79 大怪我 ②
カバンを2つ肩からかけた優奈。
「さ、行こ」
「自分で持つって」
「いいから」
心配そうな芽衣を筆頭に仲間たちに見送られて教室を出る。
階段を降り校舎を出て学校の外へ。
もう学校からは目の届かない所まで来るとピタッと立ち止まり
「はい、右手」
「その前に…俺の保険証ってドコにある?」
「保険証?勝也の財布のカードのトコに入れてあるけど…」
「そっか、じゃあこのまま病院行くわ」
そういうと痛そうに顔をしかめながらようやく右手をポケットから出した。
「……っ!!」
その右手首が大きく腫れあがり青黒く変色している。
「…ちょっと!…それ…骨…」
「折れてはないと思うけど今はちょっと動かねぇんだな、これが…」
「なんでもっと早く…こんなのどう見ても大丈夫じゃないじゃんっ!!」
「デケぇ声出すなって…だから病院行くっつってんだろーが」
大急ぎでタクシーを止める優奈。
バスでいいという勝也を問答無用で座席に押し込み、そのまま大きな病院へと行き先を告げる。
ふと機転の利いた優奈はネットで番号を調べて病院に電話を入れ、救急の患者を今からタクシーで連れていくと伝えた。一般外来よりも早く診てもらうためだ。
総合受付ではなく裏の緊急外来へ直接来るように言われ、運転手にそれを伝えて裏口へ到着する。
言われた通りに受付へ行くとそのまま医者が出てきた。
勝也の手首を見て
「あちゃぁ~…派手にイッたなぁ。とりあえず入って」
勝也を連れて処置室へと入っていった。
その間に優奈が初診表を書き込み、受付で手続きを済ませる。
それからしばらく緊急外来ロビーの椅子に座って待っていると
「松下さんの付き添いの方ですか?」
「あ、はい」
「中で先生がお呼びです、入ってください」
「え…はい」
処置室へ入ると医師と看護師、そして勝也がいた。
その手は大きく包帯が巻かれ三角巾で首から吊っている。
「おう」
「…ど…どう…だったの?」
「骨は折れてないけど靱帯が切れてるって」
「えっ?!」
それから医師の説明を一緒に聞く。
「損傷じゃなくて断裂だから手術で接合した方が早いと思うけどどうする?」
「出来るだけ早い方で」
「じゃあ腫れが引くまでは切れないから2~3日は湿布で冷やして、その後は逆に温める事。しばらくは強い痛みが続くと思うから痛み止めを出しとくよ。それと手首の固定の仕方だけど…」
「あ、それはあたしが聞きます」
「じゃあそっちの部屋で看護師から説明します。あと入院の日程と手続きをしたら今日は帰ってもいいよ。くれぐれも右手は使わないように。それと学校は休みなさい。歩くだけでも血が手首に集まってしまうから。言っておくが…『絶対安静』だからね」
「じゃあバイトとか…」
「大丈夫です、休ませます」
「…おい…」
固定の仕方を教わった後お金を払って病院を出た。
救急扱いで行ったため少し高額だったが知らない間に優奈が払っていた。
「はあぁぁぁ~~………」
「…痛む?」
「それは別にいいけどバイトも行けねぇのはヤバい…」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ」
「だって働かないでどうやって生活すんだよ」
「あたしがいるじゃん」
「バーカ、だからなんでお前に養ってもら…」
「文句は言わせないよ」
「…は?」
病院を出てバス停へ歩く途中スッと優奈が立ち止まる。
そして真剣な眼差しで
「階段から落ちた理由は聞いたよ、芽衣ちゃんを助けるためだったって。正直勝也らしいと思った。…でもね、落ちたって聞いて急いでその場所まで行って目の前で意識が無いまま倒れてる勝也を見て、あたしがどんな想いだったと思う?」
「…………」
「目は覚ましてくれた。でも治るまで右手は絶対使わせない。バイトも行かせない。言う事聞いてくれないなら……涼ちゃん達に言いつける」
「お前そういう一番メンドくさくなる事を…」
「だったら今回だけは言う事聞いて。ちゃんと治さないとベース弾けなくなったらどうするの?」
「…………」
「勝也がベース弾けなくなったらあたしが会社起こす意味が無くなるじゃん…。あたしの夢まで潰す気?」
「わかったよ。でもお前が稼いだ金でってのが…」
「あげないよ、貸すの。京都で貰ったお金そのまま使わないで置いてあるから。だからバイトじゃなくていつかあたしの会社でベースで返して」
「はぁ…ったく強情な女」
「そうじゃないと勝也の彼女は務まらないの」
「ちゃんと受け取るんだろうな」
「もちろん」
渋々優奈の『命令』を受け入れた勝也。
ブランカの解散前の時のようにまたプチ同棲をするという優奈の目論見は当然却下されたものの、勝手に両親に今回の内容を話し毎日アパートへ行って勝也の世話をして寝る時だけ家に帰るという通い同棲の許可は得たのだった。
翌日も朝からアパートへ行き、朝食と昼食を作り洗濯を済ませて勝也の湿布を取り換えてからバスに乗って学校へ向かった優奈。
いつもよりやる事が増えたため学校へ着いたのは始業時間ギリギリだった。
ほぼ担任と同時ぐらいに教室へ入ると
「おはよ、やっぱ今日は休ませたの?」
「…優奈ちゃん…松下クンは…」
「あ、えっと…」
詳しいことを説明すれば芽衣の耳にも入ってしまう。そうなれば芽衣はまた今以上に落ち込むはず。
返事に困っていると
「おはよう。え~っと、まず昨日の件で松下はしばらく休む事になった。手術になるらしいから少しかかるかもな」
「…えぇっっ?!」
全員が驚きの声を上げる中
「…はぁぁぁぁ~~…バカ…」
手をおでこに当てて俯きため息をつく優奈。
学校への報告の時に口止めしたはずだったが伝わっていなかったのだろうか。
クラスメイト全員の前で担任が発表してしまった。
「優奈ちゃんっ!!手術って!!」
「…ん~?…」
視線を上げるとクラス全員が振り返って優奈を見ている。
さすがにもう逃げきれない。
担任に鋭い視線を向けて
「…言わないでって言ったのに」
「…え?…え?」
「優奈?」
「…うん」
「うんじゃわからない!」
「やっぱ頭打ったからか」
「頭の方は大丈夫、しっかりしてる。でも右手首ヤッちゃってたの。靭帯が切れてて…手術でつなぐって」
「そ…そんな…」
やはり芽衣は堰を切ったように泣き出してしまった。
「手首って…それじゃベースは」
「今はそれどころじゃないでしょ!」
「手術すれば治るんだよな?」
「…それはどうかわからないけど」
HR後、優奈の周りに人が群がった。
もっと詳しい話を聞くためだったが
「そんないっぺんに聞かれてもわからないよ…とりあえず今は家で休ませてる。腫れが引いてから手術になるからもうちょっと先の話だし…」
「じゃあ今なら家行けば会える?」
「キレられても良ければね」
「とにかく今はどれだけ手を使わないようにさせるかだよね」
「それが一番難しい男だけど…」
「まさかベース弾いたりしてないよね」
「取り上げてきた。置いといたら絶対何とかして弾こうとするもん、あのバカ男…」
その日の放課後。
昨日のうちに涼子に事情を説明して数日バイトを休ませてもらった優奈が帰り支度をしていると芽衣が声をかけてきた。
「あの…優奈ちゃん」
「ん?」
「松下クンの家に連れてってもらえないかな」
「芽衣ちゃんが気にする事ないってば。それに朝も言ったけどベース取り上げたからものすごーく機嫌悪いし…また学校来れるようになってから話せばいいじゃん」
「気が済まないの…あたしが原因であることには違いないもん。どうしても松下クンに謝りたい」
「安東さん、僕からもお願いします。芽衣ちゃん、ご飯も喉に通らないほど落ち込んでるから」
芽衣と岳2人がかりで頭を下げられては断るに断れず
「そっか…わかった。じゃあ一緒に行こ」
学校から3人で一緒に出てバスに乗ってアパートへ向かう。
親友である岳も勝也の家に行くのは初めてらしく、緊張の面持ちながらバスを降りると
「あ、なんかお見舞い…」
「そんなのいいってば」
「そんな訳には…どっかケーキ屋さんとかない?」
「あいつ甘いモノ食べないんだ。だったら本買ってあげて?今日ベースマガジン買って帰るつもりだったから」
本屋に寄る。
そしてその後スーパーで買い物をしてからアパートへ向かった。
階段を上がってカギを開けようとしたその時、部屋の中から
ドンガラガッシャ~ン!!
「あっちぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「…え?」
慌ててカギを開けて中に飛び込むと、台所でピョンピョン跳ねている勝也の姿。
「ちょっと!何やってんのっ!!」
「お…お湯!お湯!」
意味不明な言葉を発しながらまだ飛び跳ねる勝也。
どうやらコーヒーでも飲もうとお湯を沸かしたものの左手では感覚がつかめずこぼしてしまい、それが足にかかったらしい。
「あーもう!ちょっと脱いで!」
優奈がしゃがんで勝也のズボンを脱がそうとした途端
「あ…あの…」
「え?…あ、岳…」
そしてその後ろには芽衣の姿。
「ちょ、ちょっと待て優奈っ!芽衣ちゃんが」
「はっ!忘れてた…ちょっとこっち!」
寝室に勝也を押し込むと、そこでズボンを履き替えせてからようやく落ち着く。
リビングへ岳と芽衣を通すと
「ごめんごめん。で、どした?」
「あ…あの…あたしのせいで松下クンが手術までする事になったって聞いて……その…ごめんなさい…」
それを聞いて表情を変え、こぼれたお湯を拭いている優奈に向かって
「おい、こら…そこの女ぁ」
「あたしじゃないって。担任がHRの時みんなの前で公表しちゃったの、止める間もなく」
「…チッ!」
「芽衣ちゃんがどうしても勝也に謝りたいって…それで安東さんに無理言って連れてきてもらったんだ」
「…あのなぁ、たまたま俺がそこにいただけ!たまたま芽衣ちゃんだっただけ!たまたま手のつきどころが悪くて捻っちゃっただけ!それ以上はないの。…あんまそんなくだらない事ばっか気にしてたら老けるよ?」
「…ふ…老け…」
「ね?だから気にしなくていいって言ったでしょ(笑)」
「そんな事よりそこの怖ぇ人に早くベース返せって言っといてくれない?」
「は?」
「いや、それはちょっと…」
「優奈ちゃんには逆らえないもん」
結局シンミリした空気は消え、意外と元気そうな勝也を見て安心して帰っていった岳と芽衣だった。




