表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/234

187 クリスマス

 12月24日。


世間はクリスマス一色で街中がカップルや家族連れでにぎわう日だ。


結局あれから勝也とは一言も話せず、LINEも『自分も仕事が入った』とだけ送ったのみ。

あれ以来勝也の近況は蘭に教えてもらうという不本意な状況になっている。


レコーディングは夜からで、本当ならそれまでの時間になんとか声を聞く事も出来たのかもしれないが休憩時間に入っても電話をかける勇気が湧かなかった。



 優奈は数日前に一度だけアパートに戻っている。


まだ冬休みに入る前の平日の昼間だったため勝也はいない時間だったが、案の定洗濯物は溜まり掃除も出来ていない。

ほんの少しの時間だったが大急ぎで洗濯と掃除を済ませ簡単にではあるが夕飯を作り、そして机の上に封筒に入れたお金を置いて『移動や経費に使ってください』と置手紙を残した。


1年の時はみんなで仙台遠征、2年の時はブラブラと2人っきりで街をデートして過ごしたクリスマス。

だが3度目の今日は顔を見ることも出来ず、しかも勝也は蘭と一緒にいる。

事情が事情とはいえ、モヤモヤとした一日を過ごしていた。


今頃はもうスタジオに着いたのだろうか。

自分の代わりに蘭が必死に頭を下げ叱りの言葉を受けながら謝っているのだろうか。


仕事に集中しようといくら頑張ってみてもその事が頭を離れることは無い。

だが逆にその想いが自分から連絡することを躊躇わせているのも事実だ。


収録が終わったのはもうイブも終わりかけた頃で翌日も仕事の為そのまま宿泊先のホテルに向かう。

そして部屋に入ると勇気を振り絞って蘭に電話をかけた。


「…あ…もしもし…」


「あぁお疲れ。そっちは終わったの?」

「うん、今ホテルに着いたとこ。…あの…今日はホントにごめんなさい」


「大丈夫だよ、まだあんまおっきい声では話せないけど」


「え…まだ終わってないの?」

「うん。今3曲目の本番テイク録ってるトコ」


「…じゃあ終電は…」

「それはムリだよ、多分夜中までかかる。けどこっちの人が泊まるトコは用意してくれてるみたい」


「泊まり…なの?」


「仕方ないでしょ。ベース録りだけじゃなくてギターと同時進行なんだから」


「…蘭も一緒に?」

「あたしだけ野宿しろってぇの?」


「いや、そうじゃなくて…その…部屋…」


「はぁぁ?!アンタ心配すんのソコなの?!」


「あ…えっと…」


「どんな部屋とかまで知らないよ!何時に終わるのかも分かんないし…ホテルで寝れる時間あるのかどうかもまだ未定!」


「だよね…ごめんなさい、いっぱい迷惑かけてんのに…」

「相変わらずだねホントに(笑)」


「かなり怒られた…よね」


「あんま話してる時間無いから手短に言うね。

ここに着いて真っ先にあたしが謝ろうとしたんだけどさ、その前に勝也が『今回の事は全て自分の責任です。実はあの日のレコーディングの事は事前に聞いていたんですが自分が完全に忘れてしまっていて電話も持たずに遊びに行ってしまったのが原因です。事務所からもキツく怒られました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」って謝っちゃったの」


「……え?!」


「だからあたしは何にも言われてない。勝也は相当言われたけど…それでも黙って頭下げてた。あたしが来た意味無かったよ」


「そんな…なんで…」

「あたしをじゃなくてアンタを守りたかったからでしょ」


「…え?」


「マネージャーが仕事を飛ばすなんてまともに信用に影響するじゃん。それに今日顔を見なかったとしても次に話すことがあれば絶対にその事は話題に出る。だからあいつは自分を悪者にすることで向こうの怒りを自分に向けようとしたんだよ」


「……っ!」


「おかげであたしまで『大変ですね』って同情されちゃった」


その時電話の向こうで蘭が呼ばれ、急いで電話は切られた。



 優奈はスマホを耳に当てたまま涙をこぼしていた。

自分のせいで巻き起こした一大事のはずなのにまだその自分を守ろうとしてくれた勝也。

その優しさと申し訳なさが渦巻き何も考えられないまま呆然としていた時


『コンコン!』


部屋のドアをノックする音。

マネージャーでも来たのかと涙を拭いてドアを少しだけ開けると、そこに立っていたのは黒服のホテルマンで


「夜分申し訳ありません安藤様。松下さんという方は御存じですか?」


「えっ?!…あ、えっと…はい…知ってますが…」

「そうですか、では今日の夕方頃にお預かりした物がございます」


「え…ちょ…ちょっと待ってください」


急いでドアチェーンを開けて扉を開く。


「もし御存じ無かった場合は危険物の可能性もありますのでまず確認を取らせていただきました。安藤様が部屋にお入りになったらこれを届けてほしいと…」


そう言って黒服が渡してきたのは紙袋。

中を覗いて見るとリボンのかかった包みが入っている。


「では失礼いたします」


「あ、あの!これを届けに来たのはどんな…」

「髪を後ろで束ねた男性でした」


勝也だ…

その説明だけで勝也本人だと分かった。


「あ、ありがとうございました!」


黒服に礼を言うと急いで部屋に入りその包みを開ける。

すると中からは黒いキャップが…いつも優奈は変装の意味もあってキャップを被っている事が多い。

その優奈にCalvinKleinのカッコいいクリスマスプレゼントだった。


「…ふえええぇぇぇぇぇぇ~ん……」


ベッドの上に座り込み、そのプレゼントを抱きしめて号泣する。


巻き起こした事件の責任さえ取れなかった自分を守ろうとし、そしてわざわざクリスマスに間に合うようにプレゼントまで…

ここしばらくは顔を見ることも声を聞くことも出来ず、完全に呆れられているだろうと思っていたがそんな自分にまだこれほどの愛情をくれる。


今すぐスタジオまで飛んでいきたい。

誰にバレてもいい。

世間に公表されてもいい。

事務所やファンに責められても、胸を張って堂々と『世界一好きな人です』と叫びたい。

だがそれを許されない立場にいることが悔しくて仕方なかった。


勝也からのプレゼントを抱きしめ、呆然とした顔でベッドに座っている優奈。

逢いたくて逢いたくてたまらないのにそれを出来ない絶望感に打ちひしがれていた。


時計を見る事も無いままかなりの時間が経った頃にスマホが鳴る。

その着信表示を見て目を見開き、即座に通話ボタンを押した。


「…勝也ぁ~~…」


「おう、起きてたか」


意外にも勝也の声は明るい。

怒られるだろうと思っていたが言葉を発する間もなく


「お前もう化粧落とした?」

「…ううん、まだ…」


「よし!レコーディング終わったから飲みに行くぞ、ホテル抜け出して来い!」


「…え?!」


「お前も渋谷にいんだろ?109から斜めに入ったトコにある〇○○って個室居酒屋まで来いよ、俺の名前で部屋取ってあるから。早く来ないと遊んでやんないぞ」


「えっ!ちょ…行くっ!行くから遊んでっ!!」


出来る限り音を立てずコッソリと周りを警戒しながら部屋を出る。

マネージャーの部屋の前は特に足音を立てないように…


ホテルを出るとタクシーを止めて乗り込んだ。


勝也に逢える。

ここしばらくずっと顔を見るどころか声さえも聞けていなかったのに、突然の呼び出しだった。

普段は一緒に出歩く事さえ許されない状況にいるはずだが、夜中に突然呼び出されるというのがこれほど嬉しい事だとは…。


今日貰ったばかりの黒のキャップを被りしっかりとマスクで顔を隠して指定された店の前で降りた。

2年以上付き合っている彼氏だというのにドキドキが止まらない中、その店に入る。


「あの…『松下』で部屋取ってると思うんですけど…」

「はい。こちらです」


案内してくれる店員に着いて行くと個室の襖の前で


「お連れさん見えられました~」


そう言いながら襖を開けてくれた。

ドキドキしながら目を向けたその部屋の中には


「…え…ええぇぇぇ~!!!…平蔵さん……みぃちゃんもっ?!」


「おぉ、やっと来やがったぁ」

「おっせぇよ!(笑)」


勝也と蘭がいるのは当然だが、その向かいには久しぶりに会う平蔵とみぃが座っている。


「な…なんで…」


「ね?だから絶対優奈は知らないはずだって言ったでしょ(笑)」

「ホント…信じられない女だわ」


「知らなかったでしょ、今日勝也と同時にレコーディングしてたギタリストって平蔵さんだったんだよ」


「え…そんな事一言も…」


「そりゃ別々のオファーだしレコーディングも違う日の予定だったから向こうもわざわざ言わねぇだろ」

「そういうウチらも今日スタジオ行って初めて知ったんだけど(笑)」


「おかげでスタジオのロビーで大騒ぎ始めちゃうし…大変だったよ」


「…い…いいなぁ~」


想像するだけでも相当楽しそうな場だったようだ。

そして優奈が目の前の席に座ろうとすると


「ドコ座る気なのよ、アンタはこっちでしょ?」


蘭がスッと立ち上がり、今まで座っていた勝也の隣のスペースを開ける。


「え…い、いいよ…あたしはこっちで…」

「アンタがよくても隣にいる人がよくないの!八つ当たりされんのヤだし」


強引に勝也の隣に座らされた。

まだ一度も勝也の目をまともに見れていない優奈。

妙な緊張感に包まれながら


「あ、あの…えっと…お疲れ様…」

「ふん、まぁ楽しいレコーディングだったけどな」


「無事に終わった?」


「無事どころかこの2人全部1テイクだよ」


「…え?」


「だってさ、勝也がベースなら俺がどんだけ好き放題やったって絶対ハマるの目に見えてたもん。だから思いっきり自由に弾いちゃった(笑)」

「一緒に弾いたわけじゃないけどなんか懐かしかったね」


「見てる方はもっと懐かしかったけど」


「…うらやまし過ぎる~(泣)」


それから夜中のクリスマスパーティーが始まった。


久しぶりに見た勝也の笑顔、久しぶりの勝也の匂い。

顔を横に向けるだけでそこに最愛の人がいるこの空間は、優奈にとってまた新たな『クリスマスの想い出』になった。


 明け方近くまで盛り上がった頃


「もうすぐ始発出るな」

「ホントだ。んじゃそろそろ帰るか」


「え~まだもうちょっと…」

「お前は今日も仕事だろーが」


「ぶぅぅ~……」


渋々立ち上がり会計を済ませて夜が明け始めた街に出る。

このまま優奈はまたホテルへ、平蔵は今日も別件のレコーディングがあるためみぃと東京に残るらしい。


その別れ際


「…今回はホントにごめんなさい。それに昨日勝也が頭下げたって…」


「言ったろ、お前の為なら頭下げるぐらいなんでもねぇよ。いちいち終わった話引っ張り出してくんなバカ」


「ごめんなさい…」


「ま、罰として今日は宴会終わりの徹夜明けそのままで仕事して来やがれ」


「そんな嬉しい罰でいいの?」


「なんだそりゃ(笑)…じゃあな」


そのまま歩き出す勝也。

その背中を見つめながらふと思い出し


「あ!これ、ありがとー!!!」


キャップを持って高く掲げると振り返った勝也が笑顔を見せる。


だが…


「……う~~……(泣)」


朝まで飲んでいたおかげで2人が同じ部屋に泊まるという最悪の事態は免れたものの、自分の前で並んで歩いていく勝也と蘭を見てどうしても嫉妬心が拭いきれない優奈だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ