68 進路 ①
風邪もすっかり治った頃、朝の通学途中で
「あ…そういえばもうすぐ進路面談あんだよね、勝也はどうすんの?」
「どうって?」
「進学とか就職とかそういうの答えなきゃいけないんでしょ?」
「あ~、な~んにも考えてねぇや」
「…なんにも?じゃああたしはどうすればいいの?」
「どうって…お前の進路になんで俺が関わってくんだよ」
「はぁ?ものすごーく関わってくるじゃんっ!!」
「え…そうなの?」
「信じらんない…」
少し優奈の機嫌を損ねたまま学校に到着する。
もうすぐ3年生になるとあって卒業後の進路については色々なところで話題になっているが
「おはよー♪って…あんたなんでそんなに怒ってんの?」
「だって…勝也があたしの事なーんにも考えてくれてないんだもん!」
「はいはい、またいつもの夫婦ゲンカですか…」
当初、勝也の頭の中ではブランカの解散など当然無くそのままバンド活動と並行してバイトを続けるという考えだった。
だが落ち着いて考えてみればもうブランカは存在しない。
卒業後もただ漠然とバイトを続けるだけというのも不安定であり、中途半端を好まない勝也にとっては選択肢になかった。
ただただ本当に『忘れていた』だけであった。
その日の昼休み、お弁当を食べながら
「このまま進路決めないんだったらあたし面談出れないよ」
「お前はどうするつもりだったの?」
「だって勝也はここに残るのか地元戻るのか…東京って選択肢もあるでしょ?」
「なんで東京?あんなトコ行くつもり無いよ」
「でもどんな状況でベース続けていくのかによって場所も変わるじゃん。あたしは勝也がどこに行こうが一緒についてくつもりだから…だから決めらんないの」
「あぁそういう事か」
「なのに全然関係ないみたいなコト言われるし」
まだ機嫌も悪いながら優奈の表情は寂しそうな顔だった。
「ごめん。でも俺だってドコに行こうがお前とはずっと一緒のつもりだったからさ…だから慌てて考えなくてもって安心しきってた」
「え…ホントに?」
「うん」
「ホントのホントに?ちゃんとあたしも一緒にって思ってくれてた?」
「なんにも考えてなかったのは事実だけどそこだけは決まってた」
「んふ~~♪」
「なんだ、気持ち悪りぃヤツだな」
「あ~…また気持ち悪いとか言う…」
優奈の顔は勝也のたった一言で満面の笑顔に変わっており、どんな進路であろうが離れ離れになることは無いという約束を交わしたようでご満悦だった。
それから数日後の夜、部屋でベースを弾いている勝也をウットリと眺めていたところで
「ねぇ…例のスタジオミュージシャンって選択肢は?」
「え~、今までは高校生だからって理由で断ってきたけど『卒業まで待つ』とか言ってくるヤツとかもいてさ。なんか1回それやり始めたら断れないような気もすんだよね」
「じゃあどっか事務所入って直接聞かなくていいように窓口作ればいいじゃん」
「ヤダよ、そしたら今度はその事務所の言う事聞かなきゃいけなくなるだろ」
「あぁ…人に言われた通りに弾くのとか耐えれそうにないもんね」
「ベースは趣味でいーよ」
「…誰がどう見ても趣味のレベルじゃないんですけど」
元々人に言われて弾くような男ではない。
そしてそれはあのブランカの解散理由でもあった事だ。
確かに勝也がその選択をするとは到底思えないが逆に勝也が選びそうな仕事…と言っても、どれだけ考えても優奈の頭にはベースを弾いている姿しか思い浮かばなかった。
親友達も同じく悩んでおり
「あ~…進路かぁ~」
「頭痛いなぁ~」
「大学とかって言ったって知能がなぁ~…」
「みんなやっぱ進学系?」
「だってまだ遊びたいじゃん、就職とかしたら遊べなくなるだろうし」
「優奈は?」
「あたしは…まだ決めらんないの」
「勝也?」
「うん…やっぱあの人がどう進むのか決めてからじゃないと動けないよ」
「離れたくないんだもんね」
「それだけは絶対ムリ。でもベースで食べていく気もないみたいだし」
「そこが不思議なんだよね…今すぐだってそれだけで生きていけそうなのに」
「人にこう弾けって言われて弾くのがどうしてもイヤみたい。だから事務所とかに所属しちゃったらやりたいようにできなくなるからって。こないだなんて『ベースは趣味でいい』とか言い出すし…」
「いやいや…趣味で済むレベルじゃないでしょ」
「ホンットに自分の腕に対して自覚ないよね、勝也って」
みんな思う事は同じのようだった。
そしてしばらく沈黙が続いたあと
「勝也がやりたいようにだけやれる事務所とかないかなぁ」
「仕事となったらそれはムリなんじゃないの?」
「無いんだったら作るとか」
「……え?」
「最初から勝也専用にそういう方針の事務所作っちゃえば簡単なんだろうね」
「…事務所を…作る…?」
友達同士のただの会話…だが優奈の頭の中に少しだけその話題が引っかかった。
その日の帰り道、今日は2人ともバイトのため一緒に駅に向かって歩いている。
「ねぇ、もし…もしだよ?勝也がやりたい事だけをやれる事務所とかあったらちょっとは考えてみちゃったりする?」
「またその話か、そんなトコある訳ねぇだろ。あぁいう世界は大きな金が絡んでくるからアーティストのわがままなんて通らねぇよ」
「だからもしもって言ってるじゃん」
「そぉだな、ホントにそんなトコがあればブランカも解散しなかったかもな」
「…え…」
確かにそうだ。
ブランカが解散した理由も『自分達のやりたい事しかしたくない』というわがままを貫き通した結果だった。
優奈の中で何かが大きく動こうとし始めていたのだが、逆にそれが前代未聞な事だという事にはまだ気づいていなかった。
同じ駅で電車を降り同じ方向へ向かう。
最後にはお互い手を振って斜め向かいにあるそれぞれのバイト先へ到着した。
優奈のバイト時間が終わりバックヤードへ入ると
「涼ちゃぁん…ちょっと聞きたい事があるんだけど」
敬語ではない時点で個人的な相談だという事はわかる。
「ん、どした?」
「涼ちゃんがalesis立ち上げたのっていくつの時?」
「え~いくつだっけ…18…19だったかな。なんで?」
「会社作るのって大変だった?」
「そりゃ仕入れ先とか店舗探しは大変だったけど…何、お店開きたいの?」
「ううん、お店じゃなくて『会社』を作るとしたらって話」
「会社って何する会社?」
「何って事もないけど…ちゃんと存在する会社を作るにはどうすればいいの?」
「まず何したいとかどういう内容のってのがハッキリしてないとわかんないよ。ただ名前が存在すればいいだけなら『開業届』ってのを出すだけで会社自体の設立は出来るけど、その時点で会社に対して納税義務が発生するの。だからただ漠然と会社作りたいだけなら収入がなくても税金だけ払うハメになるよ。…っていうか何企んでんの?」
「開業届…ってのを出すんだ」
「ちょっと!聞いてる?」
「…開業届…開業届…」
「優奈?…おーい…」
もう涼子の声は届いておらず、ブツブツと呟きながらバックヤードを出る。
今日も当然勝也の方が帰りは遅い。
そのまま駅前のデパートに入っている本屋へ行くと、たった今聞いた『開業届』に関する本を探してみた。
細かい文字ではなく大まかな流れが載っていそうな本を買いアパートまでそれを熟読しながら帰る。
「…税理士…法人税…ちんぷんかんぷんだぁ…」
意味不明ながらアパートに着いてもまだ読み進めていると
「ただいまー」
「えっ?…わぁっ!もぉこんな時間!」
「は?メシは」
「ご…ごめんなさい…」
「…このヤロォ」
「す、すぐ作るからっ!…あ、買い物もしてない…」
「こんな時間にどこのスーパーが開いてんですか?」
「えっと…」
「ったく…上着着ろ。駅前のファミレスなら開いてんだろ」
「あ、予定外のデート…ちょっとラッキー♪」
「張り倒すぞ、てめぇ」
思いがけず久しぶりに2人っきりでの外食にウキウキする優奈。
たった今歩いて帰ってきたばかりの道のりをもう一度歩くことになった勝也も、子犬の様にチョロチョロしながら嬉しそうに歩く優奈を見ると普段はあまり連れて行ってやれないという思いもあって笑顔を見せていた。
店内に入り、席に案内されて向かい合わせに座ると
「うたた寝でもしたか?」
「ん?そうじゃ…あ、やっぱそうかな…はは…」
「ふ~ん…」
寝起きでない事はわかっていた。
だが優奈がウソをつく人ではない事もわかっているからこそ、あえてそれ以上は聞こうとしない勝也。
明日は休みではないためそうそう遅くまでゆっくりするわけにもいかないながら久しぶりの外食を楽しんで店を出る。
その帰り道
「自分で仕事選べて好きなようにベース弾いてればいいってトコあったら幸せ?」
「ん~確かに(笑)」
「…ホントに?」
「ま、ありえない話だけどな」
「一つだけ聞いていい?もし向こうからの要望と勝也の考えるベースが一緒だった時だけでいいから弾いてくれって言われたら弾きたい?」
「それだったらストレスにはならなそうだけど…なんでそんな事聞くの?」
「だってやっぱり勝也には思いっきりベース弾いてて欲しいもん」
「でもやっぱまずはちゃんと仕事して生活出来るようにならないとお前の両親にも顔向けできねぇしよ」
「…え?」
「卒業したら一緒に暮らそうって言ったの覚えてるか」
「…忘れる訳ないじゃん」
「ちゃんとした仕事してないとそんなお願いもしに行けないだろ」
「ねぇ…ひょっとしてそのためにベース諦めちゃうつもりなの?」
「諦めるなんて言ってねぇよ、ベースは家でも弾けるし」
急に優奈が立ち止まる。
それに気づいて振り返った勝也に
「あたし…やっぱり一緒に暮らすのヤメる」
「え?」
「あたしのせいじゃん、その約束の為に勝也の人生変えたくない」
「別にお前のせいじゃ…」
「あたしのせいだよ!前に康太の件でケンカして、初めてあたしにあのkiller持たせてくれた時の事覚えてる?」
「えっと…スタジオのロビーだっけ」
「そう。その時勝也が『もし俺がお前の為にベースヤメるって言ったらどうする?』って聞いてきたの。…その時あたしなんて答えた?」
「えっと……確か『そんな事させない』…だったかな」
「じゃあそう言う事だよ」
「だから別にお前のせいじゃないって言ってるだろ。『あーしろ』『こーしろ』って言われながら弾いたって楽しくもねぇしどうせすぐモメちゃう自信あるし」
「だからさっき聞いたんじゃん。好きなように弾けるなら弾きたい?って」
「そんなトコあるわけねぇだろ!」
「あたしが作る!」
「…………は?」
勝也の驚きの表情と優奈の真剣な眼差しと共に少しの沈黙があり
「作るって…何を」
「あたしが事務所作って勝也のベースの窓口になるの」
「…バ…バカかお前…そんな事…」
「出来るよ、絶対やってみせる」
「会社なんてそう簡単に出来るわけ…」
「じゃあ出来たら?ホントにあたしが会社作ったらその時はベーシストとして所属してくれる?」
どうやらこの目は勢いでも冗談でもなさそうだ。
「…本気で言ってんの?」
「もちろん本気だよ」
「いつからそんな事…」
「こないだ初めて進路の話した時から」
「そんなの儲かるわけないだろ…」
「は?…儲け?…バカにしないでよ!お金稼ぐために言ってるんじゃないっ!」
「…え?」
大きな怒鳴り声の後、優奈の目に涙が溜まり始める。
「お金なんて無くてもいいじゃん…今までみたいに2人でバイトしたっていいじゃん…。あたしはただ勝也にはずっとベース弾いててほしい。あたしがヤキモチ妬くぐらい幸せそうに弾いててほしい。そのためにあたしが出来る事っていったらそれぐらいしか思いつかなかったんだもん…」
「…………」
「勝也のベースをお金儲けの道具にするつもりなんてない。ただあたしは大好きな人が一番幸せでいられる場所を作りたいの…」
頭を殴られたような衝撃を受けた。
優奈の気持ちを疑った事などもちろんなかったが、これほどまでの想いを感じたのは初めてかもしれない。
ため息が出るほどの美貌を持ちながらただ一途に自分への愛情をぶつけてくれる最愛の彼女…気づけば優奈をギュッと抱きしめていた。
「相変わらず無謀なバカだな、お前は」
「…だって勝也の彼女だもん」
「ったく…で、いつ出来んの?」
「…え?」
「お前の会社。俺はいつから所属するんだ?」
「ホ、ホント?…いいの?」
「お前の言う事なら聞けるしな」
「が…頑張る!絶対作るから!」
「あぁ、楽しみにしとく」
笑顔が戻った優奈。
また行きのようにチョロチョロと楽しそうに帰路に就く。
「って事はお前の進路もこれで決まったって事か」
「あ、ホントだ!一石二鳥じゃん♪」
「自分のことは考えてなかったのかよ」
「忘れてた(笑)」
「大丈夫かよ、こんな社長で…」
「社長…え…あたし社長になるの?」
「そんなことも知らねぇで言ってたの?」
「気づかなかったぁ!きゃー♪あたし社長だぁ!」
「…こりゃ不安しかねぇな」




