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52 弟

 街全体を巻き込んだ騒ぎと共に過ぎ去ったブランカの解散…そしてまた日常へ


仲間との最後のバーベキュー翌日、自分の部屋で目覚めた優奈。

毎朝起きるとすぐにベースに視線を向ける。


FINALライブでRhythm Battleに使用された優奈のkiller。

あれ以来、自分の宝物でありながら神々しくさえも思えるようになった。


「おはよ♪」


いつものようにkillerに声を掛けてから体を起こす。


制服に着替え、自分と勝也のお弁当を作り、そして慌ただしく家を飛び出るとアパートへ向かった。

カギを開けそのまま寝室へと突撃してまだ寝ている勝也に覆いかぶさるように飛び乗ると


「おっはよー!朝だよー!」


「…ん~……重てぇ…」


あのライブが夢だったかのようにまた平穏な日常が始まった。

勝也が眠い目をこすりながら起き出す間に朝食を用意しゴミをまとめて片づけをする。


通い妻のように家事をこなしていく優奈を見て


「チョコチョコよく動くなぁ、お前は…」


見た目は頻繁に色を変えるショートカットの髪型で今風の雰囲気だが、実際は献身的で家庭的な優奈に歯を磨きながらあらためて感心した。


「何か言った?」

「いや別に」


 FINALライブ以降寝室のスタンドにはいつもの練習用フェンダーだけが立てられていて、メインベースであるkillerはケースに入れたままクローゼットにしまい込まれている。

敢えてその事には触れない優奈だったが気持ちは理解していた。


準備が終わると2人でアパートを出る。

歩いて登校するのにも慣れた優奈はキャッキャとはしゃぐように話し続けながら並んで歩く。

そのおかげで一人で歩いている頃より学校への時間が短く感じている勝也。


学校が近くなってくると周辺が賑やかになった。

一昨日のライブを見に来てくれた友人や見には来れなかったものの解散したことを知っている友人達から声を掛けられる。

ちょうど校門のあたりで会ったみさ達に至っては朝っぱらから涙目になっていた。


周りに人だかりを連れながら教室へ入る。

勝也のクラスや優奈のクラスの生徒達は半数以上が見に来てくれていたらしく、ここでも群がられてあの日買ったCDを差し出してはサインを求めてきた。

自分の教室へ入った優奈もまた取り囲まれ、休み時間に勝也にサインをもらえるようにと頼まれまくる。

一通り返事を返してようやく席に辿り着くと隣には芽衣が座っていて


「おはよー」

「おはよー!土曜日は来てくれてありがとね」


「あたしこそチケット取って貰ってありがとう。すっごくカッコ良かったね」

「…うん、カッコ良かった」


「川田クンもライブ行くの初めてだって聞いてちょっとビックリしたけど」

「岳ちゃんも今までは絶対来なかったしね『世界が違うから』って」

「でも、もっと観に行っとけばよかったなぁって言ってたよ」


「あ!ねぇ。っていうかいつの間に岳ちゃんとあんな関係になっちゃってたの?」


「あんな関係って…ただの友達だよ」

「へぇ~…『ただの』友達と生まれて初めてライブ行ったんだぁ」


意味深な笑いを浮かべて芽衣を見る。


「ホ…ホントだもん!全然そんな…」


「ハイハイ。仲良くしなよ?ウチみたいにケンカばっかしてたらダメだよ」

「だからそんな関係じゃ…」


否定しながらも頬を赤らめる芽衣。どうやら先は明るいような雰囲気だ。


 


駅前の商店街の中にある喫茶店。

表側はガラス張りで店内が見渡せる明るめの店だが、一時期は客足が途絶えて閉店寸前まで追い込まれた過去もある。

両親の知り合いだからという理由でお手伝いにと、そこでバイトしていた芽衣。

閉店すると通達を受けて心を沈めていたちょうどその頃に優奈と知り合いそのおかげで一気に校内のお母さん役のような存在にまで名前が知れ渡ると、この店にも学校の生徒が顔を出すようになりあっという間に学生達が集う店として盛況を取り戻し閉店を免れた。

今では女子高生の間で人気店と言われるほどにまで盛り返し、店長も芽衣に頭が上がらない状況であった。


 


ある日の夕方、今日もそろそろ盛況になりそうなその店のレジ辺りで芽衣に食って掛かる中学生ぐらいのちょっとやんちゃ系な男がいる。


「ほら見ろ、姉ちゃんが言う友達なんて来てねえじゃんか!」


「別に毎日来るなんて言ってないし…それに仲良くはしてもらってるけどそんなに特別なわけじゃないんだってば」


「へっ!どうせ友達出来たっつったって他に誰も友達いないような人とちょっと話したぐらいだろ?信じて損したよ!」

「そんな…」


「わざわざ来てやったんだから今日のは姉ちゃんの奢りな」

「え、じゃあ俺も?ラッキー!」


「別にあたしが出すのはいいけど…そんなつもりで言ったんじゃないのに」


 芽衣の弟『樹生』とその友達『隆二』だった。


家で楽しそうに最近出来た友達の事を話す芽衣を見て、自分の姉がそんなに急にしかも凄そうな人たちと仲良くなったのが信じられず、もしそれが本当なら自分もその知り合いづてにちょっとは便乗して顔を広められるかもという姑息な考えで偵察しに来たらしい。

そしてそんな雰囲気の友達が全然いない店内を見て完全に嘘だと決め込み、同じく便乗して一緒に来た友達の手前姉に八つ当たりしているところだった。


ちょうどそこへ店の扉がベルの音と共に開く。


「おーっす芽衣ちゃん。いつものパンケーキね~」

「あ、緋咲さん。いらっしゃいませ、メイプル多めですね」


『緋咲』…この街の悪ガキの世界では一番の有名人と言っても過言ではない男だ。

物静かな風貌だがキレると豹変する恐ろしい男である。


「…え…ひ…緋咲さんって…あの?」

「…絶対そうだって…俺前に見た事あるもん、あの人…」


後ろに明らかに怖そうな取り巻きを2人連れた緋咲。

芽衣が絡まれていると勘違いすると


「なんだてめぇら、芽衣ちゃんになんか文句でもあんのか?」


「えっ!…いえ!全然そんな事…」


一瞬にして直立不動になった樹生と隆二。


「ちょっとちょっと!違うんです緋咲さん、これ弟なんです…」


「へ?あぁ弟かぁ!そーかそーかそりゃぁ悪かったな」

「いえ!全然大丈夫です!すいませんでした!」


緊張のあまりなぜか謝ってしまう樹生。


「あの…姉ちゃん、お勘定…」


「え?さっきはあたしに奢れって」

「そ…そんな…ちゃんと払うよぉ」


いくら顔を広めたい樹生と隆二でも相手が緋咲となれば大物過ぎる。

その会話を聞いた緋咲がギロッと目つきを変え


「ふぅ~ん、なるほど…じゃあ俺が奢ってやるよ」

「い、いえ!そんな…とんでもないですっ!ちゃんと自分で払うんで!」


慌てて財布を開けるが樹生も隆二も芽衣をアテにしていたため持ち合わせがなかった。


「あの…姉ちゃん?後で返すから…その…」

「最初からそのつもりじゃない。いいよ、あたしが払っとく」


すると緋咲がレジにピン札の一万円をパァンと置き


「おい弟。俺が出しといてやる。そのかわりちょっと付き合え」


そういうと有無を言わさず店内の窓際席へと樹生たちを連れて行った。


「ちょ…ちょっと…緋咲さん!」


慌てる芽衣だが緋咲の後ろについていた怖そうな男が


「大丈夫だよ芽衣ちゃん。緋咲さんいつも周りのもんに『何があってもこの店にだけは迷惑かけるな』って言ってるから、ちょっと話するだけだって。俺達もコーヒーね」


「…あ…はい…」


心配そうに弟を見守る芽衣。

カチコチに緊張した樹生と隆二が背筋をピンと伸ばして緋咲の前に座っているのをチラチラ見ていた。


「ふぅ~んなるほどな…お前らカッコ悪いな」

「す…すいません…」


「顔売りたかったら自分らの力で何とかするモンだ。それに実際お前の姉ちゃんがどれだけの人に慕われてるのか…ま、もうすぐわかるだろ」


ちょうどそこへ岳が入ってくる。


もうすでに何度か芽衣の家にも行った事があるほどの仲である岳。

当然樹生とも顔を合わせたことはあるが、樹生は岳を認めておらずどちらかと言えば見下している感もあった。


そこへ樹生を見つけた岳が寄ってきて


「あれ、樹生君?ここで会うってめずらしいね」

「ちょっ…バカ!…この人誰だかわかってんのかよ、今声なんか…」


岳を制止しようとするも


「おぉ岳か」

「あれ、緋咲さん…どうしたんですか?この組み合わせ」


「…な…なんで知ってんだよ…緋咲さんだぞ…?」


「一人か?ここ座れよ」

「お邪魔します」


キョトンとする樹生を見て


「不思議か?芽衣ちゃんにとって特別なヤツなら俺にとっても他人じゃねぇって事だ。なぁ岳」


「だ…だから僕と芽衣ちゃんはそんな関係じゃ…もぉ…」


今まで自分が見下していた姉の友達が緋咲と仲良さそうに話している。

ひょっとしたら芽衣の言っていた友人関係は本当だったのかも…という思いが起き始めた樹生。

 

そしてまた扉が開く。


「やっほー!芽衣ちゃん、あたしこないだの…何だっけ甘いヤツ」


「カフェ・フラペチーノね。はーい」


また芽衣と仲の良さそうな美人系のグループが入ってきた。


「あれが『萬壽釈迦』の蘭だよ」


「…え…萬壽釈迦って…あのすっごいメイクと衣装のバンド…」


次の扉が開くと今度はかなりやんちゃそうな金髪グループ。

その中の男が


「こんちはー!芽衣さん、こないだ言ってたCD持ってきましたよー」

「えー!わざわざ持って来てくれたんだぁ?嬉しー」


入ってくる客のほとんどがまるで芽衣に会いに来ているかのような親しさだ。


「わかったか、お前の姉ちゃんがどれだけの人気者か」


「…は…はぁ……なんか…」


まだ現実を受け入れられていない樹生と隆二。

というよりも自分の想像を超える状況をまだ信じられないでいた。


すると


「まだ納得いかねぇ顔だな。…お、ほら見ろ。一番とんでもねぇのが来たぞ」


ふと樹生と隆二が窓の外に目を向ける。


明らかに周りと違ったオーラを持つ男と驚くほどの美貌を持った女。


「あれが勝也と優奈だよ」


「え?!…あの人があのブランカの…」


「それにその彼女の優奈さん……あんな綺麗な…」


芽衣に一番聞かされていたが逆に一番信用していなかった名前でもある。

その2人が店内に入ってくると優奈が甘えたように芽衣に抱き着く。


「うにゃあぁぁ!あたしいつものねー」

「ハイハイ」


「芽衣ちゃぁん…俺今日あったかいのにしてー」


「え、また風邪ひいたのぉ?」

「まだ『気味』だけど…」


このオーラと美貌を見ればこの2人が勝也と優奈本人であることは疑う余地も無い。

だがその2人とこんなに親しそうに話す姉を見て今までの話が真実だった事を確信した樹生。


そのまま店内に入ってきた優奈が岳を見つけるや否や


「あー!岳ちゃんだぁ」


「…が…岳ちゃん…?」

「ん?おぉ岳。お前今日……って…あれ、なんで緋咲クンと」


「うわ!びっくりしたぁ…ご無沙汰です緋咲サン」


岳と緋咲のアンバランスな組み合わせに少し驚きながら、その向かいに座っている中学生に一瞬目をくれる勝也。


「おう。っていうかコイツ芽衣ちゃんの弟なんだってよ」


芽衣の弟となれば自分達は受け入れてもらえるだろうと思っていた樹生と隆二。

そのまま少しだけペコッと頭を下げる。


「…名前は?」


「あ…樹生です」

「隆二です」


そのまま答えた2人に向ける勝也の視線が違うものに変わる。


「…あ~ぁ…」

「ちょ…おいっ!バカ…」


ため息をついた優奈と慌てて制止しかけた岳。

そして緋咲の口元が少しニヤッとした直後、目つきを変えた勝也が


「目上のモンに初めて挨拶する時は席から立つもんだ。それとお前ら名前しかねぇのか?自己紹介ならフルネーム言うのが当たり前だろうが。芽衣の弟かなんだか知らねぇがそんな常識もわからねぇようなら家帰って水でも飲んでろガキ!」


恐ろしい剣幕と少し大きめの声で樹生達に説教するとそのまま踵を返して席へ向かう。


いきなり怒られた2人は一瞬にして固まり、どうしていいかわからなくなった。


「フッ…そういう事だよ」


緋咲も同じ意見のようで『言われて当然だ』という表情を向ける。


「…す…すいません………あんな怖い人だと思わなくて…」

「それは違うよ。あんなに優しい男はいない」


「…え?」


岳もまた同じ表情だったが


「言い方は乱暴かもしれないけどね。今君たちが怒られたのはこの先社会に出てもずっと通用する最低限の礼儀だよ。あの男は知らない相手には見向きもしない。けど君達が芽衣ちゃんの弟やその友達だからちゃんと教えてくれたんだよ。実際、緋咲さんと一緒の席についてるって事はその緋咲さんの顔も潰さないように気をつけなくちゃいけない。誰と話すにも大事なのは自分達だけが良ければいいんじゃないって事だよ」


「…あ…えっと…」

「行っておいで?ちゃんと謝っといた方がいいよ」


だが恐怖心から立ち上がれない2人。


「あの…一緒に…」

「余計怒られるぞ」


「大丈夫、勝也はちゃんと話せばちゃんと聞いてくれるヤツだから」


「…『勝也』って…」


典型的な真面目な風貌で気の弱そうな岳。

その雰囲気から少し見下していた部分もあったはずの男がこれほど頼もしく見える。

そしてあの超有名人を呼び捨てにする岳に今までの岳に対する自分の目線を恥じていた樹生だった。


明らかに震えながら立ち上がる樹生と隆二。

重い足取りで少し離れたテーブルに向かうと


「…あの…さっきはすいませんでしたっ!はじめまして、三橋 樹生って言います。三橋 芽衣の弟で…今、中3です」

「あの…その友達で岡田 隆二って言います。さっきはすいませんでしたっ!」


体を直角に折り曲げて頭を下げながら自己紹介し直す2人。

それをジッと見つめ、しばらく沈黙していた勝也だったが


「優奈、お前こっち来い」

「はい」


向かい合わせに座っていた優奈をアゴで指して隣に来させ


「座れよ」


「…あ…あの…失礼します…」


緋咲の前に座っていた時と同じように背筋をピンと伸ばして座る2人。

あまりの緊張から視線は泳ぎながら下を向いているが


「松下 勝也ってんだ、よろしくな」

「あたしは安東 優奈。芽衣ちゃんの弟なんだって?あたし芽衣ちゃんの大ファンなの。よろしくね」


「だ…大ファンって…安東先輩の方が絶対有名なのに…」


「お前は弟だから気づいてねぇだろうけどな、俺だって芽衣ちゃんのファンだよ。なんならそこの緋咲クンだってそうだ。ここにいるみんなも。それだけお前の姉貴ってのは頼りになるすげぇ人なんだよ」


もうさっきのような鋭い目つきではなく岳の言う通り優しい目で話す勝也。

優奈がケガをした時の芽衣の優しさやそれからどうやって知名度が上がっていったのか、今ではどれほどの人間に頼りにされているのかを笑いながら話してくれた。


「なんか恥ずかしいです、そんな姉ちゃんに気付かなくて…しかもそんなに有名な人と知り合いなら俺もちょっと便乗して顔売れるかなとか思って…」


「そんなトコだと思った」


隆二に至っては目の前に座る優奈の美しさに見とれてしまって放心状態になっていた。


「…あの…どうやったら安東先輩みたいな綺麗な人と付き合えるんですか?」

「お…おい!お前急に…失礼だろ!」


無意識に出た言葉に隆二本人も口を押えて驚いていたが


「ん?コイツはバカだから変人にしか興味なかったんだろ」


「あー!ヒッドー!変人は認めるけどバカは余計じゃない?」


「やっぱりブランカぐらいの有名人にならないとダメですよね…」


「あたしが勝也に惚れたのはブランカのメンバーだって知る前だよ?」


「…え?」


「有名だからとか顔が売れてるからって寄ってくる人はそこまでの話。ホントに中身がおっきくないと誰からも相手にされないの。芽衣ちゃんに便乗して顔売れたって中身が伴ってないと恥かくのは芽衣ちゃんだからね?」


「…あ…は、はい…」


勝也と優奈の話を聞いて明らかに樹生と隆二の考え方は変わった。

そしてまた緋咲と岳のいる席に戻ると


「ね?言った通りのヤツだったでしょ」

「はい!『岳さん』のいう事聞いてよかったです!」


「…岳さん…?」


今まで名前を呼んだ事もなく敬語も使ったことが無かった岳に向かって、樹生の態度は完全に目上の人に向かっての態度になっていた。


「これからも色々教えてください。いつか弟になるかもしれないんで」


「ちょ…ちょっと!そんな…何言ってんだよっ!」


真っ赤な顔をして慌てる岳に

緋咲や勝也、優奈は楽しそうに笑顔を向けるのだった。


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