66 Jun ②
まだ勝也がブランカに加入するもっと前の話。
当時のJunには相当な美人の彼女がいた。
外見は清楚な感じで大人しく、派手な見た目のJunとは一見不釣り合いにも見えそうなものだが、先に惚れたのはJunでかなりの時間をかけてようやく振り向いてもらえたのだった。
少し体が弱くて人が密集するライブに来る事はあまり無かったものの、他のメンバー達とも打ち解けていてライブ以外での集まりや遊びには連れてくることも多かった。
そんなある日…
【突然Junの電話が鳴った。電話の相手はその彼女・奈美だった。
「今から行ってもいー?」
「おっ、めずらしいじゃん。迎えにいこーか?」
「ううん、実はもう駅まで来ちゃってるから。んじゃ行くねー」
「おう、わかった」
奈美の方からデートや遊びの誘いをしてくる事は珍しい。
もちろんJunの方から誘っても断られる事はなかったものの、自分の意思でしかも内緒で駅まで来てからのサプライズにJunのテンションは最高潮だった…のだが
駅からの距離を考えても来るのが遅すぎる。
電話をかけてみても繋がらない。
家の前に出て待ってみても全然奈美が来る気配はなかった。
それからしばらく経った頃…
救急車の音が聞こえてきた。
最初は気にも留めていなかったが、その音はJunの家から駅までの中間ぐらいまで来たところで止まった。
(まさか…なぁ…)
そんなはずはない。
そう思いながらもあまりにも遅すぎる奈美にイヤな予感がするのも事実だ。
おそらく奈美が来るとすればこの道を通るはず…その道にむかって歩き出した。
歩いている途中で止まっていた救急車の音がまた鳴り始め、走っていった。
その現場はJunの歩く通り道だった。
事故現場に差し掛かると警察や野次馬の人だかりが出来ていて、現場にはまだ事故を起こしたらしいトラックが止まったまま。
そしてその前には被害者が倒れていたらしく血だまりが出来ている。
遠巻きに野次馬の後ろを歩きながら、その人垣の隙間から覗いてみる。
そこには…Junが以前奈美の誕生日にプレゼントしたものと同じバッグが落ちていた。
「…え?」
強引に人混みをかき分けて最前列まで進む。
そして近寄ろうとすると警察官に制止された。
「あの…被害者ってどんな人?髪の長いこんぐらいの背の女の子?」
制止してきた警察官に問いかけると
「あぁそんな感じだよ。知ってる人?」
「…ど…どこの病院に運ばれたの?」
「そこまではわからないけど」
「調べてくれよ!…その子、俺の彼女かもしれない」
「…え?」
無線でその警察官が搬送先を調べ、ほどなくして返ってきた病院名を教えてくれた。
警察官に事情を話して落ちていたバッグを受け取るとそのまま大きな道まで全速力で走りタクシーを止める。
病院名を告げて急いでもらうように頼み、ようやくバッグの中を見る。
…やはり奈美のバッグだ。
痛いぐらいに心臓が早く脈打っている。
信号で止まる事さえもどかしく、タクシーのスピードもモタモタに見えてしまう。
病院に到着すると投げ捨てるようにお金を払い駆け込んだ。
「あの!…ついさっき救急車で運ばれてきた女性はどこですかっ!!」
「えっと…御家族の方ですか?」
「家族っていうか…えっと…その子の彼氏です!」
「あ…今は緊急処置中ですのでご家族の方と一緒にお願いします」
看護師は逃げるように走り去った。
救急搬送口の方に行っても当然中には入れてもらえずまた正面入り口から中へ入るとロビーへ戻り、そこで手段は無くなった。
しばらくすると駆け込むように入ってきた一組の夫婦。
「あ、あの!救急車でウチの娘が運ばれたと聞いたんですが!」
「あ、えっと…太田奈美さんのご家族の方ですか?」
「はい!」
「…ご案内します」
看護師に連れられて奈美の両親が通路の奥へと向かっていく。
その途中で
「あ、あの!僕、奈美さんとお付き合いさせていただいていた者で…」
「え?…えっと…あなたがJun君?」
「はい。申し訳ありません、こんなカタチで初めて…」
「君と一緒にいたのか?」
「いえ…でも奈美さんは僕の家に向かっている途中でした」
「とにかくまずは奈美の容体が先だ。後にしてくれ」
そういうと看護師と共に廊下の奥へと消えていった両親。
その廊下の奥までついて行き、最後の扉の外で立ち尽くすJun。
そしてしばらくして…
部屋の中から奈美の母の泣き叫ぶ声が聞こえてきた】
テーブルに並んだ夕飯に手を付けることなく、優奈の泣き声だけが部屋に響いていた。
「最初はもうJunクンも立ち直れないぐらいになってさ…音楽どころじゃなかったらしいんだ。でも時間かけてみんなで支えてやっと前を向けるようにはなったんだけど、それ以来Junクンは彼女ってのを作らなくなったって」
返事を返すことも出来ずにただ泣き続ける優奈。
「あんなにいっぱい曲作ってきたJunクンがバラードだけは絶対に作らないだろ?…想いが詰まり過ぎてダメなんだってさ」
「どうしよう…あたしJunさんにヒドい事言っちゃった…」
「ヒドい事?」
「うん…なんで彼女作らないんですか?って…メンドくさいから?って…」
「そりゃお前は知らなかったんだから仕方無ぇだろ」
「知らなかったからって…そんなの関係ないじゃん!」
「お前の知ってるJunクンってのはそんな事気にする人か?」
「違うから余計ヘコむんじゃんか…あんなにいい人なのに…」
「それに別に未だにその事引きずって彼女作らねぇ訳じゃないしさ」
「…え…そうなの?」
「当たり前だろ。まだ引きずってんならその奈美さんって人も可哀想だよ。その人を超える人なんておそらく一生現れない。ただ…あまりにも大きすぎる存在ってのはさ、その存在を認めれば認めるほど自分の中で神化していくんだ。だから逆に近寄れない存在になっちまう。そうなるのがイヤなんじゃないかな」
優奈の中で話が繋がる。
Junや平蔵、Syou達がもう二度と勝也と組むことは無いだろうと話していた事。
彼らにとって勝也もまた離れて初めて気づいた大き過ぎる存在だったのだ。
「ねぇ、勝也はこの先ブランカの誰かと一緒に演ったりする事ってあると思う?」
「ん?……多分ないだろ」
「どうして?あんなに息ピッタリなのに…」
「だからだよ」
「…え?」
「例えばJunクンと演ったとするだろ?んじゃ『やっぱ相方は平蔵クンしか…』ってなって『じゃあドラムはBanクンでないと』って。で、最後は『このメンバーで対等に歌えるのは1人しかいない』ってことになるじゃん。演るなら全員揃わないと他に入った人が可哀想すぎない?」
「…あ…」
「それにさ、あの人たちはどんどん進化していくんだ。そのうちもう俺なんて手の届かないところまで行っちゃうよ、きっと」
勝也の言葉はJun達と全く同じだった。
あんなにいつもふざけ合ったりしながらもお互いをミュージシャンとしてこれ以上ないほどに尊敬している。
みんなが勝也だけに対して思っていたのではなく、それぞれがみんなを凄い人だと認めている。
それがブランカの繋がりだった。
Junの言葉で寂しさを感じ、言い返してしまった自分の無知さが恥ずかしくなった。
「やっぱ全然かなわないや…」
「何が?」
「なんでもない。…ねぇ最近全然みんなで会ってないよぉ」
「そうだなぁ。よし、涼ちゃんに電話してみな」
「うん!」
それから涼子に電話を掛けると、あっという間に次の土曜日の飲み会が決定したのだった。




