75 新入生
始業式翌朝から優奈のテンションは特に高く機嫌も相当良いようだ。
同じ教室にいられるどころか授業中もスッと視線を横に向ければいつでも隣に勝也がいる。その幸せ度は2年の頃とは雲泥の差である。
周りには校内でも特に仲の良いグループが全員揃っているとあって、最高のスタートを切れた思いだった。
学校へ向かう足取りも軽く、子犬の様にチョロチョロしながらいつもの機嫌のいい優奈である。
旧3年がいなくなった校内には当然ながら新1年生が入ってきていて初々しい中学上がりの顔が多くみられる中、体を直角に曲げて勝也と優奈に挨拶してくる男子生徒がいた。
「あっ、やっと会えた!ご無沙汰してますっ」
「あれ?芽衣ちゃんの弟の…樹生だ!」
「え?名前覚えててくれたんですかっ」
「あの…ご無沙汰してます!」
「おぅ、そっちは隆二だっけ」
「うわわ…僕の名前も…」
「なぁに?この学校来たんだぁ」
「はいっ!ここなら近くで勝也さんの事見れるし『兄貴』もいるんで」
姉である芽衣の名前は出さず、あの日以来自分にとって憧れの存在になった勝也と岳の名前を出した樹生。
髪の色は少し茶髪になり以前よりも少し男っぽくなったように見える。
「岳には会ったか?」
「ここ受かったのは報告してありますけどまだ実際に学校では」
「そっか、じゃーまたなー」
それだけ聞くと勝也は教室へ向かって歩き出したのだが、いきなり優奈が近寄ってきて樹生の肩にグイッと腕を回すと顔を寄せてくる。そして小声で
「ねぇねぇ、岳ちゃんと芽衣ちゃんってもう付き合ってんの?」
優奈に触れられたどころか顔が大接近してきたとあって心臓が止まりそうになる樹生。
「わっ!!…えっ!…あっ!…うわ!…え、えっと…その…」
「暴露しちゃえよ樹生ぉ」
「…あ、あの…えっと…そう…みたいです…」
その答えを聞くとパッと離れて
「よぉし!極秘情報ゲット」
優奈も勝也の後を追って走り去っていった。
ポ~ッとした表情で放心状態の樹生に
「な、なんだよお前…安東先輩にあんな近くで…」
「……すっげぇ綺麗で……すっげぇいい匂いしたぁ…」
今年の1年生はやんちゃ系も多く血の気が多い張り切った小僧が多くみられるようで、色々な中学から集まってきている分最初の内はイザコザがところどころで見られる。
茶髪にした樹生も当然そのイザコザの一端に含まれているようだが、いつも隆二と2人で行動しているためか多人数のグループに速攻で目をつけられていた。
そんなある日の朝。
ようやく学校内で岳を見つけた樹生と隆二。
さっそく挨拶をして笑いながら話していると…
「よう三橋ぃ。そんな真面目な先輩に頼ったって助けちゃもらえねぇぞぉ」
「へっ、そんぐらいしか頼るトコねぇんだから言っちゃ可哀想だろ」
「確かにな。いい加減意地はらねぇで『ごめんなさい』って言っちゃえよ」
「なんだと、このヤロォ…」
「おい、岳さんの前だぞ」
「あ…そっか…」
樹生たちが同級生に絡まれている事を知った岳。
性格上黙ってはいられないようで
「彼らがなんか悪い事でもしたのか?」
「あ?なんか言いました?せんぱぁい」
「ちょっと岳さん…」
「何か謝らなきゃいけない事でもしたのかって聞いてるんだ」
曲がったことが許せない性格は勝也にとても似ている岳。
お世辞にもケンカが出来るとは言えないが芽衣の弟でもある樹生が『謝れ』と言われた事が気になるらしい。
「あんま出しゃばんない方がいいんじゃない?俺ら学年とか気にしないし」
「そうそう、平気で手ぇ出ちゃうよ~」
「てめぇら誰に向かって…」
するとバッと岳の胸ぐらをつかみ
「わかんねぇか?…『コイツ』に言ってんだよ!」
自分が尊敬する岳に向かって『コイツ』と言われたことで樹生がキレるが、殴り合いに発展しかけたところで教師に見つかりそのまま連行されて行った。
その日の昼休み、了が教室に入ってくるなり
「よぉ、なんか岳が1年坊主に囲まれてどっか行ったぞぉ」
「え?」
「なんか様子が変にも見えたんだけど…」
ガタガタッ!!
弁当を食べ終えすでに机に突っ伏していた勝也が黙ったままムクッと起きて立ち上がる。
それとほぼ同時に優奈や康太、陽平たちも立ち上がると
「…場所は?」
了に案内させてその場所へ。
向かったのは校舎と外壁の間。
その昔康太が勝也を呼び出したあの場所だったが…そこへ到着してみるとボコボコにやられた樹生と隆二が転がっており、そして岳もすでに鼻血を出した状態で胸ぐらをつかまれていた。
「てめぇのせいで先生に怒られちゃったじゃねぇかよ」
そう言いながらまだ振りかぶる北島の腕を康太がガシッと止め
「よぉ、俺が相手してやるよ」
「あ?誰だお前…」
お前と呼ばれた瞬間には北島の体は吹っ飛んでいた。
瞬間に5~6人の1年生に囲まれる康太。
するとその一番奥で大きな石の上に座り余裕の表情で眺めていたリーダー格のような男が
「なんですかせんぱぁい…関係ないでしょ?ほっといてよ」
「あ?…こいつは俺らの大事な仲間なんだよ。関係なくはねぇなぁ」
「だったら先輩が代わりに謝ってくれんですかぁ」
完全に舐め切った態度の1年生『堀内』。
康太の形相がみるみる変わっていくなか、平然とその輪のど真ん中を勝也が歩いて行くと
「ほら…樹生、隆二。立てるか」
「あれ、勝也そいつらの事知ってんの?」
「あぁちょっとな」
2人の腕を掴んで立たせようとする勝也に
「おい、お前もヤラれてぇのか」
その言葉で葛西も康太に吹っ飛ばされる。
「おいおい。誰に口きいてんのかわかってんのかてめぇ…」
一触即発の状況の中で
「いくら上級生でも俺には逆らわない方がいいよぉ?俺がちょっと声かけりゃぁすぐにあの『緋咲さん』が出てくっからさ」
「……あ?」
「へっ、怖ぇだろ?俺緋咲さんに可愛がってもらってっからよ。何でも俺の思い通りなんだよ。わかったらさっさと謝った方がいいよぉ」
緋咲の名前を聞いてピクッと勝也が反応したことにも気づかず、ヘラヘラと笑いながら舐め切った態度の堀内。
「緋咲?…ドコのバカだそれ」
「…なんだと?」
「聞いたコトねぇなぁ」
「てめぇ緋咲さんナメてんのか」
「なんなら俺の前に連れてきてみろよ」
「…へッ!…わざわざあの人呼ぶほどでもねぇよ。勢いで言っちゃったんだろ?今なら土下座でもすれば勘弁してやるよ。…あ、そこにいるすっげぇ美人の女は置いてってもらうけどな」
その指は優奈を指した。
一瞬にして勝也の顔つきが変わる。
すると優奈はニヤッと笑い、そしてその微笑みが笑顔に変わるとついに
「あっはっはっはっは!!」
大きな声で笑い始めた。
そしてその場に集まった2組軍団も同様に笑い始める。
「な、なんだこいつら…何がおかしいんだよ!」
「残念なヤローだなお前。よりによってこの学校一番の地雷を踏むとは」
「…え?」
「優奈に目ぇ向けちゃったらもう終わりだね」
「さすがに聞いたことあるでしょ、この人が元ブランカのKATSUYAだよ。この学校来るんならあんたの言う『緋咲さん』からなんか聞いてないの?」
「ブランカの……KATSUYAぁ?!」
「ホントに緋咲さんと話せるぐらいの関係なら聞いててもおかしくないと思うけどねぇ。『安東 優奈にだけは絶対手ぇ出すな』って」
蘭の言葉に堀内の顔がみるみる青ざめていく。すると
「樹生ぉ、アイツの名前何て言うんだ」
「…ほ…堀内…です…」
勝也がスマホを取り出し電話をかける。
「あーもしもし。うん久しぶり。あのさぁ、今度ウチの学校に入ってきた1年で堀内っての知ってる?…うん…あ、そう…知らないんだ?いや、自分になんかあったら緋咲クンがすぐ出てくるぞとか言って今めっちゃ怒られてんの。じゃあヤッちゃってもいいよね……あ、そう?うん、わかった。じゃーね」
そう話すと電話を切った。
「…ま…まさか…」
「『緋咲さん』なんて?」
「ヤッちゃってもいいかっつったら今から行くからお前は手ぇ出すなって」
「…え?」
「そりゃあ勝手に自分の名前使って好き放題やってるヤツがいるなんて知ったら怒るだろ、特にあの人はそういうの一番嫌うし。お前らも前にそれで緋咲クンに説教食らったもんなぁ、樹生?」
「…は…はい…」
「え…三橋はホントに緋咲さんの事知って…」
「良かった、勝也が動かなくても済んだじゃん。あとは緋咲さんに任せとこ」
「ちょ…どういう事だよ堀内!お前が緋咲さんの事知ってるって言うから!」
「…いや…その…」
「あ~、ついでだからもう1コ教えといてやるよ。お前らが手ぇ出したこの『岳』な。こいつが本当に緋咲クンから『なんかあったら言って来い』って言われてる奴だ。ま、こいつは人の名前語ってどうこうしようとするようなクズじゃねぇけどな」
「ちなみに岳は勝也の『一番の親友』でもあるぞ」
樹生と隆二はこの仲間たちに支えられてもう立てるようになっていた。
「んじゃな。出来るだけ早く遠くに逃げた方がいいぞ、お前を守ってくれるっていう『緋咲さん』に捕まる前によ」
後ろで1年生軍団が大騒ぎしている中その場から立ち去っていく。
すると樹生に肩を貸していた洋司が
「そういえばさぁ、こいつらって誰なの?」
勝也と優奈と岳以外顔も名前も知らないこの1年生。
さすがに不思議に思うのも当然だが
「え?誰って…芽衣ちゃんの弟だよ」
優奈の言葉に全員が豆鉄砲を食らったような表情になり
「…え…ええええええええええええええ?!?!?!?!?!」
「…は…はは…あの…は、はじめまして…」
「早く言えよぉ、このヤロォ!!」
「あ~!前に芽衣ちゃんの喫茶店で勝也に怒られてたコだぁ」
「なんだよ!もっと早く知ってたらあいつらボッコボコにしてやったのに!」
「なるほどな、そりゃ岳が必死になって守ろうとする訳だ」
「…いや…あの…」
自分の姉でありながら『芽衣』という人間の破壊力をあらためて知った樹生。
「な?お前の姉ちゃんと岳の力、思い知ったろ」
「はい…もう二度と逆らいません」




