37 弟子志願
スタジオミュージシャンとしての報酬のおかげで殺人的なバイトシフトを回避できた。今まで通りに…いや、勝也の想定する目標額へグッと近づいたことで少し気持ち的にも楽になっていた。
「ねー、やっぱりあのレコーディングのバイト続ければ?」
「しつけぇな、そんな事したらあっちもこっちも引き受けなきゃいけなくなるだろーが」
「だってぇ…また有名な人に会えるかもしれないじゃん」
「…完全にお前だけの希望だな」
有名人のCDに参加した事は2人だけの絶対の秘密となっている。
ある日の昼休み。
優奈が届けたお弁当を食べている勝也の教室を覗き込んでいる女子生徒がいた。
視線がこちらを向いている事に気づくと
「ほれ、お前のファンじゃねぇの?」
校内外問わず相変わらず絶大な人気の優奈。
女の子のファンも相当いるのだが
「あたし?でも今はちゃんと食べるか見張り中だからダメ」
「食うってば。ずっと見られてんの気持ち悪いから行ってこい」
「もぉ~…」
渋々廊下まで優奈が行くと、立っていたのは肩にギターケースを担いだ1年生・沙耶。
「あの…松下先輩にちょっとお話が…」
「勝也に?今ご飯中なんだけど…ちょっと待ってね」
ブスッとした顔で戻ってくると
「『松下先輩』にお話だってさ!」
「俺?何の話?」
「知ーらない。行ってあげればっ?」
廊下の方を見るとその女子生徒がこちらを見てペコッと頭を下げている。
それを見てチョイチョイと手招きするとヒョコヒョコ入ってきた。
「あの…ご飯中にすいません、ちょっと教えて欲しい事があって」
肩にはギターケースを担いでいる。その長さから見て
「ベース?」
「あ、はい…どうしても弾き方が分からないフレーズがあるんです」
外バン。
つまり学校の外で真剣にバンドをやっている者もいれば学校内の生徒同士で組んでいるコピーバンドも多くあり、普段からギターやベースを担いでいる生徒もいた。
そんな人達から見ても勝也は別格であり、こんな風に声を掛けれる存在ではないはずなのだが
「へぇ~、勇気あるねぇあの子」
「勝也がどんな人なのかわかってないんじゃない?」
「あの桐川 蘭でさえそう簡単に声かけられるヤツじゃないって言ってたのに」
ブランカでベースを弾いている事はもうほぼ全校生徒が知っているが、元々は内緒にしていた事である。そしてそれが公となった今でも誰とでも話すタイプではなく気を許した友人としか話さない勝也。
初対面の下級生が突然こんな事を言い出しても相手にされるはずがない、と誰もが思った。
ところが…
「どんなの?弾いてみ」
「……えっ?!」
なんと沙耶の願いを聞き入れた。
誰もが驚きキョトンとしている中で
「はいっ!」
横にあった椅子を持って来て座るとクラス中が黙って見守る中でベースを取り出す。
優奈でさえも口をポカンと開けて見ていた。
沙耶が取り出したのはMUSIC MANのベース。
それを構えると
「えっと…こうやってこうやって、ここでどうしても指が追いつかなくて…」
弁当の続きを食べながらその指を目で追うと
「全部弾こうとするからだよ、ハンマリングで右手はもっと楽になるだろ」
「えっと…ハンマリング…ですか」
すると手に持っていた箸を口に咥えて
「貸してみな」
沙耶からベースを取り上げた途端にクラス中がざわめき、視線を向けた。
この教室の中で勝也がベースを弾こうとしている。
そして一番驚いたのが優奈だった。
(……ウソでしょ?)
そんなみんなの驚きや視線など全く気にせず、たった今一度だけ聞いたフレーズをいとも簡単にしかも倍ほどの速さで弾いて見せる。
「…うわ…スゴ…ぉ…」
クラス中の大半が初めて見た勝也がベースを弾く姿。
だがそれはたった1フレーズだけでも格が違う事を知る結果となった。
「左の指でフレットを叩くのがハンマリング。コレ使えるようになりゃあ右のピッキングがもっと楽になる」
そう言いながらたった一度弾いただけでベースを沙耶に返すとまた何事もなかったように弁当の続きを食べ始める。
喜んで何度もお礼を言いながら帰っていく沙耶にはもう目もくれずに食べ終わると
「あ~腹いっぱい。ごちそうさん」
カランと置いた弁当箱を片付けながら
「めずらしいね、教えてあげるなんて」
「ん?だって不愛想にしたらまたお前に怒られるもん」
初めの頃に比べれば優奈の言う事もだいぶ聞くようになってきた勝也。
それは時として「優奈の尻に敷かれている」と取られることもあるほどだ。
気分を良くした優奈だったが…少し気になる事があった。
さっきの女子生徒が持ってきたベース。
ちゃんとしたベースではあるものの、優奈から見ても普段使っていると思われる形跡が無かったのだ。
メーカーの種類やパーツ系そしてビンテージなど、ベーシストの彼氏が出来てからは事あるごとに目が行くようになりそれなりに詳しくなっていた優奈。
だがまた余計な事を言って機嫌を損ねるのもイヤだという思いもあり言葉には出さなかった。
そして優奈の予感は的中する。
翌日も、その翌日も昼休みになると勝也にベースを習いに来るようになった沙耶。
口数こそ少ないものの沙耶の質問に答える勝也を見て、クラスメイト達もその下級生が教室に入ってくるのを容認するようになっていた。
「なんか勝也の弟子みたいだね、あの子」
「でも頑張ってるじゃん毎日毎日熱心に」
「優奈、内心穏やかじゃないんじゃないの~?」
親友たちも認め始める中
「どうも気になるんだけどね…勝也がキレなきゃいいけど」
「ベース頑張ってる子なんだからソレはないんじゃないの?」
「うん、ホントに頑張ってたらね」
「…どういう意味?」
翌日、また今日も沙耶が教室にやってきた時勝也はトイレに行っていた。
いつもの定位置である勝也の前の席で待っていた優奈。
すると
「あれ、松下先輩いないんですか?」
「あ、今トイレ行ってるよ」
「そぉなんだぁ…」
「今日はベースは?」
「今日は持って来てないです。話だけしに来ました」
「話って?」
「それは松下先輩に言います」
勝也と話す時とは表情が違う沙耶。
すると優奈が
「ねぇ、ごめん。ちょっとだけ左手見せてくれる?」
「は?…なんでですか」
「どんな手してるのかなと思って」
「先輩ってそっち系もアリなんですかぁ?(笑)」
からかうような沙耶の態度にすこしイラッと仕掛けたクラスメイトもチラホラいたのだが、有無を言わさず優奈がサッと沙耶の左腕を掴むとグイッと持ち上げる。
「ちょ…いったぁ!何すんのよ!」
いきなりの出来事にタメ口になる沙耶。
だがそんな事には耳も貸さず
「やっぱり…沙耶ちゃんだっけ、勝也にバレないウチにヤメといた方がいいよ」
「…な、なにがですかぁ?」
「なに企んでんのか知らないけどまだあの人の事わかってないみたいだから」
「すっごいエラそうですね。じゃあ先輩は松下先輩の事なんでもわかっちゃうんだ?すごぉい(笑)ヤキモチ妬くぐらいなら先輩もベース教えてもらえばいいじゃないですか、今更ですけど」
完全にナメきった態度になる沙耶。クラス中を敵に回した瞬間である。
するとキレると思われた優奈がニヤッと笑い
「なるほどね、やっぱり勝也狙いだったんだ」
そこへトイレから勝也が戻ってくる。
「優奈~、腹減った」
「あ~!松下先輩ドコ行ってたんですかぁ?今、安東先輩に怒られてたんです、もう来ちゃダメって…あたし怖くて怖くて…」
急にあからさまに態度を変えた沙耶。
みさ達が大きな音を立てて椅子から立ち上がり文句を言おうとしたところで
「ベースは?」
冷静に聞く勝也。
「あ、持って来てないです。今日は話だけしようと思って」
「ベース持ってないなら俺んトコに来る理由はないだろ」
「え?あ、えっと…その事なんですけど、今度の日曜日松下先輩の家にベース教えてもらいに行っていいですかぁ?」
「…は?」
「松下先輩のベースも見てみたいし」
「ダメ」
「えー!…そんなに長い時間じゃなくていいですから!」
するとさっきの優奈と同じようにグッと沙耶の左腕を掴んで持ち上げ
「習いたいなら本気でベース弾き始めてから言えよ」
「…え?…あたしちゃんと…」
勝也と優奈がとった同じ行動の意味が分からなかったクラスメイトや沙耶。
そしてそのまま続ける。
「これは弦を押さえてる指じゃない。こんなフニャフニャの指であの太い弦が鳴るとでも思ってんのか?ドコから手に入れてきたか知らねぇけどお前の持ってるベースはちゃんと使えるモノだ。ただキッカケ作りの為に使うようなモンじゃねぇんだよ」
「…え…」
「本気でベースやりたいなら教えてやる。ただし…今まで俺が教えた事全部出来るようになったらな」
言葉を失う沙耶。
「大体そんな事、俺より先に優奈の方が気づいてるに決まってんだろ。俺でさえちょっとでも手ぇ抜いたらすぐバレるんだ。ずっと一番近くでベーシストの手ぇ見て来たコイツの目はごまかせねぇよ」
クラス中の視線が優奈に向く。2人がこれほどの信頼関係だったとは…
「それに家に来ること自体、一緒に住んでる優奈の許可……あ!」
「ちょ…ちょっとぉっ!」
時すでに遅し…クラスメイト全員が聞いている中で一緒に住んでいる事をポロッと言ってしまった勝也。目を真ん丸にして横目で優奈を見ると完全に怒った表情になっている。
「ええぇぇ?!…い…一緒に住んでるのぉぉ?」
「ウッソだろぉぉぉ?…そんなぁ…」
「ちっ…違うのぉ!!そうじゃなくて!…あの…もおおぉぉぉ!!!」
顔を真っ赤にして勝也の頭を叩こうとする。必死に頭を抱えて
「ごめんっ!悪かったって!!」
優奈に追いかけ回されて教室中が大騒ぎとなり、もうすでに沙耶の存在は忘れられているような雰囲気だった。
はなっからベースなどに興味はなくただ有名である勝也を優奈から奪おうとしていた沙耶の企みは、ものの見事に言葉を交わさなくても通じる2人の絆によって砕け散ったのだった。
一人寂しく教室から去っていこうとする沙耶に
「…なぁ、今からでもホントにベースやってみな?案外楽しいぞ」
後ろから優奈に首を掴まれて怒られながらも優しい言葉を掛ける勝也に
「…そうですね。でもそれよりまず安東先輩みたいな女になりたくなっちゃいました。それが叶ったらまた来ます」
やはり最後は優奈に勝てなかった沙耶。
だが彼女は彼女で必死だったのだ。
「もう今日はお弁当ナシ!」
「ちょっ…腹減ってんのにぃ」
そんな痴話ゲンカをみて笑っていたみさ達だったが
「勝也、最初から気づいてたの?」
「ん?当たり前じゃん、あんなやわい指で弾けるようなモンじゃねぇ」
「じゃあなんで教えてあげてたの?可愛かったから?」
「可愛かったかぁ?」
「いや…性格は別として顔はめちゃくちゃ可愛かったぞ」
「別に性別とか関係なくベース人口が増えるのはいい事じゃん。それに女なんて優奈しか見てねぇから顔なんか関係ねぇよ」
聞いている方が照れるような言葉をあっさりと言い放つ勝也。教室中からため息が漏れる中、それを聞いて気分を良くしたのか
「…仕方ないから食べていいよ」
「やった!」
優奈から巾着袋を奪い取ると席に座って食べ始める勝也。
クラスメイト達の頭の中でこの2人への羨ましさが何倍にも膨れ上がった一日だった。




