65 Jun ①
ガバッ!!!
スヤスヤ熟睡していた勝也の布団がいきなり引き剥がされる。
「ん~~…寒いってぇ…」
なおも間髪入れずに今度は体をゴロンと転がされると
「…なんなんだよぉ」
「あたしのパンツがないのっ!美容院予約してんのに!」
「知らねぇよ…違うの出せば…」
「あ!あった!」
全裸のままさらに転がされ布団から落ちてしまう勝也。
「わっ!てめぇ、いい加減に…」
その頃にはもう優奈はリビングへと逃亡していた。
勝也の実家への帰省から戻ってきて2週間。
最終学期も始まってすぐの週末だったが今日は勝也が昼から夜まで通しのバイトに出る為、その時間に美容院を予約していた。
夕方からはバイトだが、行きつけの美容院で髪を切った後時間が少し空いてしまった。
家に戻る程の時間もないため久しぶりに一人で街をブラブラ散策し始めると、さすがに道行く男達の視線が集中する。
声を掛ける勇気もない男達が遠巻きに見つめる中、優奈の背後から一人の男が近づいてきた。
「おい、そこのベッピン!誘拐してやろーか」
誰もが玉砕を確信した瞬間…まだ振り向いてもいない優奈の表情が満面の笑みに変わり
「あ~~!Junさんだぁ!!」
そう叫んでから振り返り、飛びつくように抱きついていく。
「なんだよ、ちょっとぐらい驚けよ」
「だって声でわかっちゃうモン!久しぶりですね~!!」
「久しぶりだな。一人か?」
「はい、勝也は昼からバイト行っちゃったんで」
仲良さそうに話す2人を見て周囲の男達はガッカリな表情を浮かべた。
「で、寂しくブラブラしてんだ」
「言い方ヒドー!夕方からバイトなんですけどそれまで時間あるからちょっとブラついてただけですよーだ。Junさんは?」
「俺はさっき買った服のサイズ直してもらってる間のヒマつぶし。時間あんならコーヒーでも飲むか?」
「やった~!」
他の男と2人っきりなどありえない話だが相手がブランカファミリーとなると話は別である。
何のためらいもなく隣を歩き近くのカフェへ入ると二人掛けのテーブルに向かい合わせで座った。
「よく考えたらJunさんと2人って初めてですね」
「そりゃ何回もあったらさすがにマズいだろ」
「ダメなんですか?」
「元」ブランカのギタリスト・Jun。
男前揃いのブランカの中でも顔は文句なしにナンバーワンと称されるイケメンでありながら、そのギターの腕前は平蔵に「天才」と言わしめるほどの速弾きの名手。
ブランカの楽曲の半数以上は彼の作曲であり、他のメンバー達が作った曲もみんなアレンジはまずJunに相談するといったメロディメーカーでもある。
「そういえば新しいバンドのメンバーって見つかりました?」
「ん~…ボチボチ探してはいるんだけどなぁ、まだ正式には1人も決まってないんだ」
「Junさんが声かけたらすぐに集まりそうな気しかしないんですけどね」
「それは俺っていうんじゃなくて『元ブランカ』っていう肩書のせいだよ。あんなすげぇバンドに入れてもらってたからな。俺、一番ヘタクソなのに」
Junもまた例にもれず自分自身をわかっていない典型的な「ブランカ病」だった。
「どんなバンドになるのかなぁ…ライブの時は絶対教えてくださいよ?」
「わかってるよ。そういえば勝也は元気にしてんの?こないだ東京まで送ってったっきり会ってねぇんだけど」
「あ、あの時はありがとうございました。あの後すっごい大変だったんですけどね…(笑)」
財布の中300円事件の詳細を説明すると大爆笑となり、お腹が痛くなる程笑った後
「でも最初から入る気無かったんだろうなぁ、ブレイズの時みたいに」
「みたいですね。あの人にとってはブランカ以上に楽しい場所なんてないみたいだし」
「…そっかぁ」
そういうと少し俯いて口数が減ったJun。
「あれ…あたしヘンな事言いました?」
「あ、いや。そうじゃないんだけどさ…こないだちょっと平蔵と飲みに出たことあったんだ。そんで途中からSyouとKouも来て、Banは仙台行っちゃってるけどいっそのこと勝也も呼ぼうって話になったんだけどな」
「へー…」
「そこからなんか4人で勝也の話になっちゃって…あいつがこれからどうなっていくのかとか、どこまで登っていくのかとか…そしたら平蔵がさ、たぶんもう二度と勝也と一緒にやることは無いだろうなって」
「…え?」
今までも、そしてこれからもこの男達の結束が揺らぐ事は無いと信じていた優奈にとってこの言葉は驚きでしかなかった。
「平蔵が言うのもわかる気がすんだよ。勝也のベースってのは、優奈も知ってるだろうけど並のレベルじゃない。あんなベーシストなんてもう二度と見つけられないと思うんだ。今だってバンドメンバー探してても、どうしても比べちゃうんだよな。平蔵ならもっとスムーズに合わせられたとかBanならもっとしっかり叩いてくれるとか、Syou クラスのボーカルなんてそう見つかるもんじゃねぇし…でもやっぱ一番はベースなんだよ。勝也のベースを知ってる以上、誰の音聞いても貧弱に聞こえちゃって…」
「…あ…そういう事…」
「けどあいつに声かけるわけにはいかないし…それに勝也は多分あっという間に手の届かないところに行っちゃうだろうしさ」
「手の届かないところ?」
「あぁ、あいつはBeastRushから呼ばれるほどのヤツだぞ?もう俺達なんかと組むようなベーシストじゃねぇよ」
寂しかった。
あれほど仲の良かったブランカのメンバーに、二度と勝也と組むことは無いと宣言された。だがそれは勝也の望みとは正反対の意見であり、優奈にはそれが伝わっていないことの方がショックだった。
キリッとした視線をJunに向けると
「勝也にとっては…みんなのその言葉が何よりも寂しいと思います」
「…え?」
「ブレイズの時も今回のBeastRushの時もあの人は何よりもブランカを大事にしたんです。いえ…『みんな』を選んだんです。どんな大舞台だろうがどんな有名なバンドだろうが…あの人にとってブランカ以上なんて無い。ブランカこそKATSUYAっていうベーシストにとって最高のバンドだったから…」
「……」
「再結成してほしいなんて口が裂けてもいえないけど…でも今の言葉は聞きたくなかったです」
「そうだな…ごめん」
「ごめんなさい…なんかエラそうな事…」
「いや、やっぱお前が一番勝也の事わかってるんだなって思ったよ。いい女見つけたよなあいつ」
「あ、そういうのはどんどん本人に言ってやってください(笑)」
そこからは楽しく話も盛り上がり
「Junさんも彼女作ればいいのに」
「…え?」
「なんで作らないんですか?メンドくさいとか」
「…あぁ、いや…えっと…まぁそんなトコだな」
「こんなにカッコ良くてモテるんだから作ろうと思えばすぐにできるじゃないですか」
「そのウチな。…あ、そろそろ服出来る時間だから出ようか」
結局Junにコーヒーを御馳走になって別れ、優奈はバイトに向かった。
その日の夜、バイト終わりでアパートに帰ると勝也の方が早く帰っていて遅い夕飯の準備をしてくれていた。
「ただいまー」
「おう、お帰り」
そのまま手伝いを始めたあたりで
「あ、今日ね…美容院のあと男の人と2人でカフェ行った。ごめん…」
準備の手を止めてギロッと視線を向け
「あ?……誰と」
少しの沈黙の後
「あのね……すっごく速くギター弾く人」
「なぁんだJunクンか。元気だった?」
あっさりまた手を動かし始める勝也。
「えー!なんでそんなすぐ当てちゃうのぉ」
「お前ね、そのヒントでわからねぇヤツいるか?(笑)」
「つまんなぁい。なんか服買いに行ってたみたいでたまたまバッタリ会っちゃったの。2人ともちょっと時間あったからコーヒー奢ってもらった」
「良かったじゃん。でもまだバンドメンバー見つかんねぇのかなぁ」
「…あ~…だねぇ…」
多少の情報は聞いていたものの、その後の会話の方を思い出してしまったため言葉に詰まる優奈。
そして話題を変え
「そういえばJunさんってなんで彼女作らないんだと思う?あんなにカッコいいのに…」
「ん?あぁ多分この先もなかなかないんじゃないの」
「なんでぇ?」
「あの人…前に彼女を事故で亡くしてっから」
「……え?」
優奈の手がピタッと止まった。




