83 Jun始動 ①
アパートの寝室に優奈の声が響いていた。
その矢先
♪~♪♪~♪~♪♪♪!!!
勝也のスマホが鳴った。
「ちょ…ちょっと待って」
「…ンッ!………えっ…で…出るの?」
「だってこの音、ブランカの誰かだろ」
「そんなぁ…後でかけ直してよぉ…」
「もしもーし、あぁJunクン」
「…もうちょっとで…だったのに……Junさんのバカ…」
『早く切れ…早く切れ…』と、明らかに不機嫌な視線を向ける。
まさかこの状況でブランカのメンバーを優先されるとは…
Junと会話している勝也の顔を睨んでいると
「えっ!!マジでっ?!」
「ひゃんっっ!!」
急に勢いよく体を起こした勝也。
急激な角度の変化に聞いたことのないような声を出してしまう優奈だった。
上半身を起こし何やら嬉しそうに驚いている勝也と向かい合わせで顔をジッと見つめているとようやく電話を切った。
そして次の瞬間、スマホを布団に放り投げてガバッと優奈を抱き締め
「Junクンライブやるんだって!!」
「え?…えーっ!!やったぁぁ!!!!」
優奈も一瞬状況を忘れて喜ぶ。
元ブランカのメンバーの中で唯一新しいバンドを結成すると宣言していたJunからの待ちに待った報告だ。
結局2人とも妙にテンションが上がってしまったのだった。
「あ~楽しみぃ♪ねーいつやるって?」
「来週の土曜日、しかもKouクンのトコと対バン!」
「マ…マジで?凄すぎるっ!!」
「お前、Junクンにライブやる時絶対教えろって脅した?」
「脅しって……絶対教えてくださいってお願いしただけだよっ!(笑)」
「そっか、優奈にも言っといてくれって3回ぐらい言われたから」
「ヤバ~♪」
Junの始動は優奈にとっても嬉しい報告だったが、それよりも久しぶりに勝也のテンションが爆上がりする瞬間を見れたのが嬉しかった。
待ちに待った土曜日、朝からワクワクして化粧していると
「ちょっと早く出てあの辺でブラブラしとこっか」
「うんっ、やった!デートだデート♪」
家の中でなど待ちきれない様子の勝也からの久しぶりの誘いだ。
昼には家を出てライブハウス付近まで出掛ける。
今日Junが出るのはブランカもよく出ていたあの懐かしいライブハウスで、優奈が初めてブランカを見たのも初めて楽屋へ入れてもらったのもここである。
全ての始まりといってもいい場所だった。
「なんか久しぶり~…懐かしいなぁ」
「ホンの数か月前の話なのにな」
自分がライブハウスに通い、楽屋にも出入りしスタッフとも仲良くなってバンドの世界にのめり込むなど2年前には想像もしていなかった優奈だが今となっては古巣に帰ってきた懐かしさがある。
近くの繁華街でブラブラと久しぶりのお出かけを楽しんでいると
「あ~っ!優奈~っ!」
慣れ親しんだ声が駆け寄ってきていつものように背骨が折れるほど抱きしめられた。
「…ちょっ!…ぐえっ!…さ、紗季ちゃんっ!!」
「あ、ごめん。久しぶり過ぎて加減が…」
「おう勝也ぁ、お前ちょっと来んの早すぎねぇ?」
「そういうBanクンだって」
『最強のリズム隊』と呼ばれた2人が偶然揃う。
どうやらBanと紗季も夕方まで待ち切れなかった様子だ。
ダブルデートになってしまった4人が腹ごしらえでもしようと店を探していると正面から…
「ありゃぁっ?!これはこれは4人さん(笑)」
「ひっさしぶりー♪」
「お前らこんな早くから来てんのかよっ」
「…俺達もだけどな(笑)」
Syouと平蔵もついさっきすぐそこで偶然バッタリだったらしい。
やはり全員同じ思考回路だったようだ。
何も言わなくても通じ合っているこのメンバーが優奈には最高に居心地が良かった。
結局8人の大所帯となってしまったが、時間が早いため昼間から開いている居酒屋にスッと席を確保できた。
「そういえば手首の靱帯切ったんだって?」
「まーしっかり伝わってんだ?もう普通に動かせてるよ」
「しかしやっとだなぁ、Junのバンド」
「相当メンバーに迷ったらしいな」
「どんな系やんのか聞いてないの?」
「まぁどんなジャンル作らせてもあいつなら間違いないだろ」
この4人も楽しみで楽しみで仕方ないという表情をしていて、それが彼女達にしてみれば一番嬉しい部分でもあった。
それぞれが時間まで街をデートしようと言いながら出てきたものの結局はただの昼飲み会になってしまったが、これはこれでみんな満足なのだった。
久しぶりの顔ぶれでの心地良い宴会のあとライブハウスに向かう。
優奈にとっても久しぶりの場所だがこのメンツと一緒に全員客としてここに入るのは初めてだ。
元ブランカの4人を見て
(やっぱこういうとこで見ると普段とは全然オーラが違う…凄いなぁ)
自分の彼氏であり毎日顔を合わせている勝也でさえやはりこの独特の雰囲気の中では別格の存在に見える。
受付でも「久しぶり!」と店長直々に挨拶され、少し談笑した後に奥の扉を開けて客席に入った。
まだ開演前で明るい場内、しかもそこそこの音量でBGMが鳴っているにも関わらず『元ブランカ』が入った途端明らかにざわめきが起こった。
「うわ!みんな揃って…」
「ほらぁ!やっぱ仲悪くなって解散したんじゃないじゃん!」
「でも…だったら他に解散する理由って何?」
やはりこの男たちの圧倒的な存在感は健在だった。
解散の理由に関しても、様々な憶測がファンの間で飛び交っていたようだ。
Junの立ち位置はおそらくいつもの上手側、つまり客席から見て右側になるだろう。
その正面の一番奥、ステージから一番離れた大きめのテーブルに8人で座る事になったのだが、ブランカ時代のライブハウスでは出来るだけ彼女面しないという暗黙のクセでつい勝也から離れた席に行こうとするも、紗季にグッと背中を押され
「もういいんだよ、ブランカのライブじゃないんだから」
「あ…そっか…」
「抜けないよね~そういうクセって(笑)」
結局それぞれカップル同士が並んで座ることが出来た。
優奈の席は壁の向かい側の一番端で他の7人も見渡せる。
フッと自分がまだ勝也に見向きもされていなかった頃…一人でブランカのライブに来た時のことが頭に浮かんだ。
(あの頃はこの人達と同じ席に座れるようになるなんて夢にも思わなかったな)
やはりライブハウスに来ると色々な記憶が呼び起こされる。
そんな時、後ろの方からヒソヒソ声が聞こえてきた。
「う、うわ…ブランカだ」
「ホントだ、みんなでJunさんを見に…なんかいいなぁ」
「それに彼女さん達もみんな一緒♪」
「相変わらず綺麗~。やっぱすごい貫禄だね、あの『4人』って」
(え…4人…?)
「それぞれの彼女さんなの?」
「知らないの?あのレイヤーロングの人が涼子さん。ストレートロングの人がみぃさん。ウェーブの人が紗季さんでショートの人が優奈さん。ファンの間じゃ超有名な4人だよ」
(ウソ…あたしまで…?)
涼子たちがファンの間で認識されているのは知っていたが、いつの間にか自分もその中の一員になれていた事を今頃知った優奈だった。
STARTまではまだ時間がある。
平然と過ごすみんなの中で一人緊張し始めている優奈。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「ん」
一人立ち上がって一旦扉の外に出ると
「わ!やった!出て来てくれた!」
「あー!蘭っ♪来てたんだぁ」
見るとその後ろには数人の女性がいる。
「う…うわ…萬壽釈迦…」
蘭の在籍するバンド・萬壽釈迦が全員で来ていた。
「え…知ってくれてたんですか?」
「ライブ見に行きましたもん♪」
「え~!すっごい嬉しい!」
「すごくカッコ良かったです」
蘭以外は初めて話すメンバー達。
だが蘭は何か言いたげで…
「ん…どーしたの?」
「あ、あのさ…お願いっ!!1回だけアンタの友達であることを利用させて!!」
「利用って?」
「あの…ブランカの人たちに挨拶に行きたいんです」
「え、普通に行けばいいだけじゃ…」
「そんな事出来る訳ないでしょ!どこの誰かもわからないヤツに声かけられたって…」
「勝也がいるじゃん」
「学校とここじゃ別人なの!アンタだってわかるでしょ?」
「そぉかなぁ…」
「お願い!2度とこんなお願いしないから1回だけ!」
「全然いいけど…多分蘭もびっくりするよ?」
「え……なんで?」
サッとトイレを済ませ、何故か萬壽釈迦を引き連れる形で席に戻った。
「あの~、挨拶したいそうです」
「ん?」
「あの…はじめまし…」
「おぉ!萬壽釈迦だぁ♪」
「………え?」
「全員揃ってんじゃん」
「……え?…え?」
「よぉ蘭。来てたんだ」
「……え?」
「良かったじゃん平蔵。好きだもんね、萬壽釈迦」
「ええええええ!!!」
元ブランカ達の反応は予想を思いっきり覆してきた。
「ど、どうして知ってくれて…」
「そりゃ知ってるだろ、ライブも行ったし」
「…ええええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
亜希はもう感極まり始めている。
「平蔵がよくスタジオで弾いてたよ、『Blood circus』」
「あのイントロすっげぇカッコいいんだもん」
「曲名まで…」
「…そんな…あたし達なんかを…」
「なんで『なんか』なの?同じ街にいて同じ世界にいたらみんな『仲間』だろ」
蘭を始め萬壽釈迦のメンバーは感動しすぎて泣き始めた。
自分たちが雲の上の存在だと思っていたあのブランカのメンバーから言われた言葉は大きく心に響いていた。
「だから言ったでしょ?こういう人達なんだよ(笑)」




