89 親子 ③
親に甘えるという事をようやく知った勝也。
その両親の喜びようは優奈の想像もはるかに超えていて、普段なら起きないような早い時間に起きだし鼻歌まで歌いながら身支度をし始める父。
母も嬉しそうに朝食を作りその横では優奈がまるで本当の娘のように手伝いをしている。
「2人とも今日は市場まで仕入れに行くからご飯食べ終わったら準備しろ。母さんも一緒に行くか?」
「もちろん行きますよ」
朝食とは思えない程の豪勢な食卓を囲み、友達と約束してしまっていた事を後悔している姉に見送られて家を出た。
父の車で向かったのは魚貝から野菜・肉類にいたるまでを扱っている市場で、テレビでしか見たことのないような活気あふれる場所。
父の横にぴったりと貼り付き
「あの面白い顔のはなんて魚ですか?」
「食べたことないか?じゃあ買っていこう」
と、親子の様に笑い合いながら2人で買い物を楽しんでいる。
その後ろでこの微笑ましい光景を笑顔で見つめる勝也。
この父譲りの頑固な息子が考え方を変えたのは優奈の存在がかなり影響していることに気づいていた母は
「あの子がいなかったらこんな機会は無かったかもしれないね」
「ん?あぁそうだな」
「優奈ちゃんだけは何があっても守っていきなさいよ?」
「…わかってる」
「私はあの子以外は認めないからね(笑)」
張り切っていつもよりたくさんの買い物をした父。
店に戻るとそれを片っ端から仕込みにかかる。
もうかれこれ2年も居酒屋の厨房で働いている勝也の包丁さばきにも感心しながら4人で大笑いだった。
早くから準備に取り掛かったのと大人数での仕込みだったため早くに開店準備が出来た。
大量に作ってしまった一品のいくつかを近所の知り合いにおすそ分けしに行く母。
荷物持ちとして駆り出された勝也と2人で出ていくと店には父と優奈だけになった。
すると
「優奈ちゃんありがとうな」
「え、何がですか?」
「君がいてくれなかったらアイツがこんな風に突然顔見せに帰ってくる事なんて無かっただろう。君のおかげだよ」
「そんな…あたしは何もしてません。勝也さんが言い出した事ですよ」
「その勝也を変えたのは君だよ。あいつがあんな風に親を頼ってくる事なんてありえなかった。母さんもずっと寂しがっていたんだ。でもこの前の正月に初めて君を見て安心した。こんな子が傍にいてくれてるのならもう大丈夫だって。君が帰った後、母さんが泣くんだ。『あんな子を選んだ勝也を誇りに思う』ってね」
「おとうさん…」
「これからも勝也を支えてやって欲しい。よろしくお願いします」
またも頭を下げる父。
その本音を聞いた優奈はポロポロと涙をこぼし
「…ヤメてください…頭なんて…。私の方が勝也さんに傍にいてもらってるんです。いつも守ってくれて、叱ってくれて…あの人のおかげで今の私がいるんです。私の方こそ勝也さんがいない人生なんて考えられません。私の両親も『勝也君を選んだ優奈を誇りに思う』って言ってくれました。私たちが離れる事なんて絶対にありませんから…」
号泣しながら想いを伝える優奈。
その健気で一途な気持ちはしっかりと父に伝わった。
「だが怒る時にはしっかり怒ってやってくれないとダメだぞ?」
「…はい(笑)」
母と勝也が戻ってくると軽めにご飯を食べる。
優奈が市場で見て食べたいと言った魚や本来メニューには無い特別なモノを並べてキャッキャと盛り上がりながら食べているとガラッと入り口が開き
「看板点いてないけど今日休みなの?」
時計を見ればとっくに開店時間は過ぎていた。
大爆笑しながら急いで看板と電気を点け父と勝也はカウンターの中へ、そして母と優奈は運びと洗い場を担当する。
この店で初めてエプロンをして店員となった優奈の姿は入ってくる客みんなが惚れ惚れするほど可愛かった。
「優奈ちゃ~ん!おかわり~♪」
「は~い!」
「勝也ぁ、なんかお前が作れるモノ食わせろ」
「なんちゅう注文の仕方だよ(笑)」
地元の中ではそこそこ人気店のようで週末という事もありひっきりなしにお客さんが来る。
ついには満席となり、覗いてくれた客を断らなければならない状況になってきた。
目が回るような忙しさの中でも優奈は笑顔を絶やさず、普段なら早めに引き上げるはずの常連がなぜかずっと居座っているという店内。
そこそこ落ち着き座敷のテーブルがやっと一つ空席になったタイミングで
「こんばんは~!今日は座れますかぁ?」
「おう、ちょうど一つだけテーブル空いたぞ(笑)」
「よかったぁ~この前2回続けて入れなかっ………えっ?!」
去年の大晦日に初めて優奈に会わせた大樹と綾だ。
ふと見るとカウンターの中には前掛けをした勝也がいて
「おう、いらっしゃい(笑)」
「ええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
すると背中を向けて洗い物をしていた優奈が振り返る。
「あ~!いらっしゃいませ~♪♪」
「ええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
真ん丸な目で固まる大樹と綾に
「…とりあえず座れば?(笑)」
何の予告も無しに帰ってきた勝也と優奈。
当然友達にも連絡していない。
「な…何?!なんでいるの?」
「なんでって別に…ブラッと帰ってきただけだけど」
「いつ?」
「昨日の夜」
「連絡ぐらいしろよぉ」
「悪い悪い、だって突然だったんだもん」
おしぼりやお箸を出しながらの会話で早くも友人に怒られる。
「お前らこそ2人っきりで…ひょっとしてつき合っちゃったりしてんの?」
「は?…今頃?」
「年末会った時気づかなかったの?」
「え…優奈知ってたの?」
「見ればわかるでしょぉ?…はぁ…ホンットにそういうトコ鈍感」
大爆笑だった。
「よく来てくれるぞ。こないだなんて皿洗いまでしてくれたもんなぁ綾ちゃん」
「ホントにいつも満員だし(笑)お母さん一人じゃ大変だったもんね、あの時♪」
「その代わり綾だけいっぱいオヤジさんにサービスしてもらってたじゃん(笑)」
「そうそう『大樹に食わせちゃダメだぞ』とか言われてねぇ?」
「ほとんどあんたが食べたクセに…」
勝也の実家だという事もあり同級生たちもよく来てくれているそうだ。
「おい勝也。大樹たち来たんだからもうエプロン外して一緒に飲めよ」
「え?いいよ今日はバイトなんだから」
「そうそう、それに座るんなら優奈ちゃんだけでいい♪」
「ヒッド~(笑)」
仲良さそうに勝也の友人とも話す優奈を見た母は
「あ~そっか、この前の年末に会ったんだもんね」
「実物にはね♪」
「…実物?」
「ホントにびっくりしたよぉ、まさか勝也の彼女があの安東 優奈ちゃんだとは思わなかったもん(笑)」
「は?…『あの』って…え?」
「お母さん知らないの?優奈ちゃんって芸能人並みの超有名人なんだよ」
「ちょっと言い過ぎだって~」
「ぜーんぜん言い過ぎじゃない♪SNSとかで日本中にファンもいるし」
「……はあぁぁぁぁ~~…」
やはり優奈もただ者ではなかった事をようやく知った両親だった。
満員の店内だが新規のお客さんではなくずっと優奈目当てに居座っている人がほとんどで、作りモノはほとんど無くお酒のおかわりばかりだった事もあり大樹たちがいる間少しだけ席に着くことになった。
勝也と優奈も1杯だけお酒をつき合うことになり
「かんぱ~い♪」
嬉しそうな大樹と綾。
まさかここに来て勝也と優奈に会えるなど夢にも思っていなかった。
「せっかくだしみんな呼んじゃう?」
「…この状況でドコに座るっていうの」
突然の再会、しかも優奈もいるとあって大樹のテンションは訳の分からないことになっている。
手首に巻いたテーピングを見て問いただされ、詳しい理由は省いて怪我をして手術したからその全快報告に帰ってきただけだと説明すると
「そっかぁ…でも良かったな母ちゃん」
「そうだね、いつも勝也の事ばっかり話してたもんね」
「…え?」
「ウチの息子は今頃何してる事やら…って。壮太や智樹が来た時も『何か連絡とかないか?』っていつも聞かれるんだってよ」
「だから今日はすっごく嬉しそうな顔だもんね」
「もうちょっと…せめて電話とかだけでもしてやれよ」
自分がいない間もいつも心配してくれている母。
友人達にはそれが伝わっていたのだ。
「あぁ…でももう大丈夫だよこれからは」
「ホントに?」
「うん、たまには帰ってくる。それに『連れてけ連れてけ』ってうるせぇ奴もいるしよ」
「あ~またあたしのせいにする」
「違ったか?」
「違わないけど(笑)」
相変わらず反則的な可愛さの優奈だが勝也を見るその目は女の綾から見てもウットリと見とれるほどに愛情が溢れたとびきりの表情だった。
翌朝、帰り支度をする2人のところへ封筒を2つ持ってきて
「ほら昨日のバイト代だ。こっちは優奈ちゃん」
「ありがとー」
「えっ?…お父さんあたしは…」
「ダメ。受け取らないと次来た時手伝わせてあげないよ?」
「それはイヤです(笑)…頂きます!ありがとうございますっ!」
父の運転で駅まで送ってもらった。
しっかりと手を繋いだ母と優奈が涙を浮かべて別れを惜しんでいる。
「次はいつ帰ってくるの?」
「おいおい気の早いやつだな」
「ホントだよ、まだここにいるってのに(笑)」
「…だってぇ…」
「優奈がお袋の顔見たいって言ったら帰ってくるよ」
「だったらまた明日帰ってきます」
「…おい…」
少しの時間だったが親子の関係が確実に変わった3日間だった。
「勝也、コレ」
「何?」
「これで帰りに優奈ちゃんとご飯でも食べなさい」
「は?…い、いいよ。オヤジにバイト代も貰ったし」
「いいから。これはお父さんに内緒だよ?私からの『臨時お小遣い』♪」
完全に父には聞こえている。
そして後ろから勝也の服の裾をチョイチョイと引っ張る優奈。
「え?あ…あぁ…うん、ありがとう。なんか食って帰るわ」
申し訳ないような、それでいて何故か温かい気持ちで電車に乗った。
その帰り道…2人で父から貰ったバイト代の封筒を開けてみると
「ちょ…ちょっとコレ…」
「おいおい…」
それぞれの封筒には、1万円札が2枚ずつ入っていたのだった。




