29 ミーティング
ベースのおかげでまた言葉を交わすようになった勝也。
完全に以前と同じとまではいかないものの、ここ最近の事を考えれば全然変わった。
優奈と2人きりの時は笑顔も見せ冗談さえも言うようになってきた。
そんなある日の帰り道
「今日バイトだよね」
「いや、今日はちょっと用事できたから変わってもらった」
「どっか行くの?」
「集合かかったから」
「…え?」
集合。
それがブランカのミーティングだという事はすぐに分かった。
あの解散騒動以来会っておらず、リハもミーティングも飲み会も無かった。
それがついにまた顔を合わせるという。
「そっか…じゃあ待ってない方がいいかな」
「何時になるかわかんねぇから」
「うん、わかった」
あれから何日経っただろう。
勝也はまた話すようにはなってくれたが立ち直ったとまではいかない。
解散が決まってからずっとモヤモヤしたままだった優奈にとっても、このミーティングは早く来てほしい反面来てほしくないことでもあった。
「このまま行くわけじゃねぇから時間まで寄ってくか?」
「居てもいいなら行きたい」
2人でアパートに帰る。
勝也が家を出るタイミングに合わせて自分も家に帰るため制服のままの優奈は、勝也の外出着の用意だけしてからリビングのソファに座っている。
(やっぱ解散するのヤメた!とかならないかなぁ)
そんな事ばかり考えていると勝也がシャワーを浴び終わって出てきた。
下半身にバスタオルだけ巻いている勝也を和ませようと
「そういえば最近全然シてもらってないけど」
「ん、そうだっけ」
「ヒド…そのウチ襲っちゃうからね」
それだけで会話は終わってしまった。やはりどことなく緊張感がある。
勝也はどう思っているのだろう。
まだ解散回避を望んでいるのか、それとも解散は覚悟した上でその先に迷っているのか。
一番聞きたかった事だが逆に一番口には出せないでいた。
髪をバサバサと拭きながら優奈の隣にドカッと座ると
「髪乾かしてくれ」
「え…あ、うん」
髪を乾かしてくれなんて言われたのは初めてだった。
ドライヤーを取りに行って戻ってくるとそのまま勝也の後ろに立ってブローを始める。
ベース雑誌をペラペラとめくりながら黙っている勝也に自分でも驚くほど無意識に言葉が出た。
「どうするの?」
「ん?髪型?」
「そうじゃなくて、音楽…」
沈黙が走った。
なぜ自分はこんなことを口走ったのだろう。
今から解散の決まったバンドのミーティングに行こうとしているこの人に、なぜ余計なことを考えさせてしまう事を…。
ドライヤーのスイッチを切ると
「ごめん、あたしが聞くことじゃないよね」
またスイッチを入れようとすると勝也がグッと顔を真上に上げた。
「優奈はどうして欲しい?」
これもまた驚きの言葉だった。
今まで自分の想いだけで音楽を続けてきた勝也。
音楽の事に関してだけは絶対に自分が口を挟めない世界だと思っていた優奈にとって、この質問はあまりにも予想外で
「あたしは…解散しないで欲しい…勝也はずっとブランカで弾いてて欲しい」
「そこはもう決まった話だよ」
「ホントにダメなの?もう絶対ダメなの?」
「可能性あるんだったらとっくにそうしてるだろ」
「…だよね」
やはり勝也は解散を受け入れているように見える。
「でもベースはヤメないよね?」
「ベースは家でも弾けるしな」
「バンドはやらないの?」
「どんなバンド組んだってあんな音は出せないだろ」
それはそうだ。
メンバー全員がとんでもない実力とセンスを併せ持ち、そしてそれが交わった時に×6ではなく10にも100にも倍増する。それがブランカというバンドだった。
「そうだよね…あんなメンバーどこにもいないもんね」
「髪」
「あ、ごめん」
結局答えは出せないまま髪を乾かし終わり優奈が出しておいた服を着る。
そして家を出る時間になり、2人でアパートを出ると階段の下で
「じゃあ行ってくるわ」
「うん…気を付けてね」
それだけの会話で勝也は歩いて行ってしまう。
その寂しそうな背中をずっと見送りながら
「勝也ぁ!」
「ん?」
クルッと首だけ振り返った勝也に
「あたしは勝也がどんな道選んだって応援する。ずっとついてく。だから…自分が思ったように進んで?あたしの事は気にしなくていいから」
その言葉は勝也に勇気を与えた。優奈の健気な想いはいつも最後に背中を押してくれる。
「あぁ、わかった」
それだけ言い残して勝也はミーティングに向かった。
家に戻った優奈。
家族と食卓を囲んでいるときもお風呂に入る時も常にスマホを横に置き勝也の連絡を待っている。
だがその連絡は夜になっても来ないままで、ベッドに入る気にもなれずベースを胸に抱きかかえてボーっと壁にもたれていた。
気づけばもう日付は変わっていたがまだ勝也から連絡はない。
何度スマホの画面を確認したことだろう。
そして待受の2人の写真を眺めていると、いきなりその電話が鳴った。
神業とも言えるほどの早さでその電話に出る。
「もしもしっ!今どこ?!」
「早っ!呼び出し音、鳴らなかったぞ」
「終わったの?帰ってきたの?」
「Banクンにタクシーで送ってもらった。今着いたトコだよ」
「今から行ってもいい?」
「ダメ、何時だと思ってんだ」
「行きたいっ!」
「…怒るぞ」
「怒られてもいいから!」
めずらしく食い下がる優奈。ここまで引き下がらないのはなかなか無い事だ。
「わかったよ…じゃ迎えに行くからコッソリ出て来いよ」
「あたしが行くってば」
「じゃあダメ」
「待ってる…」
しばらくすると『着いたぞ~』とLINEが来た。
音を立てないようにコッソリ階段を降り、静かに玄関を開けて外に出ると勝也は少しだけ笑顔だった。
この前の様に沈んだ暗い顔でなかった事には少しホッとしたものの、どんな話し合いが行われたのかが気になり優奈の方が笑顔を作れていない。
「言っとくけど今日は泊まる日じゃないんだからちゃんと帰るんだぞ」
「わかってるもん…」
ふて腐れた顔で答えながらスッと手を繋ぐと、ギュッと握り返してきた。
アパートに向かって歩きながら
「寝とけばよかったのに」
「あ、電話してきといてそういう事言う?」
「確かにそりゃそうだ」
口数も減っておらず行く前と何も変わっていないようにも思える勝也の態度。
それが余計に心配を膨らませるのだが…。
アパートに着くとリビングへ入る。ソファに2人で腰を下ろすと…
「ずっと話し合ってたの?」
「30分ぐらいかな」
「……は?!」
「だから最初にちょっとだけ話した」
「ちょっとだけって…それじゃあその後は?なんでこんなに遅かったの?」
「…えっと…ビリヤード…」
「はあぁぁ?!ビリ…何それぇ!!あたしがどんな思いで今まで…」
「ごめんって!…ちょっとだけ…ホンのちょっとだけ行こうってなったんだよ。でもだんだん迫熱してきちゃって…その…ごめん…」
「ホンット信じらんない!!なんなのまったく!」
「ごめんってば」
カンカンに怒る優奈。
だがその内心今までと同じように仲の良い6人であった事にはホッとしていた。
「で、みんな帰ったの?」
「最後は涼ちゃんからの電話でSyouクンがめっちゃくちゃ怒られて、そこでお開きになった」
「当たり前だよ!あたしでも怒ってたよ」
「…はい…ごめんなさい…」
こんな以前と変わらない会話がとてつもなく心地よかった。
いつも仲が良すぎて怒られるブランカのメンバー達。
それは「解散」という事実が嘘のように思えて…
「それでどうなったの?」
「FINALライブはちゃんとやる。それまでもうライブはしない。つまりあと1回で終わり」
「……1回?それだけしかしないの?」
「うん、でもその代わりインフィニティでワンマンやるんだって」
「え…インフィニティって…あのおっきいトコ?…で、ワンマン?!」
「うん、バカだろ?満員に出来なかったらどーすんだっての(笑)」
「ちょっと…そんな軽く…」
やはり解散は動かなかった。そしてブランカとしてのライブはあと1回しかない。
覚悟はしていたつもりだったがやはり現実として決まったと聞くとショックを受ける。
だがその最後のステージに選んだのはインフィニティだという。
この街一番の大きなホール。
解散する姿は見たくないがあの大きなステージでブランカのライブとなれば大騒ぎになることは間違いない。
「最後の最後にやっぱとんでもない事考えるんだね」
「それともう一つ」
「なぁに?」
「アルバム出すんだってよ」
「…え?!…ホントに?!」
「うん。それが出来上がったらレコ発でFINAL」
「レコーディングだ…レコーディングじゃん!!」
「うん。だからちょっとだけ忙しくなる」
これほど人気があってファンの多いバンドでありながら今まで一枚もCDを出していないブランカ。
理由はただ『メンドくさいから』だった。
しかし解散するのは自分達の勝手な約束であり、それが大勢のファンを裏切る事にもなるのもわかっている。だからこそせめてもの置き土産のつもりなのだろう。
心配する自分をほったらかしにしてビリヤードで遊んでいた事などもうすっかり忘れ、自分の頭の中だけの夢だと思っていたブランカのCDがついにリリースされるという情報に舞い上がる優奈。だがそのCDが完成するという事はブランカが解散するという事に直結することに気づき
「なんか完成してほしいけどしてほしくない…」
「ややこしいヤツだなお前は」
「そういえば他のみんなは解散したらどうするか決めてるの?」
「知らない。けど争奪戦になるんじゃねぇの?あれだけの人達だし」
「そっかぁ…そうだよね…」
他人事のように話す勝也。だが優奈の頭にはある光景がはっきりと浮かんでいた。
おそらく今ここにいるこの男も相当な争奪戦のターゲットにされるだろうと。




