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56 文化祭 ④

 文化祭へ向けてのスタジオリハも回数を重ね耕平の声量も徐々にそれらしくなってきた。


バックの演奏自体は実力者の集まりのため何も問題ない。

逆にこれだけのメンバーを背負って歌うのだから耕平のボーカリストとしてのスキルの上がり方もその辺の初心者とは比べ物にはならないスピードだった。


だがそれと同時に課題も現れてくる。

バックのメンバーに関してはステージングの心配はないものの、その最前列にいる耕平はリハの最中もずっと棒立ちのまま。

まだ歌う事に必死で、動きにまで意識を廻す余裕など皆無に見える。


「…ちょっとそこは気にはなってたけどね」

「でしょ?ボーカルだけがずっと真っ直ぐ立ったままっていうのは…」


「ウチのボーカルなんてちょっともジッとしてないぐらいだしなぁ」


「あいつ多分ライブなんて行った事ないだろうし…どんな事すればいいのかもわかんないんじゃねぇかな」

「おまけにMCもしろなんて言ったら…」


優奈の意見を皮切りにみんな思っていた事を話し合った。

確かにいくらうまく歌えても棒立ちのままではライブが盛り上がるはずはない。


すると黙って聞いていた勝也が


「お前ら自分らのバンドのビデオとかないの?」


「そりゃあるにはあるよ」

「それ耕平に見せて勉強させりゃいいんだよ」


「けどいきなりおんなじ事しろったって場数踏まないと無理じゃね?」


「だったらあいつの歌も認めねぇのか?」

「いや…まぁ歌は確かにそこそこ通用するとは思うけど」


「ま、何もしないより少しは勉強させた方がいいよね。いいよ持ってくる」


「俺も。…で、ドコで見せんの?」

「よく考えたらまだ親睦会的なモンもやってねぇからな。一回どっかで集まろっか?」


「ギューギュー詰めで良けりゃウチでもいいぞ。お前らみんな実家だろ?こんな一斉に押しかけたら家族が迷惑だ」


「勝也ンちって……行っていいの?」


チラッと優奈を見る勝也。

すると少し笑顔でため息をつきながら


「はいはい、ちゃんとみんな入れるようにしますよ(笑)…で、ご飯作ればいいの?」


「…え?ご飯って…まさか安東の手料理とか?」


「なによ、信用してないの?」


「違う違う!安東の手料理食ったなんて言ったら他の男に殺されるかも…」


「けど優奈一人じゃこんだけの人数分大変じゃん、あたしも手伝うよ」


「安東と蘭の手料理…バレたらホントに殺されるな…」


優奈は当然として、校内でも人気を二分していると言ってもいいほどファンの多い蘭。

その美貌からすると当然なのだが、派手で目立つ優奈とは対照的に大人びた雰囲気の蘭には「隠れファン」が多いのだった。


耕平の姉・唯にも手伝わせるという勇太の宣言で勝也の家でのミーティングが決まった。


「悪いな、勝手に決めちまって」


「なんで謝るの?そもそも目的はバンドのミーティングだし、それに勝也が決めた事ならあたしはそれに従うだけ~」


「…なんか企んでない?」

「はぁ?人聞き悪いなぁ。ちょっと回数増えるだけだってば」


「…しまった……やっぱ断ろっかな…」

「もうダメ。この落とし前はつけてもらうよ」


帰り道の2人の会話はメンバーにはもちろん内緒だった。


 

 数日後学校が終わると優奈と蘭、そして唯の3人が学校を一緒に出た。


優奈と蘭が一緒に歩くという男子生徒にしてみればありえない組み合わせに相当な注目を浴びている中で、一人ド緊張の唯は少し離れて後ろを歩いている。


「なんでそんな後ろ歩いてんの?」


「だって…2人と一緒に歩いてたらあまりにも差が…」

「は?意味わかんない」


優奈と蘭に両側から挟まれ、しっかり腕を組まれて買い物へ連行される。


勝也の部屋で全てを作るには調理器具やスペースが足りなすぎるため一旦優奈の実家に戻りそこそこの調理を済ませてから運ぶことに。


それなりの量を作るとタッパやお鍋を持って勝也のアパートへ到着した。


「あんた達こんな近いトコに住んでんだ…偶然?」

「そーだよ。最初はびっくりした」


「すごーい…ここに一人で住んでるんだ」


「一人…って感じでもなさそうだけどねぇ」


男の一人暮らしとは思えない整理のされ方や全て二組ずつある食器・コップを見てニヤッと笑う蘭に苦笑いを返す優奈。


優奈の実家から借りてきたお皿に色々と移し直してほぼ用意は完了した。


ちょうどその頃に続々とメンバーが到着してくる。

みんなそれぞれ飲み物やちょっとした手土産を持って勝也以外全員が揃うと


「すっげぇ~!これ3人で作ったの?」

「すっごいんだよ?これとこれが優奈でこれとこれが蘭。あたしはこれだけ…」


「あれ?呼び捨てになってる」

「だって…そう呼ばないと返事しないって脅されたんだもん」


「脅してはないでしょーよ」


「しかしすげぇな、こんなの学校のヤツらに言ったら大金払って食いに来るぞ」

「緊張して食べれないかも…」


やはり優奈と蘭の手料理ともなると食べる方も緊張感が漂う。


「それにしても高校生なのにここで一人で住んでんだもんなぁ」


「それもそうだけどまさか勝也とこんなに話せるようになるとは思わなかった」

「そうそう!それな!」


「あいつは別格だもんね。同じ世界にいながら雲の上みたいな存在だったし」


「最初の頃なんてわざわざ陰キャのフリしててよ」

「あれはいつ見ても吹き出しそうだった(笑)」


「さすがにあのカッコは無理があったよねぇ」


「安東もそうだろ?ライブの時と学校のギャップ」


昔の懐かしい話に笑い合っている中で


「ん?でもあたしは学校のあの姿の方が先だから逆にライブ見て驚いた方だけどね」


「え、ウソ…ブランカのKATSUYAだったから付き合ったんじゃないの?」


「違うよ?好きになった人がたまたまバンドやってただけ」


「信じらんねぇ…あの『安東 優奈』があんな陰キャに惚れちゃったの?」

「スゴーい…」


「あの頃でしょ?勝也の目つきが変わった頃」


「それみんなに言われたよ、ブランカのメンバーとかその彼女さんとかに」


ブランカのベーシストだったからではない。

ただ一人の男として勝也に惚れたと言い切る優奈はいつもよりも美しく見えた。

この場にいた男達は全員その表情を見てドキッとする。


「な、なぁ…俺達はみんなビデオ持ってきたけどブランカのはないの?」


「唯一FINALのがあるにはあるんだけどね。勝也は見ようとしないの」


「なんで?」

「なんかわかる気もするけどなぁ…あれだけのバンドだったもんね」


「それにFINALが一番カッコ良かったし…あたしはいつも勝也がいない時に見てるけど」


「確かにあのライブは凄かったな」

「え、洋司も来てくれてたの?」


「…は?俺達みんな行ったよ」


「そうなの??」

「当たり前だろ、ブランカのFINALだぞ」


「…そぉなんだ…」


ここにいるメンバーもバンド界ではそれなりに有名人ではあるものの、その彼らをもってしてもやはりブランカというバンドは別格だったのだと痛感する。


すると優奈のスマホが鳴った。


「もしもーし、お疲れ…あ、そうなの?…うん、もう全員来てるよ。…うん、わかった。気を付けてね」


電話を切った優奈から


「今終わったからこれから帰るって。30分ちょいぐらいかな。みんな集まってんなら先に始めとけって」


「先にっつっても勝也の家だしなぁ」

「別にそんな事気にしなくても大丈夫だよ(笑)逆に待ってる方が気をつかうかも」


「じゃあさ!軽くつまみながら…ちょっとだけブランカのライブ見ない?」


「すっげぇ見たいけど、勝手に見たりして勝也怒らないかなぁ」

「う~ん…ビミョー…」


「じゃあ1曲だけ!」

「大丈夫?1曲で終われる?」

「そこは絶対の約束にしよう!」


「じゃあ1曲だけね、勝也にはナイショだよ?」


寝室へ行くと1枚のDVDを持って戻ってきた優奈。


メンバー達は当日にインフィニティで見たものの、やはりあのライブは圧巻だったらしくドキドキしている。

まだブランカを見たことがない耕平と唯だけはキョトンとしているのだった。


テレビとデッキの電源を入れ、トレイにDVDをセットして再生を押す。

数秒後にはまだ幕が下りたままのステージが映され、少ししてSEが始まった。


「俺もうこの時には心臓がバクバク言って…」


「静かにして!」

「あ、はい…」


真剣な顔の蘭に勇太が怒られた後、誰一人目を逸らすことなくテレビに釘付けになる。

そしてあの徐々に盛り上がるSEのクライマックスと共にライブが始まった。


「う…うわぁ……」


現地でナマで見たはずのメンバーでさえあらためて鳥肌が立つほどのライブ。

ましてやそれを初めて見た耕平と唯にとってはこの映像の中に居るベーシストがこれから一緒にライブをやろうとしている勝也だという事さえ信じられないでいた。


「…耕平…ホントにあんな人とライブやるの?」


自分の弟であり自分が言い出したことでありながら今頃になってそれがとんでもない事なのだと実感し始める唯。

結局1曲だけという約束など誰も気づかず、ふと時計を見て


「ヤバい!もうそろそろ帰ってくる!」


優奈の言葉でようやく我に返り慌ててDVDを取り出して平静を保とうとし始めるメンバー。

急いでDVDを寝室に戻し、また廊下に出てきたところで


「ただいまー。…お前そんなトコで何やってんの?」


廊下に一人佇む優奈を不審に思いながら


「あ…お、お帰り♪…ちょっと片付けとか…」

「ふ~ん」


不思議そうな顔をしながら靴を脱いで家に上がる。

カバンを寝室に放り投げるとそのままリビングに行き


「悪い悪い、ちょっと予定より遅くなった。…って始めてねぇじゃん」

「お、おかえり~♪」


あの冷静沈着な蘭の声が上ずっている。


「お…お疲れッ!い…一応待ってたりとかした方がいいかなとか思ってみたりとか…」

「え、えっと…俺達も今さっき…」

「そうそう!1時間ぐらいさっき…」


「何訳わかんねぇ事言ってんの?」


たった今まで映像の中でベースを弾いていた『KATSUYA』が目の前に現れ、改めて緊張感が復活してきたメンバーだった。


「待たせて悪かったな、始めよっか」


勝也と親しく話せるようになったと喜んでいた男性陣も、また初めの頃のよそよそしさをチラつかせながら懇親会と銘打った飲み会が始まる。


乾杯をしてようやく食べ始めていくが、少し経った頃…


「あ…あの…ブランカってスゴかったんですね」


「わっ!コラ耕平!」

「だってやっぱ黙ってるの申し訳ないなと思って…」


「なんの話?」


沈黙が走る。

観念した蘭が申し訳なさそうに


「ごめん、勝也が帰ってくる前にみんなでちょっとだけブランカのFINAL見ちゃったんだ」


「…ごめんなさい、あたしが出して来ちゃって…」

「ち、違うよ!俺がしつこく見たいって言ったから安東は仕方なく…」


まだ口をモグモグしながら


「なんだそんな事か。で、なんで謝ってんの?」


「…え?だって勝手に…」


「勝手にって(笑)大体あのビデオは優奈のだし、それに今日は耕平にライブ見せるために集まったんだろ?」


「でも勝也はあのビデオ見ようとしないって…」

「わざわざ自分のライブ見るかぁ?」


あっけらかんと笑う勝也にみんな開いた口が塞がらなかった。

そして優奈も


「じゃあ…見ても良かったの?」

「ダメだなんて言った覚えはねぇぞ」


「だったら早く言ってよぉ!」

「だって聞かれてねぇし…」


大爆笑だった。


「あ、あの…だったら…もう一回見たいです」


「見りゃいいじゃん」


結局、萬壽釈迦・メサイア・インパラ・メッシュのビデオは耕平に貸し出される事になり今日はブランカのFINALライブの鑑賞会になった。


飲むのも食べるのも忘れて全員がビデオに見入る中


「あ、これウッマ!…これもウマい!なぁなぁこれ誰が作ったの?」


何を聞いても話しても、画面に釘付けになったメンバーから返事すらしてもらえない勝也だった。


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