189 正月 ②
一気に優奈のテンションが上がった。
蘭の本心を聞いて自分の勝手な思い過ごしだった事を知った上に
仕事が終わるまで帰省を待ってくれていた事
勝也の両親に新年の挨拶をしに行ける事
自分の実家での正月にも来てくれる事
そして何より休みの間ずっと一緒に居れる事。
さっきまでの思い悩んでいた自分の考えとは明らかに全てが逆転したからだ。
「ねーおなか減った!」
「へ…メシ食ってないの?」
「夕方ぐらいにお弁当食べたような気はするけど減ったんだもん」
「こんな夜中にしょうがねぇヤツだな…なんか食って帰るか?」
「ヤだ!コンビニでも何でもいいからアパートで食べたい!」
「そーですか…」
正月という事もあっていつもの夜遅くまで開いているスーパーが今日は夜中までの営業になっている。
久しぶりにそこへ寄ると、クリスマスに貰ったキャップをしっかり被りマスクで顔を隠し同じく顔を隠した勝也と2人で買い物をする。
カートを押している勝也の腕にしっかりとしがみついて久しぶりのデートのような気分も味わえた。
お弁当や総菜などを買い込み、また車でようやくアパートに到着すると
「あ~!やっと帰って来れたぁ」
部屋に着くなりソファに腰を下ろして大きく伸びをする優奈。
ここに帰って来るのもあのクリスマス前の昼間、1人で来た時以来だ。
「ハラ減ってんだろ?とりあえずあっためるモン出してレンジに…」
「そんなの後でいいから!ここ!ここ!」
自分の隣に座れとばかりにソファをバンバン叩く。
「どっちなんだよ、ったく…」
言われた通りに腰を下ろすと、またもやしがみつくようにくっついてきた。
「あ~…生き返る~」
正直、勝也も同じ想いだった。
またこの部屋で一緒に居られるようになったのも束の間、優奈の仕事が忙しくなりほとんど一人でいる。
いつの間にかこの部屋に優奈がいない事に違和感さえ覚えるようになっていた。
「ほら、早くメシ食って寝ないと明日は朝早いぞ」
「は?ご飯は食べるけどそんな早く寝れると思ってんの?」
「お前はいつも車で寝るけど俺が寝不足になるじゃねぇかよ」
「どれだけ逢ってない?電話もくれないしLINEも短いし何にも教えてくれな…」
「あー!もうわかったわかった!んじゃ早くメシ食え!」
「もーちょっと充電してからね~」
また更にギュッとくっついてくる優奈。
「ワガママだけは成長してやがる…」
翌朝、やはり予定より少し寝過ぎてしまい慌てて起き出す。
久々に何の不安も無くグッスリ眠れた優奈も目をこすりながら起き上がり、大きく伸びをしながら
「よぉし!久々の実家だぁ♪」
「…その前に服着ろってば…」
配置も何も変わっていない2人のアパート。
昨日もここにいたかのように普通に着替えを出し、服を着て掃除を始める。
この後すぐ出発するため珍しく勝也も家事を手伝った。
洗濯は明日帰ってからまとめてする事になり、1泊分の用意だけして辺りを警戒しながら車に乗り込み実家へ向かう。
「明るいウチに2人でドライブって初めてじゃない?」
「この車貰って帰った時ぐらいだな」
「なんか緊張するね」
「緊張してるわりにはその大量のお菓子はなんなんだ?」
元旦の道路はところどころに渋滞も起こりスムーズに走れる区間はなかなか無いものの、その分自分の指定席を満喫している優奈。
仕事の移動とは比べ物にならない充実感だった。
早く勝也の両親の顔を見たい思いもありながらもっと長く乗っていたいという気持ちにも挟まれていると、徐々に景色が見覚えのあるモノに変わっていく。
正月はもちろん休みで暖簾も看板も出ていない居酒屋。
その横の駐車場に車を停めると勝也の母が飛び出してきた。
「おかえり~!!!」
「お母さ~~んっ!!」
運転席側ではなく助手席側に回り込み、ドアを開けて車から降りた優奈とガッチリ抱き合う母。
この光景も久しぶりだ。
何も持たずさっさと家に入ってしまった2人の後を全部の荷物を持った勝也が着いて入る。
そしてようやく家族に対面すると、サッと正座をして両手をつき
「喪中と伺いましたので新年の挨拶は控えますが、昨年は色々ご心配やご迷惑をかけてしまって申し訳ありませんでした。今年もよろしくお願いします」
丁寧に新年の挨拶をすると両親と姉もそれに返す。
「しかしこんなに綺麗なのに礼儀もちゃんとしてておまけに芸能人だなんて…どこをどう間違ったら勝也なんかに捕まっちゃうのぉ?」
「いえ、勝也さんの方がちゃんとしてるし…それに世界デビューじゃないですか」
「だからただのヘルプだっつーの。デビューなんかした覚えねぇよ」
「俺は未だに実感無いんだよなぁ、勝也がそんな有名だとか」
「まぁあたしはその辺『姉』として充分いい目見させてもらってますけど」
「なんだコノヤロー」
相変わらず楽しい家庭だった。
除夜の鐘突きや友人達との集まりには参加出来なかったものの、去年と同じようにここで正月を過ごせているのが幸せでたまらない。
早速食事の準備が始まる。
ここのお節料理は重箱に詰めた一般的なモノではなく父が作る正月料理をいくつもの大皿に並べたモノで、去年食べて以来優奈の大好物だ。
「あ~幸せぇ♪」
お酒も飲みながら本当に美味しそうな表情で食べる優奈が父も大好きなのだった。
「そういえば姉貴、彼氏出来たとか言ってなかった?」
「そうそう!この間初めて会わせてもらったよ」
「それあたしも聞きたかったんです、どんな人なんですかぁ?」
「あ、それで思い出した。あのさ、後で初詣行くのに迎えに来る予定なんだけど…勝也、ちょっとだけでいいから会ってやってくんない?」
「は?…俺?」
「前に言ったでしょ?友達の彼氏がブランカのCDくれたって。その人の友達なんだけど、アンタがあのブランカのKATSUYAだって知ってからうるさいのなんのって」
「わざわざ余計な事言うからだろーが」
「だってそりゃ自慢したくもなるでしょーよ!」
「なんで逆ギレされなきゃいけねぇんだよ…」
「あたしも会ってみたぁい」
「あ、優奈ちゃんはダメ。実は…『安藤 優奈』推しなんだよね」
「…え~っ…」
「そりゃここで優奈ちゃんが出てったら色々ややこしくなりそうだね(笑)」
「なんとか物陰からコッソリ覗くとか…」
「あなたは諦めてここで大人しくしときなさい」
「…はぁい……」
ションボリする優奈を見て最後は大爆笑になる家族だった。
彼氏が迎えに来たと聞いて無理矢理連れ出される勝也。
玄関前から興奮した彼氏の大声が聞こえてくる中、どうしても諦めきれない優奈は2階の窓からコッソリ覗き見していた。
さすがに勝也と優奈が揃っていては初詣に行く訳にもいかず家の中でノンビリする。
父は正月番組を見ながら酒を飲み、隣では優奈がそのおかわりを作ったり談笑したりして仲の良い『家族』の雰囲気である。
「そういえばもうこの春で卒業なんだね」
「はい、なんか長かったようで短かったようで…」
「色々あったもんねぇホントに」
「…ごめんなさい…」
「謝る事ないでしょうよ(笑)」
「ところで卒業後はどうなった?優奈ちゃんの御両親には許してもらえたのか」
「あ…まだそこはちゃんとハッキリとは…」
「でも現実には同棲はもうムリなんじゃねぇかな」
「……え?」
驚きの言葉だった。
優奈の心の中では、勝也は今でも絶対の自信をもって卒業後の同棲を望んでくれていると思っていたからだ。
「…なんで?…あたしは今でも一緒に暮らすつもりで…」
寂しさと絶望感で目に涙を溜め始める。
「やっぱり…イヤになっちゃった?」
「『一緒に暮らしたい』って気持ちは変わってねぇよ。けど今でもほとんど帰って来れない程忙しいのに、卒業して時間に制限が無くなったら今よりもっと忙しくなるのは目に見えてるだろ?多分お前の生活拠点は東京になる。だったら東京に部屋を借りないといつまでもホテルに泊まるわけにも…」
「帰ってくるもん!遅くなったって…次の日朝早くたって仕事終わったら絶対帰るもん!!」
「わかってるよ、お前の帰ってくる場所はちゃんとある。けど東京にも部屋が無いと…」
「そんなのいらない!夜中になったってタクシー乗ってでも帰る!」
「んじゃ俺が終わるのが夜中になった時は?」
「…え?」
「俺のレコーディングもほとんど東京なんだぞ」
「……あ…」
「あのアパートは絶対手放さない。俺はずっとあの部屋にいるしお前が帰ってくる場所もあの部屋。けどお前の仕事を優先に考えりゃ東京に住む方がいいに決まってる。だったらそこが俺達の『もう一つの部屋』にもなんだろ」
「もう一つ…」
「そうすれば今までより逢える回数は増えると思わねぇ?」
今までは優奈が帰ってこない限り逢える機会は無かった。
だがもし優奈が東京に部屋を持てば、レコーディングで勝也が東京に来た時もその部屋で逢える。
そこまで見越した考えだった。
それを聞いてクスッと笑った父。
「なるほど、考えたな」
「もちろんその部屋の事もちゃんと優奈の御両親と話し合うよ。元々『一人暮らしなら許さない』って言ってたから。けどやっぱこれだけ逢えないと俺だって…」
「え?え?俺だって…なぁに?」
「な…なんでもねぇよっ!」
「もぉ~ハッキリ言いなさいよ、『俺だって寂しい』って♪」
「そういう意味じゃ…でもまぁそういう意味か」




