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190 正月 ③

 やはりいつでももっと先を考えてくれていた勝也。


正直、今の仕事のペースだけでも毎日帰ってくるのは不可能だ。

来年に入ってからの仕事の予定もすでに入っており卒業後はさらに増えるとマネージャーからも言われている。

事務所側からも以前から東京への引っ越しを打診されているが、なかなかその件に関して首を縦に触れない葛藤があったのも事実だった。


もし自分が東京に引っ越してしまえば今よりさらに会える機会は減る。

それがどうしても耐えられなかったのだが


「…時間ある時は帰ってきてもいいよね?」

「当たり前だろバカ」


「もしそれが毎日だったとしても…いいんだよね?」

「ホントはそれが理想だからな」


「勝也が休みの時とかは東京来てくれたりとか…」

「気が向いたらな」


「気が向かなくても休みの時は来るのっ!!」


「わ~かったよ、うるせぇな…」


おそらくこれが最良のカタチなのだろう。

2人の描いていた理想とは違っているが今の自分達の仕事を考えればこうする他ない。

目前に迫った卒業前にようやく進むべき方向が見えてきたような気がした。


夜になってようやく外に出ようという話になった。

キャップとマスクでほぼ顔を隠し、まだ帰ってこない姉には置手紙をして両親と4人で近くの神社へ向かう。

それほど盛大ではないが屋台もあり、優奈の目が輝き始めた。


「ダメだってぇ、優奈に屋台見せたら…」


その時にはもうすでにガッチリ腕を組んだ母と2人でたこ焼き屋の前に並んでいる。


「卒業して仕事がメインになったらもうこうやって帰ってくる事も減るだろう。今日ぐらい大目に見てやれよ」

「いや、あいつはどんな手を使っても親父とお袋の顔見に来ると思うよ」


「それならそれで最高じゃないか(笑)」


残り3ヶ月、卒業がいよいよ現実となってきた事を実感し始める勝也だった。


祭りのような初詣。

4人並んでお参りしてまたも帰り道に何度も屋台で足止めを食らいながらようやく帰宅する。


あとは当然酒盛りになり、帰宅した姉も参加して夜中まで宴会は続いた。


 翌朝、全員が遅めに起きだして昼頃に食卓を囲んでいると


「優奈ちゃん卒業式は出れそうなの?」


「…え?」


「だって今でもあまり学校には行けてないんでしょ?もしお仕事が入ったら…」

「あ、でもさすがにそこは事務所も考えてくれてると…」


「芸能人とかよく聞くよね、仕事って言う理由もあるし混乱を避けるためとかも…」

「そうか、優奈ちゃんぐらい人気者だと当然学校もバレてるだろうしあまり人が群がってもなぁ」


「でも卒業式はどうしても…」


「勝也は?」

「俺はもちろん出るよ、その辺に仕事入れなきゃいいだけだし」


今では自分の仕事を自分で受けている勝也。

断る方法はいくらでもあるし気が乗らない話は受けないというスタンスでいる。


「お母さん達は…」

「そりゃ行きますよ♪入学式以来だもん」


何も考えていなかった。


普段は事務所が受けた仕事に対して優奈が断るという権限はない。

実際あれほど休みにしてほしいとお願いしていたクリスマスも仕事を入れられてしまった。

もしかしたら卒業式も仕事を入れられているかもしれない。

姉の言う『混乱を避けるため』という理由を出されれば言い返すことも出来なくなってしまう。


「事務所に聞いてみます…」


夕方頃、実家を出る時間が来た。

明日は安東家での正月がある。

その前にアパートに戻って一晩だけだが2人きりの正月を過ごす予定だ。


「これからは難しいかもしれないけどまた帰ってきてね」

「勝也さんとタイミング合わなかったらあたし一人でも顔見に来ますから♪」


「お前ホントにやりそうだよな」


「え、本気だけど?」


真顔で答える優奈だった。

両親と姉に見送られて車を走らせる。


その帰り道


「ね~、お母さんが言ってた卒業式の話…」


「あぁ、もし仕事だったらってヤツ?」


「絶対休みにしてもらえる方法ってないかな…」

「ん~…そればっかりはなんとも言えねぇしなぁ」


「ちょっと電話していい?」

「いいよ」


スマホを取り出してマネージャーに電話をかける。


「もしもし、お疲れ様です。あけましておめでとうございます。…はい…はい…いえ、あのちょっと気になった事があって。あの…あたし卒業式って出れますよね?」


しばらく相手の返答を聞いて


「…3月5日です……………えっ?」


優奈が固まった。

目を見開き、窓の外の一点を見つめて


「どうしても出たいんです、お願いします」


電話の向こうの声は聞こえないもののどうやら卒業式は難しいという返事のようだ。


「…でないとずっと後悔したまま仕事をする事になると思います。クリスマスも仕事を優先しましたし、今回だけはどうしてもお願いします…」


そこからしばらく沈黙が続いた。


今、隣で勝也が声を発するわけにはいかない。

どうしても諦めきれない優奈がついに


「だったら…卒業後に東京へ引っ越す事を受け入れたら休みを貰えますか?」


そこから先は優奈の発言は無く、ただ返事だけを続けて電話を切る。


その後もしばらく沈黙だったが


「難しいってか?」


「うん…もうその辺は仕事が入ってるって…」

「そっか」


「…ごめん、一回だけ勝也が言った事に逆らうかもしれない」


「ん?」


「卒業式に出れたらあたしは東京で部屋探す。けどもし出れなかったら…東京にも行かないし事務所ともケンカしてやる…」


「そこまでしなくても…」


「普段逢えないのはあたしのせいだよ。こんな事になるなんて考えずに芸能界に入っちゃったから…勝也に寂しい思いさせてるし、そこは申し訳ないと思ってる。だからクリスマスも仕事行ったし大晦日まで仕事頑張った。でもさ…あたしはあの学校で勝也と出逢ったの。あの学校に入ったからブランカのみんなにも逢えたし友達もいっぱい出来た。今のあたしには仕事よりみんなと一緒に卒業することの方が大事なの。だからここだけは仕事よりも優先したい」


「お前の思うようにすればいいよ」


その言葉は突き放すようなモノではなく、本当に優奈の気持ちを尊重すればいいという優しい言葉だった。


 それからはほとんど会話も無いままアパートに到着した。


本当なら明日優奈の実家に帰るまで2人っきりの時間を楽しむはずだったが表情は浮かず、時間をずらして車から降りるとそれぞれの玄関から部屋へ入る。


無言でカバンから洗濯物を出し、年末に勝也が溜めていた服と一緒に洗濯を始めた。

その洗濯機を見つめながらまだ思い悩んでいる顔を見て


「お前さぁ、卒業したらモデルか女優どっちがメインになんの?」


「…え…わかんない…でも今はあんま仕事の話はしたくない」


「女優路線だったらドラマとか映画とか出たりすんだよな」

「………………」


「俺がその主題歌とか弾いてたらどーする?」


「……え?!」


するとジッと優奈の目を見つめ


「お前が出るドラマか映画…いつか俺が主題歌のベース弾いてやるよ。それまでは頑張れ。俺がその約束叶えたら後はどうするかその時の自分の気持ちと相談して決めろ。辞めたかったら辞めればいいし続けたかったら続ければいい。未来を決めるタイミングは俺が作ってやるから」


「……っ!!」


思いもしなかった。


だがよく考えればその夢のような可能性はゼロではない。

自分の仕事と勝也の仕事が融合する。

いつかそんな日が来るのなら…


どんよりしていた心の中が急に晴れた気がした。

ソファに座った勝也に飛び掛かるように抱きつくと


「…ふええぇぇぇぇぇ~ん…」


「また正月から大泣きかよ(笑)」

「だってそんな事言うからじゃんかぁ…」


また一つ優奈の中で仕事への意欲が湧いた瞬間だった。


いつもそうだ。


先が見えなくなった時、

目指す方向が分からなくなった時、

いつもこの男が正解の道を照らしてくれる。


どんな未来が待っているのかわからないが、自分はまず勝也が主題歌のベースを弾く作品に女優として出演するところまでを目標にしよう。

そう決心すると


「それと卒業式は別問題だからね?」

「分かってるよ、お前は一回言い出したら聞かねぇ頑固女だからな」


「…それ勝也にだけは絶対言われたくない」


そこから優奈の表情は一転し2人っきりを満喫し始めた。


まだ卒業式問題は何も解決していないが、次いつ来るかわからないこの部屋での2人きりの時間を無駄にするほどもったいない事は無いと気持ちを切り替えたのだった。


洗濯物を干した後少し片付けをし、父が持たせてくれた夕飯を並べて2人で酒を飲む。

お互いの仕事のエピソードを話し合うのも初めてかもしれない。

結局結構な時間まで笑い合ってから眠りについた。


 翌日、朝起きてしばらくすると一旦別行動になる。

まず優奈が1人でアパートを出て実家へ戻り、少し時間を置いてから勝也も同じく実家へ向かった。


「喪中ですので新年の挨拶は控えさせていただきます。旧年中は本当に色々お世話になりました。今年も…」


「まぁまぁそんな堅苦しい挨拶はいいだろう。よく来てくれたね、向こうのご両親にも正月からご迷惑を…」

「いえ、すごく喜んでました。とくに母が」


「でしょうね、昨日あなた達が向こうを出発した後電話くれたもん。先にお正月しちゃってすいませ~んって(笑)」


「あ、そうでしたか」


それから食卓を囲んで安東家での正月が始まった。


当然昼間っから酒盛りになったのだが、夜になって卒業後の2人の考えを話すと


「やっぱりそうだな…実は母さんとも話してたんだ。東京にも部屋があった方が何かと便利な部分もあるし…だが優奈がどう言うかも気にはなっていた。意地でもあのアパートに住むって言い張るだろうと」


「実際その通りの返事でした(笑)」


「でも勝也の仕事が休みの日は毎回来てくれるって言うから」


「毎回なんて一言も言ってねぇぞ」

「は?んじゃもっかいイチから話し直そうか」


「…わーかったよ、ったくメンドくせぇ…」


やはりこの2人は一緒にいると顔つきまで明るくなる。

そしてその2人を見て微笑ましい表情の父だったが、卒業式の話を切り出すと急にその表情が一転し


「バカヤロー!!」


「…えっ?!」


「卒業式っていうのはな!学生から社会人に気持ちを切り替えるケジメの日なんだ!その日を境に大人として責任を背負うんだ!そんな大事な日に仕事だとぉ?!」


「…え…あの…お父…さん?」


「俺が話をつける!マネージャーの電話番号を出せ!」

「…いや…あの…」


「早くしろっ!!」


ものすごい剣幕の父。

これほど父が激昂する姿は誰も見たことが無かった。


言われるままに逆らえず優奈がマネージャーに電話を繋ぐとそのスマホを奪い取り、そのままの勢いでまくし立てる。

そして相手が話す間もないほど一方的に怒鳴り散らすとその電話を切った。


そのスマホを優奈のヒザにポンと放り


「解決したぞ」


「…え……」


「卒業式……出れる…の?」

「当たり前だ!ったく…非常識にもほどがある。母さん酒!」


「は~い」


激怒した後の父の飲むペースは早くなり


「勝也君、今日はとことん付き合ってもらうぞ」

「はい」


それから母と優奈は台所に立ち、2人がかりで酒のアテを作り始める。

プンプン怒りながら飲み続ける父を見ながら


「お父さんね、あなたの卒業式の為にわざわざスーツ新調したのよ。卒業したらどっちにしても優奈はこの家を出る事になる。だから最後にその式で優奈と一緒に写真を撮るんだって」


「…え…」


涙がこぼれた。

こんなにワガママで心配ばかりかけてきた自分にまだこれほどの愛情を注いでくれる父。

ますます卒業式に出れる喜びが増していく。



 翌朝、仕事の為早くに起きた優奈。


リビングに降りると向かい合わせのソファで父と勝也が酔いつぶれて眠っていた。

その光景を見て笑顔をこぼし


「あ~ぁ…ほら、風邪ひくよぉ」


2人にかけてある毛布をしっかり掛け直し、音を立てないように静かに準備をする。

そして


「行ってきまぁす」


最愛の父と最愛の彼氏に小さく声をかけると、晴れ晴れとした気持ちで新年の初仕事に向かって行った。


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