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69 進路 ②

 優奈の猛勉強が始まった。


未成年であるという部分で成人よりも色々手続きが多いらしく、必要な情報を集めている。

学校の休み時間やバイトが無い日の夜はほぼネットとにらめっこになり、スマホの小さな画面よりも情報量がはるかに多いことから実家にあるパソコンに向かう日々が続く。

『勝也の為に』というその一言が優奈を突き動かしていた。


睡眠時間も格段に減り気づけば窓の外が薄っすら明るくなり始めているという事も少なくない中で、朝には勝也と自分のお弁当を作り放課後はバイト、それが無い日もアパートの掃除や夕飯の準備は欠かさない。


今までなら殺人的なサイクルで弱っていくのは勝也の得意技だったのだが


「おい…お前、目ぇ開いてんの?」


「…ん?…開いてるよ…」


「今完全に舟こいでたぞ?」


昼休み恒例のお弁当タイムでも優奈の疲労感は明らかだった。


「明日から弁当はいいよ、その分もう少し寝ろ。それと別に今からそんなに慌てて色々しなくても、もうちょっとゆっくり…」

「…ダメ、勝也のご飯はあたしが作る。でないとまた食べなくなっちゃうでしょ?それにやるなら少しでも早く実現したいから」


「けどそんな無理してまで…」


「今まであたしがそれ言って一回でも聞いてくれたことあった?」


それを言われると言い返せない勝也だった。


涼子もalesisを立ち上げたのは18~9の頃だと言っていたのが優奈のやる気を加速させている。


「やっぱどうしてもパソコンはいるなぁ。あと印鑑登録するにも実印作らなきゃいけないし個人用の携帯じゃなくて会社用に新しく電話もいるよね。やっぱ先立つモノがもうちょっと必要だなぁ…」


アパートの家賃や光熱費などは頑なに勝也が一人で払っている。

その分優奈のバイト代はそのアパートで使うものや毎日の食材、そして化粧品や消耗品でほとんど残らない。


「バイト増やすかもうちょっとシフト増やしてもらうかしないと無理かなぁ…」


悩みの種が違う方向に向き始めた頃


ある日の休み時間、ふと廊下の方を見ると芽衣がモジモジと遠慮がちに教室を覗いていた。その視線はいつものように突っ伏して寝ている勝也の方を向いているのだが


「あれ芽衣ちゃん。どうしたの?入って来なよ」


真面目な芽衣は勝手に無断で他のクラスに入っていく訳にはいかないと戸惑っていた。


「あ…お邪魔します…」


「あ~芽衣ちゃんだぁ」

「おー!久しぶり~!」


当然芽衣は大歓迎される。

しかし少し笑顔を返しただけでまずはみさ達の元へと進み


「あの…松下クンって起きてくれたりしないかなぁ」


「勝也に用なの?」

「うん、ちょっと相談したいことがあって…」


「芽衣ちゃんの方から相談??…勝也で大丈夫かよ」


「確実に康太より頼りになるでしょ」

「声かけてみなよ。多分優奈以外で勝也起こせるのって芽衣ちゃんぐらいじゃない?」


「そんな…怒られるから」


「この学校に芽衣ちゃんの事怒るヤツはまぁいないだろ」


みんなに促されて恐る恐る勝也の机に近づくと


「…あの…お休みのトコごめんなさい…松下クン?」


「z z z z z z z z z z z z z…」


「…あの…松下クン…松…」

「あぁっ?!うるせ……っと…芽衣ちゃんか、どした」


なかなか不機嫌な表情で顔を上げたものの、それが芽衣だとわかると表情が変わった。


「ご…ごめんなさい。あの…ちょっと優奈ちゃんの事で…」


「え?」

「最近ちょっと疲れすぎてるんじゃないかなぁって」


「あぁ…うん」


「何かあたしに出来る事とかないか聞いてみたんだけど『大丈夫』としか…」


相変わらずの優しさで優奈の事が心配でたまらず勝也に相談しにきたのだった。

するとすぐ近くにいたみさ達も


「確かにおたくの奥さん最近日に日に弱ってってるよね」

「疲れ切った顔してるよなぁ」


「今もちょっとの時間なのに熟睡してるし…何かあったの?」


「今あいつ目標の為に必死に勉強してんだ。けど体壊したら何にもならないからちょっと休むかペース落とせって何回も言ってるんだけど、自分で決めた事だからって。ホント周りのいう事も聞かないし…なんであんなにガンコなんだろ」


周りにいた全員の『お前が言うな!!』という視線が勝也に突き刺さる。


「優奈の目標って?」

「ん?…あぁ…まぁ…なんか色々と…」


「どっちにしてもちょっとは休ませないと誰かさんみたいにぶっ倒れるかもよ」


「…誰かさんって…誰?」


ここまで鈍感な男だったのかとあきれ顔の女子達だった。


「とにかく優奈に言う事聞かせられるのは勝也しかいないんだから今回ばかりはお前が何とかしろよ」


「そんな事言われても…」


実際、優奈の疲労は誰の目から見ても明らかだった。

だが勝也とのケンカや揉め事ではなく自分の目標の為という今までとは違う理由が、親友でさえも声をかけづらい顔つきに現れている。


その日の帰り


「なぁ、みんな心配してるぞ」


「心配?…どうして?」

「お前が疲れ切ってるから」


「大丈夫だよ、やる気はみなぎってるもん」

「それはしっかり目が開くようになってから言う事じゃねぇの?」


「大丈夫だって。こんなに一生懸命勉強したの生まれて初めてだからちょっと目がショボショボするだけ(笑)勝也は今日居酒屋の方だっけ」


「今日はエアコン修理で臨時休業になったって朝も言っただろーが」

「え?…そ、そう…だった?…あは…あはは…」


「ったく…明日は土曜だし、メシ作っとくから今日はウチに帰ってこい」

「あ、久しぶり~!楽しみにしとくね、じゃ行ってきまーす」


笑顔とは裏腹に重そうな足取りでいつもの曲がり角で別れる。


電車の中でもずっと本を読んでいる優奈。

思わず乗り過ごしそうになったところを慌てて飛び降りるとalesisへ到着する。


すると顔を見た途端に涼子から


「あ、来た。ねぇ優奈、おととい頼んどいた発注のFAXちゃんと送ってくれたよね?」


「え…発注の…FAX……あ!…あああぁぁぁぁぁ!!!!」


「ちょっと!何やってんのよ!『これだけは絶対に忘れるな』ってあれほど言ったでしょぉっっ!!!」


「ごっ…ごめんなさいっ!!!」


「その紙どこにあるのっ?!」

「えっと…えっと…あ…ここに…」


なんと優奈のカバンからその大事な書類が出てきた。

それをひったくるように受け取ると急いで卸業者と配送業者に緊急配送の電話をかけまくる涼子。


「あ、あの…あたし取りに行ってきますっ!!」

「段ボール3箱分を千葉まで?どうやって?」


ギロッと睨まれて立ちすくむ優奈。

結局納品先へ謝罪し一日だけ待ってもらう事で話はついた。


「…あの…申し訳ありませんでした」


「はぁ~…ねぇ、あんた最近どうしちゃったの?前はあたしがうっかり忘れてた事までしっかりフォローとかしてくれてすっごく元気に仕事してたじゃない。それが最近お客さんに声かけられても気づかない時もあるしボーっとしてる時もあるし…勝也となんかあった?」


「いえ、勝也とは何も…あたしの不注意です」

「悩みとか考え事があったとしても仕事にまで影響出されちゃ困るよ」


「はい…申し訳ありません」


「とにかくちょっと何日か休みな」


「え?…あの、それだけは…これからはちゃんとしますから…」

「その言葉はとりあえず半開きの目とその下の真っ黒なクマが治ってから聞くよ」


結局バイトは中止となり帰された。

トボトボと重い足取りで電車に乗り、駅からもいつものバスには乗らず歩いて帰る。

その道中優奈の目からは涙がこぼれていた。


今は少しでも多く働いて準備資金を貯めたいのも事実だが自分の不甲斐なさで涼子にまで迷惑をかけてしまった。

一刻も早く会社を興したいという気持ちが先走り周りが見えていないという事にもようやく気付き始めていた。


いつもよりも相当長い時間をかけてアパートに到着する。


「…ただいまぁ…」


「あれ?どした」

「なんでもない…帰ってきただけ…」


しばらく沈黙が続く。

玄関に立ったまま目を合わせようとしない優奈を見て大体の察しがついた勝也。


作っていた晩御飯のコンロをカチッと止めると


「おいで」


勝也が両手を広げる。

それを見た途端蹴散らすように靴を脱ぎ、走ってその胸に飛び込みそのまま泣き出した。

ひとしきり泣いてようやく落ち着き始めた優奈に


「なぁ優奈」


「…ん?」


胸にうずめていた顔をスッと上にあげる。

そして久しぶりに至近距離で見つめ合うと


「お前が俺の為に会社を興したいって言ってくれたのは正直すっごく嬉しかった。お前が作る会社なら安心して自分の事を任せられると思った。だからお前が寝る時間も割いてこんなに疲れててもずっと黙ってたけど…」


「…………」

「俺がBeastRush入るの断った時、なんて言ったっけ」


「…え…」

「卒業までみんなと遊びたいからって…俺だけ先にいなくなるのイヤだからってそう言ったよな」


「…うん」


「いくらみんなと一緒に遊べたとしてもお前がいなきゃ意味ねぇんだぞ?」


「………」


「ブランカも解散して今はお前と2人っきりだ。それに卒業したら仕事っていうのが一番大事な事になる。だったら残りの高校生活は目いっぱい楽しむのも大事な事なんじゃねぇか?」


「…あ…」

「制服着て遊べるのはあと1年しかないんだぞ」


「…そぉ…だった…」


「もうちょっとゆっくり行こうよ。こないだお前も言ってたろ?お金なんて無くてもいい、2人でバイト続けたっていいって。いつかその準備が出来た時からスタートすればいいんだよ。それに最近あんまりお前とゆっくり出来てなかったから俺もちょっとだけ寂しかったし…」


「…えっ?なんて?…勝也が寂しかったの?ホント?」


「いや、えっと…ホンのちょっとだけそんな気がしただけかも…なんて…」

「うっそー!勝也が寂しがってくれたぁ!!」


「やっぱ今のナシ!」


「ダメー!もぉ聞いちゃったもん!やったぁ!」


知らず知らずの内に自分で自分を追い詰めていた事を気づかせてくれた勝也。

そのおかげで優奈の気持ちは急に晴れ、そして寂しかったという初めて聞いたセリフで元気が湧いてくるのをはっきりと感じたのだった。


「ありがと」


「…なにが?」

「やっぱ勝也の隣にいないとあたしがあたしじゃなくなるみたい」


「気づくのがおせぇよバカ女」


「あ~…またバカって言ったぁ…」


「とりあえずメシ作っちまうからお前はちょっと寝とけ」

「えー…ヤだ、横にいる」


「邪魔で仕方ねぇんだけど…」


結局その日優奈がスマホや本を開くことは無く、久しぶりにゆっくりと夕飯を食べ、勝也が片づけをしている間にソファでウトウトし始める。

お姫様抱っこで寝室に運び起こさないように着替えさせると、そのまま朝まで眠り続けてしまった。


「…ん…んん~~っ!!」


大きな声で目覚めた優奈。


「…んぁ…うるせぇよぉ」


「あーっ!昨日あのまま寝ちゃったじゃんっ!!」

「だからなんだよ…もうちょっと…」


「せっかく久しぶりにしよーと思ってたのにぃっ!!」

「そりゃ残念でしたね」


「ねぇ!起きて起きて!今からっ!!」

「はぁ?…バカかお前は。朝っぱらから…」


「起きないんだったら勝手にするよ?」


「ちょ…ちょっと待て!…おい、こら!…ちょっと…わぁっ!!」


結局優奈の元気は勝也によって取り戻され以前よりもパワーアップして週末を過ごす。


そして月曜の朝、登校してきた優奈の表情は心配していた友人たちをホッと一安心させたのだった。


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