86 killer使い
「そうそう!鳴ってるじゃん」
「わぁ~♪なんか気持ちいい(笑)」
ブランカのレコーディングの頃から勝也にベースを習い始めてもう半年ほどになる。
わざわざ時間を合わせて習いに来る必要は無くいつでも教えてもらえるという利点もあり、そして何より先生がこの超一流のベーシストとあって優奈の上達は相当な早さだった。
少し前からスラップに興味を持ち始めた優奈の希望でここ数日はそれを練習していた。
「今日も指痛~い…」
「あんま指痛くなくなったらそれだけ皮が厚くなったって事だぞ?」
「でもこんなに楽しいんだったらゴツゴツした指になってもいいかな~(笑)」
もちろんベースを弾くこと自体も想像以上に楽しかったのだが、それよりも勝也に付きっきりで教えてもらえる2人だけの時間が優奈には何よりも楽しかった。
まだリハビリも終わり切っておらず右手にはプロテクターをはめている勝也。
だが自分が思うように弾けなくとも目の前で優奈が一生懸命練習している姿を見てそれなりに楽しい気分になれる。不思議な感覚だった。
そんなある日、島村の店での事。
「こんちゃ~♪」
「いらっしゃ…なんだ平蔵か」
「…『なんだ』はないでしょうよ」
「どうせコーヒーでも飲みに来たんだろ。みぃは?」
「もちろんいますよ~♪」
後ろからヒョコッと顔を出す。
近くへ来た時には島村の店に顔を出すのがブランカメンバーの習性みたいなもので、手土産に買ってきた大量のたい焼きを広げ始める。
「勝也来てんだ?」
「へ~よくわかったな」
「そりゃわかるでしょ、あの音は勝也だよ」
「…え?」
「…え…って?」
奥の試奏部屋からかすかに漏れてくるベースの音で平蔵は勝也だと思った。
だがちょうどそのタイミングでトイレの扉がガチャッと開く。
「わっ!びっくりしたぁ…来てたんだ」
「おう。ちょうど今お前が来てるって話して……え?」
勝也は目の前にいる。
だが試奏部屋からのベースの音はまだ聞こえていた。
「…え?…だ…誰?」
この音は間違いなく平蔵が聞き間違えるはずのないkillerのはず。
そしてその弾き方も聞き慣れたモノのはずだが…
「あぁちょっと待って(笑)」
そういうと奥へ入っていく勝也。
するとそのベースの音が止まり、その後すぐ
「あ~!平蔵さん♪みぃちゃん♪」
奥から出てきたのは優奈だった。
ポカ~ンと口を開けた平蔵とみぃ。
「あれ…どしたの?」
しばらく沈黙の後…
「今弾いてたのって…もしかして優奈?」
「ぎゃ~聞こえちゃった?恥ずかし~!」
「…ウ…ウソだろ?」
「びっくりだろ?クセまでそっくり遺伝してやがんの」
「おもしろいでしょ」
「いや、笑い事じゃ…」
「えー?なになに、何の話?」
「お前は分からなくていーの」
「…また仲間外れにするぅ…」
それからお土産のたい焼きをみんなで食べ始めるが、平蔵だけは口数が少なくいつものふざけた雰囲気もない。
そしてたまりかねたように
「島村さん、なんかギター貸して?」
「言うと思った。どれでも好きなの使えよ」
すると自分のメインギターと同じストラトを手に取り
「優奈、ちょっと付き合え」
「…え?」
「俺とセッションやろうや」
「え~~!!!!!ちょ…ムリムリ!!そんな…絶対ムリ!!」
「大丈夫だよ、適当に弾いてりゃ平蔵が合わせてくれるから」
「やってみなって」
「そんなぁ…ちょっと勝也ぁ…」
「音出してみたいっつって来たんだろ?大丈夫だからやってみな」
「…ムリに決まってるじゃんかぁ…(泣)」
結局背中を押されるように試奏部屋へと連れ込まれる優奈。
島村は表の営業中の看板を裏返して戻ってきた。
5人で入った試奏部屋のスタンドにはみんなから貰った優奈の宝物のkillerが立ててある。
平蔵がアンプを繋ぎチューニングをしている間に
「こことこことこことここ。この順番で2小節ずつ繰り返していきゃスリーコードになる。あとは平蔵クンが遊ぶから慣れてきたらさっきのスラップ入れてみな」
「…う…うん…」
ド緊張の表情でkillerを構える優奈。
今教わったスリーコードを反復していると、いきなり平蔵のギターが大音量でアンプからその音を出した。
「わっっっ!!!…ちょ…やっぱムリぃ…いきなり平蔵さんとなんて(泣)」
「だいじょぶだいじょぶ、ただの遊びだよ(笑)ほら行くぞ」
平蔵がボディを叩いてカウントを打つ。
慌てて弾き始めた優奈。極度の緊張から初めは固い音でリズムも少し不安定な感じだったのだが…
やはり目の前で弾いているこのギタリストの技術はケタはずれだった。
あの解散ライブ以来初めて見る平蔵のギタープレイは今こうして一緒に弾いている優奈も見とれてしまうほどで、そこに意識が行っているおかげで優奈の固さが取れ始める。
安定したリズムを刻み始めた頃、勝也がその手の動きでスラップに移れと指示する。
だんだん楽しくなってきた優奈が覚えたばかりのスラップを披露すると…
「…♪」
「ほぉ~」
もちろんまだまだ粗削りでたどたどしい演奏ではある。
だがこの超一流のギタリストのプレイは一緒に演奏する者にとってまるで自分がものすごくウマくなったかのような錯覚に陥るほどにサポートしてくれる。
そしてその優奈のスラップは勝也がまだ教えていない所まで進み始めた。
今までずっと目の前で見続けてきた勝也のベース。
そのプレイが頭に刷り込まれているためか見よう見まねでやってみたのだった。
「ぎゃあぁぁ~…指が痛いぃぃぃ…」
試奏部屋から出てきた優奈は極度の緊張から解放された途端力が抜けてグッタリしていた。
「ははは(笑)こんなに続けて長く弾いたの初めてだもんな」
「しかし初めてのセッションの相手が平蔵ってかなり贅沢だぞ」
「でも楽しそうだったよ(笑)」
「楽しかったのは楽しかったけどやっぱ平蔵さんってのが緊張した…」
「なんだよ、いつもはケチョンケチョンに言うクセに(笑)」
「だってぇ…やっぱギター持ったら別人なんだもん」
「普段からそれぐらい敬えってんだ」
それからしばらくみんなで楽しく盛り上がり結構な時間が経過する。
このまま夕飯でも…となりかけたのだが平蔵とみぃは別に約束があったことを思い出し、しかもその時間がもう過ぎていることに気づき慌てて店を出たのだった。
その道中で
「てっきり勝也が弾いてるモンだと思った…」
ボソッと呟いた平蔵。
それを不思議そうにみぃが返す。
「ベース自体がまったく同じ仕様だから?」
「そうじゃない。同じ楽器を弾いてもプレイヤーによって音は変わる」
「まさか…優奈の技術が勝也に似てるって事?」
「教えてるのが勝也だってのは大きいと思うけど…それでもあそこまで似るか?」
「じゃあどうして…」
「優奈は勝也のベースしか聞いてない。だからあいつの音が完成形なんだろうな。けど勝也のベースってのはそんじょそこらのヤツに真似出来るようなモンじゃねぇよ。このまま続けて行けば優奈のヤツ…化けるぞ」




