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76 不満

「ねー、蘭ってなんで彼氏作らないの?」


「は?」


 調理実習の時間、この時は完全に女子だけとなる。

クラスの席が近い者同士で班分けになっているためこの班は優奈、みさ、ありさ、千夏、蘭、芽衣と完全に身内だけの6人グループだった。

そして家庭科の時間は毎回完全におしゃべりタイムと化している。


「別に作らないって訳じゃ…バンドも忙しいし」

「でも勝也だってブランカやってる時も優奈とはちゃんと付き合ってたじゃん」


「あんなバケモノと一緒にしないでよ。ウチらはリハだけじゃなくて個人練習とか常にそれぞれスタジオ入って練習しないと上がっていけないんだから」


「ついにバケモノ扱いになっちゃった(笑)」


「でも蘭って綺麗だし料理も出来るし作ろうと思えばすぐ出来るでしょ」

「優奈にそれ言われてもイヤミにしか聞こえないんだけど」


「優奈ちゃんも綺麗だけど蘭ちゃんもすっごく綺麗だよぉ?」


「別に今まで一人も彼氏いなかったわけじゃないよ」

「そうなの?…ってかそりゃそうだよね」


「へー、いつ?」

「一年の時はまだ付き合ってたかな。でもすぐに別れたけど」


「なんで別れたの?」

「ん~…まずあんまりバンドに理解無かったし、それに色々許せないトコとか見えてきたから」


「許せないトコ?」

「そりゃ最初は気づかなくたって一緒にいれば色々見えてくるじゃん」


「ふーん…芽衣ちゃんトコもそういうのある?」

「え…なんであたし?…彼氏なんて…」


「こないだ樹生が暴露しちゃったよ、岳ちゃんと付き合ってるって」


「はぁぁ?!…なんであいつ…もぉぉぉ!!!!」

「っていうかもうみんなとっくに気づいてますけど(笑)」


「…えっ…そ、そう…なの?」

「当たり前でしょ!(笑)」


一応手は動かしているもののその会話は授業中とは思えないただの女子会である。


「優奈だって無いことはないでしょ?勝也に直してほしいトコとか許せないトコ」


「…え?」


「特に優奈の彼氏は『普通の人』じゃないもんねぇ」

「バケモノ扱いされるぐらいだしね(笑)」


「えー…でも別に不満とかそういうのは…」


「勝也ってタバコ吸うっけ?あんた前からタバコは臭いから嫌いって」


「あ~、前はよく吸ってたけど今はたまぁにかな。あたしが臭いって言ったら本数減らしてくれて、しかもベランダ出て吸うようになった」

「あの男が?…信じらんない(笑)」


「他には不満って無いの?」


「ん~…頑固だしすぐ怒るし無茶ばっかりするしワガママだし寝たらなかなか起きないしキレたら死ぬほど怖いしベース弾き始めたらほったらかしにされるし自分勝手だけど、でも不満ってほどじゃ…」


「まーよく噛まずにそれだけ言えるねぇ」


「そんだけ言えるのに不満ではナイんだ」

「思ったことは無いかなぁ、そういう人って分かって付き合ってるもん」

「優奈に聞いたのが間違いだった」


「逆に勝也に言わせたらどんぐらい出てくるんだろうね(笑)」


「……え?」


確かに今自分が言った事も『不満』という訳ではない。そういう部分も含めてすべて好きなのだと自覚している。だがよく考えてみれば勝也はどうなのだろう。


自分に対して直してほしい所や不満に思っているところは無いのだろうか。

最初は相手にもされなかったものの、それを押し切り強引にぶつかっていったのは優奈の方だ。

ひょっとしたら言わないだけで勝也の中には少しぐらい不満もあるかもしれない。

そんなことを考え始めると頭の中がそれでいっぱいになり始めた。


午前最後の授業が調理実習の為、昼食は自分たちが作ったものを食べる。

勝也にはその前に弁当を渡しておいたため今はそれを食べている頃だが…


お昼を食べ終わって片づけを終え教室に戻るともうすでに勝也は睡眠に入っていた。

机の上には空っぽになった弁当箱が放置してあり、それを片付けて昼休みが終わるのを待つ。


午後の授業が始まる寸前、勝也がムクッと起きだしたところで


「おはよ、お弁当おいしかった?」

「ん…いつもどーり」


「…それって不満って事?」


「は?いつもどーりウマかったって事だよ」

「…それならいいんだけど」


優奈の悪いクセが出始めた。

特に勝也の事になると何か一つ気になることが出来れば全てをそれに関連付けてしまう。


ここしばらくは勝也のバイトが遅くまであり夜はまったく会えていない。

昼間はずっと隣の席にいられるとはいえ優奈のモヤモヤは溜まっていく一方で…


朝起こしに行っても一回では起きてくれない。

朝ごはんも要らないと言う。

毎日用意している夕飯も食べきっていない事がほとんどだ。


自分の作る料理に飽きてきたのだろうか。

毎朝起こされるのがイヤになってきたのだろうか。

そんな事ばかり考え、ついにそれが行動に出てしまう。


金曜日の朝、勝也のスマホが鳴った。

結構な回数の呼び出しのあと


「…ん~」


「ごめん、あたし…」

「あぁ…なんで電話?」


「あのね、ちょっと寝坊しちゃってまだ家出れてないんだ。あたしは後でバスで行くから…勝也はもう起きて出ないと間に合わないよ」


「あぁわかった。時間ないなら弁当はいいぞ」

「うん…ごめんね。なんか買ってく」


「いいって。その分昼はちょっと寝たいし」


「…そう…わかった」


ウソだった。


いつも通りに起きて弁当も作った。

しかし変わり映えのしないその内容に、持っていくのがイヤになったのだった。

『今日は弁当要らない日なのを忘れていた』とウソをつき2人分の弁当は父と母に渡して家を出る。


学校へ着くと、すでに勝也は机に突っ伏していた。


「おはよ…今朝はごめんね」

「んぁ?別にいいよ」


「昨日の夜ご飯食べた?」

「あぁ…ごめん、残った」


「…おいしくなかった?」

「そうじゃないよ、ちょっと眠かったから」


もう優奈の中では勝也は完全に優奈の料理に飽きたのだという事になってしまっている。


その日、勝也が起きている間は多少の笑顔も見せつつ平静を装っていたもののそれ以外はどんよりとした表情だった。


今夜も勝也はバイトでまた遅くなるという。

勝也に土曜の夜ご飯を作りに行けなくなったと適当な理由を伝え、会えないままで日曜日を迎えた。

今日の夜は勝也も以前の時間帯で帰ってくると聞き、久しぶりに一緒に食べれるならと思い作り始める。


そしてその夜、ようやく帰ってきた勝也とテーブルに座ると


「なんか一緒にご飯食べるの久しぶりだね」


「最近ずっと遅いからな」

「…来週は?」


「ごめん。来週も一緒」

「…そぉなんだ…」


優奈はお箸を持とうともしないままで


「なんで食べないの?」


するとしばらく黙ったあと、


「ねぇ…勝也はあたしに不満ってある?」


「は?」


「ココ直してほしいとかココが許せないとか…」

「なんで?」


「そういうのちゃんと言ってほしい。言ってくれないと気づかないし」


「別にあったら言うけどねぇもん」

「ウソだ。無いわけないじゃん」


「なんなのお前、俺が無いっつってんのに」


「だって起こしに来てもなかなか起きてくれないし朝ご飯もいらないっていうし夜ご飯だって全部食べてくれることってほとんどないじゃん。夜も全然会えてないのに電話もくれないし…だんだんあたしに飽きてきたんでしょ」


するとバァン!!と机をたたく勝也。


「最近変だなと思った。またそんな訳わかんねぇ事言いだしたか」

「だって勝也の方が変じゃん…今までと違うもん」


「ちょっと毎日帰りが遅くてしばらく会えないだけでそんな事言われんのかよ」

「『会えないだけ』って……それって大事な事じゃないの?」


「学校で会えてるだろ」


その言葉を優奈は『学校で会えてりゃ十分だ』と捉えてしまった。


「ごめん…帰る…」


「え?」

「…ごめんね…学校だけでいいならもうここにも来ない」


最後は涙声になりながらカバンを持つとそのままアパートを出た。

帰る途中一度だけ振り返ってみたが、勝也が追いかけてくることは無かった。


翌朝、当然優奈は起こしにもいかず弁当も作らず一人でバスに乗って登校した。


昨日の夜は一睡もできずにずっと涙をこぼしていたものの、学校ではどうしても顔を合わせてしまう。

出来る限りいつも通りにしようと決心しながら教室へ入ると


「おはよー…あれ、一人?」


「え、うん…勝也まだ来てない?」

「来てないよ。なんかあったの?」


「…いや別に…」


だが今までの優奈を見てきた親友たちはただ事ではない事を察知する。


「今度は何?」


仕方なくこれまでの経緯を話し始める。すると


「え…あんた自分から別れるって言ったの?」


「…別れるなんて言ってないよ!」

「もう部屋にはいかないって言ったんでしょ?」


「それは…もう勝也がいない時に勝手にご飯作りに行ったりとかって意味で…」


「そうは聞こえないんじゃないかなぁ」

「たぶんアイツ今日来ないつもりなんじゃない?」


「…え?」


「そりゃそうでしょ、来たら絶対優奈と顔会わすことになるじゃん」


「そんな…あたしはしばらく時間貰ってなんか違うもの作れるようになろうって…」


「そう聞こえる言い方じゃないでしょ!」


徐々に周りの声が大きくなり始めると、それに気づいた男たちが


「おいおいどうした?」

「どうもこうもないよ、優奈が…」


これまでの経緯が話される。


すると形相を変えた康太がキレた。


「はぁぁ?!何やってんだお前ぇ!!」


「…えっ?」


「お前アイツがどんな思いで毎日朝まで…」

「おいっ!!」


何か言いかけた康太を陽平が止める。

勇太や洋司も集まる中、静かに口を開いたのは


「安東さん。勝也はね…今、毎日明け方まで働いてるんだよ」


「…え?」


「おい岳…あれほど黙っとけって…」


「いいんだ、僕は怒られたって構わない。それよりこんな誤解で2人が離れちゃう方がダメだよ」


「…誤解?」

「毎日居酒屋が終わった後に国道で道路工事のバイトしてるんだ。夜中の肉体労働は凄く時給がいいからって」


「…どうして…」


すると観念したように康太も口を開いた。


「俺がたまたま見つけちゃったんだよ…。夜中まで遊んでて偶然そこを通ったら勝也が一生懸命アスファルト敷いてた。その時は声かけられなかったんだけど…次の日聞いたんだ」


こうなってしまえばもう話すしかない。

ついには陽平も


「お前、春休みに勝也と2人でディズニーランド行ったんだってな」


「…え…うん…」


「その時のお前の顔がすっごく嬉しそうで…勝也はそれが忘れられないんだって。でもその時は優奈の両親がくれたチケットで、自分が連れて行ったわけじゃない。だから今度は自分の力でお前を連れて行ってどうしてもあのとびきり嬉しそうな顔をもう一度見たいんだって…」


「……っ!」


言葉も出ない程号泣した。

そして周りの女子達までが涙をこぼした。


「朝起きられないのは明け方まで働いてるからだよ。それで帰ってきて安東さんが作っておいたご飯を食べる。けど疲れ切って食べきれないんだろうね。で、ついさっき食べたところだから朝ご飯も当然入らない。電話が出来ないのも、あんな大きな音で工事してる所からなんて出来る訳ない。でも言ってたよ?『優奈が作ったモンじゃなかったら箸つける気も起こらない』って」


「…え…」


「ほら!全部あんたの勝手な勘違いじゃない!」


「お前、俺がどんな思いでお前の事諦めたと思ってんだ?最初はアイツの事誤解して邪魔ばっかして…けど勝也がどんな男なのかを知って絶対こいつには勝てないって…優奈の想いがどれだけのモンなのかを知って絶対俺は勝てないって…そう思ったから手を引いたんだぞ!なのに…お前が一番なんにもわかってねぇじゃねぇかよ!」


「…ご…ごめん…なさ…い…」


号泣しながら後悔だけが押し寄せてくる。

あれほど好きであれほど追いかけた男を、自分のたった少しの不安の為に疑いそして傷つけた。

別れるつもりなんて一欠片もなかったはずなのに、自分が伝えた言葉はまるで『もう別れる』と取られても仕方のない言い方だった。


「…ヤだ…別れるなんて…絶対…」


「だったら今すぐそれを勝也に言ってこい!!」


康太に怒鳴られ立ち上がる。

カバンも持たずに扉へと走り、開けようとした時


ガラッ!


「…っ!!」


「わっ!びっくりしたぁ……なんだお前。ブッサイクなツラして」


顔を見るなりそのまま飛びつくように勝也に抱き着く。


「…ごめん………ごめんなさい…」


号泣する優奈を見て、そしてひとかたまりになってこっちを見ている仲間たちを見て


「お前ら…黙ってろって言ったよな」


「ち、違うんだ!僕が勝手に…」

「いや、岳じゃなくて俺が…」


「ったくどいつもこいつも」


「ねぇ…優奈の話聞いてあげて?」


「あ?何の」

「優奈は別れるつもりで言ったんじゃないんだよ」


「そんな事わかってるよ」


「…え?」


みんなは驚き、優奈も涙でボロボロになった顔を上げる。


「大体こいつの考えてる事ぐらい目ぇ見りゃわかる。どうせまた勝手に勘違いして一人で思い込んで突っ走って後悔してんだろ?」


「…凄……」

「…目…だけで?」


「まだ付き合ってたった1年半程だけど、その間どんだけこいつと一緒に過ごしてきたと思ってんだよ。それにこいつが自分から一人ぼっちを選ぶとも思えねぇし」


「全部わかってたんだ?」

「当たり前だろ、それにこいつがもし本気で俺と別れるとか言い出したら…」


「……言い出したら?」


蘭の問いかけに、ポフッと優奈の頭を鷲掴みにして顔をあげさせ


「今度は俺が追いかける番だ」


「…ふ…ふええぇぇぇぇぇぇん……」


もう立っているのが精一杯だった。


これほどの愛情を自分は疑った。

自分の笑顔を見るためだけに睡眠を削り、明け方まで頑張って働いてくれていた最愛の人を…


また周りの友人やクラスメイト達もこれほどの男にこれだけの愛情を一身に受ける優奈が羨ましくて仕方ないといった表情で、泣き崩れる優奈を見ていた。


「やっぱりこいつにだけは逆立ちしても勝てねぇや…」


「あ~ぁ…なんかあたしも彼氏欲しくなっちゃったぁ」


康太と蘭のこの言葉は全員が納得するものだった。


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