82 岳と芽衣
卒業後の同棲を認めてもらえてからの優奈のテンションは相当高かった。
以前にも増して家族との会話も増え、父や母と外食や遊びに出かける回数も増えた。
勝也の決意を無駄にするわけにはいかない。
それと自分自身も両親に認めてもらえるように。
術後の経過も順調でやっと勝也のリハビリが開始となる。
病院に通いつつ、家でも手首の可動範囲を広げるために医師に教わったりネットで調べた方法で付きっきりでリハビリを始める。
そしてやっと通学許可が下りた。
体育など激しく手を使う事は制限されているものの普通にしていればもう問題は無いとの事だ。
そしてその初日
ガラッ!
教室の扉が開き、まず優奈が…そしてその後ろから勝也が現れると
「おおおぉぉぉぉ~~っ!!」
教室内が急に騒がしくなり
「来たぁぁ~っ!」
「おかえり~!!」
「ひっさしぶりだなぁ!」
「おぅ」
色々な所から一斉に声がかかる。
テーピングを巻いた右手で軟式のテニスボールをプニプニ揉みながらの姿を見てまたもや涙ぐむ芽衣。
「真面目にリハビリしてるらしいじゃん」
「怖ーい顔した女にずっと見張られてっからよ」
「だってちょっと目ぇ離したらすぐにベース弾こうとするんだもん」
「あ、もう弾いてもいいの?」
「普通に弾く人ならもういいかもしれないけどさ…先週手術後に初めてベース持たせたらいきなりスラップだよ?またすぐ取り上げてやった」
「…あんたバカなの?(笑)」
「だってよぉ、何日弾いてなかったと思ってんだよ。そりゃ手が勝手に…」
「ぎゃっはっは!やっぱバカだこいつ(笑)」
勝也が戻ってきただけで、クラス中が一回り明るくなった。
まだバイトの方は許可が下りておらず渋々優奈から借りたお金で家賃や光熱費は払った。そして生活費はと考えてみると、元々普段から食材などは優奈が買ってきたり優奈の母が色々持たせてくれていたためいざ改めて何にかかるかと言えば…
「ホントに勝也って住むトコ以外お金のかからない人だったんだね」
「お前がいなかったら餓死してるだろうけどな」
昼休みに弁当を食べながらの会話だった。
退院パーティーの時の言葉でさらにいっそう勝也の事を気に入った両親。
特に今日のお弁当を見るとほとんど母が作ったモノだ。
それを食べ終えようかという頃、ヒョコッと岳が近寄ってきて
「ご飯中にごめん…勝也、今日ってバイト?」
「ん?まだバイトは行ってないよ」
「じゃあちょっとだけ時間ある?」
「別に時間はものすごーくあるけど…どした?」
「うん…ちょっと相談したい事があって」
「あぁいいよ」
岳の表情からみてどうやら真剣な相談事らしく、優奈も察知した。
「お前今日先に帰っとけ」
「うん、わかった」
「あの…できれば安東さんも」
「え、あたし?」
「もし迷惑じゃなかったら」
「岳ちゃんに対して『迷惑』って言葉はないよ」
真剣な表情の岳からの相談事。
勝也が『尊敬している』と言い切る親友の悩みが気になったまま放課後を迎える。
「ドコ行けばいい?」
「あ、もうその辺の公園とかで全然…」
「周りに人とかいるかもしれないからもっと静かなトコの方が…」
「いや、ホントにすぐ済むから」
恐縮する岳の言う通り、帰り道にある公園へ向かう。
出来るだけ奥の方へと入っていくと小さなテーブルを挟んでベンチが向かい合わせに置いてある場所があった。
勝也と優奈が並んで座り、その向かいに岳が座る。
「で、どした?」
「うん…わざわざ時間取らせちゃってゴメン」
「そんな事気にする関係じゃないでしょ?」
「…ありがとう…えっと…あのね」
言いにくそうにモジモジする岳。
「なんだよ」
「…あの…その…デ…デートってどんなトコ行けばいいの?」
少し沈黙が続く。そして
「…はああぁぁぁぁ???!!!」
3人が固まったまましばらくすると
「そ…そんな事ぉぉぉ???」
「なんだよお前ぇ!!あんなマジな顔して言ってくるからてっきり…」
お腹を抱えて笑い出す勝也と優奈。
だが岳の表情は真剣なままで
「わ、笑わないでよっ!!真剣に聞いてるのにっ!!」
怒り出す岳に、笑い涙を拭きながら
「悪い悪い」
「ごめーん…で?」
「実は…今度の日曜日に母さんがめずらしく仕事が休みでさ、ミキと出かけるっていうんだ。で、一緒に行こうか?って聞いたら…いつもミキの世話ばっかりで友達と遊んだりもしてないだろうからたまには行っといでって…」
「あぁ、そっか…」
父を事故で亡くした岳。
それ以来昼夜問わず働き続ける母の為に妹の世話を全て引き受け、自身もアルバイトをして生計を助けている。
勝也がこの真面目で気弱そうな親友を尊敬する一番の理由である。
そしてその話を聞いて以来優奈も岳の事を尊敬していた。
「ひょっとして初めてのデートとか?」
「…う…うん…」
「芽衣ちゃんからはOKもらったの?」
「うん…」
「は?!え?…芽衣ちゃんって…お前ら付き合ってんの?!」
おそらく2人の事を気づいていなかったのはこの男だけである。
「はぁ…ちょっとあなたは黙ってなさい」
「……はい…」
生まれて初めてできた彼女と初めてのデートとなれば行き先に迷う気持ちもわからなくはないが
「ブランカのFINALとか2人で来てくれてたじゃん」
「あの時はライブに行くために誘ったから…」
「あ、そっか。じゃ、あの後はどこにも寄らずに帰ったの?」
「うん、康太とか吉川さんが遊びに誘ってくれたんだけどミキを叔母さんトコに預けてたから」
「…あ…」
確かに岳は今まで彼女を作ったり遊びに行ったりする時間などなかった。
デートなどした事がないのも当然である。
「勝也と安東さんは僕にとって理想で憧れのカップルなんだ。こんなに自然に一緒にいられてこんなに見ていて気持ちのいい2人は他にいない。芽衣ちゃんも、いつも2人が羨ましいって言ってる。だから普段はどんなトコ行ったりしてるのかなぁって…」
「…憧れ?」
自分達がそんな目で見られているとは思いもしなかった。
あっという間に過ぎていった1年半…必死に勝也を追いかけ、掴んでくれた手を離さないように必死についてきた。
ただ『勝也の事が好きだ』という想いだけを胸に無我夢中だった自分がまさかこんな事を言ってもらえるとは…気づけば目に涙がにじんでいた。
「次はいつになるかわからない…ひょっとしたら次が来る前にフラれちゃうかもしれない。だからせっかくの日を目一杯楽しい思いをさせてあげたいと思って…」
出来る限りのアドバイスをしてあげたい。
岳と芽衣がこれからも仲良く続けていけるように自分に答えられることを何か答えてあげたい。
そう思った優奈だったが
「無理なんじゃねぇか?」
耳を疑うような言葉が聞こえた。
「…え?」
沈黙が流れた。
「ちょっと…何言って…」
「楽しい思いってなんだ?どうなったら楽しいんだ?」
「そ…それがわからないから」
「そうだよ、初めてのデートなんだしそんな言い方…」
「お前自身がわかってないモンをどうやって芽衣ちゃんに伝えんだよ」
「…それは…」
すると小さくため息をつき
「いいか岳。楽しい想いっていうのは『ドコに』とか『何を』じゃねぇんだよ。『誰と』なんだ。お前の中で芽衣ちゃんってのはお金使ったり楽しいトコ行かないと喜ばねぇ女なのかよ?それこそ芽衣ちゃんをバカにすんじゃねぇぞ」
「…あ…いや…」
「それに俺と優奈だってデートなんてほとんどしてねぇよ」
「…え?」
「でもな、たとえ一日中部屋でゴロゴロしてたってたとえメシ食いに行くのが近所のラーメン屋だって、コイツと一緒ってだけでずっとあったかい気持ちでいられるんだよ。楽しい想いってそういうモンじゃねぇのか?」
「……あ……」
岳への説教を聞いて優奈の心が温かくなった。
確かにそうだ。
岳にアドバイスしようといくら考えても答えは出なかった。
なぜなら自分も勝也と一緒にいる事こそが一番の幸せだったからだ。
そして勝也も同じ想いでいてくれたことが何より嬉しかった。
「…ごめんね岳ちゃん。何かアドバイスしてあげられたらって、何かヒントでも教えてあげられたらって…どれだけ考えても見つからないや。あたしもこの人が横にいてくれるだけで幸せなの。どれだけ賑やかな場所に行ったって、勝也がいなかったら何にも楽しくない。一番の幸せは『勝也と一緒にいる事』だから」
沈黙だった。
だが岳の顔にも徐々に笑顔が浮かび始め
「そういう事か…どうして勝也と安東さんが他のカップルと違って見えるのかわかった。2人は学校にいる事さえもデートなんだね」
「いや、そんな大層なモンでも…」
「そーだよ?あたしはいつでもデートしてる♪」
それを聞くと立ち上がる岳。
「ありがとう。一番のアドバイスもらったよ。やっぱり2人に相談して良かった。じゃあお大事にね!」
何故か元気になったように見える岳が走り去っていった。
「芽衣ちゃんと岳かぁ…なんかある意味『最強』に見えるんだけど」
「確かにね(笑)」
次の日曜日が過ぎても敢えて岳には何も聞かなかった。
それからしばらくした頃に
「ねー岳ちゃん。あれから芽衣ちゃんとは?」
「それがさぁ、ミキが芽衣ちゃんになつき過ぎちゃって…帰ると泣くんだよね」
「ありゃ、じゃあデートはいつも3人なの?」
「ミキの方が毎回『次はいつ会えるの!』って…」
「へー♪でもミキちゃんも一緒に連れて行けるならいつでも会えるじゃん」
「芽衣ちゃんも楽しんでんだろ?」
「う、うん………僕と一緒なら…いつでもどこでも楽しいって言ってくれた」
「ほら見ろ(笑)」




