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194 卒業前夜

「お疲れ様でしたぁっ!」


「あ…ちょっと優奈ちゃん!さっき言ってた次の仕事の…」

「わかってまぁす!」


 マネージャーが打ち合わせをしようと待ち構えていたにもかかわらず、オールアップの声がかかると共に駆け足で現場を出る。


父のなかば強引な電話によって卒業式はオフにしてもらえた。

さらにその仕事の入れ替えの都合でなんと2連休である。


誕生日の翌日の夜はようやく実家に帰り、両親と勝也とのパーティーも無事行われた。

それ以来約2週間は顔も見れない毎日だったが、明日はやっとたどり着いた卒業式だ。


 タクシーに乗って駅まで行くと、駆け足で電車に飛び乗る。

厳重な変装によって身元がバレる事こそ無いものの、目元からこぼれる満面の笑みは違う意味で注目を浴びていた。


いつもよりかなり遅く感じる電車のスピードにイライラしながらやっとの思いでいつもの駅に到着する。

そして改札を突き破るほどの勢いで駆け抜けそのまま外までダッシュ。

ロータリーに停まっていたミニバンに向かって一目散に駆け寄り、その前に立って待ち構えていた小柄な女性に飛び掛かるように抱きついた。


「おかあさぁぁんっっ!!!」


 翌日に控えた卒業式の為、勝也の両親も前日の今日から泊りで来ている。

そして仕事終わりの優奈を迎えに勝也と一緒に駅まで来てくれていたのだった。


「お疲れ様~」


「お父さんはっ?!」

「もう出来上がる寸前だよ」


勝也の両親が来るとあっては当然優奈の両親も黙っておらず、すでに実家で宴会は始まっている。

久しぶりに両家族での宴とあって優奈のワクワクは止まらなかった。


「信号なんて止まらなくていいっ!」


「ムチャ言うなバカ」


酒を飲まずに待っていた勝也の運転でようやく帰ってきた実家。

例によって車庫入れしている勝也は置き去りにして、母と腕を組んで家に入った。


「ただいまぁっ!」


「おかえり~」

「お父さぁんっ!」


同じように勝也の父にも飛び掛かって抱きつく優奈。


「おいおい、とりあえず荷物ぐらい置いてから…」

「あ、お父さんもただいま」


「…『も』って…」


自分の両親がいる。

勝也の両親もいる。

そしてもちろん勝也もいる。


何日も前からずっと楽しみにしていた光景だった。


テーブルの上にはとんでもなく豪勢な料理があり


「こんなにたくさん食材持ってきてくれて、しかも料理までしてくれたのよ」

「すごぉい!」


「いえいえ、前日の忙しい中ご招待いただいてこちらこそ恐縮で…」

「私たちにとってはこっちもメインじゃないですか」


「確かに(笑)」


両親同士もこんなに打ち解け、お互い会うのを楽しみにするようになっていた。


「とにかく着替えて来いってば!」


勝也に怒られようやく部屋着に着替える。

大急ぎでリビングに戻ると、もう一度乾杯して優奈も宴に参加した。


「え~!…ウチに泊まってくれないんですか?」


「いくらなんでもそこまで甘える訳にはいかないでしょ」


「何度も言ったんだけどそこは頷いてくれないのよ」

「勝也のアパートに泊まった事ないからね、一度くらいあの部屋に泊めてもらうよ」


「え~、じゃああたしも…」


「バカかお前は。明日何の日だと思ってんだ」


いつものように大爆笑される優奈だった。


勝也の父の料理と優奈の母の料理が並ぶ食卓。

食べきれないほどの大好物ばかりの中


「2人とも社会人かぁ…」


しみじみとつぶやく母。

今までの波乱万丈ともいえる3年間を振り返っているようだ。


「2人が出逢っていなかったら今頃どうなっていたんでしょうね」


母の言葉で少し会話が止まった。

そしてそれぞれが今までの事を思い返していた。


「優奈ちゃんがいなかったら勝也はここまで成長出来なかっただろうな」

「いえ、それは逆ですよ。勝也君のおかげで優奈が成長出来たんです」


「この2人だから良かったんでしょ。他の女の子ならあたしは認めてないし」

「そこはウチも同意見です(笑)」


初めてお互い両親に恋人として紹介した日から今までずっと支えて来てくれた。

そこに対する感謝は2人とも計り知れないものがある。


「しかし2人とも芸能人になるとは予想外だったよ」

「優奈ちゃんは全然わかるけど勝也がねぇ…」


「何をおっしゃいます、今や日本のトッププレイヤーの一人じゃないですか」


「そこが信じられないんです、小学校まで鼻垂らしてたような坊主が」


「え~!小学校まで?!」

「例えだろうが!信用するなバカ」


「ホントに垂らしてたよ?」


この大爆笑の宴は終わりが見えなかった。

早くから飲み始めていた2人の父はそろそろ目がトロンとしてきている。

そんな中


「今までみたいに頻繁には逢えなくなるんでしょ?」

「あぁ多分な。優奈も今以上に仕事がメインになってくるし俺もツアーとか始まったら…」


「え、ちょっと待って…ツアーって?」


「あぁ、今までレコーディングばっかだったけどちょっとバンドっていうか…」


「は?!バンドやるの?!」


「サポートだけどな。なんか和装のロックバンドみたいなの作るんだって。それでメンバーとして誘われたんだけどそこは断って、サポートならって事で」


「聞いてないっ!!」

「だから今話してんじゃん」


「ライブやるの?!」

「そりゃそうだろ」


「そ、そんな簡単に…だったらあたし休み取らなきゃ!」


「あのなぁ」


それから真顔になった勝也が語り始める。


「今までとは生活も変わるんだ。お前はお前の仕事、俺は俺の仕事。ブランカの時みたいに全てのライブを見になんて…それどころかよっぽどタイミングが合わなきゃ来る事自体無理だろ」


「だって勝也がライブやるのに!」


「そこは割り切れ。大丈夫、ランコアは使わないし衣装も向こうが用意するって。あくまでも仕事だからよ」


「そんなぁ…」


泣きそうな表情になる優奈。

色んな苦労を乗り越えて今の状況を築き上げてきただけに気持ちは分からなくも無いが


「あなたがやろうとしてたのはこういう事でしょ?勝也君はBFRの看板背負ってミュージシャンを続けていくの。喜ぶべきトコだよ」


「…………」


シンミリした空気になりかける。

すると


「じゃあそのバンドだけでやってくの?」

「その方がいろんな仕事聞いてそのたびに打合せしてとかメンド臭い事しなくていいじゃん」


「卒業したらもう蘭ちゃんにお願いするわけにもいかないしその方が楽かもね」


「あ…」


そうだった。

自分が出来なくなった勝也のマネージャー業務はほとんど蘭がやってくれていた。


だが卒業すれば蘭には蘭の進路がある。

この先は勝也が1人でやっていくしかないのだ。


「さて、そろそろ親父をアパートに連れてかないと寝ちまったら運べなくなるから」


そこそこの片付けをしてからほぼ目が閉じかけている2人の父を起こし玄関へ向かう。


名残惜しそうな優奈。

さすがに今日は泊まりに行くわけにもいかないのだが


「お前の部屋借りるぞ」

「お前のって…2人の部屋ですけど!」


「なんで不機嫌なんだよ…」


そういうと優奈の母の方を向き


「親父を部屋で寝かせた後、少しだけ優奈連れ出してもいいですか?」


「え…ドコ行くの?」

「ドコも行きません。そこの公園でちょっと話でもしようかなって」


「…え…」


「あぁ、それぐらいなら大丈夫でしょ」


「じゃあオヤジ運ぶの手伝え」

「うんっ!」


両側から父を支え、4人でアパートに向かう。

優奈側の部屋に布団を敷いて父を横にならせるとあっという間にイビキをかき始めた。

優奈が母の為に風呂の用意をし、それから2人で少しだけ部屋を出る。


2人っきりになるのはいつ振りだろう。

電話やLINEで絶えず連絡を取り合ってはいるがこうして他に誰もいない時間となるとずいぶん昔のように思えてくる。


自然に手を繋ぐと、ちょうどお互いの家の中間ぐらいにある公園に入った。


「ここ来るのって俺がお前に別れてくれって話した時以来だな」


「…その記憶は抹消しました」


その時と同じベンチに座る。

手は繋いだままピタッと体はくっついている。


「最近ますます忙しそうじゃん」

「中途半端にはやらないもん、約束だから」


「なるほど(笑)」


そしてしばらく沈黙の後


「もう卒業かぁ」

「うん…今思えば早かったね」


「ホントに色々あったな」

「うん」


たった2年半の間に起こったとは思えない程、本当に色々な事があった。

それを思い返していくと自然に優奈の目から涙がこぼれる。


「…あれ…エヘ…どうしたんだろ…」


その涙に驚く様子も無く、鼻をすする優奈をしばらく眺めると


「ありがとな、優奈」

「…え?」


「お前のおかげでいっぱい仲間も出来た。お前の彼氏になれてホントに幸せだった。お前に出逢えて…この街に来て良かったって心の底から思えたよ」


「…ちょ…なんでそんな事…」


「どうしても卒業する前にお前に御礼言いたかったんだ。あのライブの時、お前が俺を見つけてくれたおかげでこんなに楽しい高校生活送れたから」


「…ふええぇぇぇぇぇぇぇ~ん…」


「今日は泣くの許可してやる」


「ばかぁぁぁ~…ふええぇぇぇぇ~ん…」


それからしばらくの間優奈の泣き声だけが公園に響く。

そして


「ホントにバンドやるんだ…」


「あぁ、最初はやる気無かったんだけどさ」

「どうしてやる気になったの?」


「…お前に頑張ってるトコ見せられるから」


「え…」


「BeastRushの時とは意味が違うけど、いつかお前の耳にも届くかなと思って」

「………………」


「言ったろ?今はお前の前で弾くのが一番幸せだって。だからお前がどこにいても俺の音が届くように、表舞台に出てやろうかなって思ってさ」


「あたしの…ために…?」


「俺にベースを続けさせてくれたのもその舞台を作ってくれたのも全部お前だ。逢える時間が減ったってどれだけ寂しくなったって俺の気持ちは絶対お前から離れねぇよ。お前が作ってくれたBFR背負って…いつでも存在を感じられるトコまでのし上がってやる」


「…ふええぇぇぇぇぇ~ん……」


これほどストレートに想いを伝えてくれたのは初めてかもしれない。


『学校』という必ず逢える場所が無くなる事が実は不安でたまらなかった優奈。

だがこの先を楽しみにできる言葉をくれたことによってその不安は無くなった。


「さて、あんま遅くなると怒られるから送ってくよ」

「ヤだ」


「素直に帰るんならキスしてやる」


「……帰る♪」


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