70 京都
「あ~っ!オーナーまたコレ出すの忘れてるっ!!」
「え?…ああっ!ホントだ…ご、ごめん」
「もぉ、あたしがやっときますっ!」
「いつもすいませ~ん」
またいつもの優奈に戻り、涼子に対して怒る事もある程バイトに集中できるようになった頃
「優奈、今日バイト終わったらちょっとだけ話あるんだけど」
「あ、はい」
そしてバイト終わりのバックヤードで
「話ってなんですか?」
「あのさ、あんたちょっと京都まで行ってくんない?」
「え…京都?」
「うん。京都の着物屋さんがね、若い子にも着物に興味持って欲しいって事で色々試作してるんだけど、それを着てくれるモデルさん探してんのよ」
「…モデル…ですか」
「うん。それで撮影するのに『若くてすごく可愛い子いないか?』って聞かれちゃって、即答で『いますよ~』って言っちゃったの。だからお願い」
「はぁ?…あたしが?!モデル?ダメダメそんなの!」
「お願いだから。だってもうアンタの写メ送っちゃったもん」
「そんなっ!なんでそんな事勝手に…」
「結構コレいいみたいよ?」
親指と人差し指で輪っかを作って見せた涼子。
それはギャラがいいという意味で
「アンタこないだちょっと疲れ切ってた時、『今はちょっとお金がいる』みたいなコト言ってたでしょ?頑張って稼いできなよ」
「え…でも…」
おそらく向こうから来た話ではなく涼子が優奈の為に見つけてきてくれたバイトだろう。その気持ちは充分伝わってきたが一人で見知らぬ街に行く事に不安も感じていたところへ
「ちなみに向こうにはモデル本人と付き人1人って言ってあるから。誰を連れてくかはお任せしますけど」
「行きますっ!」
「…早っ」
内容を聞くと着物を着ての写真撮影でポスターや宣伝媒体として使われるらしい。
しかもこの遠征、なんと泊まりである。
「は?なんで俺が…」
「だってもう一人行けるんだもん」
「ヤだよメンドくせぇ。みさか誰か連れてけよ」
「なんで?一泊なんだよ?向こうで泊まるんだよ?」
「友達同士でプチ旅行ってのもいーじゃん」
「ふ~ん、いいんだ?京都で向こうの人に声かけられちゃったりとかどっか連れてかれちゃったりしても平気なんだ?ふ~んそーなんだ…」
「だ~っ!ったく…わかったよ!」
「やった、初旅行だっ!」
「お前は仕事でしょうよ」
半ば強引に勝也を付き添いとして連れていくという事に成功した優奈。
サプライズ的な仙台遠征や勝也の実家への帰省はあったが見知らぬ街に2人で出掛けるのは初めてだ。
勉強自体はヤメたわけではなくペースを落としただけだが、『寂しかった』という言葉が忘れられず2人でいる時間を何よりも優先するようになった。
京都へ出発する日になり
「一泊だからこんなモンでいいかな」
「そんなおっきいカバンいる?」
「2人分入ってんだからこれぐらいなるよ。さ、ちゃんと持ってね?付き人さん」
「このヤロォ…覚えてろよ」
ブツブツ言いながらも勝也自身も楽しみではあった。
2人でアパートを出て駅から品川駅まで行き、そこから新幹線に乗り換えて合計3時間ちょっとの旅。
その間の優奈は飲み物やお菓子を買い込み、ウキウキしてかなりのハイテンションだった。
外の景色を指さして2人で笑い合ったりしているとあっという間に京都駅へ到着。
駅前で待ち合わせの約束なのだが、遅れるわけにはいかないと少し早めの新幹線に乗って来たためまだ時間はある。
「あ!目の前が京都タワーなんだ?…はい、記念に」
と勝也越しに写メを撮ったり楽しんでいる中
「へ~、寺とか神社とかしか無いと思ってたけど…」
「いつの時代の話よそれ」
ブラブラしているとそろそろ約束の時間になる。
涼子から預かった電話番号にかけてみるとクライアントとはすぐに合流できた。
「はじめまして、よろしくお願いします」
「はじめまして、遠いところお疲れ様です。…頂いた写メ以上にお綺麗ですね」
「いえいえそんな…」
「マネージャーさんもありがとうございます」
「…マネ…はぁ、どうも…」
マネージャーと呼ばれてブスッとした勝也を見て吹き出す優奈。
そこからはクライアントの車で移動する。
道中に今日の流れの説明を受けるが
「結構な枚数着るんですか?」
「そうですね、こちらで選定したものが2~3着と…あとは安東さんが着てみたいと思うモノがあればそれを着ていただいての撮影の予定です」
「楽しみ~」
「…だいぶ時間かかりそうだな」
「泊まりなんだからいいじゃん」
2人の会話は超小声だった。
撮影場所は今回の着物会社の本社で、会議室と思われる大きな部屋に大掛かりな撮影スタジオが設置されていた。
そして着物が10枚以上かけられている中
「うわ、なんかマジだ」
「なんか急に緊張が…」
そこへその会社の社長や偉いさん達が直々に優奈へ挨拶に訪れ、ここからは芸能人並みに扱われる。
まずは別室に案内されてメイクが始まり、そして結構な時間待っていると
「モデルさん入られまーす!」
という大きな声と共に…
「…へぇ~」
着物を纏った優奈はスタジオ内がざわつくほどの美しさだった。
そこからはカメラマンの要求に応えながらかなりの枚数を撮影される。
そして衣装替えも何回か行われたあと、最後に
「どれか着てみたい着物とかありますか?」
「あ…えっと…ちょっと相談してもいいですか?」
そういうとトコトコと勝也の元へとやってくる。
「どれか好きなの着てもいいんだって。なんか見たいのある?」
「そこの黒のヤツ」
「早っ」
「あれが一番優奈に似合いそうなのにな~って思ってたんだ」
「ホントに?じゃああれ着せてもらってくる。もうちょっとだけ待っててね」
最後の衣装替えに向かった優奈。
もうすぐ撮影が終わる…そう思って待っていると
「マネージャーさん、ちょっといいですか」
「…マネ…あ、俺か。…はい」
「今回のお支払いの件なんですが」
「あ、えっと…」
「ご紹介いただいた方からは直接渡してくれと」
「そうなんですか」
「はい。領収書とかの方はまた追ってお願いしますので。ではお納めください」
封筒を差し出される。
「すいません、本人に渡してもらっていいですか」
「安東さんの方からは『マネージャーに渡してくれ』との事でした」
「あ…はぁ、わかりました」
「社内でも安東さん大人気になってしまって…カメラマンも気に入ったようですので、また是非当社の撮影の時はお願いしたいのですがよろしいでしょうか」
「そこは本人が決める事なんで直接言ってやってください」
担当の人と少し話していると、扉が開き
「わぁぁ~……」
勝也が選んだ黒の着物を纏った優奈は、誰もが認めるほど今日一番の美しさで
「ちょっと!なんでこれ選んでなかったんだよ!撮影続けて!メインはこれで行こう!」
やはり優奈を一番わかっていたのは勝也だったという事なのだろう。
結局はこの日一番の枚数をこの着物で撮る事になり、撮影時間も押してしまったものの最後は少しだけ無理を言って勝也とのツーショットまで撮ってもらったのだった。
撮影も終わり私服に着替えた優奈の控室に呼ばれる。
「お疲れ」
「お疲れさま~。ごめんね、ちょっと長引いちゃって」
「お前のせいじゃねぇだろ」
「そうそう、勝也が選んでくれた着物のセンスが良すぎたからだよ」
「なんだそりゃ。ところでさぁ、さっきお前のギャラっての渡されたんだけど…」
「あたしが頼んだの。『マネージャー』に渡しといてくださいって」
「これ…ちょっと持ってみ」
さっき預かった封筒を優奈に渡す。
「え…何コレ…」
「な?1~2枚の厚みじゃねぇぞこれ」
「…開けちゃっていいのかな」
「いいんじゃねぇの?何かの間違いかもしれないし」
「うん…多分間違いだよねぇ」
恐る恐る優奈が開けてみると
「う…うわ…」
「うわ…」
中から出てきたのは新品の一万円札が20枚。
「ちょ…ちょっとこれはさすがに…」
「カメラマンに渡すのを間違ってくれちゃったとか」
「あ、多分そうだ…絶対そうだ」
2人が焦っているところへドアをノックされ、担当が入ってきた。
「この後お店を予約してますので。夕飯までお付き合いくださいね~」
「あ!あの…これちょっと間違ってるみたいなんですけど」
「はい?…あ、えっと…少なかったですか?」
「いえ!こんなにたくさん貰う訳には…」
一瞬焦った表情を浮かべた担当だったが金額が多すぎるという言葉を聞いて笑顔を浮かべ
「いえ、これは弊社からあなたへの気持ちです。期待以上の写真を撮らせていただきました。これだけの値打ちのある仕事をしていただいたあなたの『仕事』への対価です。お納めください」
「…でも…」
「今日の宿泊ホテルと帰りのチケットも弊社で用意しておりますので。では後ほど車が来ましたら会場の方までいらしてください」
そういって担当が出て行ったあと
「どうしよう…」
「すごいねモデルさん」
「そんな事言ってる場合じゃ…ちょっと涼ちゃんに電話してみる」
優奈が涼子に電話で事情を話すと一瞬で電話は終わった。
「ちょ、ちょっと!涼ちゃんってば!…あ…切られた…」
「何だって?」
「『へー良かったじゃん。後は2人で楽しんどいで~』だって…」
「じゃあ貰っとけばいーじゃん」
「だって…」
「それは間違いなくお前が自分で稼いだお金だよ。もうあきらめて納得しとけ」
「…いいのかなぁ」
その後タクシーに乗せられて高級そうな料亭に招待され、社長や偉いさんたちとの緊張しながらの会食が終わる。
次回また撮影する事になった時にはぜひまたモデルをやってくれと何度も頼まれ、そしてまたタクシーに乗せられてホテルまで送ってもらった。
ホテルは京都駅ビルの中に建っているグランヴィア京都。
ここもまた高そうな部屋に案内される。
「なんか凄い扱いなんですけど…」
「だな。ただの高校生なのに」
「勝也だったらわかるけどなんであたしがこんな…」
「は?俺だったらもっと意味わかんねぇよ」
「もうこうなったらとことん楽しんでやろ」
「開き直ったか」
「こんなの二度とないかもしれないもん。ねぇどっか出かけてみたい!」
「お前疲れてねぇの?」
「そんな事言ってたらもったいないじゃん。どっか行こ!」
「そーだな」
それから着替えてフロントに行き、賑わっていそうなところを教えてもらって外に出る。
教えてもらったのは京都一番の繁華街だという新京極通り。
京都駅から地下鉄に乗ってホンの10分ほどで到着した。
「すごーい!なんか京都ってイメージじゃないね」
「こんなに賑わってるんだ…なんか修学旅行のメッカだって言ってたな」
「ねぇねぇ色々見てまわろーよ」
勝也の腕にしがみつくように腕を回す。
「ちょっとくっつきすぎだってば」
「だって地元じゃこんな歩き方出来ないじゃん、誰かさんのせいで」
「俺のせいだって言うのかよ、んじゃコレでどーだ」
付き合って初めて勝也が優奈の肩に腕を回す。
「うわ…うわうわ♪夢みたい」
優奈も勝也に抱き着くように腰に腕を回し返すと、地元ではありえない密着度で京都の夜を楽しんだのだった。




