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26 別れ ③

 どのくらい海を眺めていただろう。


ふと隣に人の気配がした。

そっちを見なくてもそれが誰なのかはすぐに分かった。


その人影は両手を突き上げて大きく伸びをすると


「ん~っ!まだ海入ったら冷たいかなぁ」


この場所を知っているのは一人しかいない。

小さくため息をつくと


「…風邪ひくんじゃねぇか?」




声を聞いた途端に目に涙が溢れるもグッと堪え、そのまま隣に座る優奈。


「やっぱお前にここ教えたのは失敗だったな」

「…そうだね」


しばらく無言のまま海を眺めていると、スッと勝也の目の前にユラユラと揺れるものが現れた。


「部屋に忘れてたよ」


「……うん」


それを受け取ろうとしない勝也に


「勝也の地元ってどんなトコなのかなぁ。セレクトショップとかある?…あ、別にそれに限った訳じゃないけど、なんかバイト見つけないとね」


「…は?」


ようやく優奈の視線がこっちを向いたのが気配でわかった。


「地元帰るっていうんならあたしも行く。他の街に行くっていうんならあたしもその街に行く。勝也がどこに行こうがあたしは絶対離れないから」


「…………」


「ちょっと聞いてくれる?あたしの彼氏ってねぇ…ワガママだし、自分勝手だし、バンドの事になったらあたしなんてほったらかしだし、ベースバカだし、キレたら死ぬほど怖いし、自分からキスもしてくれないし…でも優しくて…大事にしてくれて…あたしにとってはいなきゃならない人なんだぁ…」


「ちょっと悪口の方が多くねぇか」


「あたしの事守ってくれなんて言わない。その代わりあたしが守ってあげるから…」


それからは長い長い沈黙だった。

ずっと潮風の匂いを感じながら黙って海を眺めていた。

そして


「………帰ろ……ねぇ……一緒に帰ろ?……お願い…」


途切れ途切れの涙声で最後の言葉をぶつける。


その後しばらくして


「お前って……」


そこで初めて優奈の方を見ると


「男を見る目だけは世界一ねぇな」


やっと見つめ合えた2人。


「あ~ぁ、めんどくせぇ女に捕まっちまった。どっか他の街行って新しい女探そうと思ってたのによぉ」


スッと立ち上がりお尻の砂をパンパンと払いながら、まだ座ったまま見上げてくる優奈に向かって


「いつまで座ってんだよ、一緒に帰るんだろ?」


その言葉でようやく緊張の糸が切れ、バッと立ち上がって勝也に飛びつき大泣きし始める優奈。



遠く離れた場所で2人を見守っていた5人。

会話は聞こえないものの誰一人口を開かずただ見つめていた。


そして2人が立ち上がり抱きしめ合った光景を見ると


「や…やったぁぁぁ!」

「よっしゃぁぁ!」

「きゃぁぁ!優奈すごぉい!」


千夏は泣きながら陽平に抱き着いていた。


「よし、じゃ急いで帰ろ!」

「えーなんで?俺も勝也に会いてぇんだけど…」


「あんたバカなの?ここは2人っきりで帰らせてあげるトコでしょーが」


名残惜しそうな康太を連れて4人は駅に向かった。



「カバンあたしが持つ」

「…持つんならこっち」


渡されたのはkillerのケース。

それを大事そうに抱えると


「えへ、人質」


ゆっくりと元来た方向へ…どこか他の街ではなく家に向かって帰る方向へ歩き出した。


「あれ…みんなドコ行ったんだろ」


「みんな?」

「うん、みんな勝也の事探すの手伝ってくれたの」


「よくもまぁお節介ばかり揃ったモンだな、全く」


「最初の頃はこんな風になるなんて夢にも思わなかったね。勝也は陰キャ演じてたし、康太は邪魔ばっかりしてきて…みさ達だって『なんで松下なんか追いかけてんの?』って変な目で見てたし」


「誰のせいだと思ってんだよ。あのまま静かにほっといてくれりゃよかったのに」


「仕方ないじゃん、惚れちゃったんだもん」


それからはほとんど会話もなかったが、優奈の足取りはしっかりと前を向いていた。


だが別れの危機は回避できたもののブランカが解散するという事実は消えていない。

生きる希望を失ったと言っても過言ではないほどのショックを受けている勝也を、自分がこれからどれだけ支えていけるだろうか。

その不安は拭いきれていなかった。


制服を着ていない勝也は学校へ向かう訳にはいかない。


「お前は学校に戻れってば」


「今日はもう休むって言ってるじゃん!」

「俺の言う事…」


「聞けないよ、今日だけは聞かない」

「なんでパワーアップしてんだよ…」


優奈と別れるという選択肢は消し去った。

だがブランカの解散が決まった今、自分は何を目指して生きればいいのかわからなかった。


結局アパートまで一緒に戻ってきた優奈が寝室に入ってスタンドに立てるためベースをケースから出そうとすると


「出さなくていいよ、そのまま置いといて」


「なんで?」

「いいから」


「…わかった」


このベースは勝也と一緒にブランカの歴史を刻んできたからこそ、今はこのkillerを見たくないのかもしれない。

そんな想いから素直にベースをケースに戻した優奈。


一緒にこの部屋に戻っては来てくれたものの勝也の口数は極端に少ない。

変に声を掛け続ければまた怒られるかもしれないが


「何か食べたの?」

「…いや」


「食べないと…なんか作ろっか」

「ハラ減ってない」


ソファに背中を預け、両手を頭の後ろに組んでテレビを見ている勝也だがその視線は全くテレビの方向を向いていない。

隣にチョコンと座ってみるものの視線は動かない。

顔の前にニョキッと顔を出しても視線を合わせるだけで何の反応もなく、そのまま優奈がチュッと軽くキスをしても無反応だった。


ブランカのメンバーはそれぞれどんな思いで今を過ごしているのだろう。


涼子は…みぃは…仙台にいる紗季は…みんなどんな思いでいるのだろう。

まだ公表はされていないが、ブランカが解散すると聞いたらファンはどうするのだろう。 

優奈の頭の中には今までのブランカファミリーとの想い出が次々と甦ってきていた。


勝也の肩にポンと頭を乗せてそんな事を考えているウチに、寝不足と走り疲れと泣き疲れでいつの間にか眠ってしまっていた。



ふと目が覚めるとテレビから聞こえる笑い声だけが響いている。

ハッと体を起こすと勝也はいない。

クッションを優奈の頭の下に入れ、タオルケットもかけてくれていた。


(まさか…また居なくなったのかも)


そんな不安が頭をよぎり、すぐに立ち上がり探しに行こうとすると寝室のドアの隙間から光が漏れていた。

音を立てないようにスッとドアを開けると…そこにはケースから出し、スタンドに立てられたkillerのベースに向かい合って座る勝也の姿があった。

まるで2人っきりで会話しているかのようにずっとベースを見つめ続けている。


声を掛けられる空気ではない。

だが扉を閉めようにも体が動かない。

それほど恐ろしく真剣な目をしている勝也。


「起きたか。入ってもいいぞ」

「え?あ…ごめん、邪魔しちゃった…」


ようやく扉を大きく開けて中に入る。そのまま勝也の横にスッと座り


「ごめん、寝ちゃった」

「…いいよ」


「この子と話してたんだ?」


ずっと黙ったまま2人でベースを見つめる。

そこに言葉は無かったものの、勝也とベースの会話が本当に聞こえるような気がした。


「なぁ優奈…俺はこいつを十分暴れさせてやれたのかな」


「え?」

「俺なんかのトコに来てライブのステージには上げてやれたけど、こんな中途半端で終わっちまって…ガッカリしてんだろうな…」


やはりまだ解散を受け入れ切れていないのがヒシヒシと伝わってくる。


ブランカはまだまだもっと先を見据えていたはず。

それが「最初の約束」というだけの理由で解散を選択しなければならなかった悔しさがその言葉に溢れていた…が


「勝也はブランカを中途半端にやってたんだ?」


「……え?」


「あたしはもっとリハでもライブでも毎回自分の出せる全てを出しきってベース弾いてるんだと思ってた。なんかちょっとガッカリ…」


「……………」


「自分で中途半端だったって思うんならたぶんこの子もガッカリだろうね。

でもホントにそう?あたしが見てきたKATSUYAって人はいつも楽しそうに幸せそうに、コイツと俺はいつも一緒なんだ!って顔して弾いてたよ。あたしには絶対向けてくれない笑顔で。

どれだけこの子にヤキモチ妬いたと思ってる?それでもあの人は一度たりとも中途半端な演奏なんてした事無いって顔してた。今の勝也とは大違いのカッコいい人だったよ」


優奈の言葉は心に突き刺さった。

今まで自分はどれだけの想いでこのベースと接してきたのか。

自分が一番このkillerの事をわかってやれる。そう思い続けてきたからこそ新しいベースや高いベースなどには目もくれず父に買って貰ったこのベースで今まで戦ってきたのだ。


「まだ何にも決まってないって言ってたよね。だったらまだ終わってないって事じゃん。終わった後の事より今は残りの時間をどれだけ大事にできるかでしょ?」


しばらく黙って聞いていた。

そしてその後もなかなか口を開かなかった…が、


「あっぶねぇ~…危うくお前を手放すトコだった」

「え?」


「やっぱり俺の女は優奈じゃなきゃダメだ。こんなに遠慮の無い殺人的なコト言えんのはお前ぐらいだしな」


「そこまでは言ってないと思うんだけど」


するとゾワッと全身に鳥肌が立つのを感じた優奈。

ハッと隣にいた勝也の横顔を見ると


「見てろよ優奈……最後の最後、お前に今までで一番のライブ見せてやるよ」


恐ろしいほど鋭い目つき…そこにいたのは紛れもなく『ブランカのKATSUYA』だった。


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