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186 大ミス ②

 翌日、なんとかギリギリに仕事が終わり終電に駆け込む。


どれだけ遅くなろうと必ず帰って来いという父の言葉に相当の怒りを感じ取っていた。


だがそれよりも気になっていたのは母の『今の優奈にマネージャー業務は無理だ』という言葉。

確かに自分の大ミスで仕事をすっぽかすような事態を招いてしまったが、それでもどうしてもこの立場だけは譲りたくない。

そんな事を考えながらかなり遅くに実家へ到着する。


「ただいま…」


小さな声で言いながらリビングへと入ると


「…え?」


そこには両親と共に勝也の姿もあった。

本当なら久々に逢えた嬉しさが一番に湧き上がるところだが、今は笑顔を見せることさえも許されない。


みんなが座っているソファではなくカーペットの上に正座すると


「…ごめんなさい」


深々と頭を下げるも誰からも返事は無い。

そして父が口を開く。


「お前は何をやってるんだ」


「………」


「芸能活動をしている以上いつでも電話に出れるとは限らない。そこはまだいい、すぐに折り返せばいい話だ。だが受けた仕事を忘れるとはもってのほかだ!」


「…はい…」


「しかも2回目じゃないか!そんな事でマネージャーだと言えるのか!」

「…ごめん…なさい…」


「もう君には無理だ。この先今以上に仕事が忙しくなればもっと時間は無くなる。このままでは3回目4回目が起こるのは目に見えている。勝也君の担当は…」


「…そ…それだけは…」


「優奈、どう考えてもこれ以上は無理よ」

「でも!…この会社はあたしが勝也の仕事を受ける為だけに…」


「その仕事をちゃんと受けれていないじゃないか!」


「………」


「とにかくBFRの電話を出しなさい」

「…ヤ…ヤだ…これだけはあたしが…」


ポケットの上からギュッとスマホを握りしめる。


「あなたのせいで勝也君が信用を失ってるんだよ?」


「…勝也の仕事はあたしがちゃんと受ける!これからは絶対こんな事にならないようにするから!ちゃんとするから!」


大きな声で食い下がる優奈。

両親にどれだけ言われてもこの電話だけは自分が持っていたかった。


…が、今まで口を開かなかった勝也が


「優奈……出せ」


「……っ…」


勝也に言われるともう逆らえない。

観念したようにポケットからスマホを出す。

父が手を伸ばして受け取ろうとするとそれより先に勝也がそれを受け取った。


「これは俺が持つ」


「君はベースに専念するべきだ。その電話は母さんに持たせよう。その方が…」

「いえ、お母さんにこれ以上迷惑をかける訳にはいきません。それに僕なら依頼を受けるか受けないかその場で即答出来ます。優奈の代わりは僕がやります」


「しかし…」


「音源は?」


「…あ…これ…です…」


カバンからフラッシュメモリーを出し震える手で差し出した。

それを受け取り


「お騒がせして申し訳ありませんでした。すぐに取り掛かりますのでこれで失礼します」


スッと立ち上がる。

それを追うように優奈も立ち上がると


「あ…あの……ごめんなさい…」


リビングを出ようとしていた勝也に声をかける。


「お前の失敗の尻拭いなら俺の頭ぐらいいくらでも下げてやる。俺が怒ってるのは、その頭をお前がお母さんに下げさせた事だ。お前が出来ないなら俺がやるしかないだろ」


それだけ言い残して勝也は出ていった。



 翌日もまた朝早くから仕事がある。

勝也の音楽活動をサポートするという自分にとって芸能活動よりも大事に思っていた仕事を取り上げられた事によって、一睡も出来ないまま泣き腫らした目を冷やしながら仕事に向かった。


今は勝也に電話をかける勇気もない。

それに家にいる間はずっとベースラインを作りこんでいるだろう。

声も聴けずLINEでの会話もないまま数日が経った頃


「…あれ……蘭…?」


仕事も終わりかけた夜遅く、蘭からのLINEが入る。


『何時になってもいいから電話ください』


何か大事な用事なのかと宿泊先のホテルに戻るとすぐに蘭に電話をかけた。


「あ、もしもし。ごめん遅くなって」


「お疲れ。今どこ?」


「東京だよ?ホテルに戻ったとこ」

「そっか、会いたかったけど電話でもいいや。今から話しても大丈夫?」


「うん、今は一人だから。どうしたの」


「聞いたよ。勝也の仕事飛ばしちゃったんだって?」


「……え?」


「今日勝也が電話を2つ持ってるの見て、聞いたらBFRのだって」


「…うん…」

「優奈はレコーディングの現場には行けないんだよね?」


「うん、さすがに顔出しちゃったらバレるからダメだって…」


「だったら誰が謝るの?」


「…え…」


「アンタが犯したミスの為に、アーティスト本人に頭を下げさせるの?」

「…それは…」


「何言われても反論できない状況に一人で行かせて、頭を下げて謝り続けて…そのあと普通に演奏なんて出来ると思う?」


「…………」


「BFRはアンタの会社だし弾くのは勝也だしあたしが口挟む事じゃないってのは分かってるけど…でもいくらなんでも勝也が可哀想に思えてさ」


「…うん…」


「あたしが行くよ」


「……え?!」


「その日一日だけあたしがBFRの看板背負って頭下げてくる。勝也がベースに専念できる場所を作るのがBFRなんでしょ?」


「…でも蘭にそんな事させる訳には…」


「ウチらミュージシャン仲間にとってアイツは希望なの。余計なトコでつまづいてほしくない。確かに『勝也』はアンタだけの彼氏だよ、でも言っとくけど『KATSUYA』はアンタだけのミュージシャンじゃないから」


「……っ!…」


確かにそうだ。

ずっと『勝也』のサポートをするという意識でいたがBFRに所属しているのは紛れもなくベーシストの『KATSUYA』だ。

この夏に勝也を取り戻せた時も、芸能人の『安藤優奈』ではなく『安東優奈』として見て欲しいと自分から言った言葉だった。


「……蘭…」


「それにあたしはクリスマスなんてな~んの予定も無いからさ」

「勝也は…なんて?」


「まだ言ってないよ、こんな話アンタの了解得てからじゃないと出来ないし」

「ごめん…蘭…」


「どうせ勝也に言ったって『お前なんか来なくていい』って言うに決まってるけど、無理矢理着いてってくるよ」


「…お願いします…」


蘭の申し出は本当にありがたかった。


仕事が休みでも芸能人である自分はそのスタジオに一緒に着いて行く訳にはいかない。

母が一緒に行くとは言ってくれたもののそれは勝也が頑なに断った。

たった1人でベースを担いでスタジオに行き平謝りに謝ってからレコーディングに入る姿がずっと頭に浮かんでいた優奈にとって、蘭の気持ちは本当に嬉しかった。


その時マネージャーから電話が鳴る。


「もしもし。お疲れ様です」


「お疲れさん。あのね、ちょっと悪いんだけど今度の24,25と2日間仕事入っちゃった」


「え?」

「休みたいってのは聞いてたけどさ、今回はちょっと大きめなんだよね。今後の事も考えると断るのもどうかなと思って…」


「…そ…そんな…」


確かに自分は何の役にも立てないものの勝也の行くスタジオの近くにいようと考えていた。

傍に居れなくてもせめて近い所で待っていたいと。


だがその最後の願いも断たれ


「…はい…わかりました…」


「ごめんね、じゃあそういう事で」


自分の失敗が原因で神様にも見放され、意気消沈のままボ~ッと一人ぼっちの夜を過ごす優奈だった。


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