54 文化祭 ②
勇太から優奈へ初めてのリハは翌週の火曜日と伝えられた。
勝也のバイトが無い日を狙ってくれたようで、勝也とバイトのシフトを合わせている優奈も休みである。
「それと…安東も来てくれない?」
「なんで?ここから先はあたしは入れないって」
「まだ緊張すんだよ勝也だけだと。了と洋司も言ってるし頼むよ…」
「う~ん…勝也がいいって言ったらね」
同級生と組むお祭りセッションという事もあり勝也が拒否することは無かった。
それよりも今回弾くベースは優奈のkillerであるという事からスタジオへの同行を許される。
火曜の夜、アパートから一緒に出発した2人。
ブランカ時代のスタジオとは違う初めての場所。
バンド業界独特の怪しい雰囲気ではなくどちらかと言えば明るい感じの店だ。
正面入り口から中へ入るとそのままフロントがあり
「おはようございます。多分「大石」で取ってると思うんですけどドコですか?」
「あっ…おっ…おはようございますっ!えっと…に、2階のAですっ!」
妙に緊張感丸出しの店員を見てクスッと笑い
(あ~勝也見て緊張してんだ♪ブランカのファンかな?)
そう思っていると
「あの!失礼ですけど…一緒に写真撮ってもらえませんかっ!安東優奈さんっ!」
「…は?…あたし?」
「は、はいっ!あの…Tiktokとかインスタとかフォローしてますっ!」
「はぁ…ありがとうございます」
勝也ではなく優奈の大ファンだったようだ。
そしてなぜかその写真を勝也が撮らされるというオチまでついたところでエレベーターに乗って2階へと上がった。
エレベーターが開くともうロビーには全員が揃っている。
「あれ…俺、時間間違えた?」
「間違えてないよ、勝也に伝えたのは8時だろ?その前にみんな集まってちょっとだけ合わせてたんだ。いきなりだったらビビっちゃうから」
「バカかてめえら。そんな時間あんなら俺も呼べよ」
「まぁいいじゃん、たまたまだよ」
という事はもう全員セッティングも終えているという事だ。
ドアが開いているAブースに入るとケースを開け、ベースを取り出す勝也をみんな注目している。
「ホントに弾いてくれるんだ…」
まだ信じられないと言った表情のメンバー達だが勝也が出したkillerを見て
「あれ…killerはkillerだけど真っ黒じゃん。あのペイント消したの?」
「あぁコレ俺のじゃなくて優奈のなんだ」
「え?安東ってベースやってんの?」
「やってるって程じゃないよ、ちょっと勝也に教えてもらってるだけ(笑)」
「どんだけ贅沢な先生だよ…」
このメンツを前にして完全に縮み上がっているのは‘ボーカル‘の1年生・嶋 耕平。
勝也が来るまでの1時間でさえこの顔ぶれの前でド緊張していたのだが、さらに加わったのがあの「ブランカのKATSUYA」とあってはもうすでに吐きそうな青い顔をしている。
勝也がシールドを繋いでチューニングを合わせ、ボリュームをグイッと上げてアンプからベース音を鳴らし始めると他のメンバー達の顔にも緊張感がありありと浮かんだ。
「何からやんの?」
「…あ、あぁ…えっと…じゃあROCKETDIVEで…」
緊張感の中で了のカウントが始まり、そしてイントロに入る。
勇太や蘭達はベースが1本増えただけとは思えないほどの音圧とその安定感に驚いていた。
(これが…ブランカのKATSUYA…)
予想以上の存在感に気後れしかけながらもイントロからAメロへと入るが…
まず首をかしげたのは優奈。
そして同時に勝也の表情も険しくなる。
そしてAメロが過ぎた辺りで勝也が弾くのをやめてしまった。
驚いて全員が演奏を止める。
「…どうかした?」
「お前『嶋』だっけ。なんで歌わねぇの?」
「え?…ち、ちゃんと歌って…」
「全っ然聞こえねぇよ!!」
耕平の返事に対して食い気味に怒鳴る。
「カラオケ気分かよ?言っとくけどちっちゃな部屋でオケ流して歌ってんじゃねぇんだぞ」
「ま…まぁまぁ…コイツは素人なんだから…」
「素人だ?こんだけのメンバーで後ろ固めて歌うのは素人だから大目に見てくださいってか」
「そういう訳じゃ…」
「名前の知れたヤツに演奏させてステージに上がるだけが目的ならこん中の一人でもいりゃぁ十分だろうが!…おい、嶋。お前イジメられっこから抜け出したいんだろ?そのために勇太がこんだけのメンバー集めてくれたんだろ?言っとくがこいつらはお前が思ってる以上のヤツらだぞ?こんなの集めようったってそう簡単に集められる顔じゃない。なのにお前はそんなか細い声でヘロヘロ歌って太刀打ちできんのかよ!いいか?俺達はボリュームさえ上げれば音はでかくなる。だがな、お前は唯一自分の声が楽器なんだよ!その『声』の為にバックが演奏すんだよ!あんなでかい体育館レベルで後ろがこんだけの音出してて、いくら音量上げたってそんな細い声じゃ誰にも聞こえねぇよ!」
スタジオ内はシーンとした。
だがそれは勝也のエゴではなく‘ボーカル‘に対しての意見だった事は全員が理解している。
「蘭、ボーカルマイク切れ」
「え?…あぁ、うん」
蘭がPA卓のボーカルマイクのボリュームをゼロに落とす。
「これでも聞こえるぐらいの声出してみろよ。これだけのメンツ背負ってステージ上がりたいんならそこまでの根性見せろ。それが出来なかったら俺は降りる」
本当にベースを片付け始める勝也。
耕平は目にいっぱい涙を溜めて下を向いている。
他のメンバーも声を出す事も出来ずにただその行動を見つめていた。
「じゃあな」
「ま、待ってくれ!…2週間…2週間だけくれねぇか」
「あ?」
「2週間コイツに死に物狂いで努力させる。それでもっかい合わせて欲しい。それでダメならベースは他で探す。頼む!」
勇太も他のメンバーも勝也と一緒にやるチャンスなど2度とないだろう。
この機会を逃したくはないという思いと共に勝也が言っている事は間違っていないという思いもあった。
勝也がチラッと優奈の方に目を向けると少し微笑んで小さく頷いた。
「わかった、2週間だな」
そういうとブースを出る勝也。
優奈も黙ってその後に続いた。
「…す…すいません…やっぱり僕…」
「『やっぱり』何?ヤメますとでもいうつもり?」
「悔しいけど、勝也の言う事は正論だよ。たった1フレーズでそこまで先が見えるってのはやっぱ凄いよな…」
「…耕平、聞いたろ?確かに俺の考えも甘かった。けどこれだけのヤツらにバック固めてもらうんならそれに見合ったボーカルにならなきゃな。これから2週間死に物狂いでやってみろ。俺が特訓してやる。あの『ブランカのKATSUYA』を見返してやろうぜ」
「さっきのイントロ聞いたときやっぱ鳥肌たったもんな」
「このチャンスはどうしても逃したくないよね」
「みんな手伝ってくれ。明日から…いや今日からボイトレだ!」




