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60 BeastRush ②

 この騒動は瞬く間に全校中に知れ渡るところとなった。


とんでもない騒ぎがあちこちで起こり始めるも今の優奈にはそれさえも耳に入ってこない。


昼休み、優奈の教室にはいつもの親友達に加えてJUNCTIONのメンバー達も集まっている。

その集団から少し距離を置いてクラスメイトの人垣が取り囲む中


「…どこまで登ってくんだあいつ」

「なんかさぁ、もう同じ学校の人間とか思えなくなってきたよな」


「中3でブランカ入って高2でBeastRushかよ…ありえねぇ」


「で…でもまだ決まった訳じゃ」

「あんな世界的なバンドに名前を知られてるってだけでも凄い事なのに一緒に音出したいとまで言われちゃぁね…」


「じゃあ…やっぱり行っちゃうの?」


みんな明言はしないものの勝也は間違いなくこの学校をやめてアメリカに行く事になるだろうと思っていた。

ただずっと言葉を発しない優奈の憔悴した顔がその言葉を口から出させなかっただけだ。


そんな時、窓の外を見ていた岳が


「あ…勝也だ…」


「…えっ??」


全員が顔を起こし窓際に群がった。


視線の先には本当に勝也が立っている。

制服は着ているが校門の外に立ったままでただジッと教室の窓際に群がったみんなの方を見ていた。


大慌てで教室を飛び出すと全員がその校門へ走る。


勝也の前に群がった友人達の真ん中が割れると優奈が歩み寄ってきた。

会話もないままジッと顔を見つめ合った後


「…おかえりなさい」


その言葉には答えずに


「なぁ優奈。一つだけ聞いてもいいか?」


「………うん」


優奈は覚悟した。


周りの友人達も次に出てくる言葉は学校を辞める事と日本を離れる事への許可を優奈に求めるのだろうと確信した。

だが


「俺は……たった300円でどうやって帰って来ればよかったんだ?」


全員がキョトンとする。

そして少しの間をおいて


「え?…さん…びゃく…………あ……ああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「『あー』じゃねぇよてめぇっ!!!」


「ごっ!ごめんなさいいぃぃっっっ!!!!」

「東京から歩いて帰ってきたんだぞコノヤロォッッッ!!!!!」


頭を下げその前で拝むように両手を合わせてひたすら謝る優奈に怒鳴り散らす勝也。

何が何やら意味の分からない友人達は


「ちょ、ちょっとちょっと!300円ってなによ!」


割って入ったみさに向かってどえらい剣幕の勝也の口から


「このバカがアパートの家賃やら光熱費やら全部振り込みに行きやがってよぉ!ご丁寧にすっかり全部払いきったのはいいけど財布ん中に300円しか残しとかねぇでおまけに金足すの忘れやがったんだよっ!!」


「……は?」


「帰りにギリギリで終電間に合ったと思って財布開けたら領収書ばっか入ってて金入ってねぇしよ!電話しようにも携帯は電池切れてやがるし…」


「…で…歩いて帰ってきたの?…東京から?」


「それしかねぇじゃんか!」


驚くほどの勢いでプンプン怒る勝也を見てついにみんなの緊張の糸が切れる。


「ぎゃあっはっはっはっはっはっはっは!!!!」


涙を流すほど笑い転げるみんなの中で優奈はひたすら謝り続けている。


勝也が日本を離れるかもしれない…その事ばかりが頭の中に渦巻き、いつもならちゃんと補充するはずの財布の中身を完全に忘れていたのだった。


「あ~おっかし!…で、何時間かかったの?」


「12時間半!」


その時間を聞いてまた爆笑が起こる。

だがみんな大笑いしながらも、すでに勝也のお金の管理まで優奈がしているのだという事実にも気づいていた。


「ちゃんと確認して行かないからでしょうよ」

「昨日に限って忘れるとは思わねぇじゃんか!」


「行く時はどうやって行ったんだよ」

「Junクンがちょうど仕事で東京行くっていうから乗せてもらった」


「で、スマホの充電も忘れてたんだ?」

「だから電話も出来ねぇし金ねぇからメシも食えねぇし水だけ買ってちょっとずつ飲みながら…ベースはどんどん重くなってくしよぉ」


勝也が話すたびに爆笑が起こる。


「ようやく家ついてなんか食うモン探したらこんな時に限ってコイツ何にも作ってやがらねぇし冷蔵庫も空っぽだし、食パン1枚だけあったからそれ口に詰め込んで…」


「もうダメ~!ちょっと待って!腹筋が切れる~~」


みんな立っていられないほどの爆笑だった。


「で、弁当は!」

「…作ってない…」


「もうダメ、お前は絶っ対許さねぇ!!」


「だからごめんなさいってばぁ…」


するとそれを同じく笑いながら見ていた集団の中から


「あの…あんパンで良かったらあるけど…」


芽衣がポケットからパンを取り出す。


「っていうかなんでポケットからパン出てくんの芽衣ちゃんっ!!」


また大爆笑となる。

そのパンに飛びつきながら


「やっぱ芽衣ちゃんしか頼れる人いねぇ…女神様に見える~」


いつしか校門周辺は大騒ぎの大笑いになっていた。

勝也を待っていた午前中の暗い空気は全く消え、この2人を中心にお祭りのような盛り上がりだった。


「てめぇ購買でなんか食わせろよ?」

「…はぁい…」


結局このドタバタは収まり校内へ向かって歩き始めた。


…が、突然陽平が


「なぁ勝也…学校ヤメちゃうの?」

「ちょ、ちょっと!今それ…」


周りの空気が一瞬にして凍り付く。


「は?なんで?」


「…BeastRush…入るんだろ?」


勝也の目つきが変わる。

優奈にギロッと視線を向けると


「こんの口軽女!」

「…だって……ごめんなさい…」


「ハァ~~~…」


大きくため息をつくとその質問をした陽平に目を向け


「ヤメねぇよ、ちゃんと断ってきた。っていうか最初から入る気無かったし」


「……え?」


優奈を筆頭に全員の目が真ん丸になり驚きの表情を浮かべる。


「はああああ??????」


「な…なんだよ」


「おっまえわかってんのかよ!!BeastRushだぞぉ??」


「だって俺まだ高校生だもん」

「いや、高校生とかそういう問題じゃ…えぇっ??」


「なんで?なにが理由なの?」

「向こうは入ってくれって言ってきたんだろぉ??」


「ったくうるせぇ奴らだな…あのな、このままいきゃぁみんな一緒に卒業すんだろ?そんでいつか同窓会とかあったりして俺もそこに呼んでもらえたとするだろ?そんでさ、みんな『3年の時こんな事あったよなぁ!』みたいな感じで盛り上がったとするじゃん?でもそれを俺が知らなかったらよ…俺一人だけ意味不明なまま愛想笑いしかできねぇじゃんか。そんで後から優奈とかに何があったのか教えてもらって時間差で笑うしかできねぇんだぞ?そんなのつまんねぇし…」


「……は?」


みんな意味を理解するには時間がかかった。

そしてしばらく考えた後、不思議そうな顔の千夏が


「ひょっとして…卒業までウチらと遊びたいから断ったって事?」


「だって…俺がいねぇときに面白い事あったらムカつくもん」


その後長い静寂が続いた。

みんなその言葉の意味をようやく飲み込んだ頃


「ホンモノのバカだぜこいつ~~~!!!!!!」


また大爆笑が始まった。


「信じらんない~~!!なんなのこの人ぉぉ!!」


心の底から大笑いした。


だがみんなのその目には嬉し涙が浮かんでいた。

勝也に群がり男女関係なく抱きつき、そしてその抱擁は優奈にも向いた。


「じゃあさ、なんで東京まで行ったの?」


「あんな世界回ってるような金持ちバンドってどんな機材使ってんのか見てみたかっただけだよ。でも俺はやっぱ平蔵クンやJunクンの音の方が好きだわ」


「…あ…」


今まで黙っていた優奈はやっと気づいた。


あのブレイズ事件の時と全く同じだ。


有名になる事や大きなステージに上がる事に全く興味はない。

ただ大好きなベースを弾きたい。

そしてそれを弾く場所は勝也の中には一か所しかない。


ブランカと仲間、それ以外に興味は無かったのだった。


「それにこんなドンくせぇバカ女一人残して行けねーしよ」


1年生の頃に比べてはるかに大人っぽさまで身につけ、道を歩けばほとんどの男が振り返っていくほどの美貌に成長していた優奈に向かって『ドンくせぇバカ女』と呼び頭をポンポンと叩く。

やはりなんだかんだ言っても優奈の事を一番大事に考えていた勝也らしい言葉だった。


それは優奈を始め親友達の涙を誘う一言で


「アンタってホントに凄いヤツだよね」


「は…なにが?」

「そんなヤツがよく文化祭出てくれたよな。夢みたい(笑)」


「え、来年もやんだろ?」


「…え?」


たった今1年後の伝説復活が決まった瞬間だった。


ようやく騒ぎも収まり、優奈だけでなくみんな勝也に何か食べさせようとゾロゾロと売店についてくる。


その道中で蘭が不思議そうに


「しかし向こうもよく引き下がったねぇ、わざわざ日本に帰ってきてまで声かけて来たのに」


「ん~?まぁ散々ゴネてたけど最後は条件付きで引き下がったよ」


「…条件?」


「あぁ、なんか今度出す予定のシングル?…サポートでいいから弾けってさ。ったくメンドくせぇ…」


歩いていた全員が立ち止まり、呆気にとられる。


「…シングル??」


「あの…全世界同時発売ってヤツ?」

「…6年振りとかなんとか今から騒いでるヤツ?」


「…それを…勝也が弾くの?」



「あ、知ってんの?なんかそうみたい。あ~ハラ減ったぁ!!」


ポカンと口を開けた優奈や友人達を尻目に一人売店に入り食べ物を物色し始める勝也。


子供のような顔で食べ物を物色するこの男のベースが全世界の人の耳に触れる。

その凄さに気づいていない鈍感な男の背中をみんな見つめていた。


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