85 もしも…
「ねー、蘭ってもしバンドやってなかったら今頃何してた?」
「へ?…何よいきなり」
「だってさ、そんなに綺麗なクセにバンド以外興味なさそうなんだもん」
「何って言われてもわかんないけど…なんか違う事してたんじゃない?」
ある日のお昼休みの会話だった。
勝也は当然寝ていて男子連中もそれぞれに遊んでいる中、いつもの女子連中でお菓子を食べながらの座談会だ。
「そうやって考えたら今こうして仲良くなったきっかけとかもそうだよね」
「あたしは優奈ちゃんがあの時ケガしてなかったら今でも話してもらえてなかったと思う」
「えーそんな事ないでしょ?芽衣ちゃんは芽衣ちゃんだもん。絶対仲良くなってたよ!」
「岳ちゃんとは付き合ってなかったかもね」
「それはそうかも…(笑)」
「ウチらだって1年の時同じクラスじゃなかったら…」
「だよねー(笑)」
優奈、みさ、ありさ、千夏、蘭、芽衣。
今となってはいつも一緒にいるが、今までの中で何かが一つでも違っていればこの6人が集まることは無かったかもしれない。
「蘭と初めて話したのってあたしが勝也の事探し回ってた時だったよね」
「あ~覚えてる(笑)いきなりいろんな人に聞きまわってあたしの事探して…何かと思えば『松下の連絡先教えて!』だったもん」
「実はあの時すっごく怖かった」
「なんでよ!(笑)」
「だってさ、あんま人と話すタイプじゃないように見えたし勝也の名前出した途端ギロッって睨まれたし…」
「あんときはみさもミーハーちゃんになって勝也を追いかけようとしてんだって思ったんだもん」
「芽衣ちゃんのトキっていきなり勝也が声かけたんだよね」
「ウッソー!勝也から?」
「うん。怪我した優奈ちゃんを教室まで送ってきて…あたし隣の席だったんだけど、急に『悪いけどコイツ手が使えないから面倒みてやってくれ』って」
「ビックリしたでしょ」
「心臓止まるかと思った。それまであんまりクラスメイトとも話したり出来なかったから…それからだよ、みんなと話せるようになれたのって」
「結局全部アイツか…」
6人の視線はグッスリ眠っている勝也へと向いた。
「でも松下クンだってもとはと言えば優奈ちゃんのおかげでしょ?」
「…え?」
「そっか、そういえば元々陰キャのフリしてた勝也を引きずり出してきたのって優奈だもんね」
「別にあたしは…」
「優奈が勝也の事好きになってなかったら蘭とも芽衣ちゃんとも今こんな関係になれなかったかもしれないんだ…」
「じゃあ優奈はもし勝也と出会ってなかったら今どうなってたと思う?」
「…え?」
「ちょ、ちょっと蘭っ!」
勝也とは一度そういう話をした事がある。
だがその時勝也は、どんなに状況が違っていたとしても必ず優奈を見つけていたと言い切ってくれた。
それがものすごくうれしかった記憶なのだが、もし本当に勝也と付き合っていなかったとしたら…
今こうして一番後ろで眠っている姿はそのままだったとしても服装は陰キャのままで同じクラスにいても会話もすることなくただそこに存在するだけ。
こんなに一人の男を好きになるという感情も知らず、空気の様に意識することなく過ごしていたら…ブランカのメンバーや涼子達とも知り合わずにいたとしたら…
友達とは楽しく遊んでいたかもしれない。
バイトもせず両親からお小遣いをもらい平気で夜遊びや朝帰りを繰り返し、何も考えずに毎日を淡々と繰り返していたかもしれない。
適当なところで妥協した彼氏でも作り、ありふれた日々…。
だが今それを想像するだけでも恐ろしくつまらない毎日だっただろう。
蘭の一言でそんなことを考えると目には見る見るうちに涙が溜まっていった。
「ダメだって優奈にそんな事言ったら…勝也の事になったら想像だけで泣ける人なんだから」
「ご…ごめぇん…」
「…あは…は…」
「でもすごいなぁ…そんなに人を好きになれる優奈ちゃんがすごい」
「芽衣ちゃんだって岳ちゃんの事…」
「好きだけど優奈ちゃんには勝てないよ」
「なんなんだろうね、勝也って」
みんな不思議な気持ちだった。
男には見向きもしなかった優奈をこれほどまでに変え、周りのみんなを巻き込むほどの存在感を持っている。
優奈がよく言っているようにワガママで自分勝手で頑固で自分の考えを変えない自由奔放な男という言葉が良く似合う。
その寝姿を見ていると
「勝也がベースやってなかったらなにもかも始まってなかったんだよね」
「そっか、ブランカでベースやるためにこの街に来たって言ってたもんね」
「もしベースやってなかったらっていうのが想像できない」
「確かに(笑)」
ちょうどその時勝也が体を起こした。
自然に身についた体内時計で午後の授業が始まる前には勝手に目が覚めるようだ。
「聞いてみよっと」
「えっ?!」
スッと立ち上がり勝也の方へ歩き出す蘭。
「ちょ…ちょっと!絶対キレられるって!!」
「ヤメときな!モメるから!」
もうその頃には体は起こしたもののまだ目を閉じたままの勝也の前に来ていた。
「ねー勝也」
「ん~?」
「もしベースやってなかったら今頃何してたと思う?」
「…は?」
「だからもしもの話」
「知らねぇよ」
「もう想像つかない?」
「別に大して変わんねぇだろ」
「…へ?」
「今みたいに普通の高校生してんじゃねぇの?」
「普通の…高校生…」
「あの人自分をその辺の高校生と同じだと思ってんの?」
「呆れた…」
自分を特別だとは欠片も思っていない。
優奈にとってはある意味予想通りの答えだった。
「じゃあ普通の高校生だったとしたら普通に学校来てただけ?」
「うるせぇな、そりゃそうだろ」
「じゃあ優奈とは?」
「…そこだけは変わんねぇよ」
「…え?」
「ベースやってようがやってなかろうが、優奈以外の女を選ぶ事はない」
さっき優奈の目に溜まった涙が静かに零れ落ちた。
そして女子達からはため息が漏れた。
一途にたった一人の男を想い続ける優奈と同様勝也もまた優奈だけを愛している。
「はぁ~……聞くんじゃなかった」
「なんだよいきなり」
「アンタみたいのが近くにいるからみんな彼氏が出来ないんじゃんかっ!!」
「…は?」
この蘭の怒鳴り声にはクラスにいるほぼ全ての女子が激しく同意したのだった。




