35 修学旅行
同棲生活が終わり、優奈は実家に戻った。
指が完治した時点で約束通り戻ってきた事で父の信用は深まり、勝也の部屋への外泊も少し増やしてもらえることになった。
ベースを返してもらった勝也もお預けを食らっていた子供のように喜び、あまりにもベースに熱中しすぎて優奈の言葉を聞いていないことが多くその度に怒られていた。
今回の樹の一件でさらにお互いの想いは深まり、周りから見ても「羨ましすぎるカップル」として見守られている。
そんなある日のHRで
「今日の6時間目は授業中止にして修学旅行の説明会だぞー」
「やったぁぁ!!」
大きな歓声が起こる。
隣のクラスからも大きな歓声が聞こえるところを見ると学年全体での説明会の様だが
「あ~先生。んじゃ俺は帰ってもいいの?」
「…あぁ、お前はそうだったな。いいぞ」
「え…なんで帰るの?」
「松下は修学旅行には不参加なんだ」
「…えっ?!」
一番後ろの席にいる勝也を全員が振り返って注目する。
「なんだよ」
「なんで?…なんで行かないの?」
「なんでって入学した時からそう決めてたもん」
「だからそれがなんでって聞いてんの!」
「積立してる余裕なんかねぇからだよ」
「そんな…なんとかならねぇのかよ」
「ならねぇな。別に俺一人ぐらいいなくたって何も変わらねぇだろ」
「思いっきり変わるんだよ!」
「そんな怒らなくたって…」
そんなやり取りの中
「優奈は…知ってるの?」
「………………」
「え…言ってない…とか」
「だってアイツと付き合う前から決まってた事だし」
「でも今は付き合ってるじゃん!」
「仕方ねぇだろ、そんな怒んなよ…」
「みんなでちょっとずつ出しあってとか…」
その言葉を発した康太をギロッと睨み
「ふざけんなよてめぇ…お前らに金出してもらって俺はみんなに頭下げて「ありがとう、ありがとう」って礼言いながら旅行に行けってのか?」
「そ、そういう訳じゃ…」
みんな自分達が修学旅行に行く事よりも勝也が来ない事の方が頭の中を占領していた。
その後の休み時間…
「……え?」
「やっぱり聞いてないんだ、勝也は修学旅行に行かないって」
教室の前で愕然とした表情になる優奈。
まだ聞いていないはずの優奈にわざわざ報告しに来てくれた友人達も
「どうにかなんないのかな」
「どうするの?アイツいなかったら」
「わかんない…あとで聞いてみる」
昼休みになり優奈がお弁当を持って勝也の教室に入ってきた。
全員が横目でチラ見する中、勝也が突っ伏している席の前の椅子に後ろ向きに座ると
「お昼だよ~」
「…ん?…あぁ…」
ムクッと体を起こした勝也の机に弁当箱の入った巾着をトンと置く。
「ねぇ、修学旅行いかないってホント?」
「…あぁ」
「あたし聞いてないんだけど」
「言ってなかったな」
「なんでいつもそういう大事な事をこっちが聞くまで言ってくれないの?」
「忘れてた」
「は?忘れてたって…ブランカの事ならまだ我慢できるけどそれ以外の事まで言わないってヒドくない?!」
だんだんボルテージが上がってくる優奈。
「うるせぇな…最初から決まってたんだから仕方ねぇだろ」
「じゃああたしも行かない」
「…は?」
全員が横目ではなく、顔を向けてまともに注目し始める。
「勝也が行かないならあたしも行かない。そしたらその間も一緒に居られるし」
「お前…ふざけんなよ」
その言葉を聞いて急にバァン!と両手を机に突き椅子から立ち上がると大きな声で
「ふざけてんのはどっちよ!こんな大事な事も教えてくれないで!最初から決まってたにしたって言ってくれる事ぐらい出来たじゃん!あたしがどれだけ楽しみにしてたと思ってんの?クラス違ったって乗るバスが別々になったって目的地は一緒なんだからって自分に言い聞かせて…なのになんであたし勝也からじゃなくてみさから聞いてんの?やっぱりあたしの事なんか全然考えてくれてないじゃん!!」
「うるせえな!でっけぇ声出しやがって!お前と付き合う前から決まってたんだから仕方ねぇだろ!俺だって考えたよ!ちゃんと言っとかないとって。けどそんな事言ったらお前がヘコむのわかってたから言い出せなかったんだよ!」
「だからってこんな直前になるまで!」
「ちょっ…ちょっとストップーー!!!」
売り言葉に買い言葉…
勝也も立ち上がり、机を挟んで怒鳴り合いの大ゲンカになってしまった。
呆気にとられて見ていたクラスメイト達もその言い合いに緊張感が走るが…慌てて止めに来た親友達。
ありさと千夏に抑えられた優奈と、康太と陽平に羽交い絞めにされた勝也。
優奈が大声で勝也に食って掛かるところなど誰も見たことが無かったため、クラス内は騒然とする。
康太と陽平の羽交い絞めを振り払うと、勝也はそのまま教室から出ていった。
肩で大きく息をしながらその姿を目で追う。
「…ごめん、もう大丈夫だから…」
小さくそういうと千夏とありさが手を離した。
黙って教室を出る。その方向は勝也が曲がった右ではなく自分の教室がある左。
「ちょっと優奈ぁ…」
斜めにずれた机と倒れた椅子、そして沈黙だけが教室に残った。
結局午後からの授業に勝也が戻ってくることは無く、6時間目になると2年生は全員講堂に集合となる。もちろんそこに勝也の姿はなく、説明会を終えてみんなが教室に戻ってくると勝也のカバンは無くなっていた。
「やっぱ帰ったんだ…」
机の上に置かれた弁当は中が入ったままで、それを廊下から見た優奈がツカツカと入ってくるとサッと取り
「食べないならもう作ってやんない」
今度ばかりは大ごとになりそうな気配を感じたみんなは
「そりゃ勝也だって一人で住んでて自分で働いて生活してんだからさ、修学旅行の分まで余裕ないってのもわからなくも…」
「そ、そうだよ。それに旅行代だけじゃなくて持ってく小遣いとかも考えたら結構デカい出費だし」
一生懸命なだめようとするが
「そんなの分かってる!」
大きな声で答える。
「あたしだって勝也のあの生活見てて、まだその上毎月積み立てなんて厳しいのもわかってる。あたしが怒ってるのは旅行に行かないことじゃないよ…それを自分からあたしに言ってくれなかった事。…いつも…いつもそうなんだもん…」
優奈は寂しかったのだ…みんなはそれに気づいた。
一度しかない修学旅行。
一緒に行きたいという気持ちはもちろんあるが、それよりも自分に何も言ってくれない寂しさがあれほど優奈をキレさせた。
あの勝也が失踪した康太事件以来初めての勝也のいない下校。
親友達と一緒ではあるが底知れぬ寂しさに襲われていた。
結局その日は優奈がアパートに行くことは無く夜に電話もLINEもすることなく一日が終わった。
翌日、やはり優奈は起こしに来なかった。
おかげで少し寝坊しかけたもののなんとか間に合って教室に入ると
「あれ、一人?」
「そうだけど」
「優奈来てないよ」
「…え?」
「ちょっと電話してあげなよ」
「なんで俺が…どうせまたスネてるだけだろ」
「スネさせたのは誰?さすがに今回のはちょっと優奈が可哀想だよ」
「そんな事言ったって」
「あれだけ一生懸命勝也の事想ってんのに…もうちょっと優しくしてあげたっていいんじゃない?」
「ったくうるせぇな…わかったよ!」
携帯を持って廊下に出ると優奈に電話をかける。結構な回数の呼び出し音のあと
「……もしもし…」
「あぁ俺。まだ寝てたのか」
「…寝てない」
「じゃあなんで来ねぇんだよ、もう授業始まる時間だぞ」
「…休む」
「は?なんで?具合でも悪いの?」
「別にどこも悪くないよ」
「じゃあなんで休むんだ」
「…行きたくないから。…ほっといて」
そういうと優奈から一方的に電話を切ってしまった。
どうやら今回ばかりは本当に怒らせてしまったようだ。
教室に戻るとカバンを持って出ていこうとする勝也に
「あれ…ドコ行くの?」
「帰る」
「え、なんで」
「あのバカに説教してくる」
「ちょ…ちょっとちょっと!今そんな事したら逆効果に…」
「時間かけたからって収まるもんでもねぇだろ、言いたい事あんならちゃんと言えってんだ」
そう言い残し本当に出ていく勝也。
みんなこれ以上ややこしくならないことを祈るばかりだった。
いつもは歩く道のりだがバスに乗って優奈の家まで戻ってくるとまた携帯に電話を掛ける。
「…なに?ほっといてって言っ…」
「ちょっと出て来いよ、家の前にいるから」
「え…学校は?」
「ズル休みしてるヤツに言われたくねぇよ、いいから出て来い」
「…ヤだ」
「俺の言う事が聞けねぇのか?」
「…聞けない」
その返事からしばらく無言の時間が続くと
「悪かったよ、ごめん」
「…え?」
「ホントは言うの忘れてたんじゃないんだ。何度も言おうとしたけどお前がヘコむの目に見えてたから言えなかった」
「今頃言われる方がヘコむよ」
「だよな、ごめん」
「それに別に勝也が修学旅行に行かないから怒ってるわけじゃないもん」
「え?じゃあなんで…」
「言わない」
「言わなきゃわかんねぇよ」
「言わなくてもわかってよ」
「そんな無茶な…」
「わかってくれないんだったら学校も行かない」
「は?」
「…指なんて治らなきゃよかった…ベースも返さなきゃよかった」
「どういう意味だよ」
「あたしは勝也しか見てないのに勝也はベース返した途端またあたしの事見てくれなくなった。話しかけても聞いてないし大事な事も言ってくれないし…ベースより大きな存在になれるなんて思ってないけど、もうちょっとあたしの方見てくれてもいいじゃん。一生懸命ガマンして追いかけても勝也の背中が遠く感じちゃうんだもん…」
今回ばかりは今まで溜まっていた優奈の我慢が爆発したのかもしれない。
いつもなら逆ギレしてしまう事もあったが
「そっか…わかった、俺のせいだもんな。お前はちゃんと学校行け。俺とは顔合わさなくて済むようにするから」
「え?」
「今からでも午前中には間に合うだろ。みんな心配してたから顔見せてやれよ。じゃあな」
「え?…ちょっと…」
そういって電話を切り、クルッと後ろを向いて歩き始める。
慌てて優奈が部屋の窓を開けると、トボトボと歩いていく勝也の後ろ姿が見えた。
大急ぎで家から飛び出し
「…どこ行くの?!」
「………………」
「またいなくなっちゃったりしないよね」
「俺とは顔合わせたくないんだろ?」
「そういう事言ってるんじゃ…」
「…ダメなんだよ。ベース弾いてると集中しちゃうし…お前の事もベースとは切り離して一番に考えてたつもりだけど、どうしてもうまく出来ない。このままだとお前に我慢ばっかりさせちゃうから。…今までごめんな」
そういうとまた背中を向けて歩きだした。
「ちょっと待ってよ!…ヤだ!!」
慌てて追いかけて勝也の前に廻る。
「そんな…そこまでする事ないじゃん!ちょっとスネてみただけじゃん!」
本気で焦る優奈をガバッと抱きしめる。
そして優奈がしがみつくように抱きしめ返した途端
「つーかまーえた♪」
「…え?」
「やっと出てきやがった。大体スネて部屋に閉じこもるなんて100万年早ぇ」
「…騙したの?」
「騙したんじゃねぇよ、これからお前を誘拐すんの」
「…え?…どういう…」
「悪かったよ。もっと早くちゃんと言うべきだった、ごめん。これからはちゃんと一番に言うから…寂しい思いさせないから。約束する」
「…うん」
「で、ドコ行きたい?」
「ドコって?」
「お詫びに今日一日ベースも触らない。お前の行きたいとこドコでも付き合ってやるよ」
「え…それって…デート?」
「あぁ、丸一日言う事聞いてやる」
「ちょ…ちょっと待って!すぐ着替えて化粧してくる!!」
「ウチでしろよ。なんか服ぐらい置いてあんだろ?待ってる間顔見れねぇのヤだ」
もうウキウキの顔になってしまった優奈。
一瞬でも顔が見れないのがイヤだとかベースも触らずに一日付き合ってくれるとか、こんな事は初めてかもしれない。
結局そのまま午前中はアパートで過ごし、昼からご飯を食べに行ってブラブラ買い物をしてアパートに帰る。
約束通りベースを触らない勝也に
「いいよ、ベース弾いても」
「今日はいい」
「どうして?」
「今日はお前とずっと一緒にいたいから」
優奈の不満は全て解消され、普段は全く言ってくれない言葉をたくさん聞けた事で幸せな一日になったのだった。
翌日、いつもよりももっと仲良さそうに見える2人が登校する。
「かぁ~…おとといはあんな言い争いだったクセに」
「まぁあの優奈の嬉しそうなコト」
そして担任が入ってきてHRが始まると
「あ、せんせー。修学旅行って今からでも間に合う?」
全員が驚いて勝也に注目した。
「え?…あ、あぁ…一応は全員分の予約はしてあるけど…大丈夫なのか?」
「すっげぇフテ腐れた女連れてくのイヤでしょ?何とかするよ」
勝也がみんなと一緒に修学旅行に行く。
みんな顔を見合わせて
「やったあああぁぁぁ!!!」
お祭りのような騒ぎになってしまった。
HR中にも関わらず教室から飛び出した康太が隣の教室の扉を開け
「優奈ぁ!勝也が修学旅行いくって!!」
すると驚いた表情からニコッと笑顔を浮かべ
「…まぁた大事なコト言ってくれなかったぁ」
これに関しては優奈が勝也に怒ることは無かった。




