88 親子 ②
閉店後の片付けを2人で手伝っていた。
勝也は父と調理場を、優奈は母とカウンターに椅子を上げたり座敷のテーブルや座布団上げ、掃き掃除などをキャッキャと嬉しそうに会話しながらやっている。
突然の帰省を母は予想以上に喜んでくれているようだ。
「ホントになにもないのか?突然顔見せに帰って来るなんて初めてじゃないか」
「なんにもないってば(笑)優奈もいつもここに来たいって言うしたまにはいいかなぁと思って」
「そうか。ならいいんだ…しかしホントにいい子だな」
「…うん」
片づけを終えて家に上がる。
ここでようやく姉にも再会し、また驚きの表情に大笑いした。
さっきお腹いっぱい食べたはずの優奈だがまたしても両親の夕飯兼晩酌に付き合い、少しお酒も飲みながらつまんでいた。
「また太るぞ」
「またってあたしが太ったみたいじゃん!」
「こんなに細いのにねぇ?」
「あ…つかなくていいトコにはついてるんですけど」
「そのスタイルでそれ言われちゃあたしの立場が…」
本当に楽しいひと時だった。
まだテーピングは巻いているものの勝也が普通に右手を使っている事に母も安心したようだ。そんな中
「まだその手じゃアルバイトとかも出来ないんだろ?」
「一応復帰はしたよ。まだ前ほどのペースじゃないけど」
「義姉さんからは家賃もちゃんと貰ってるって聞いてるけど大丈夫なのか?」
「あぁ、うん」
今月の家賃を優奈に借りたなどと父の耳に入れればおそらく怒るだろう。
ひょっとしたら優奈まで怒られるかもしれないと思い、敢えてそこは伏せた。
「…あのさぁ」
「ん?」
生活費の話になりかけたところでようやく勝也が切り出す。
「実は俺…今出してもらってる高校の学費もバイトで貯めて返すつもりだったんだ」
「…え?」
このような話をするという事は優奈も聞いていなかった。
シーンとなったリビングで勝也が語り始める。
「俺のわがままで始めた一人暮らしだから親父やお袋には迷惑とか心配とかはかけたくなかった。だから自分で働いて生活してちゃんとやっていけてるよって安心してもらうつもりだった。でも余計に心配かけちゃってたみたいで…」
「…………」
するとカバンから通帳を取り出し
「ここに今までの2年間の学費分入ってる」
「…………」
少し沈黙が続いたその後
「でもさ…やっぱり学費は甘えていいかな…」
「…っ!」
優奈の心配は外れてくれた。
もしここでこの通帳を勝也が渡していたら両親はもっと寂しい気持ちになっていただろう。勝也の選択に少し安心した。
「…お前たちはもう付き合ってどれぐらいになる?」
「え?えっと…どれぐらい?」
優奈の方を見ると
「1年と7か月!…ホントにいつも覚えてない」
「…だそうです」
「どうせお前の事だからバイトばっかりしてロクに優奈ちゃんを遊びにも連れて行ってやってないんだろう」
「…はは…たしかに」
「あ、でもあたしは別にドコにも行けなくても一緒にいてさえくれれば…」
「こういう人なんだもんねぇ。こんなに綺麗なのに性格まで(笑)」
すると笑みを浮かべた父が
「母さん、アレ持ってこい」
「あ…はい」
父に言われて母が奥の部屋に行き、すぐに何かを持って戻ってきた。
それを父に渡すと
「持ってけ」
「え?」
勝也の前にポンと置かれたのは一通の通帳と印鑑。
「…な…何?」
「家賃が月4万。光熱費とか足して何とか生きていけるぐらいの食費入れれば6~7万ってトコだろ。お前に渡したつもりで毎月貯めて来たんだ、2年分で150万ほど入ってる」
「…え?」
「お前が頑として譲らなかったから好きなようにさせてきたが、これはお前が今まで生活するために自分で稼いで『立て替えて』きた分だ」
「いや、だからそれは…」
「お前が自分の力で生きていくのは社会人になってからだ。だがまだ学生の身分でいる間は逆らう事は許さん」
「でも…」
「一人で生きていくなら勝手にすればいいが優奈ちゃんの事も少しは考えろ」
「…え?」
「3年生の間の生活費はここから出せ。今まで我慢させた分、最後の1年ぐらいはちょっとバイト減らして優奈ちゃんの為に時間をつかってやるんだな」
「…オヤジ……」
「お前がさっきの通帳を本当に渡してきてたらぶん投げて返してここから追い出してたよ。お前は大人になろうが家庭を持とうが、そしていつか親になろうが…どこまでいっても俺の『子供』なんだ。子供のクセに親に生意気な事するんじゃない」
「…………」
優奈の目から落ちる涙は止まらなかった。
これまで勝也のその器の大きさに何度も驚き、そして感動し尊敬さえしてきた。
だがその勝也さえもはるかに超える人が存在する事が信じられなかった。
この人の息子であるがゆえに勝也がこんな男になったのだと納得してしまうほど、父の『男』としての偉大さがヒシヒシと伝わってきた。
「…ありがとう」
「まぁどさくさに紛れて3年のトコを2年分渡して済ませちまおうって魂胆だけどな(笑)」
茶目っ気も忘れない父、そして母の表情も何かが吹っ切れたような清々しさである。
「卒業したらどうするんだ?」
「それなんだけど…音楽でやってこうかなって思ってるんだ」
「音楽って…どうやって?」
「その辺については優奈が話すから」
「えっ?!あたし?!」
「そりゃそうだろ」
すると今までも正座で話を聞いていたのだがあらためて背筋をピンと張り
「私は今、会社を興すための勉強をしています。今はまだ準備段階ですがしっかり勉強してちゃんと会社として立ち上げたら、勝也さんの音楽活動をサポートする事務所としてやっていくつもりです」
「…芸能事務所…って事?」
「いえ、勝也さんの専属事務所です」
「おいおいそんなに簡単に…大体あぁいうのを仕事にするなんてよほど上手い人じゃないと…」
「だからです。ベーシストとしての勝也さんならそれが出来るからです」
「そう…なの?」
スッと勝也に視線を向け
「話していい?」
「いいけど…盛るなよ?」
「じゃ控えめに」
不思議そうな表情の両親と姉に話し始めた。
「勝也さんがあの街に出たいと言った理由はあるバンドに入るためですよね?そのバンドっていうのはもの凄く有名でホントに凄い人気でした。みんなハタチ過ぎの人ばっかりでしたけど、その中に勝也さんが15歳で加入した時はすごく話題になったそうです。そしてその活動をしている間にも勝也さんは他の全国的に有名なバンドから引き抜きの声がかかったりしてたんです」
「盛りすぎじゃねぇ?」
「控えめのつもりだけど」
真顔で答えるとまた話を続ける。
「本当にメンバーみんな仲のいいバンドで勝也さんを弟の様に可愛がってくれてました。実は深い事情があってそのバンドは半年前に解散してしまったんですけど、本当なら勝也さんは今でも『ブランカ』でずっとベースを…」
「…ちょ…ちょっと待って!優奈ちゃん今なんて言った?」
突然姉が口を挟む。
「え?」
「そのバンドの名前…」
「『ブランカ』です」
するといきなり立ち上がり、ドタドタと自分の部屋へ駆けこんでいったかと思うとまたすぐに走って戻ってきた。
「まさか…コレ?」
姉が持ってきたのは、ジャケットはカラーコピーで中の盤面は真っ白なままのコピーCD。
だがそれはまさしくあのブランカの最初で最後のアルバムだ。
「…あらら」
「え…お姉さんどうしてそれ…」
「友達の彼氏が『このバンドカッコいいから聞いてみ?』ってコピーしてくれたの。ベースの人の名前が一緒だったから…勝也もこれぐらい有名になってくれればいいのにって思ってた。ホントに…ホントにこの『KATSUYA』って勝也なの?」
「はい♪」
「えええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
驚くべき内容の話と姉の反応にキョトンとしたままの両親。
「じゃあ…その引き抜こうとしてきた全国的に有名なバンドって」
「お姉さんの大好きな『ブレイズ』と…あの『Beast Rush』です」
あまりにも異次元過ぎる話に気を失いそうになる姉。
「つまり…なんとかそれを仕事に出来そうなぐらいではあるっていう事かい?」
「『なんとか』どころのレベルではないんです」
初めて聞いた話に戸惑っている様子の父と母。
「勝也さんは卒業したら他に何か仕事を見つけるって言ってたんですけど私はどうしてもベースを続けてほしくて…勝也さんの性格的に人に指示されて演奏するのは無理だから、だったら私が勝也さん専属の事務所を立ち上げようって思ったんです」
「ホントにあなたって人は…何から何まで勝也の為に…」
「いえ、それが私の幸せですから」
自分達の息子の為にこれほどまで尽くしてくれる優奈。こんな最高の彼女を選んだ勝也に対しても少し誇らし気に思う両親だった。
自分の手にあるCDのジャケットに写るKATSUYAと目の前にいる弟の勝也の顔を交互に見ている姉に一斉に笑いが起きた頃
「あのさ、さっきこんな大金貰った後で言いにくくなっちゃったんだけど…」
「なんだ」
「明日、俺達2人バイトに雇ってくれない?小遣い稼ぎに」
「もちろんだ。やっと親にたかって来やがった(笑)」




