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34 樹(いつき) ③

 初めて入った勝也のバイト先。


普通に『いらっしゃいませー』と店員に叫ばれる。

ついさっきまでの騒動がまるで嘘のように店内はごった返しで盛況だった。


7名で通された座敷に落ち着くと


「しかしやっぱ変わってなかったな、あいつは」


「ま、優奈が無事だったんだからそれでいいんじゃねぇの?」

「もしなんかあったら今度こそあの女殺すけどね」


みぃは樹の事が相当嫌いなようだ。

下を向いたままの優奈は涼子に頭を撫でられながら


「これでもう優奈を狙ってくる事はないだろうし、みんな来てくれて良かったよ…ね?優奈」

「…うん…」


あのまま涼子にも気づかれず平蔵達も来てくれなかったらもしかしたら勝也以外の男に…


身の危険から守ってくれたみんなには感謝してもしきれない。

だがそれ以上に優奈の頭の中は勝也と樹を会わせてしまった事への後悔、そして樹が言っていた「またみんなで遊ぼう」という自分が知らない頃の勝也の事がグルグル回っていた。


一つずつ勝也が言った言葉を思い出す。


『たった1分でも時間があったら、俺はそれを優奈に使う』


自分には出来なかったことだ。


いくら2人の邪魔をされないためとはいえ優奈は自分の時間を康太に使った。

もう過ぎた事ではあるが、今更ながらなぜ勝也のような考え方をできなかったのか…そんな後悔もよみがえってきた。


『俺が…優奈じゃなきゃダメだからだよ』


その言葉だけが唯一の救いだった。


飲み物にも手を付けず楽しいはずのみんなとの会話にも参加せず、ただひたすら勝也が戻ってくるのを待つ。

そんな姿をみんなも敢えて話しかけずに騒ぎながら見守った。


時間にすればどれぐらい経ったのだろう。座敷の襖がバッと開き


「…めっちゃ怒られたぁ~」


入ってきた勝也の第一声で爆笑が起こった。

そして優奈の隣に座ると


「涼ちゃん、1回伝票締めろって。あとは好きなだけ飲んで食ってけってさ」

「ありゃ、気前いいじゃん店長♪」


さすが向かい同士の店なだけあり、涼子は何度もこの店を利用していて顔馴染みだった。


「…あ…あの…ごめんなさい」


「ん?」

「あたしのせいで…その…樹さん…」


「もうその話はいい」


「…ごめん…」


そのあとは口数は少ないながらも優奈もみんなと話すようになり、久しぶりの全員揃っての飲み会はやはり楽しく盛り上がった。

店もラストオーダーの時間を迎えた頃にお開きとなり、店長のサービスで本当に会計はスルーされて店の外に出る。


「もう勝也がいるから送ってかなくていいね」


「うん…涼ちゃんごめんね、色々ありがとう…」

「なぁに言ってんの。『妹』が余計な気を使わなくていいの、じゃあね!」


そこでみんなと別れて駅に向かう。


ようやく2人きりになれたものの勝也は一言も口を開かない。

みんなと居る時はそれなりに話してはくれたが、やはり怒っているのだろうか…。

自分から話しかける勇気がなかなか出ない優奈は黙って後をついていくだけしかできなかった。


駅を降りて改札を抜ける。

ここからはずっと歩きなのだが、ふと優奈が立ち止まる。

それに気づくと


「どした?」


「……怒ってるよね…」

「怒ってねぇよ」


「だって…なんにもしゃべってくれないじゃん」


「…悪かったな」


「なにが?」

「樹の事。お前に怖い思いさせて…」


「なんで勝也が謝るの?」


「俺のせいじゃん」

「勝也のせいじゃない!」


「お前、拉致られそうになったんだろ?」

「…それは…」


「お前がもしあのまま連れてかれて、そんで…その後の事考えたら気が狂いそうになった」

「もし勝也以外の男にそんな事されそうになったら舌噛むもん」


「…なんで俺に言わなかった?」


「勝也と樹さんを会わせたくなかったから」


「でもそれでこんな大ごとになったんだぞ」

「わかってるけど…それでも会わせたくなかった」


「会ったら俺の気持ちが変わるとでも思ったか」

「そうじゃない…思い出させたくなかっただけ」


「バーカ、もうちょっと信用しろってんだ」


「怒ってないならなんでずっとしゃべってくれないの?」

「なんだよ…俺が照れちゃダメなのかよ」


「え…照れ…え?」


「そりゃ…あんな事言っちまったらちょっと顔見んの照れ臭くなるだろうがよ!」


勝也が樹に向かって言った言葉。

初めて聞いた優奈への想いが頭の中で再生されていく。

それは思い出しただけでも涙が出るほど嬉しい言葉で


「ねぇ!もっかい聞きたい!」


「はぁ?!バカかてめぇは!2度と言わねぇよ!」

「えー!聞きたい聞きたい聞きたいぃっ!!」


「うるせぇなっ!早く来ねぇと置いてくぞ!」


もう何度聞いたことだろう…

勝也の口癖でもある「早く来ねぇと置いてくぞ」


いつもそうやって冷たく見えながらも必ず追いつくのを待っていてくれる。

優奈に背を向けてどんどん歩いて行ってしまうその後ろ姿も「早く追いついてこい」と言ってくれている。

…この背中を見失わないようにしよう。

どんな事があっても、手を伸ばせば届くところにいよう。


安心して涙を浮かべた優奈は勢いよく走りだすと勝也に追いつき、そしてそのまま背中に飛び乗った。


「おんぶしてー!」

「わっ!ばかっ!…重てぇよっ!降りろっ!」

「ヤだっ♪」


「ったくよぉ…次の信号までだぞ?」


優奈をおんぶしたまま歩き出す。


しばらく歩いた頃


「あたしね…ちょっとだけ樹さんの事うらやましかったんだ」


「は?なんで」

「だってあたしの知らない頃の勝也を知ってるんだもん」


「なんだそりゃ。そんな事言ったら俺の知らない頃のお前…」


「そうだけど。でもいい思い出じゃないかもしれないけどみんなの事も知ってて、その頃の勝也ってどんな人だったのかなぁって…」


「別に今と変わんねぇよ」


涼子やみぃ達はみんな勝也が変わったと言う。

前はもっとギラギラして影があったと言っていた。

優奈にしてみればそんな頃の勝也でさえ知りたかった。


「知ってる?…あたし…勝也の事世界で一番大好きなんだよ」


背負われたまま勝也をギュッと抱きしめる。


「こら、苦しいって…」


そういいながらも信号を過ぎても歩くのをやめず


「知ってるよ…よーく知ってる。

でもな優奈。そんなに想ってくれるんなら今回みたいな危ない事はするな。お前は俺と樹を会わせたくなかったって言ったけど、俺は誰に会おうがどんな事言われようがもうお前以外は目に入ってねぇよ。これからもお前以外の女に興味はない。お前が危ない目にあったりするのが俺にとって一番イヤな事だ。…俺もお前が大好きだから」


勝也の背中で泣き出す優奈。

目を合わせてはいないもののこんなにストレートに想いを言ってくれたのは初めてだった。


「…うん………うん…」


何度も頷きながら答える。このままずっと勝也の背中に揺られていたかった。


結局アパートの前までおんぶで到着すると


「疲れたぁ~…ほれ、降りろ」

「ヤだ」


「このヤロォ…そこのゴミ置き場に捨ててくぞ」

「ヒドー!可愛い彼女をゴミ扱いすんのぉ?!」


「あ、自分で可愛いとか言いやがる…樹みてぇ」


すると急にムッとした顔で背中から降り


「…笑えない!」

「おっと…ごめん」


「ねぇ、もう名前で呼ばないで」


「え…優奈って?」

「違うよ!…樹さんの事…」


「わかった。でも大丈夫だよ、もう話題が出る事もねぇし」


2人でアパートに入る。

そしてしばらく経った暗い寝室の中で


「あたしいつまでここにいていいの?」


「なんだよ急に」

「だって指が治るまでって約束だし…」

「確かにもう治ったな」


「このままずっとって訳にはいかないもんね」

「…うん」


「最初お父さんがいいって言ってくれた時はすっごく嬉しかったけど…いつか出ていかなきゃいけないって事忘れてた。ホントにヤだ…ここにいたい」


しばらく沈黙の後


「いいのか?帰るのが長引けば長引くほど残りの時間が短くなるぞ」


「…残りの時間?」

「卒業まであと2年もないよな。って事は『彼氏の家に通う』事が出来んのもあとそれだけって事だ」


「…え?」


「卒業したら今度こそ一緒に暮らそう。『つもり』じゃなくて」


「…え?…え?」

「一緒に暮らしてみてわかったよ…お前と2人ならずっと幸せでいられる」


パアッと笑顔になる優奈。そして体を起こして見つめてくると


「うんっ!!」


こんなに幸せでいいのだろうか…そんな不安さえ感じるほど全てが満たされていた。


「明日帰る」


「うん」


「じゃあ次はいつになるかわかんないから…もっかいね♪」

「は?いや、それとこれとは話が…」


「違わないっ!」


この部分だけはいつまでたっても優奈に勝てる気がしなかった。


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