59 BeastRush ①
早くも翌日からほぼ伝説扱いとなったJUNCTIONのメンバーを取り巻く学校内の空気は一変していた。
勝也の存在感は以前にも増して別格となり、洋司の目を疑うような早弾きに了のパワフルながらも安定感のあるドラム、蘭の普段とは別人のような激しいアクションと露出度。
そしてこれだけのメンツを集めてまとめ上げた勇太。
だがやはり一番だったのはいじめられっ子という認識しかされていなかった耕平を取り巻く環境だった。
今まで耕平をイジメていた同級生達は心から謝罪し、女子に至っては一斉に耕平に群がり始めた。
まさかたった一日でここまで変わるのかと驚くほどの周りの変貌ぶりに耕平本人が追いついていけない状況である。
「なんかすごい事になっちゃってるね」
「ん?まぁこれからは一人でなんとか出来るぐらいにはなっただろ」
確かに勝也が言う通り耕平自身の顔もライブまでのそれとは明らかに違い胸を張れるようになっていた。
学校内ですれ違いざまにJUNCTIONのメンバーが二言三言会話を交わすだけで「キャー!」という黄色い声援が飛ぶ毎日。
正直勝也がイヤがる状況が復活しており、そのおかげでいつキレるかわからず優奈がいつもヒヤヒヤしなければいけないという毎日だった。
文化祭が終わるとまた勝也がステージに上がる予定はなくなる。
もちろん家では練習用のFenderを弾いているし優奈にベースを教えることもある。
楽器に触れない日は一日も無いものの、やはり優奈にとってはあのkillerを弾いているところを見れないのが寂しかった。
「ねーねー、あのコ弾いてあげないの?ずっとケースに入れっぱなしじゃん」
「だって今は弾く場所もねぇし…お前が弾いてやればいいじゃねぇかよ」
「そんな事出来る訳ないでしょ!」
そんなやりとりも多かった。
しばらくたったある日の事…
【BeastRushのベースが脱退!】
日本のミュージックシーンに激震が走った。
BeastRushと言えば日本はおろか世界中で活躍するロックバンドですでに在住はアメリカ、ツアーは毎回世界レベルで回るという日本史上最強のバンドだ。
いまや世界中でその名が轟いているのだが
「へー、ベース抜けるんだぁ」
「みたいだな」
面識はもちろん無いが誰でも知っているだろうBeastRushのベーシスト。
詳しい経緯はわからないものの、バンド自体は存続を公言しているため自然に興味はその後釜に入るのが誰なのかという部分に集まる。
「困ってそうだったら勝也が入ってあげちゃえば?」
「バカかお前は」
冬本番の寒さが始まり世間の話題はクリスマス一色になっていた。
一年前はあの仙台遠征もあり色々と思い返される。
「あれからもう1年も経つんだねぇ」
「そっか、早いもんだな」
仙台で買ったペアネックレスは今も2人の首に肌身離さず光っている。
ブランカの存在自体が消滅した今年はもちろん遠征どころかライブさえも無いため
「どっか行ける?予約できるトコとか探してみよっか」
「ん~…お前と2人で家にいる方がいいなぁ」
「あ…了解しましたぁ♪」
解散以来、勝也の最優先事項は間違いなく「優奈と2人で」になった。
そんな冬休み目前のある日【BeastRush緊急帰国!】というニュースが流れる。
空港に降り立ったメンバーを迎える熱狂的なファン達の映像もニュースで流れる中、目的はおそらく新ベーシスト決定のためのオーディションだろうという憶測が飛び交った。
事前予想では名だたる有名ベーシストたちの名前が上げられるがまだ公式発表は何一つされていない。
そんな中での月曜日、優奈が一人で登校してきた。
「おはよー!…あれ旦那は?」
「ん?今日はちょっと…ね」
「なになに、ケンカしちゃったりとかしたぁ?」
「…そんなんじゃないんだけど」
悩んでいるのか落ち込んでいるのか何やら暗い表情で笑顔もない優奈に周りが心配する中、さらに康太が
「おっはよ!あれ、勝也はぁ?」
「もぉ…何でもかんでもあたしに聞くのやめてよ!あたしだって今ドコにいるのかもわかんないのにっ!!」
「……え?」
よく見れば優奈の目にはうっすらと涙がたまっている。
「どぉしたの?まさか…またどっか行っちゃったって事?」
優奈からの返事は無い。
みんな声を出すことが出来ないまま沈黙が流れている中
「ねぇ…まさかとは思うんだけど…ホントにまさかだけど…今騒ぎになってるBeastRushとか関係あったりしないよね?」
あの有名なバンドがベーシストを探しているという報道は、友人達の心の中でも『勝也に声かかったりしないかなぁ』という期待を抱かせていたようだ。
それに対しても優奈の返事は無い。
だが否定をしないという優奈の態度がそれを認めてしまった。
「ウ…ウソだろぉ…」
「…勝也が……BeastRush?」
親友たちが呟いた言葉は周りのクラスメイトの耳にも届き、そしてクラス中が騒然となる。
「…え?…松下がBeastRush??」
「えええぇぇぇぇ!!!!!」
一気に大騒ぎになった教室中の視線は優奈に集中した。
「まだ入るって決まった訳じゃないよ…。でも勝也に連絡があったのは事実。向こうが音を合わせてみたいって言ってるって。だから昨日東京まで行った。でもその後何にも連絡が無いの。携帯も繋がんないし…どこにいるかもわかんない…」
そういうと机に伏せてしまった優奈。
あの世界的ロックバンドに自分たちの同級生が…。
現実とは思えない驚きはもちろんだが今の優奈を見るとそれを手放しで騒ぐことも出来なかった。
「なんで一緒に行かなかったの?」
「何時にどこそこにベース持って来てくれって連絡だけだったから、どれだけ時間かかるかもわかんないし、今はこんな状況だから待ってろって…」
「まさか…戻ってこないでこのままアメリカ行っちゃうとか」
「バカじゃないの?勝也がそんな事する訳ないでしょ!」
「でも…だったらなんで優奈に連絡してこないのかな」
「…とにかく連絡待つしかないよね」
何もわからない状況の中みさ達は自分の教室に戻り授業が始まる。
休み時間のたびに優奈の教室へとみんなが集まるが勝也からは何の音沙汰もない。
授業中であろうがずっとスマホの画面とにらめっこしている優奈。
徐々に周りも声を掛けられない雰囲気になっていた。




