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191 扁桃腺

 最終学期に入ってもなかなか優奈が学校へ行けるチャンスは訪れない。


学力テストさえ合格すれば出席日数に関しては特例として免除してもらえる事になっているため卒業に支障は無いのだが、なかなか友達と会えていないのも苦痛だった。


新年に入って優奈もほぼ休みは無くなり地方での仕事も増えてきている。

日帰りと言う事も少ないため地元に戻れる機会は激減していた。

そんな中


「ありゃ、いっぱい着信…」


休憩時間にスマホを見ると蘭やみさといった親友グループから着信の嵐。

とりあえず一番最初に入っていたみさに電話をかけてみる。


「もしもーし。ごめん、今やっと休憩入れて…」


「あーやっと繋がった。ごめんね?忙しい時に」

「だいじょーぶだよ。こっちこそごめんね、なかなか出れなくて。なんかいっぱい着信入ってんだけど…なんかあった?」


「あのさ、勝也が風邪ひいた時って何食べさせたらいいの?」


「え…また風邪?」


「うん。なんか最近ゴホゴホ咳してるなぁとは思ってたんだけど、今日のお昼から真っ赤な顔しだしたから保健室で熱測らせたらまぁ高いのなんのって…」


「マジか…で、今は?」


「とりあえず了と陽平がアパートまで連れて帰ってる。あと蘭が買い物してなんか食べさせるって言ってたから、風邪の時はどんなのだったら食べるのかなぁって」


「ごめん、なんかみんなにすっごい迷惑……」

「そんなこと言ってる場合じゃないの!とりあえず一回蘭に電話してあげて?」


「わ…わかった!」


風邪をひきやすく、さらにいつもそれが長引く勝也。

自分が傍にいた頃は風邪の引き始めもわかるしなんなら酷くなる前に阻止する事も出来たのだが、高熱と赤い顔と聞いた時点でしっかりひき切っている事は手に取るように分かった。


こんな時でさえ自分にはどうする事も出来ず友人達に多大な迷惑をかけてしまっている。

とにかく急いで蘭に電話をかけ


「ごめん、今みさに聞いたの!なんかいっぱい迷惑…」


「今更迷惑とか言ってる場合じゃないでしょ、あいつ何だったら食べる?」

「それなんだけど、ウチの実家に連れてってくれない?お母さんに言って…」


「は?アンタんトコのお母さんも寝込んでんだよ」


「…えっ?!」


「そんぐらいみんな分かるって。だから最初にありさがアンタの実家に電話したの。そしたらお母さんも風邪で寝込んでて…だからアパートに連れて帰ってんじゃん」


「…ご…ごめん…」

「とにかく今スーパーで迷ってんの!あのワガママ男、何だったら食べんの?」


「勝也の風邪はノドに来るから冷たいお粥か山芋擦りおろしたのか…」


「そんだけ?」

「うん、多分それ以外は食べないと思う」


「わかった、とりあえずそれ食べさせてくるよ。あ!一応確認しとくけどこの状況だし何人か勝也の部屋入るけど怒らないでね?」


「も、もちろん!…あの…お手数おかけします…」


心配でたまらなかった。

本当なら頼れるはずの母さえも風邪をひいているという。

もちろん母の事も心配ではあるが母はまだ自分の事も出来るし父もいる。

だが勝也は…


友人達が総出で面倒を見てくれているとはいえ本当なら自分がやるべきことだ。

おまけに勝也は風邪が重症化した時に限り甘えてくることがある。

もし今回そうなったとしたら、自分がいないことで相当心細くなるだろう。

まさかそこまで親友達に代わってもらうなど出来るはずもない。

おまけに今回の地方での仕事が終わるとこのまままた別の地方へ移動という最悪なスケジュールだった。


「今電話してもしんどいだろうし機嫌も悪いだろうし…」


とりあえず勝也のスマホに病状を聞いた事と友人達に御礼を伝えておいたことだけLINEする。

それからは休憩やちょっとした空き時間が出来る度にLINEを入れ続けるも、一度として返信は無かった。


 翌日の仕事を終えた後、移動の空港で電話をかける。


「もしもし。ごめん、勝也の具合どう?」

「ん~、一応熱は少し下がったけど喉が相当痛いみたいでアンタが言ってたお粥も山芋も受け付けないみたい。今朝はみさと千夏がアパート寄ってから来たんだけどかなりしんどそうだったって」


「あ~…ヒドいヤツだ」


「勝也の保険証とか病院の診察券みたいのってどこにあるの?」

「え?…保険証は財布のカードのトコ。診察券はこないだの肺炎起こしかけた時の病院のが一緒に入れてあるけど…」


「わかった、今日病院連れてくよ」

「でもさすがにそこまで迷惑は…」


「じゃあアンタが連れてけるの?それとも1人で行かせる?あの大の病院嫌いが大人しく言う事聞くと思う?アンタが帰ってくるまで待てる状況じゃないと思うけど」


「あ…はい…」


「あのねぇ、勝也の事は何もかも自分でやりたいの分かるけどお母さんも寝込んじゃってんだから頼れるのはウチらしかいないでしょーよ!誰もアンタから勝也を獲ってやろうなんて考えてるヤツいないよ!一番しんどいのは勝也本人なんだからアンタの口からウチらに頼んでくるぐらいの信用って無いの?!」


「…ごめんなさい…」


「アンタに説教してるヒマ無いの!岳ちゃんと芽衣ちゃんが着替えとか洗濯しに行ってるから今から交代して病院連れてく。また連絡するよ」


一方的に電話は切られた。

どうやら本当に友人達が総出で面倒を見てくれているようだ。

自分が何も出来ない苛立ちと親友達への申し訳なさで一気に意気消沈する優奈。


 その日の遅く、移動先のホテルについた頃に蘭から電話が鳴る。


「あ、もしもし。どうだった?」


「…ちょっとマズい事になった。扁桃腺が相当腫れてるみたいで、次同じぐらいの風邪ひいたら喉が塞がっちゃう可能性あるって。だからもう取っちゃおうって事になって今の腫れが引き次第手術することに…」


「え?!手術?!」

「とりあえずこのままちょっと入院して腫れが引いたタイミングで切るみたい」


「…入院……?」


これで3度目だ。

最初は手首の靭帯を切った時。

2回目は風邪を肺炎寸前までこじらせた時。

どちらも自分が荷物や必要な物を用意して入院中も付き添った。


だが今回は入院の手続きや着替えの用意に付き添いまで何一つしてあげることが出来ない。


「さすがに手術になったら勝也のご両親に来てもらわないとダメだよね?」


「あ…前回の時は勝也が一人暮らしだって事伝えてあたしが家族代理って事にしてもらったけどさすがに今回は…」


「それで手続きは出来るんだ?緊急入院扱いだからとりあえずいろいろ書類書かないといけないみたいだしやっとくよ。一応勝也の実家には連絡しといてくれる?」


「…うん…わかった…」


蘭との電話を切ると勝也の母へ電話を入れる。

おそらく慌てて店を休んででも飛んでくるだろうと思い、今は友人達がキッチリ面倒を見てくれていることを伝えて安心させた。


その2日後、点滴で強制的に喉の腫れを引かせてから勝也の手術が行われたと連絡が入る。


極端に病院を嫌う勝也だけにおそらくそこでも色々駄々はこねていただろう。

声が出しづらいと聞いていたため電話はかけていないもののLINEはしっかり送り続けているのだが一向に本人からの返信は無い。


手術から3日経った日の夕方頃。

蘭やみさ達がナースステーションの前で看護師と話をしているところへ、エレベーターの扉が開いた。


「あ!優奈ぁ!」


なんとか仕事の都合をつけた優奈がようやく病院へやってきた。


「ホントにごめん!色々と…」


「それどころじゃないの!先生が経過見たいから口開けろっていっても口角のトコが切れてて痛いから開けられないとかホントに言う事聞かなくて…」


「うん、わかった」

「あとずっと機嫌悪いまんまだからみんなに当たり散らすし…」


「うん、わかった。病室ってドコ?」


病室を聞くとそこへ向かって平然と歩き出す。


「ねぇちょっと…ホントにかなり機嫌悪いからね」


「うん、わかった」


友人たちの心配をヨソにガラッ!と病室のドアを開けて入る。


「お待たせ~、やっと時間取れた」


「…どちら様でしたっけ」

「はいはい、ごめんなさいね。ウチの彼氏ったら具合が悪い事さえ教えてくれないもんだから聞いたときにはもう重症化しちゃってて」


「あぁ?!俺が悪いとでも言いたいのか!人が苦しんでんのに顔も出さねぇで…」

「仕事ブッチして帰ってくる方が怒るクセに?」


「…う…」


ケンカになるかと心配でハラハラした表情の友人達の前で、持ってきた紙袋から着替えや身の回りの物を出しつつ淡々と答える。


「大体お前はそうやっていつも…今月のベースマガジンだってまだ買ってきて…」

「はいどーぞ。今月はピックアップ特集だって」


「…う…」


全て冷静に対処され徐々に困った表情に変わっていく勝也。

そして


「そんだけ声出せるんだったらもう口開けられるんじゃないの?」


「あ?まだ痛くて全然…」


するとスッと勝也に近寄り、耳元で何かをボソッと囁いた。


「…え?」


次の瞬間


「蘭!先生呼んで来い!」


「…え?」

「何ボーッとしてんだよ!入院長引いたらどーしてくれんだよ!早くっ!」


「はぁぁ?!?!」


今まで散々拒否してきた男からの理不尽な催促に、眉間にしわを寄せながら医師を呼びに行った蘭。

そして到着した医師の経過観察がスムーズに行われ、良好だとの判断で3日後に退院することがアッサリと決まってしまった。


この御時世と言う事もあり面会時間はここでタイムアップとなる。

勝也の着替えを詰めた紙袋を持ち、また近寄ると


「もうみんなにワガママ言わないでね」

「ワガママなんて一回も言ってねぇし」


友人達の大きな大きなため息とともにみんなで病室から出る。


「はぁ~ったく…優奈が声かけりゃ一発だったんじゃん」

「そういえばさっき勝也になんて言ったの?」


「ん?カレー作る時に少~しコンソメ入れたらすっごく美味しくなるんだってって」


「…はああぁぁぁぁ?!?!」


「ノドの手術したんだから今はまだ流動食みたいのばっかりでしょ?絶対カレー食べたいはずだと思って」


「ウチらはカレーに負けたのかぁ…」


するとあきれ返った表情の蘭が


「んな訳ないでしょ、結局は優奈の顔見れたから機嫌が直っただけの話だよ」

「え~、でもあんなに…」


「そりゃあの男が一人ぼっちの入院に耐えられるわけないじゃん。それにさぁ、こんだけいっぱい世話してやったってのにウチら何回『優奈』って呼ばれた?」


「…え…」


「ホントだよまったく…。大体ひと言目は『優奈…あ、違った』だもんねぇ」

「さすがにあれはイラッと来るよね」


「…ご…ごめんね」


「アンタまで笑顔で謝んじゃないよ!(笑)それに前にKouさんが言ってたもん。優奈はあのホストのローランドみたいなもんだって」


「ローランド?」


「勝也にとって女は『優奈』か『優奈じゃない』かの2種類しかいないんだよ」


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