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81 退院

 勝也の手術が無事に成功した。


麻酔が切れた後の壮絶な痛みにも耐え傷口の状態が安定して抜糸までの期間も優奈は毎日病院に通った。


そしてようやく退院の日になる。


「お世話になりました。ありがとうございました」


「優奈ちゃん、よく毎日通ったねぇ」

「そんなに毎日来なくていいって言ったんだけど…」


「なぁに言ってんのよ、今日はまだ来ないなとか言ってたクセに」


「そ…そんな事言って…」


「大丈夫です、どうせあたしがいないと何にも出来ない人なんで」

「大正解!」


看護師達とも仲良くなり、その日勤務だった人全員に見送られてやっと病院の外に出た。


「どっかで何か食べて帰る?」


「ん~、帰ってからでいいかな」


平日だったが優奈は学校を休んだ。

手術後の勝也に荷造りやカバンを持った帰宅はキツいと判断したからだ。


まだすぐに学校へ通えるわけではないがとりあえずアパートに帰れる。

本人もそうだが特に優奈はウキウキしていた。


アパートへ到着するとすでにご飯の下準備がしてあった。


「なんか作ってたの?」

「うん、どうせ帰ってから食べるって言うだろうなぁと思ったから」


「だったら聞かなきゃいいのに」


何も言わなくてもわかる、お互い考えている事が通じる、そんな満足感もある。


久しぶりの優奈の手料理はやはり落ち着く味だった。

まだ右手で箸は握れないためスプーンとフォークで左手での食事だが、あっという間に食べ終わると


「風呂入りたい」

「わかった」


病院では週に2回シャワーを浴びるだけでゆっくり湯船につかる事が無かったためすぐに風呂を沸かしに行く優奈。

以前からだがなにもかも全て優奈がやってくれる。


「この包帯って取っていいのかな」

「お風呂の時とかは外していいって。傷口が濡れないように気をつけろってさ」


「ふ~ん…」


勝也の性格上、医者や看護師の言う事もロクに聞かず自分で勝手に判断してしまうだろうと予測していた優奈。

やはり自分がしっかり聞いておいて正解だったようだ。


抜糸は済んだがまだ傷口は完全に塞がってない状態の為プロテクターやテーピングなどでの固定は出来ず半割のギプスだけ。

包帯を外してガーゼだけの状態にし手ごとすっぽりと大きめのビニール袋をかぶせて対策する。


「…これじゃ洗ったりとか何にも出来ねぇじゃん」


「大丈夫だよ、あたしも一緒に入るから」

「…は?」


「ほっといたら右手使うに決まってるからあたしが洗ってあげる」


「いや、狭いし…」

「そんな事言ってる場合じゃないの。ほら立って」


腕を引いて立たされ、服を脱がされて浴室へと連行される。まるで介護のようだ。


久しぶりの浴槽はやはり格別だ。

そして遅れて全裸の優奈が入ってきた。


「お湯に浸かるの久しぶりでしょ」


「…あぁ」


普通に返事は返したものの風呂よりも久しぶりに見た優奈の裸の方が新鮮だった。


結局頭も体も洗ってもらいしっかり湯舟を堪能してから上がる。

そして届かないところだけ拭いてもらってようやくリビングへ。


「なんかホントに一人じゃ何にも出来ないヤツみたい」


「いーんじゃないの?お殿様みたいで(笑)」


髪を乾かしてもらいながらの会話だったが勝也は下半身にバスタオルを巻いただけ、優奈も胸から下にバスタオルを巻いただけという姿で


「お殿様だったらさ、寝っ転がっといたら全部してくれんのかなぁ」


「ん?え?…おぉ~!勝也から誘われちゃったぁぁぁ!」

「え?いや誘ったわけじゃ…」


「ダーメ。もうスイッチ入っちゃったもーん」


迂闊な事を口走って後悔する勝也の手を引いて優奈は寝室へと入っていった。



今日の夜は優奈の実家で退院祝いをしてくれるという。

大満足な顔をした優奈と共に到着すると


「おかえりなさい!退院おめでとう」


「ありがとうございます、ホントに色々ご迷惑おかけしてしまって…」

「なぁに言ってんの。さ、上がってー」


上がっていくともうパーティーの準備はほぼ出来上がっていた。


「あーごめーん…お母さん一人に準備させちゃった」


「ほら見ろ、だから1回でヤメとけっつったろ?」

「ん?1回って?」


「な、なんでもなーい」


母から見えないように後ろで勝也をツネる。

そして父の帰宅を待って夕食が始まった。


「大変だったね。でも手術は成功したんだろ?」


「はい、おかげ様で。まだリハビリは始められないらしいんですけど」

「しっかり靭帯がくっついてからじゃないとまた切れちゃうかもしれないから」


「しかし利き腕のケガっていうのは色々不便だなぁ」

「…ですね」


「そうだ、右手が使えるようになるまでウチにいればいいんじゃないか?」


「あー!それいい!お父さん天才!!」

「い、いや…それは…」


「毎日勝也君とお酒飲みたいだけでしょ?逆に気を使い過ぎて勝也君が可哀想よ」


(…た…助かった…)


「それにどうせ卒業したら一緒に暮らすんでしょ?今はまだ通い妻でガマンしなさい」


「えっ?!」


開いた口が塞がらなかった。


優奈が話したわけではない。

そんな話題を出したこともない。


だが母の口から、まるでそれが以前からの約束だったかのようにスッと出てきたのだ。


「お母さん…どうして…」


「そんなのあんた達見てればわかるわよ。ちょっと2~3日会わなかっただけで何か月も離ればなれみたいな顔して落ち込んで…料理なんて何にもしなかった優奈があれ教えろこれ教えろって。毎日毎日あんなに早起きしてお弁当作って…これで一緒に暮らすって言いださなかったら、逆に「…は?」って思うじゃない」


父は少し寂しそうにも見える笑顔で黙って聞いていた。


すると背筋をピンと伸ばし直した勝也が


「本当なら僕が切り出さなければいけなかった話です、申し訳ありません。実は優奈さんとはそういう話をしています。卒業したら一緒に暮らそうと。…もちろんお父さんとお母さんの許可が得られたらという前提ですが…今の感情だけで言っているつもりはありません。これまでお付き合いさせていただいた中でしっかり考えて決めたことです。まだあと1年あります。これからの1年間を見て、もしお許しを頂けるのなら…卒業後、優奈さんと一緒に暮らすことを認めていただけませんか?」


しっかりとした勝也の言葉に優奈も背筋を伸ばす。


「お願いします」


すると父が静かに口を開く。


「どうやって食べていく?」

「ベース1本で勝負します」


「…お金に困ったらどうする?」

「一緒に苦労します」


「私の娘に苦労させるのか?」

「苦労も幸せも彼女とならすべて分かち合えるので」


「どこに住む?」

「今のアパートで」


「聖奈(姉)も家を出た。…また家族が減るのか」

「減りはしません」


「…え?」


「僕は勝手にですがお父さんとお母さんの事をこっちでの両親だと思っています。確かに優奈さんがこの家を出れば家の中にいる人数は減らしてしまう事になります。ですが『家族』は減りません。僕はお父さんとお母さんにこいつならいつか息子にしてやってもいいと思ってもらえるための1年間にしてみせるつもりです」


「…減るんじゃなくて増えるためにって事か」

「はい」


するとニコッと笑顔を見せ


「君にはもう勝てないな」


「え?」

「一度でも言葉に詰まるようなら認めないつもりだった。本気で考えているのなら全ての質問に答えられるはずだからね。君は本当に真剣に考えて決めたんだな」


「はい」


この会話を優奈は涙をこぼしながら黙って聞いていた。

父の考え、そして勝也の真剣な想い、その全てが優奈にとっては幸せ以外の何物でもなかったのだ。


父の視線が優奈の方を向き


「一人暮らしをするというなら認めなかった。ただ家を出たいだけなら許さなかった。だが…この彼と一緒に暮らすというのなら大丈夫だろう」


「え…じゃあ」


もう一度視線を勝也に戻し


「この家には?」

「おそらく…今まで以上に頻繁にお邪魔します」


「よし、合格だ」


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