196 卒業式 ②
大きな拍手の中、まずは1組からの入場。
そして2組の入場が始まる。
男女交互に1列になって歩いてくるようで、先頭の男子の後に女子では1番の優奈が入ってきた。
前後にいる男子の極度に緊張した顔に少し笑いも起きながら、今では全国的に有名になった芸能人の姿にざわめきも起こっていた。
そして2組の後半の方になると今度は勝也が入ってくる。
優奈の時と同様有名人に対するざわめきに包まれながら、いつもと変わらない表情でその席へと進んでいった。
自由な校風そのままに常にワイワイと話し声も聞こえる中で式が始まる。
このご時世の中時間短縮の意味もあって卒業証書を受け取るのは各クラスで名簿が先頭の男女1名ずつのみとなっている。
2組の番になり、優奈がそれを受け取りに檀上へ上がると拍手喝さいが起きた。
それから式次第に沿って校長の挨拶や祝辞、そして在校生からの送辞と進んでいったあと何やら空白の時間が生まれた。
次は卒業生からの答辞のはずだが、しばらく間が空いた後進行役の教師がマイクを通して
「次は答辞の予定だったんですが…実はその役だった生徒会長から申し出がありまして、どうしても代役をお願いしたい人がいるという事です。私どもも協議の結果それを許可しようという事になりましたので、急遽答辞役を変更いたします」
場内がざわつく。
突然の、しかもありえない状況の中
「代役としまして…2組、松下 勝也君。壇上へ」
「…え?!」
一気に騒然となった。
周りが一斉に勝也に注目したのだが、当の本人は今の発言を全く聞いていなかったのかキョトンとした顔で隣の女子に問いかける。
「え、なに?どした?」
「あの…答辞の代役だって…」
「…誰が?」
「だからその…松下クンが…」
しばらくの沈黙の後、とてつもない大きな声で
「はああぁぁぁぁぁ?!?!?!?!?!?」
すると担任がスルスルと駆け寄ってきて
「松下、突然で悪いが代役だ。ちょっとしゃべってくれ」
「バッ…何言ってんだよ!そんなの聞いてねぇよっ!!」
「今決まったんだ」
「そんな…なんで俺なんだよ!他にもっと…」
「生徒会長からの御指名だ。もう発表しちゃったから…な?」
「ヤだよ!メチャクチャになるって!」
「それでもいい、お前が話すことに意味があるんだ。ほら!」
大きな声で押し問答しながら担任に腕を引かれて連れていかれそうになるも
「ちょっと待てって!そういうのって普通は前もって決めとくモンじゃねぇのかよ!」
「だから今決まったって言ってるだろうが。諦めろ」
結局担任に前まで連行される。
周りはやんややんやの大騒ぎになり、優奈はキョトンとした顔で心配そうに見つめている。後ろの方では両親も突然の事態を飲み込めない様子だった。
担任に背中を押されてついに壇上に上げられると大拍手が起きた。
まだマイクの前まで行く気になれない勝也に向けて康太からのヤジが飛ぶ。
「なんでもいいからなんかしゃべれよっ!」
「うるせぇなてめぇ!ぶっとば………あ……」
場内全員の前で怒鳴り声をあげてしまい慌てて口を押えた。
そして大爆笑が起きる。
渋々、ゆっくりとマイク前までようやく辿り着いた勝也。
ジッと場内を見ると
「…はぁぁぁぁぁ~…」
マイクを通して大きなため息をつく。
それも大爆笑を誘いながら、ようやく言葉を発した。
「普通こういうのって前もって考えた事しゃべるんだろ…」
頭を搔きながら諦めにも似た声で呟くとまた会場からは大笑いが起こる。
すると
「後ろの保護者の方。御覧の通りたった今聞かされたモンでなんにも考えてませんが…」
保護者席からもクスクスと笑いが起きる中
「それならいっそ…ここにいるみんなの為だけに話させてください。言葉遣いもなってないと思いますが、そこは勘弁してください」
勝也が話す気になった。
すると今までの騒ぎがウソだったかのように急にシーンとなる。
優奈も、これから話し始めようとしている勝也の顔をジッと見つめていた。
しばらく沈黙が続いた後、ようやく言葉を発する。
「俺には…ここに入学してから半年ぐらいの間の想い出がほとんど無い」
勝也の挨拶の切り口は驚く内容だった。
そこから、咳払いもためらうほどの静寂が訪れ
「俺はここに入った時、誰とも話さず、出来るだけ存在感も消して人知れず3年間過ごしていくつもりだった。まぁそれは別の理由があったからなんだけど…本当ならこの卒業式も隅っこの方で大人しくコッソリ参加してるはずだった。
けど1年の時、あるヤツのせいで俺の高校生活は予想と真逆の方向に変わっちまった」
仲間たちの頭の中には1年生のあの頃の事が浮かび始める。
「それからと言うもの周りでいつもワイワイ騒いでる女は3人もいるし(みさ・ありさ・千夏)
妙にしつこく絡んでくるヤツ(康太)、
その横でいつも冷静な顔してるヤツ(陽平)
…同じ歳だけど俺が尊敬する男(岳)や、
みんなのお母さんみたいに頼られるコ(芽衣)。
行き場を失っていた俺に文化祭でまたその場所を与えてくれた奴ら(JUNCTION)…。
気づけば俺の周りは本当に親友と呼べる『大事な仲間』で溢れてた。
でも俺をそんな風に変えてくれたのは…いきなり俺に声をかけてきたたった一人の女だった」
この静寂の中、友人達の目には涙が浮かび始める。
勝也に『大事な仲間』と言われた事でその感情が溢れ出す。
そして優奈の頬には静かに涙が伝い始めていた。
「それから俺はその女が色んな人の人生を変えていくのを見てきた。
昨日までイジめられてた奴がある日突然学年一の人気者になったり(耕平)、
他人の力でのし上がろうとするコを素直な努力家に変えたり(沙耶)
…今まで目立たなかった子をすっげぇ可愛い子に仕上げてみたり(春)、
自分から言い出すことが出来なかった気の弱い男を表舞台に押し上げたり(晋平)。
…俺はいつも不思議だった。なんでコイツはこんなに人を変える力を持ってるんだろうって。
けどよく考えたら…俺もソイツに人生を変えてもらった1人だったんだ」
場内の至る所からすすり泣く声が聞こえてくる。
名前は出さないまでも勝也の話の中に出てきた人達が誰の事なのかは全校生徒が分かっている。
そしてその当事者たちも涙を堪えられるはずがなかった。
「…今この中にいつも一人ぼっちなヤツとか友達をイジメたりしてるヤツとかがいるなら考えてみな?自分がどんな人間で周りはどんな人間なのか。
大体人間一人の力なんてたかが知れてる…けどさ、相手がどんな人なのか見極めもせずに決めつけるのってもったいなくねぇか?
『自分以外の誰か』ってのは、必ず『自分には無い何か』を持ってるんだから」
この言葉は生徒だけではなく参列している父兄や教師達の心にも突き刺さった。
「俺はその女に感謝してる。おかげでホントに楽しい高校生活にしてもらったし、ホントに最高の仲間に出逢えた。今では最初の半年間がすっげぇ無駄だったって後悔もしてる。
お前らのいるこの学校は…そうやって生まれ変わる事が出来る最高の学校だよ。
俺はこの学校に来て本当に良かったと思ってる。色々騒ぎも起こしたけど…みんなのおかげで胸張って卒業できるよ。…ありがとな」
場内の泣き声は相当なモノになっていた。
父兄の中にも教師の中にも涙を流す人がいて、生徒達に至っては男子までもが涙をこぼしていた。
「せんせー…こんなモンでいい?」
最後は少し照れ隠しに冗談ぽい言い方で答辞の役目を終えると、静寂の中そのままマイクの前を離れて壇から降りる階段へと歩き始める。
すると父兄の席から一人の男性が立ち上がり拍手をし始めた。
勝也の父だ。
自分なりの言い方ではあったが息子の立派な答辞に最大の称賛を贈る。
それを皮切りに父兄全員、教職員や在校生に卒業生全員も立ち上がって大きな大きな拍手を送った。
大歓声の中で階段を降り、そして最前列からこっちを見ているクシャクシャな泣き顔の優奈にチラッと視線を向けるとそのまま自分の席へと戻った。
閉会の言葉が述べられ、卒業生が退場となる。
在校生や父兄、教職員が両側に立って花道を作り、その中を1列になって胸を張った卒業生が退場していった。
教室へ戻ると勝也の怒涛の愚痴が響いていた。
「ホンット信じらんねぇ!顔から火ぃ出るかと思った!」
「けどすっげぇしっかりしゃべってたじゃん、ホントは考えてたんじゃねぇの?」
「てめぇブチ殺すぞ!他人事だと思いやがって…」
「でもあたしは感動したよ、涙出たもん」
「あたしも!なんか話聞いてたら昔の事とか思い出して泣けてきた」
「カタい挨拶とか聞くよりよっぽど良かったよなぁ」
「俺の時だけなんかディスられたような言い方だったんだけど…」
「そりゃお前がヤジ飛ばしたからだ!」
みんなが思い思いに騒ぐ中、優奈は黙って席に座っていた。
この突然の勝也の答辞…その内容はほとんど優奈の事を語ったモノだ。
昨日の夜の公園で聞いた勝也からの感謝の言葉。
それをまた今度はみんなの前で聞かせてくれた。
自分がそんなに大それた事をしてきたという自覚は無い。
だが勝也の言葉を聞いて、こんな自分でも人の役に立てたのだろうかと嬉しさと照れくささが入り交じっていた。
そんな中で担任が教室に入ってくる。
「あ、松下。さっきは突然で悪かったな」
「ホントだよまったく…」
「けどやっぱりお前に話してもらってよかったよ。職員室でもその話題で持ち切りだった」
「ふん、どうせ悪口だろ」
そこから全員に卒業証書と卒業アルバムが配られる。
みんな証書の方はほったらかしでアルバムを開き始めた。
2組の全体写真…そこに勝也と優奈の姿はなく2人だけ右上に別録りで載せられている。優奈は仕事、そして勝也は扁桃腺で入院していた時だったからだ。
逆にそのおかげで2人が並んだ状態になっていた事が優奈には嬉しくもあった。
クラス写真のページまでめくると、あの楽しかった毎日がそのまま写し出されたような楽し気な写真ばかりだった。
何でもない日常の休憩時間のようなシーンや、数人が集まってポーズをとった写真。
3年生の後半をほぼ休んでしまった優奈はほとんど写っていなかったが、その中に勝也と優奈が誰かに写メで撮られたツーショットがあった。
あの楽しかった頃…毎日一緒に登校し、隣の席に座り、いつも視界に勝也がいたあの頃。
その写真を見てまた泣き出してしまう優奈だった。
担任の最後の挨拶を聞いて、これで高校最後のイベントが終わる。
途端に勝也と優奈に人が群がり、一緒に写真を撮ってくれだのアルバムにサインをくれとせがんでくるが
「まぁまぁ、ちょっと待てって」
そういうと教室を出ようとしていた担任を勝也が呼び止める。
「せんせー、写真撮ってくんない?」
「え…シャッター押せって事か」
「違うよ。あの時…俺が学校辞めるって言いに行った時『絶対受け取らない!』って必死に止めてくれたでしょ?『預かってもいいけどこの退学届は学校には出さないからな』って。
俺、ホントに感謝してんだ。先生が担任で良かったなって思ってんだ。
だから…最後に俺と一緒に写真撮ってよ」
この勝也の言葉を聞いて担任は号泣した。
教師冥利に尽きる言葉だった。
勝也と担任が黒板前で並ぶとワラワラと人が集まり出し、いつの間にかクラス全員に近い人数が一緒に写ろうとする。
「なんでお前らまで入るんだよ!」
「いいじゃねぇかよ!俺だって先生と一緒に…」
「ウソつけ!写りたいだけだろうが!」
「そうでもないよ。勝也の退学を必死に止めてくれたって事は、ウチらにとっても恩人だもん。それにあたしも先生が担任で良かったって思ってるし」
勝也と優奈に両側を挟まれて満面の笑顔の担任。
だがクラス全員が写るとなるとシャッターを押す者がいない。
ちょうど隣の教室から出てきた1組の担任が2組の教室に引きずり込まれ、何度も何度もカメラを変えて撮らされる事になったのだった。




