62 帰省 ①
「着替えとかは大丈夫?あと向こうの御実家へのお土産も。それと…」
「母さん大丈夫だって。昨日も一緒に確認したろ」
「くれぐれもよろしくお伝えしてね。あと挨拶だけはちゃんと…」
心配性の母、電車に乗る最後の最後まであれこれと優奈に注意している。
「大丈夫だってば、あたしだってそれぐらいちゃんと出来るよぉ」
「気を付けてね。じゃあ勝也君よろしくお願いします」
「無理言ってすまないな、よろしく頼むよ」
「いえいえ、こちらこそこんなに色々用意してもらってありがとうございました。ちゃんとお預かりします」
優奈の両親が用意してくれた結構な荷物になるほどのお土産を持ち、2人の荷物を一まとめにした大きなカバンを持って電車に乗り込んだ。
母のあまりの心配振りにそれどころではなかったが、いざこうして2人きりで電車に乗ってしまうと
「なんか急に緊張してきたぁ…ね~ご両親にはあたしも一緒だって言ってくれてあるんだよね?」
「当たり前だろ。何の前触れもなく連れて帰ったら色々説明も面倒だしよ」
旅行というほどの距離ではないが2人で荷物を用意して電車に乗るというこの行動が優奈のテンションを相当上げている。
勝也の地元までは1回乗り継いで合計2時間ほどの移動だが、その間優奈の口が止まることは無かった。
このご時世ではあるが帰省の人々もそれなりにいて例年通りほどまではいかないにしてもそれなりに帰省ラッシュの雰囲気はある。
そんな中
「ほれ、降りるぞ」
「あ…はい」
結局荷物は全て勝也が持ち、その代わりに切符や2人の財布などは全て優奈のカバンに収まっている。
電車を降りて駅を出ると
「ここが勝也が育った街なんだぁ」
大きく深呼吸して辺りを見渡す優奈。
少し田舎のような静けさも感じながら感慨深げに実感する。
辺りはもう少し暗くなり始めているが
「とりあえずそこからバス乗って…」
「ねぇねぇ…あのkiller買ってもらった楽器屋さんってここから遠いの?」
「ん?そこの商店街入ったトコだよ」
「え!ウソ!そこ行ってみたい!!」
「別にいいけどもう年末だから閉まってんじゃねぇの?」
「いいの、外から見るだけでもいいから!」
「…変なヤツだな」
優奈のたっての希望で商店街へ。
ここはいつ来ても時間が止まったような錯覚に陥る程昔から変わっていない。
信号を渡って商店街に入り、しばらく歩くと
「ほらここだよ。やっぱもう閉まってる」
「ここがあの子と出会った場所なんだ…」
「あぁ」
優奈にとってはこの古ぼけた看板や店構えがとてつもなく『聖地』のように見え、写メを撮りまくった。
それからブラブラ商店街を歩き、勝也の思い出話も時折聞きながら少し散策する。
人通りはそれほどないもののやはり優奈が歩くとすれ違う男達はみな振り返っていくのだった。
外へ出るともうすっかり日も落ちて夜になっている。
バス停に着いて時間を調べていると
「あ~いよいよ勝也の実家だぁ…」
「そんな緊張するような親じゃねえってば」
「勝也だって初めてウチ来た時めっちゃ緊張してたじゃんか」
「あ、確かに(笑)」
そんな会話をしながらバスに乗り、しばらくしてようやく降り立った。
「ほら、そこの居酒屋だよ」
「ちょ、ちょっと…ちょっとだけ待って!落ち着かせて?」
「だーいじょうぶだってば。ほらいくぞ」
優奈の手を引きながら店の入り口を開ける。
「ただいまー」
「いらっしゃ…おう、おかえり!」
夫婦で切り盛りしているだけにそう広くもない店だがカウンターはほぼ満席、座敷もテーブルが一つ空いているだけという盛況ぶりの店内。
「おぉ勝也ぁ!帰ってきたかぁ!」
「ただいま。相変わらず年末も飲んだくれてんね」
顔馴染みの客との会話の中、エプロンをした背の低い女性が小走りに寄ってきた。
「は、はじめまして!あの…安東…わっ!!」
挨拶途中の優奈に飛びかかるように抱き着くと
「よく来たねぇ!!優奈ちゃん!!」
ゆっくり顔を見る間もなく顔をうずめる母。
それを見て店内も笑いが起こる中
「母ちゃん!ビールおかわりー」
「自分でやんな!!」
「あ~ぁ、こりゃ当分離れねぇな(笑)」
この母の態度でどれだけ首を長くして待っていたのかがわかる。
優奈にくっついて離れない母の代わりにビールを運ぶと二つだけ空いていたカウンターの端っこの席に腰を下ろし、抱きしめ合ったまま自己紹介している2人を笑いながら眺めていた。
「お前が彼女連れて帰ってくるって聞いてから相当楽しみにしてたぞ」
勝也の前にコトッと生ビールを置きながらの父の言葉に
「だろうね、あの様子じゃ」
「ええぇ!!勝也の彼女だぁ?あんな可愛いコがぁ?」
本気で驚く客たちと談笑している中、もうすでに母と優奈は座敷の方のテーブル横に腰かけてキャッキャと盛り上がっている。
「母ちゃんビールー!」
「自分でやれって言ったでしょ!今、忙しいの!」
「あ~あ…こりゃ今日はもうダメだ」
そういって生ビールを注ぎに来た父の元へ優奈が近寄り
「安東 優奈です。はじめまして、よろしくお願いします!」
「よく来たね、いつも勝也がお世話になってるそうで。こちらこそよろしく」
ペコッと頭を下げて丁寧に挨拶する優奈に優しそうな笑顔で答える父。
すると父が注いだビールを
「お手伝いさせてください!」
そういって客の元まで運ぶ。
微笑ましく両親がみていると一気に優奈人気が爆発してしまった。
「うっわぁ…近くで見るともっと綺麗だぁ」
「勝也の彼女にしとくにはもったいねぇ!おじさんトコにおいで!」
「優奈ちゃんっていうんだって?じゃあ優奈ちゃんビールおかわりー!」
「おいおい、このコは働きに来たんじゃないんだって」
「大丈夫です。ビールの入れ方教えてください!」
それ以来客の注文ペースが一気に上がってしまう事になる。
「ぎゃ~!お母さんっ!泡がいっぱい…」
「だいじょぶだいじょぶ!そのまま出していーよー」
「え~…そりゃないよぉ(笑)」
着いて間もないというのにもう優奈はこの店に馴染み始めていた。
お運びや皿洗いなどまだここに着いてから一度も座ろうとしない優奈に
「はいはいそこまで。とにかく一旦座ってご飯食べな。居酒屋メニューばかりで悪いけど」
「あ、はい!いただきます!」
勝也が座っているカウンターではなく座敷のテーブルにどんどん料理が並べられていく。
優奈が手伝ってくれている間に父が作ってくれたこの店のメニューの数々、そして2人がそのテーブルに着くと
「優奈ちゃんお酒は飲めるの?」
「あ、いえ。まだ未成年ですから…」
「こいつ結構飲むよ」
「ちょっとぉ…ヤメてよ初対面なのに…」
「だってホントに飲むじゃん」
客も交えて大笑いされつつ優奈の前にはレモンサワーが出された。
正直お腹も減っていたため2人仲良く食べ始めるのだが
「おいしー!」「これも好きー!」「これ初めて食べたー!」
と、本当においしそうに食べる姿を見て父も優奈のことが大好きになった。
結局なかなかの量を全て平らげ、またすぐに手伝いを始める優奈。
その様子を見た父も
「いい子だな」
「ん?…あぁ、そーだろ」
このご時世で閉店時間も早くなっていて、結局最後の片付けまで手伝ってからようやく店の2階にある勝也の実家に足を踏み入れる。




