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30 同棲

 ブランカのミーティングから一週間以上。バイトの都合などで夜は会えない日が続いた。


クラスも違う上に授業の合間は勝也の睡眠時間。

話せるのは学校の行き帰りのみという優奈にとっては苦痛の日々が続く。

笑顔も見せ冗談も言ってくれるようになったのがせめてもの救いだが、それでもやはり優奈の不満は日に日に溜まっていった。


勝也がそのままバイトに行ってしまっても自分のバイトが無い日は必ずアパートに一人で寄る。

掃除や洗濯をしに行くのだが、今日も最後に寝室の布団を綺麗に直して部屋を出ようとした時ふと練習用のベースが目に入る。


勝也の練習用はフェンダーのプレべ。

killerしか持っていなかった勝也に、練習用にと島村がくれたモノだ。


「いつもご苦労様」


ベースに話しかけるクセがついている優奈。

今日はalesisのバイトもなく時間があったこともあり、このフェンダーを綺麗にしてあげようと思った。

メンテナンススプレーをウエスにつけて慣れた手つきでボディを拭いていくが、ふとネックの指板に目が留まる。


「あれ?なんだろ、この跡…」


少し黒ずんだような拭き跡がついている。

ウエスの湿った部分でその跡を拭いてみると


「…え…これって…」


ウエスには茶色い色がついていた。

もう一度よく指板を見てみると、かなりの範囲に同じような跡がついている。

弦を緩めて全て外し指板全体を丁寧に拭いてみると、そのウエスにはかなりの色がついてくる。


あの失踪騒動以来、朝起こしに来てももう勝也は起きていてベースを弾いている事がほとんどだ。

しばらくその指板を眺めていた優奈。


「…そういう…事」


勝也は普段学校にいる時も行き帰りも左手をポケットに入れていることが多い。

無意識に弦を押さえる指を守っているのだろうが、それが優奈にとっても当たり前になっていた。


翌朝、わざわざ明け方に目覚ましを掛けて起きた優奈。

寝ている家族を起こさないように静かに家を出ると、誰もいない明け方の道を歩いてアパートの前に来る。


勝也の部屋を見上げるとやはり寝室の電気が点いていた。

静かに階段を上がり、カギを開けて中に入る。

その音で


「……優奈か?」


「うん…ごめんね、こんなに早く」


そう言いながら寝室のドアを開けると、慌てた様子の勝也がベースを裏向けにスタンドに立てているところだった。


「な、なんだよこんな時間に…夜中に一人で歩いちゃダメだって言って…」


「ねぇ、左手見せて?」


「…え?」


サッと左手を握って後ろに隠すも、すかさず優奈がその腕をつかんで前に引っ張り出す。


「開いて」


しばらく沈黙が続き、観念したようにゆっくりと勝也がその手を開く。


優奈の予想通り…勝也の指先は皮が裂け、血が出ていた。

その傷口を見て息をのんだ後


「…何これ」

「…………」


「なんで毎朝迎えに来ても起きてるのかやっとわかった。…夜、寝てないよね」

「…………」


優奈の目は鋭く、そして怖かった。本気で怒っている時の目だ。


「あれからずっと?…たぶんそうだよね。あれだけ指板に血がつくぐらいだから昨日や今日だけじゃないはず。そうでしょ?」


すると小さな声で勝也が答え始める。


「…眠れないんだよ…寝ようと思って目をつぶってみても頭の中じゃいつもリハやライブでみんなと演奏してるトコばっかり浮かんで…」


ガクッと崩れ落ちるように床に腰を下ろし


「…あとどれぐらいブランカのメンバーでいられるんだろう。アルバムが完成したらFINALやってそれでもう終わり。だったらアルバムなんて完成しない方がいい。そんな事ばっかり考えちまって気が付いたらベース弾いてるんだ。…なんか弾いてないと不安で不安でたまらないんだよ…」


「だからってこんな指で弾いたって…」

「わかってるよ!…でも…」


ショックだった。

自分はなぜ勝也が解散を受け入れたと思い込んでいたのか。

自分と居る時や学校にいる時は気が紛れているかもしれない。だが一人になるとやはり思い詰め、不安に押し潰されそうになっていたのだ。

ブランカの解散がそんなに簡単に納得できるような事ではない事ぐらいわかっていたはずなのに…。


勝也の前にヒザ立ちすると、その頭を自分の胸に押し付けて抱きしめ


「大丈夫。あたしが守ってあげるって言ったでしょ?」


しばらくそのまま抱きしめた後スッと体を離し、勝也を立たせて洗面に連れていく。

血まみれになった手を洗い流すと綺麗なタオルでくるみ


「家から救急箱持ってくるから…もう弾かないで」


家まで全力でダッシュし救急箱を抱えて戻ってきた。

長年弾き続けてきた勝也の指先は皮が分厚く固くなっているものの、それを破ってしまうほど擦り切れている。


「…って!」

「ガマンする!」


消毒液で綺麗に指先を洗い、ガーゼを当てて包帯を巻く。


「…ちょっとオーバーじゃねぇか」

「ばい菌入ったらどうするの!2度とベース弾けなくなってもいい?」


口答えせず黙って包帯にまかれた指を眺めている勝也。


「ベース2本とも持って帰るからね」


「…え?」

「しばらく弾くの禁止」


「俺からベース取り上げんのかよ」


「取り上げるんじゃないよ。でもここに置いといたら絶対弾くでしょ」

「もう弾かねぇから!」


「信用できると思う?」


「………………」

「大丈夫、ちゃんとしっかり守っとくから。誰にも触らせない」


そういうと寝室に行き練習用のフェンダーをケースに入れる。そしてケースに入ったままのkiller、その2本を左右の肩に担ぐと


「少し寝て…って言っても無理なんだよね。シャワーでも浴びたら?目の下、クマで真っ黒だよ」


ベースを持ってアパートを出た。

慎重に、かつ急いで家に戻ると部屋にベースを置く。

それから大急ぎで弁当を作り、制服に着替え、化粧をして家を飛び出した。

また急いでアパートに戻るがやはり勝也は何の準備もしておらず、シャワーも浴びていない。


「やっぱり。ほら着替えて学校行くよ」

「…行きたくない」


「ダーメ!ほら立って!」


無理矢理立ち上がらせ、母親のように着替えを手伝う。

強引にアパートを出ると、駄々っ子を病院に連れていくように腕を引いて学校へ向かった。


学校へ着くとまず勝也の教室へ。

席に座らせた途端そのまま突っ伏してしまう勝也を横目に


「おはよ。お願いがあるんだけど…」

「おはよー、どしたぁ?」


「ちょっとみんなで勝也の事注意して見ててくれない?左手使わないように…あと包帯取ったりしないように」


「包帯?ケガしたの?」

「うん…指から血ぃ吹くまでベース弾いてた」


「うっわ…痛そぉ…」


「任しとけ。もし手ぇ使いそうになったらしっかり怒ってやる」

「ごめんね、お願いします」


自分が見張ることができないため親友を頼る。

これほどクラスが離れたことが腹立たしいのは初めてだ。


何度かみさ達に注意を受けながらも一日が終わった。

その帰り道で


「その手でバイトとか出来るの?」

「んじゃ包帯取ってくれよ」

「ダメ」


「右手だけじゃ調理とか出来ないしホールかなぁ」

「あ、勝也がホール出るんだったら行こうかな」

「ダメ」


「…ぶぅ…」


今日は優奈もバイトのため一緒に電車に乗り、お互いのバイト先の前で


「今日帰ったら電話して?」

「わかった」


「じゃあ手は使わないように頑張ってね」

「なんだそりゃ」


お互いバイトが始まる。

そして一足先に終わった優奈は勝也のいる居酒屋をチラチラ見ながら前を通り過ぎ、そのまま一旦帰宅した。


バイトが終わりアパートに戻る勝也。

寝室へ入ってスタンドを見るが


「そっか…禁止だっけ」


仕方なくシャワーを浴びてリビングへ。

ソファに座ってテレビをつけたところで優奈に電話する。


「あ、俺。帰ったよ」


「おかえりなさい。指はどぉ?」

「今シャワー浴びるのに包帯は取った。もう血は止まってるっぽい」


「そっか。…ごめん、一回切っていい?」

「電話中か。べつにかけ直さなくていいよ、する事もねぇしもう寝るわ」


「違うの、いいからちょっとだけ待ってて」


一方的に電話を切った優奈。意味は分からなかったがとりあえず待つ。


しばらくするとインターホンが鳴った。

優奈なら勝手にカギを開けて入ってくるはず。

メンドくさそうに通話ボタンを押し


「はい」


「優奈の父ですが」

「…えっ?」


慌てて玄関までドタドタ走りカギを開けて扉を開けるとそこには本当に優奈の父が立っていた。

その後ろには何故か大きなカバンを持った優奈がいる。


「……あの…こんばんは」


「こんばんは、突然すまないね。少し話があるんだがいいかな」

「え…あ、はい。どうぞ」


扉を大きく開けて2人を招き入れる。

急いで一人リビングへ走り慌ててベース雑誌やコップなどを片付ける。

そしてソファではなく机を挟んで床に座ると、父と優奈もその向かい側に座った。


「思ったより綺麗にしてるんだね」

「…はい…あ、いえ…優奈さんが掃除とか片づけたりしてくれてるんで」


「へぇ、家ではもっとだらしないのになぁ」


優奈は笑顔もなく無言で伏目がちに座っている。


「実は、恥ずかしい話だが少し親子ゲンカをしてしまってね」


「え?」

「え?」


勝也どころか優奈までが驚いた顔で父を見る。


「原因は些細な事だったんだが私は気に入らなかった。だから…『出ていけ!』と言ってしまったんだ。という訳で優奈は少し家出するそうだ」


「…ちょっと…お父さん?」


「しかしまだ優奈は高校2年生だ。どこに泊まるつもりをしてる事やら…ちょっと心配ではある。出来るだけウチの近くにいてくれると安心なんだが…」

「何言って…」


「勝也君、どこか近くで優奈をしばらく泊めてくれるところ知らないか?」

「あの…それはどういう…」


2人とも父が言っている事が分からなかった。だが


「優奈も少し家を出れば頭も冷えるだろう。そうだな、例えば指先にヒドい怪我をした人が完治するまで…ぐらいの期間があればね」


「…お…お父さん…」


優奈は泣き出した。そして勝也もようやく父の言っている意味がわかった。


優奈の外泊を認めるという言い方ではなく、あくまで優奈を預かってくれという言い方。

それは勝也が断れないようにする父の優しさだった。


「でも…」

「優奈がしっかり反省するまでここに置いてやってくれないか」


「…わかりました、責任もってお預かりします」


「OKだそうだよ」


ここで初めて父が優奈を見る。

ポロポロと涙をこぼしながら


「うん……ありがとう、お父さん…」


父がスッと立ち上がると、勝也と優奈も立ち上がる。


「バンドの解散が決まったそうだね」

「…あ…はい」


「君がどれだけ本気でそれをやっていたのかは優奈から耳が痛くなるほど聞いてきた。今はそう簡単に受け入れられないだろう。だが…それを乗り越えられない人は消えていくんだ。どんな世界でもね」


「…はい」

「じゃあ、夜分遅くに悪かったね」


「…あ、いえ」


玄関に向かう父を見送ろうと2人が後に続くも、優奈にだけは


「見送りはいい。親子ゲンカ中…だろ?」


笑顔でウィンクする父。

照れ臭そうに笑う優奈に


「いるモノや足りないモノがあったら母さんに言いなさい。あと電話は毎日してやってくれ。出来るだけ顔も見せてやってほしい。それから…期間限定だからね?」


「はい」


優奈だけをリビングに残して玄関まで見送りに行く勝也。すると


「ちょっといいかい」

「え…あ、はい」


靴を履き玄関の外に出てドアを閉める。


「あの子は本気で君を心配してる。君の事を自分よりも大事に思ってるようだ。だから君もこれからは自分一人で生きているのではなく心配してくれる人がいる事を自覚してほしい。本当に優奈を大事に思ってくれているのならね」


「はい…申し訳ありません」


「…優奈に土下座されたよ。『勝也のところに行きたい』って。

初めはもちろん私も却下した。高校生の分際で同棲など認めることは出来なかった。

だがね…その土下座をヤメないんだ。夕飯が終わっても私が風呂に入ってる間も晩酌に酒を飲んでいる間もずっと頭を下げ続けた。

根負けしたよ。それほど勝也君の事が大事なのかって改めて思い知らされた。

だからしばらくあのワガママ娘を頼む。もちろんこのままずっとという訳にはいかないが…私も娘に嫌われたくないからね」


「わかりました。ありがとうございます」


「それとこの前も話したが…孫はまだ早いぞ?」


最後は笑顔を見せ、肩をポンポンと軽く叩いて父は帰っていった。

その背中が見えなくなるまで見送ると、ようやく部屋に入る。


優奈はリビングで正座していた。

無言で見上げてくるその目は『…怒るんでしょ?』と言っていた。

だが


「でっけぇカバンだな。とにかく中身出して自分のタンスに入れて来いよ」


「え…いいの?」


「いいのって…ダメって言ったら帰るの?」

「…帰らない」


「早く片付けねぇと寝る時間がどんどん減るぞ」


「うん!」


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