも無言のまま着替え、優奈のバッグに勝也の財布なども一緒に押し込んで部屋を出た。
通りに出るとすぐタクシーに手を上げる。
それに乗り込んで病院名を告げ少し急いでくれと頼んでからまた無言の時間が続いた。
それからしばらくして
「大丈夫だよね?…平蔵さんがみぃちゃん置いてっちゃうワケ…」
勝也の口から出た『危ねぇかも…』の一言がずっと耳に残っていた。
いつも下ネタやフザけた事ばかりで笑いの中心にいるムードメーカー。
記憶の中の平蔵はいつも笑顔で、だがいざギターを持たせると恐ろしいほどカッコいい。
優奈のベースと初めてセッションしてくれたのも平蔵だった。
問いかけに答える事なく黙って優奈の手を握る勝也。
その手は少し震えているように感じた。
もの凄く長い時間のように感じながら病院へと到着した。
タクシーを降りるとそのまま正面入り口の横の時間外出入口から中へ入る。
常夜灯だけが灯る広い受付ロビーを抜けてその奥の方にある電気が点いた廊下へと進むと…Syou、涼子、Jun、Kouがいる。
そして長椅子に座り、祈るように組んだ両手をおでこに当てて俯いているみぃがいた。
「平蔵クンは?」
「…まだ中だ」
救急処置室に入った平蔵の容体はまだわからないらしい。
ジッと目を閉じ祈るようなみぃの姿を見つめると優奈の目には涙がにじみ始める。
「…なんで?」
「みぃと横断歩道を渡ってた時に信号無視の車が突っ込んできたらしい。まともにみぃに向かってきたんだけど、咄嗟に平蔵がみぃを突き飛ばして…でも自分まではよけ切れなかったんだと…」
見ればみぃの履いているズボンは所々に擦ったような跡があり、上着も汚れている。
突き飛ばされたみぃが我に返って辺りを探すと10m以上も離れた路上に平蔵が倒れていたそうだ。
Syouの説明を聞いてまたそのシーンを思いだし鼻をすすりながら涙をこぼすみぃ。
その横にピッタリと寄り添う涼子。
その反対側に同じように優奈も寄り添った。
しばらくそのまま無言の時間が流れたあと、Banと紗季も駆け足で到着した。
Ban達への状況説明が終わり、誰もが口を開かないまま時間だけが流れる。
そんな時
「最初の頃はさぁ…ホントに手の付けられないヤツだったよな」
Syouの声が静かに響いた。
「いつもそこらでケンカばっかして、そのせいでよくスタジオにも遅れてきて…」
するとJun、Ban、Kouが次々に
「さっき突き指したから今日はギター弾けねぇとかな」
「よくそれでお前らともケンカになってたよな」
すると涼子も
「あの頃はホントに危ない奴だったよね…」
昔の、まだ今のようなキャラになる前の平蔵の話だ。
「なのにあいつホントに音作りの天才でよ…俺が作った曲で俺の頭の中にしか無いはずの音をホントに出してくるんだよ。絶対コイツには勝てねぇと思った」
「Junがよく言ってたよな。なんでもっと本気で音楽にのめりこまねぇんだって…あんなに才能ある奴なのにって」
「誰のいう事も聞かねぇ、自分以外はみんな敵って感じだったもんな」
「俺が初めて会った時はもう今みたいな感じだったからさ…想像つかないんだよね」
「…あたしも出会った時にはもう今の平蔵さんだった。みんなと出会って最初の頃は毎回会う時すごく緊張してたけど…でもいつもあたしの事からかって緊張ほぐしてくれて…いつも優しかった」
「…みぃと出会ってからだよね」
【当時まだメンバー全員が高校生だったブランカ。
だがその実力はすでに認められ相当な人気を誇っていた。
そんな中で平蔵はケンカに明け暮れ、危ない連中との付き合いもあった。
Syouが言うようにスタジオの日であろうがライブ前であろうが誰彼構わずケンカし、そのせいでギターが弾けなくなるという事も何度かあった。
ちょうどその頃、友達に誘われてみぃもブランカのライブに来るようになっていた。
だがみぃ自身はそれほどバンドに興味がある訳ではなく、仲のいい友達が毎回ついて来てくれと頼んでくるため仕方なく足を運んでいた程度だった。
毎回ライブ後には出待ちに行くほどJunのファンだった友達。
みぃも仕方なくその輪の外で待っているのだが、いつもギラギラした目でそこら中に包帯や絆創膏を貼った平蔵には当時あまりファンが群がってくることは無かった。
そんな中で平蔵が初めて声をかけたのだが
「最近よく見るな。一緒にキャーキャー言いに行かなくていいのか?」
「は?…別に来たくて来てるんじゃないし」
「なぁんだ付き添いかよ。ヒマな奴(笑)」
「人前に出るのに包帯グルグル巻いたバカに言われたくないけど?」
「…あ?」
初めての会話はすでにお互いケンカ腰だった。
それからというものライブには毎回来るが出待ちの輪の外ではいつも平蔵とみぃの小競り合いが恒例になっていった。
「いい加減大人になれば?ケガばっかりしてみっともない」
「誰であろうが売られたケンカは買うんだよ!」
「どうせ自分から売ってってんでしょ?バカみたいな顔してるし」
「人の顔見りゃバカバカって…てめぇ口の利き方に気ぃつけろよ?」
「は?なんならいつでも相手しますけど!」
ミュージシャンと客という関係には到底思えない会話だったが、平蔵がこれだけ多く会話する女性というのもメンバーは見たことが無かった。
そんなある日の夜。
街中の商店街の裏通りでまたもケンカを始めた平蔵。
相手は2人のはずだったのだが近くにいた仲間が合流し、1対4という状況になってしまった。
血の気の多い平蔵はそれでも引くことなく一瞬で相手のウチ2人を倒したものの、残り2人には劣勢を強いられている。
そんな時、相手の1人が角材を持ち出した。
「…殺してやる」
避けようと思った途端足元に倒れていた相手が平蔵の両脚をガシッと掴み逃げられない状況に。
目の前ではその角材が振りかぶられ、自分に向かって振り下ろされる瞬間で…
「……っ!!」
平蔵は覚悟した。
だがその後…バキッ!!という音が頭上で聞こえたものの、自分の頭に衝撃は無い。
なにかが自分に覆いかぶさっている。
すると
「お…おい…マズいだろ…」
「だってコイツがいきなり…」
そういうと倒れた仲間を引き摺り起こしてその4人が逃げるように走り去っていく。
「…え?」
目を開けた平蔵が見たのは自分の頭を抱き締めるようにして覆いかぶさるみぃの顔だった。
「…お…おいっ!…お前…」
ゆっくりとみぃが顔を起こす。
その顔には頭から出た血がゆっくりと流れ落ちていくところで…鼻先が触れようかというほどの近い距離で
「…あんたねぇ…もういい加減ケンカするのヤメな?…ブランカのメンバーや…見に来てくれるファンがいるんだから…ホントに人前で自分のギター聞かせたいんなら……一生懸命それだけに…打ち込んで…みな…よ…」
途切れ途切れにそういうとみぃはガクッと意識を失った。】




