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5 楽屋

 今日は昨日よりも早く家を出ていつもの曲がり角で待ってみたもののまた会えなかった。


だが学校に着くとやはりもう勝也は来ている。


「おはよ、昨日なに食べた?」


「…ん?あぁ、なんかサンドイッチみたいなの」

「それだけ?」

「あんな時間だったからそんなのしか売ってなかったんだもん」


「あ、そっか。じゃあ…はいこれ」


優奈が机にポンと置いたのは巾着袋。


「何これ?」

「この前のおにぎりの御礼」


その巾着袋を開けて覗いてみると手作りの弁当が入っていた。


「今でもお昼でもどっちかで食べて?」


「…え…でも…」

「大丈夫、ちゃんと家の手伝いしてお小遣いの代わりに作っていいって事になったから。それならいいでしょ?」


「お前料理なんか出来んだ」

「…怒るよ?」


一連の流れを見ていた周りの友達は目が真ん丸になっていた。

優奈の手作り弁当など男子生徒から見れば大金を払ってでも食べたいモノであり、女子からすれば異性に弁当を作ってあげるなど一度はやってみたい事である。

それが男子に絶大な人気の優奈と女子の間で最近一気に浮上した勝也との間で行われたとあっては


「おう、妻♪おはよー」

「なによ妻って…」

「手作り弁当で胃袋から掴んでやろうってか」

「そんなんじゃないよー!」


だが実際それから優奈の手作り弁当は毎日続くのだった。


ライブの日が迫ってきたある日の休み時間、ちょうどトイレの前でバッタリと出くわした勝也とみさ。


「うわ…動いてる」

「俺は人形かよ」


「あ、今度の土曜日楽しみにしてるね」

「あぁ」


「あのさ、ライブ終わった後優奈はどうすればいいの?」

「どうって?」

「ウチらはそのまま帰るか遊びに行くかだけど、あの子は?」


「知らねぇよ。お前らと一緒に行かないの?」

「そうじゃなくて勝也が面倒みてくれないの?」


「は?なんで俺が…」


「あのさぁ、もうそろそろ気づいてあげたっていいんじゃないの?あんだけ尽くしてるのに…ご褒美みたいな事してあげたっていいじゃん」

「なんだよ、ご褒美って」


「ちょっとぐらい遊んであげなよ」

「だって俺ライブの後は打ち上げあるし…」


「そこに連れてってあげれば」

「そんなことしたらみんなに勘違いされるじゃねぇかよ」

「勘違いって何よ」

「それに安東だって知らないヤツばっかのトコ行ったって面白くねぇだろ」


「…まだ『安東』なの?ホンットに鈍感なやつ」


そんな会話があったことなど優奈は知る由もない。


そして土曜日を迎える。

ありさと千夏は用事があり夕方にライブハウス前での待ち合わせとなった。

優奈とみさはせっかくだからと昼前から街に繰り出し2人でランチしたり色々ブラブラしていた。

すると突然優奈のスマホが鳴る。見ると知らない番号からで、恐る恐る出てみると…


「…はい…もしもし」


「あぁ安東?勝也だけど」

「あ!勝也ぁ!初めて電話くれたぁ」


「今ドコ?」

「みさと2人で街にいるよ~。ライブハウスの近くでブラブラしてる」


「ちょうど良かった!あのさ、頼みがあんだけど500mlの水10本ぐらい買ってきてくんない?ちょっと重いけど2人なら大丈夫だろ」

「あ、いーよ。いつドコに持ってけばいいの?ライブ前ぐらいでいいの?」


「いや今。裏口から入れるように言っとくから楽屋まで持って来て」


「…が…楽屋?」

「機材トラブルが出てスタッフが全員そっちに行ってんだよ。俺もうメイクとかしちゃってるから外出れないし。金は後で払うから立て替えといて!頼む!」


「わ…わかった!」


そういって電話を切ると


「みさぁ…勝也が楽屋まで水持ってこいって」


「楽屋?そんなトコ入っていいのぉ?」

「わかんない…とりあえず水買いに行っていい?」


目を真ん丸にしながら急いでドラッグストアに行くと2人で水を買い漁る。

言われた量より少し多めに買うと2人で手分けして袋を持ってライブハウスの裏口へ廻った。


「ここから先は関係者のみしか入れないことになっておりますが」


「あの…ブランカのKATSUYAさんに頼まれてお水持ってきたんですけど…」

「あ、えっと…安東様と吉川様でしょうか?」

「そうです!」


「失礼しました。ではこちらのバックステージパスを首から掛けてお入りください」


「あ…ありがとうございます」


手渡されたパスを首から掛ける。まるで関係者になった気分で


「ヤッバー…ドキドキしてきた」

「ねー…楽屋ってドコなんだろ…」


キョロキョロしながら恐る恐る入っていくと、奥から出てきた恐ろしく美人な女性が2人に気付きキリッと見てきて


「えーっと…もしかしてファンの子かな?」


「いえ!えっと…あの…KATSUYAさんに水を買ってこいって頼まれて…その…」

「あ~、やっぱり!聞いてる聞いてる!ごめんごめん、前に一回ファンの子が忍び込んじゃって大騒ぎになった事あったから…ごめんねぇ?」


勝也の知り合いだと分かった途端優しい目に変わり話してくれた涼子(りょうこ)。どうやらいい人だ。


「あの…じゃあこれ渡してもらっていいですか?」


「会ってかないの?今みんな楽屋にいるよ」

「…で、でも…そんなトコ入っていいんですか?」


「大丈夫だよ、ちゃんと勝也に直接呼ばれたんでしょ?あ…でも今はちょっとだけ難しい顔してるかもしれないけど気にしないでね。ホラ、そこの奥のドアが楽屋」


「難しい顔…。あの…一緒に来てもらえませんか…」


泣きそうな顔で涼子にすがる優奈にクスッと笑うと


「いーよ。じゃあ後ろにいてあげるから自分で開けてみなよ」


そういうと楽屋のドアの前に連れていかれる。


息をのんでから恐る恐るゆっくりとノックし、ドアを開けてみた。


「…し…しつれいしま~す…」


蚊の鳴くような声で挨拶しながらドアを開けると、そこにはステージの上でしか見たことのないブランカのメンバーが4人とサポートキーボードが1人、そして勝也と6人全員揃っていた。


「…うわ…ホ、ホンモノ……」


だがメンバー全員、優奈とみさには目もくれずに俯き加減で黙っている。


(やっぱ入っちゃダメなトコじゃーん…)


半泣きになりながらまたゆっくりドアを閉めようとした途端に強烈な大声が響く。


「わかったぁ!『ワンニャン時空伝』だぁっ!」


ギターの平蔵が発したその声にメンバーが大爆笑し始めた。


「ぎゃあっはっはっはっはっは!!!!」


「…え?…え?」

「ちっくしょー!もうちょっとで思い出せそうだったのに!」


みんな涙が出るほどに大笑いしている。


「おっそー!今まで考えてたの?ほら勝也、お客さんだよ」


声を掛けられて奥の椅子を見ると、ステージ衣装に着替えて髪もふかして綺麗に上げられメイクも施した恐ろしいほどにいつもと違うオーラを纏った勝也がいた。


「え?あぁ!来てたのかよ。ごめんごめん、サンキューな」


椅子から立ち上がると水を受け取りに近寄ってくる。


「…やば…ダメだ…」

「…凄……」


「うおおぉぉ!勝也が女の子連れてきたぁ!」

「すっげぇ!初めてじゃん!」

「しかもめちゃくちゃ可愛い!」


ステージでのあの圧巻のライブ、そして演奏しているときの鬼気迫るほどにカッコいいメンバー達。

その面影はどこにもなくただ仲のいい男たちが集まっているだけの雰囲気で


「せっかくだから座りなよ。勝也が水頼んでくれたのって女の子だったんだ?ごめんね、それステージドリンクなんだ」

「あ、いえ…もう近くまで来てたんで」


「涼子ー、お金払っといてー」

「はいはい。ありがとね、わざわざ買ってきてもらっちゃって。はいこれ」


「あの、いいんです!えっと…頼まれ物で申し訳ないんですけど差し入れって事にしちゃダメですか?初めてこんなトコまで入れてもらったんで嬉しくて…」


その言葉に涼子がクスッと笑い


「そう?じゃあ差し入れとして貰っておこうかな。みんな大事に飲めよぉ」


メンバー全員が口々にちゃんと御礼を述べた。


用意された椅子に腰かけると、


「あ、あの…さっきのは何だったんですか?『ワンニャンなんとか』って」


「ん?あぁ、さっきあんまりこいつらが騒がしいから問題出してやったの。『イチ』っていう犬が出てくるドラえもんの映画のタイトルはなんでしょうって」


「…問題?…ド…ドラえもん?…このライブ前に?」


「この人達はね、ライブ前とか全然関係ないの。基本的に自分たちが集まって音楽やんのが楽しくてあまりにも楽しすぎるからたまにはみんなにも見せてやるよみたいな感覚でライブやってるからね」


「…こんなに凄いバンドが…」


人に騒がれたくない…最初に勝也が言った意味が少しわかったような気がした。


売れたいためじゃない、モテたい訳じゃない。ただ純粋にこのメンバーで音を合わせるのが楽しいからやっているんだという。


「名前は何ていうの?」

「あ…ごめんなさい、安東 優奈です」

「あたしは吉川 みさって言います」


2人とも椅子から立ち上がって挨拶する。

するとボーカル・Syou、ギター・平蔵、ギター・Jun、ドラム・Ban、サポートキーボード・Kouが立ち上がって挨拶を返す。


「い、いやいや!そんな…座ってください!」


恐縮しまくる2人に


「ね?こういうヤツらなのよ。ちなみにあたしは涼子。涼ちゃんって呼んで?そこのボーカルの彼女でもあったりしますけど」


この涼子もとんでもなくいい人だとすぐに分かった。


「ところでどっちが勝也の大事なコ?」

「あ、この子です」


即座にみさが優奈の背中をグッと押して一歩前に出させる。


「ちょっと!何言ってんのよ!」


小さな声でみさを責めるも


「だって事実じゃん」

「そんな事言ったら勝也が困るでしょっ!」


2人の小競り合いを見てメンバーもクスクスと笑っているものの、事実そのみさの言葉を勝也も否定せずにただ照れ笑いを浮かべていた。それが優奈には嬉しくてつい笑顔になっている。


それからの楽屋は大爆笑の連発で優奈もみさも涙を流すほど大笑いだった。


「あーおっかし~。ホントにライブ前とは思えない」

「でしょ?この人達スタジオリハでも飲みに行ってもいつでもこうなんだよ」


音楽性や方向性の違い…バンドが解散したり活動休止したりする理由としてよく聞く言葉だが実際はほとんどがメンバー同士の仲違いやケンカが原因だと聞いたことがある。

しかしこの5人に対してはそんな言葉は全く皆無だろう。

勝也も学校で見せた事のない表情で、みんな本当に仲が良さそうで楽しそうな笑顔だ。

 

しばらく盛り上がっているところへドアがノックされ


「10分前です、準備お願いしまーす」


「ありゃもうこんな時間だ。じゃあお2人さんはあたしと一緒に客席行こっか」

「あ、はい」


スッと席から立ち上がり、最後に声を掛けようとチラッと勝也の方を向いた優奈。


その瞬間背筋に緊張が走り全身に鳥肌が立つのを感じた。


今の今まで爆笑していた6人が一瞬にして鋭い目つきになりミュージシャンの顔になっている。

恐ろしいほどの切り替えでもう声など掛けられる空気ではなかった。


そのまま静かに外に出ると


「怖かった、最後…」

「あんなに一瞬でスイッチ入るモンなんだ…」


「あいつらは特別だよ、だから普段ふざけててもステージではあんなに別人になるの。あたしも客席に行ったらただの1ファンだもん」


それがブランカの魅力の一つでもあるのだろう。彼女である涼子でさえ「ファン」になってしまうほどのライブ。また一段と開演が待ち遠しくなった。


「あ、涼子さん?」

「涼ちゃん」


「あ…涼ちゃん、後2人友達来るはずなんでちょっと入口の前で待っててもいいですか」

「あたしもちょっと待たなきゃいけないの。平蔵の彼女が今日はギリギリで来るから」


「えー!平蔵さんも彼女いるんだ…っていうか当たり前かぁ」

「何、みさは平蔵狙いだった?」


「そ、そんな事ないですけど…」


みさも案外わかりやすかった。

しばらくすると向こうからまたもや強烈な美人がやってくる。


「おーい涼子~」

「あ、来た来た。あれが平蔵の彼女、みぃだよ」


するとペコッと頭を下げる優奈とみさに向かって


「お、また可愛いの連れてきたじゃん。だーれ?」

「こっちが優奈でこっちがみさ。勝也のお客さんだよ」


「えーっ!勝也が呼んだのぉ??地球が爆発しちゃうんじゃない?」


「はじめまして!」

「よろしくお願いします」


「うーん可愛い!で、どっちが勝也の?」

「優奈だって」


「ちょっと涼ちゃん!」


またもやそんなやり取りがあり、涼子はスタッフに言伝があったため


「先に入ってるね。そのバックステージパス見せたらウチらと同じとこまで来れるから」

「はい!」


ようやく二人になった優奈とみさ。


「もう何が何だかわかんなくて着いていけない…」

「ねー…なんかウチらってとんでもない事になってない?」

「なんか夢見てるみたい」


そこへありさと千夏がやってきた。

開口一番にみさが


「なんでもっと早く来ないのよぉ、さっきまで楽屋入れてもらってたんだよ?」


「…はぁ??うっそぉ!」

「ズルーい!あたしも入りたかったぁ!」

「でも思ってたような怖い人達と全然違った。…やっぱ最高だわブランカって」

「あとで詳しーく聞くからね」


話もそこそこにファンでごった返している会場に入る。

涼子に言われたようにバックステージパスを恐る恐る見せてみると


「あ、はい。えー…4名様でよろしかったですか?」

「はい」

「ではこちらへどうぞ」


言われるままにスタッフについていくと最前列の区画に案内された。


「ちょっと…こんなに前で見れるの?」

「ねぇ、勝也の立ち位置ってどこ?」


「…それが…ここ…」


優奈が指さしたのは自分たちの真ん前。つまり勝也の正面の位置に案内されたのだ。


「きゃー!最高!」

「勝也からもウチらの事見えるんじゃないの?」


盛り上がっていると後ろから声を掛けられる。


「おー良かったじゃん優奈。勝也の真ん前」

「愛だな、愛」


「あ…はい。…えっと…友達のありさと千夏です。あのね、ボーカルのSyouさんの彼女の涼子さんとギターの平蔵さんの彼女のみぃさん」


お互いを紹介するとすぐに楽しそうに打ち解けていた。

そしてしばらく6人で話していたところでありさにつつかれ


「ねぇ優奈…ちょっと後ろ凄い事に…」


「ん?後ろって……う…うわ…」


フッと後ろを振り向くととんでもない数の観客で会場は超満員になっていた。



長文読んでいただきありがとうございました。


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