表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/234

28 想い

 失踪は何とか食い止めることが出来たものの、それ以来勝也の口数は減りボーっと何かを見つめている事も多くなった。


声を掛ければ最低限の返事はするが自分から話すことはほとんどない。


そして何より笑顔が消えた。

何か食べさせようと用意しても少しだけ食べるには食べるがほとんど残してしまう。

学校にも行くには行くのだがずっと寝ている。


そんな勝也に対して優奈の態度は今まで通りだった。

笑顔で話し、世話を焼く。

たとえ返事が無くても声を掛け続け、毎日朝も迎えに行った。

一つ不思議だったのは、以前なら起こしに行くまで寝ていたはずが今は優奈が着く頃にはもう起きてベースを弾いている事で


「おは……やっぱ起きてる。目覚ましでもかけるようになった?」

「…………」


「ほら、そろそろ着替えて用意しないと遅刻しちゃうよ~」


無言でベースを置くと言われた通りに着替えて学校へ行く準備を始める。

そんなやり取りが毎朝繰り返されるのだ。

それでも文句一つ言わずに勝也を支える優奈。


ある日の事、友人達に囲まれて


「ねぇアンタ大丈夫なの?」


「ん?大丈夫って何が」

「なんかさぁ、見てられないっていうか可哀想っていうか…」


「可哀想…あたしが?」


「あれ以来勝也全然変わっちゃったじゃん?それは仕方ないかもしれないけど、優奈が一生懸命いつも通りに振る舞ってんのに全然見向きもしないっていうか…無視の時とかもあるし」


「そぉ?まぁ確かに口数は減ったけど大体目で返事してくれるよ」


「目?」

「うん。あ、この目は「うん」だなとか、この目だったらイヤなんだな、とか…」


「目ぇ見ただけでわかんの?」

「なんとなくだけど…」


「あ~ぁ…もうそんな域なんだぁ」


実際大体の判断は出来る。

『そんな域』と言われるのはそれだけ信頼し合っていると聞こえて悪い気はしなかったが、不満がないと言えば嘘になるかもしれない。

話してくれない、返事も時々しかしてくれない、そして何よりも笑顔を見せてくれない。

勝也が今感じているであろう絶望感はおそらく自分が思っている以上なのだとわかっているからこそ、あえて不満は口にしなかった。

せめて自分だけでも今まで通りにしていよう。そうすれば例え徐々にゆっくりだったとしても、いつかまた前の勝也に戻ってくれるだろうと信じていた。


そして放課後の帰り道


「今日は居酒屋さんだよね」

「……あぁ」


「あたし今日休みだからご飯用意しとく。食べれるだけでいいから食べてね」

「…………」


「明日は確かバイト休みだと思ったんだけど、急に入ったりしてない?」

「…多分」


「じゃあそれも今日聞いてきてくれる?ご飯の準備とかあるから」

「…………」


「じゃあ頑張ってね、いってらっしゃい!」


今日の帰りの会話はそれだけだった。


後ろを歩いていたみさ達も


「返事あれだけ?いくらなんでも…」


確かに心配になるほど一方通行の会話だった。

それでも優奈は落ち込んでいない。それどころか


「この間コレ作った時はいつもより多く食べてくれたし、今日もそうしよ」


休み時間でさえも勝也の食べそうな献立を考えたり帰りに買い物をするためのリスト作りに費やしていた。


ほぼ話すことが無くなった勝也に一生懸命笑顔で話しかける優奈を見て、ついに親友たちが優奈を呼び出す。


「なになに?こんなトコ呼び出して…怖いんですけど」


「優奈、あんたちょっと無理しすぎだよ」


「…え?」


「今はちょっとそっとしといてあげるのもアリなんじゃないの?」

「大丈夫だよ。必要な事は答えてくれるし、それに…」


「あんたが無理だって言ってんの!!」


初めて親友に大きな声で怒られビクッとして言葉を失う。


「確かにアンタはいい意味で変わったよ。前は男になんて見向きもしなかったのにそれが今じゃあんなに一生懸命尽くして…いい女だと思うよ。でもね、このままじゃ優奈が壊れちゃうよ。正直に答えて?一方通行の会話ばっかりで自分だけ笑顔振りまいて…それでもあんなに素っ気ない態度でホントに平気なの?返事なんていらない、一緒にいられるだけでいい、ホントにそう思ってるの?」


優奈の目に涙が溜まり始める。


「勝也だって今は一人になりたいのかもしれないよ」


その言葉を聞いて堪えきれずに涙をこぼしながら


「…一人…また一人ぼっちに戻っちゃうの?」


やはり優奈も我慢は限界に来ていた。


「あの人はずっと一人だったんだよ…唯一の仲間だったブランカも解散する事になって、今はまだリハも再開してないのにここであたしまで距離置いちゃったら誰が勝也のそばにいるの?…今度こそ本当の一人ぼっちになって…また前みたいに誰とも話さない人になっちゃうの?……怖いの…また勝也が一人でどっかに行こうとしちゃいそうで…そばにいないと不安なんだもん…」


「優奈…」


無理をしていた。

どう考えても、何の反応もない男にあんなに普段通りの接し方をして平気なわけがない。

声が聞きたい…笑顔が見たい…それだけを思ってずっと耐えていた優奈。


親友にさえも見せなかった本音がついにこぼれると、堰を切ったように泣き始める。

みさ達もこれ以上は何も言えなかった。

ただ泣き続ける優奈を見つめながら、ブランカの解散はこれほど2人にとっては大きな問題なのだと改めて感じた。


「わかったよ、思うようにしな。でもその代わりあんたの愚痴はこっちに持っておいで。溜めすぎて爆発する前にね。徹夜してでも聞いてあげるから」


「返事してくれないんなら最初みたいにまたベースの話でもしてみれば?」


全員がパッと千夏を見る。


「えっ?!…あ…えっと…ごめん…前にベースの話になると急にたくさんしゃべるようになるって言ってたから、今回もそうすれば少しはしゃべってくれるかなぁ…って思っただけなんだけど…ごめん、忘れて」


「それだっ!」


「…へ?」

「あったまいいじゃん千夏」


「そっか…ベース…」


優奈が勝也を振り向かせた最初のキッカケ…それはベースの話題だった。

島村に貰ったkillerの本を隅から隅まで熟読し、その知識で勝也と共通の話題を掴んだのだ。


「ありがとう千夏!やってみる!」


痛いほどに千夏を抱きしめるとそのまま教室へとダッシュで戻っていった。


「はぁ…どこまで行っても世話の焼ける女(笑)」


一人だけクラスの違う優奈は教室へ駆け込むとスマホで初心者ベーシストに多いトラブルを猛烈に調べ始める。すでにkillerに関してはかなりの知識を持っているため専門用語さえも理解しながら調べていく。


「これなら…」


通用しそうな内容を事細かに覚え、一縷の望みを抱えて放課後を待った。


授業が終わった帰り道。

いつものように2人で歩いてはいるものの勝也の態度は相変わらずでいつも通りに優奈だけが話しかける状況だったが、恐る恐る話を振る。


「あ…あのさぁ…今度でいいからあたしのベースちょっと見てほしいんだ。暇な時でいいから」


「ベースがどうかしたか?」


『うん』『ううん』以外の言葉を久しぶりに聞いた。飛び上がりたい気持ちを必死に堪え


「えっとあの…なんか音がビビるっていうか綺麗に鳴らないの」


「お前、弾いてんの?」


「…弾いてるってほどじゃないよ。ずっと音も鳴らさないままじゃ「あの子」が可哀想だからちょっと弦をはじいてるぐらいだけど…」


「弦高もちゃんと調整したしフレットに当たる事は無いはずだからあとはお前の押さえ方なんじゃねぇか?変なクセついたら後で直せなくなるぞ」


久しぶりに聞く勝也の声はやはり心地よかった。そして何よりこんなに話してくれた。


「じゃあ今度でいいから押さえ方教えてくれる?」

「今度じゃなくて今日持って来いよ」


今一瞬だったが少しだけ笑顔が見えかけたように思えた。

実際磨く以外にベースに触れたことは無く、自分で弾くなど考えもしなかった。

だがやはり千夏の言ってくれた事は正解だった。


「いいの?じゃあ持ってく!」


本当は夕飯の買い物をしてそのままアパートにいく予定でいたが今の優奈の頭の中にはそんな事など綺麗さっぱり無かった。

はやる気持ちを抑えてアパート前で一旦別れると走って家に戻る。


部屋に駆け込みスタンドからランコアを持ち上げて


「やっぱりあんたがいてくれてよかった♪ありがとう」


ギュッと抱きしめるとそのままケースに入れ勝也のアパートにダッシュで戻る。


「持ってきたー」

「よし、弾いてみ」


生まれて初めてベースを構える。


…ネックってこんなに長かったっけ?

…自分は何弦を押さえてるんだっけ?


音がビビるどころかまともにも鳴らない。


「やっぱりな、フレットの真ん中押さえるからだよ。いいか、押さえるのはこの辺で…」


久しぶりに勝也の手が優奈の手に触れた。なぜか妙に緊張する。

そして以前のように口数の増えた勝也の特訓を受けてかれこれ1時間…


「ちょ…ちょっとストップ~…指がいたぁい…」

「はは、最初はそんなモンだ。風呂入ったら指先がピリピリするぞ」


間違いない。今確実に勝也が笑った。

必死で堪えたが目に涙が溜まるのは抑えきれなかった。


「そんなに痛かったかぁ?」

「ううん…勝也が笑ってくれたから…」


「え?」


「…ずっとその笑顔が見たかったんだもん…」


ベースを抱きかかえたまま下を向いてしまう優奈。

その目から零れ落ちる涙がベースにポタポタ落ちる。


気づかなかった…。

どれだけこの大事な人に寂しい思いをさせていたのだろう。

一番近くにいながら遠い所にいるような気持ちにさせていた事に気づいた勝也。

勝手に消えようとしていた自分を必死に止めてくれた。

勝手にふさぎ込んでいた自分にずっといつも通りに接してくれた。

ブランカが解散してしまえばまた一人になってしまう…そんな気がしていたが、あの時とは違い今の自分には優奈がいたのだと今更気づいた。


「ごめんな…もう大丈夫だよ」

「え?」


顔を上げた優奈に


「お前さえいれば俺はもう一人ぼっちになる事はないから」


「…うん!」


それを聞いて抱き着こうとした優奈だったが、ベースを抱えたままでは無理だった。


「あ~…この子に邪魔されたぁ」


「まだお預けって事だ(笑)ところで晩メシは?」

「え?…あ~~っ!!買い物もしてないっ!!」


「だろうな。今からじゃ時間かかるしなんか食いに行くか」


「うん!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ