188 正月 ①
かろうじて一人ぼっちのクリスマスにはならずに済んだものの、あの突然の宴会以来また逢えない日が続いていた。
移動中の車内から外を見れば仲良さそうなカップルが目につき、雪が降ればあの仙台の夜を思い出してしまう。
去年の今頃はまだ芸能活動も始めておらず勝也もまだバイトで生計を立てていた頃だ。
たった一年で2人を取り巻く環境は大きく変わり、一緒に過ごすどころか顔を見る事さえままならない状況になっていた。
年末も押し迫ったある日の夕方、久しぶりの勝也との電話で
「…いつになったら逢えんの~(泣)」
「そりゃこっちが聞きてぇよ」
「電話も全然くれないし…」
「お前がいつ話せんのかわかんねぇんだもん」
「あたしがかけても出ないじゃんか」
「ヘッドホンしてる時ばっか狙ってかけてくるからだろーが」
口を開けば愚痴ばかりになってきた。
「そのウチ頭爆発しちゃうからね!」
「だからちゃんとLINEしてるだろ」
「あのねぇ!前から言おうと思ってたんだけど文章が短すぎるのっ!!」
「…は?」
「もうちょっと『今日はこんな事があった』とか色々書くことあるでしょー?!」
「そんな事言われたって…」
「一言二言しか書かないし…ひどかったら絵文字だけの時とかあるじゃん!」
「だってダラダラ打ってたら頭痛くなんだもん…」
他人が聞けばケンカのようにも聞こえるが、それでもお互い声が聞けるという状況を幸せに感じている。
「そういえばあれから仕事って入ってる?」
「あぁぼちぼちな。冬休みの間は動けるから」
「大丈夫?スケジュール調整しながらベースも考えて…大変じゃない?」
「電話は俺が持ってるから受けるかどうかは自分で決めてるけど、それ以外の事とかスタジオの場所調べたりとかは蘭がやってくれてるよ」
「…え?」
「今の状況知ってんのは蘭だけだからさ。『優奈みたいに何もかもは無理だけど出来る範囲ならやったげるよ』って」
「…そう…なんだ」
「ま、そんなにギューギューに詰めてないからバタバタはしてないはずだよ」
「…年内はいつまで仕事?」
「あ、それは蘭に聞かないとわかんない」
「…そっか…」
久しぶりに声を聞けた嬉しさは当然あったものの、更にモヤモヤが溜まる内容でもあった。
優奈の手を離れてしまった勝也のマネージャー業務。
あのウッカリさえ無ければ今でも自分が全てを把握していられたはずだが、今となっては蘭がその立場にいるらしい。
もちろん感謝の気持ちが一番だがやはり嫉妬してしまう自分もいた。
「あ…もしもし蘭?」
「あぁ優奈。どした~」
「勝也に聞いたの、蘭がマネージャーやってくれてるって…」
「大した事やってないよ、ダブルブッキングしないようにスケジュール聞いてるのとレコーディングの場所調べたりするぐらい。アイツ自分で調べたりとか苦手でしょ?スマホとにらめっこしてイライラしてんの見ちゃったからさ」
「なんかごめんね、色々してもらって…ちゃんとお金とか貰ってる?」
「お金?…なんの?」
「そんなに動いてもらってるのに…バイト代とか…」
「あんたナメてんの?」
「…え…」
「優奈の口からそんな言葉聞くと思わなかったよ。あたしがお金貰ってやってると思ってた?…アンタが一番そういうのイヤがる人なんじゃなかったっけ」
「けど経費とか…」
「仕事としてならこんな大変な事やんないよ、あんな自分勝手でワガママなヤツの面倒なんて。それに移動の交通費とかご飯食べたりとかは全部出してくれるし、買って来いって言われた分も全部返してくれてる。あたしは1円も使ってないから大丈夫だよ」
「…あ…うん…」
交通費にご飯代、と言う事は勝也と蘭はよく行動を共にしているという事だ。
自分は顔さえロクに見れていないというのに…
『仕事としてならやらない』と言う事は、言い換えれば『相手が勝也だからやっているんだ』とも取れる。それに必要な物の買い物まで。
元々面倒見のいい人ではあるが、蘭は優奈の前で堂々と勝也の事が好きだと言い切った過去がある。
自分の代わりをしてくれているとはいえそこにはどうしても拭いきれない嫉妬ばかりが生まれていった。
「じゃあそろそろ電車乗るから切るね」
「あ、外だったんだ?ごめん忙しい時に…」
「大丈夫だよ。ほっといたらアイツ何にも食べないでしょ?晩ご飯届けに行くだけだから。じゃあね」
「…え?…ちょっ…」
聞き返す間も無く電話は切れた。
今から蘭は勝也のアパートに向かうところだったようだ。
身の回りの世話どころか掃除も洗濯も出来ていない自分と、仕事のサポートから食事の面倒まで見てくれている蘭。
あの時泣きながら叫んだ『優奈の事が羨ましくて仕方なかった』という蘭の言葉を今自分が感じる事になろうとは…。
もうあのアパートに着いた頃だろうか。
部屋に入って勝也にご飯を食べさせ、その間に洗濯や掃除もして最後は2人であの寝室に…。
自分だけの特権だった事を全て蘭がしているのだと想像だけが膨らみ、いつしか勝也を奪われたような錯覚まで起こしていた。
それ以来優奈の顔には生気が無くなり、マネージャーも心配するほど落ち込み始める。
今まで自分が起こした問題で別れ話に発展した事も、今年の夏は本当の別れも経験した。
だが他の女性に奪われるかもと言う心配は初めてだ。
おまけにその相手が親友の蘭だとあっては動揺するのも無理はない。
居ても立ってもいられない心境ながら、そのことを確認する電話さえもかけられない。
毎年勝也は正月に帰省する。
今年もおそらくそうだろうが、まさか実家にも蘭を連れていくのかも…。
頭の中はもう最悪の状況さえ考え始めていた。
年末最終日まで仕事を詰められていた。
結局勝也と話すことも出来ないまま大晦日を迎え、そしてようやく年内の仕事が終わった。
正月は3日間だけ休みを貰えているがそれも両親には伝えたがまだ勝也には伝えていない。夜も遅いためホテルは取ってくれていたが、このままでは一人ぼっちで年を越すことになる。
ついに意を決してスマホを持つと、震えた指で発信ボタンを押した。
意外に早くその電話が繋がると
「…ふえええぇぇぇぇ~ん…」
「な…なんだなんだ、いきなりどした?」
「…勝也ぁぁ……もう無理~…」
「なんかあったのか?」
「逢いたい~…(泣)」
「なんだよ、びっくりすんじゃねぇかよ」
「だってぇぇ~…ふぇぇぇ~ん…」
「ったく…仕事終わったか?」
「…終わったぁ」
「よし、んじゃ迎えに行くから準備しとけ」
「……え?」
「ちょっとギリかもな。ま、出来るだけ年が変わるまでに着くようにすっから」
「…実家帰ってないの?」
「お前がどうするのかも聞いてねぇのに俺だけ帰ったらまたブチギレるだろーが」
「え…だって…」
「とにかくホテルの場所送ってくれ、あとチェックアウトもしとけよ」
「…う…うん…」
何が何やらわからないまま電話は切られた。
頭を整理してみると、勝也はまだ地元に帰っていない。
そして今から迎えに来る…と言う事は
「…逢え…る…?」
地元からここまで1時間以上かかるだろう。
おまけに大晦日の夜ともなれば渋滞しているかもしれない。
だがそれでも即座に自分がいるホテルの住所をLINEで送り、すぐに荷物を持ってフロントへ向かうと宿泊を取りやめる手続きをした。
ロビーで待たせてもらい、椅子に腰かけてジッと待ちながら頭を整理し始める。
なぜ実家に帰っていないのかと聞けば自分だけ帰ったら優奈が怒るからと。
仕事が終わったと伝えればまるで待っていたかのように今から迎えに行くと。
ホンの少し前まで心配していた最悪の状況ではなく今から自分の為に車を飛ばして迎えに来てくれる。
ただただその待ち時間がとてつもなく長く感じた。
もう年も開けようかという0時前、ようやく待ちに待った電話が鳴る。
「着いたぞ~」
その言葉を聞くや否やロビーを飛び出し、目の前に路駐しているVOXYを見つけて助手席に飛び込んだ。
そしてそのまま飛び掛かるように抱きつくと
「ふええぇぇぇぇ~~ん…」
またもや泣き出す優奈。
大好きな匂いに包まれているとソッと抱きしめ返し
「なんとか間に合ったな」
その声は電話で聞く声とは比べ物にならないくらい優しく、暖かかった。
ちょうどその瞬間に時計が0時を指す。
「あけましておめでとう」
「うん、おめでとう」
それから車が出発する。
もう焦ることは無い。
新しい年をまた2人っきりで迎えられた。
そんな安心感もあり今まで出せなかった勇気が湧いた。
「今日…蘭は?」
「俺が知ってるわけねぇだろ」
「だって最近はずっと一緒なんでしょ?」
「は?顔見る事なんてほとんど無いよ」
「……え?」
「電話とかLINEで話す事はあるけど会う用事はないもん」
「だってこないだも勝也の晩ご飯届けに行くって…」
「あぁ2~3日前の事?あれは俺ンチじゃなくてKouクンと一緒にJunクンのトコ行ってたからそれでみんなの買ってきてくれたんだよ」
「そうなの?てっきりアパートによく来てるんだと…」
「あの部屋に女呼ぶ訳ねぇだろ。それに大体自分で種撒いといてよく言うよ」
「…種…?」
「Kouクンと蘭をくっつけたのお前なんだって?」
「え?!…くっつけ…ええぇぇぇ????」
「なんだか知んねぇけどキーボードの事教えてもらうんだとか一緒にメシ食いに行くんだとか、たまにKouクンの買い物とかにも連れてかれてるみたいだよ」
「うっそぉぉぉぉぉ!!!そんな事になっちゃってんのぉ??」
「だから俺のスケジュール管理とか調べものとかメンドくせぇ事やってくれてんじゃん」
「…え……」
「あいつはさ、自分とKouクンが話せるようになったのは優奈のおかげだって。だからそのお返しに、お前がまたいつかBFRの事を出来るようになるまで代わりに自分が出来る事だけでも手伝わせてくれって」
「……っ!」
恥ずかしかった。
蘭の本心も知らず、自分がいない間に勝也に近づいてきたんじゃないかと疑っていた自分が情けなかった。
「まだちゃんと付き合ってる訳じゃないらしいけど、Kouクンも『今は出来るだけ優奈の代わりに動いてやれ』って言ってくれたんだって」
「Kouさんまで…」
「お前も知ってるだろ?あの人はキーボード弾かせても天才だけどさ、それ以前に男としてすっげぇカッコいい人だ。あんな人に会わせりゃいくら蘭でもイチコロだよ」
「あたし最低だ…てっきり蘭は勝也の事狙って…」
「バカかお前。お前がいる事知ってて俺狙ってくるヤツなんかいる訳ねぇだろ。それに蘭だってハナっから俺の事『男』として見てねぇよ」
元々そういう感情に鈍感な勝也があの時の蘭の気持ちを知っているはずも無かった。
車はどんどん進んでいき、いつしか渋滞からも抜け出している。
「あたしも一緒にアパート帰っていいの?」
「お前の家には連絡しといた。このまま2日まで拉致しますって」
「え…2日?あたし3日まで休み…」
「アパート帰ってちょっと休んで明日の朝から車で俺の実家帰るぞ。で、3日はお前んチの実家で正月やるから一緒に帰って来いってさ」
「じゃあ…ずっと一緒にいれるんだ…」
「次はいつ逢えるかわかんねぇからな」
「…ふえええぇぇぇぇ~~ん……」
予想もしていなかった最高の正月を迎えられる事になったのだった。




