24 別れ ①
ある日の夜、優奈は自分の部屋でベースの手入れをしていた。
勝也のアパートに泊まる日以外は寝る前に磨くのが日課だった。
いつも指紋一つ付いていないピカピカのランコア。
勝也のはボディに大きくkillerとペイントされているが優奈のは綺麗な真っ黒だ。
「あそこまで真似したら笑われるかな…でもアンタはブランカのみんながくれた子だからこのままでいいよね?」
いつもベースと会話している優奈。傍から見ると危ない光景かもしれない。
今日は勝也がミーティングがあるというので家族と過ごしていた。
まだ何の連絡もないところをみると
「どうせまたみんなで大騒ぎして遊んでるんだろうなぁ…行きたかったなぁ~」
ブツブツ文句を言いながらベッドに入ろうとしているとスマホが鳴った。
「あ、もしもし!ミーティング終わったぁ?」
勝也からだった。
しかし少しの間沈黙があった後、静かな声で
「…ちょっとだけ出て来れない?」
「え…いいけどドコにいるの?」
「お前んチの前」
「え!ウッソォ!ちょっと待って、すぐ降りるっ」
もう家族も寝静まっている時間だがドタドタと大きな足音を立てて階段を駆け下り玄関から飛び出した。
「どーしたの?逢いに来てくれるなんて」
「悪いな、こんな遅くに」
「何言ってんの気持ち悪い(笑)」
だがそこから勝也はなかなか口を開こうとしない。
「どうしたの…なんかあった?」
「…………」
「なぁに?深刻な顔して…なんか怖いんですけど」
「…………」
「えーなに?なんか別れ話でもしに来たみたいじゃん(笑)」
「…………」
「…………え?」
そこから沈黙が続いた。
別れ話という言葉を否定しなかった勝也。
急に視界がグニャグニャと歪むような感覚に陥り
「何?…え、意味わかんない…なんか言ってよ…」
「ごめん…」
「ごめんって?」
「…別れてくれ」
頭を殴られたような衝撃を受ける。
それは自分が一生聞くことは無いと信じていた言葉で
「え…ちょっと…ホントに意味わかんない…あたしなんか悪い事した?なんかいけなかった?だったら直す、今すぐ直す。そんなのちゃんと言ってくれないとわからないよ。どんな事だってするから。なんだって勝也の言うとおりにするから!」
「お前はなんにも悪くないよ」
「だったら何?!別れるって何?あたしが勝也の事嫌いになるまで横にいていいんだよね?そう言ってくれたよね?あたしは勝也の事嫌いになんてなってない!だったら別れる理由なんて無いじゃん!」
「…声デケェよ」
「誰のせいよ!!」
そこからしばらくまた沈黙が続いた。
驚きのあまり肩で息をしている優奈。
すると優奈の家の電気が点いた。
…家族を起こしてしまった。このままでは迷惑をかけると思い
「ちょっとそこの公園まで出れるか」
「ドコだって行くよ」
優奈の家と勝也のアパートのちょうど中間ぐらいに公園がある。
そこは周囲に家もなく真ん中に街灯が一本立っていて、その真下にベンチがあった。
黙ったまま2人でそこまで歩くとそのベンチに座る。
「あたしは絶対に別れない。どんな理由があったって絶対に勝也から離れないから」
それでもまだ口を開かない。
横並びに座っている2人だが下を向いたまま優奈の方を見ようとしない勝也に対して、斜めに座ってジッと勝也を見つめる優奈。
「…好きな人出来たの?」
「そんな訳ねぇだろバカ」
「だったら何?言ってくれなきゃわからない!」
そこからまたしばらく沈黙の後、衝撃の言葉を聞くことになる。
「……ブランカ………解散する事になった」
「……え?」
気を失いそうなほどのショックを受ける優奈。
言葉の意味はわかったもののそれを理解することは到底出来なかった。
「………何を………言ってるの?」
ありえない。
自分の聞き間違いだとしか思えない。
あれほど仲良くて結束も高く、彼女達をほったらかしにしてまで集まりたがるあの男達が…
「もう終わっちまうんだよ」
「だからどういう事?!なんで?」
「お前にはまだ話してなかった事があるんだ」
するとそこでハッと気づく。
「ひょっとして………メジャー?」
「知ってたのか」
「前に涼ちゃんに聞いた事ある…メジャーから声がかかったら解散するって」
「…そういう事だ」
「でも…だったら行かなきゃいいじゃん!断ってまた今までみたいに」
「そういう訳にはいかねぇよ。ブランカを結成した時からの約束だったから」
「けどそれは勝也が入る前の話でしょ?」
「俺はそのブランカに入ったんだぞ」
「…………」
頭の中がグルグル回る。
なぜあんな凄いバンドが、あんなに仲のいいバンドが最初の約束を守るというだけの理由で解散するというのか。
「あの時…勝也が脱退を撤回した時みんなあんなに喜んでたのに」
「それとこれとは話が違うんだよ」
またしばらく沈黙が続く。
そしてハッとした顔で
「ブランカが解散するからってなんであたし達が別れなきゃいけないの?」
「忘れたか?俺はブランカをやるためにこの街に来たんだぞ」
「……え…それって……」
「あぁ……地元に帰る」
「なんで?そんなの……学校は?友達は?…あたしはどうなるの?」
「…ごめん」
「ごめんじゃわからないよ!ブランカが解散するからって勝也がここにいる理由が無くなるわけじゃないでしょ?!」
「無くなるんだよ!さっきも言ったろ?俺はブランカをやるためにここに来たんだって」
「じゃああたしは?勝也がブランカのKATSUYAじゃなくなったらもう付き合ってもらえないってこと?」
「……え?」
「最初の頃あたしに何て言った?ブランカのKATSUYAに近づいてきただけだろって。だから初めは相手にもしてくれなかったじゃん。でもそうじゃなかったって、お前は俺を松下 勝也として見てくれたって、だから好きになったんだって…」
ようやく優奈の目から大粒の涙があふれだした。
「なのにブランカやめちゃったらもうあたしとは付き合えないの?だったら勝也の方こそ『KATSUYA』としてあたしと付き合ってたって事じゃん!!」
何も言い返せなかった。
優奈の言う通りだった。
ブランカが解散するからという理由は優奈と別れる理由にはならない。
「ブランカが何?ベースが何?そんなのあたしが全部まとめて追い抜いてみせるよ!!!」
「………」
未だ優奈の目を見ようとしない勝也。
だがその横顔はさっきとは少し違って見えた気がした。
「いつ解散なの?…FINALライブは?みんなバラバラになるの?」
「まだ何にも決まってない」
「涼ちゃん達は…もう知ってる?」
「今頃聞いてるんじゃねぇかな」
「とにかくあたしは別れるなんて認めない。KATSUYAと勝也は別の人でしょ?」
「そっか…」
それからまた無言の時間が続いた。
気づけばもう遠くの空が青白くなりかけていて
「悪い、こんな時間になっちゃった」
「いいよそんなの」
「帰って少しでも寝ろ。目ぇ腫れるぞ」
そういうとスッと立ち上がる。
その後を追うように立ち上がると、歩き始めた勝也の背中に向かって
「ねぇ、明日学校行くよね?…朝迎えに行っていいよね?」
その言葉を聞いてゆっくり振り返ると、ただ何も言わずに優奈に笑顔を向けた。




