185 大ミス ①
12月に入ると更に優奈の仕事が忙しくなった。
学校へ来れる日も少なくほとんどが東京での仕事のため泊りになる事も多い。
電話やLINEなどでしか勝也と話せていない中、それでも必死に自分が選んだ道を全うしていた。
ある土曜日の撮影現場。
朝早くからいくつもの新作を代わる代わる着せられて撮影をこなしていき、疲労もそこそこ溜まってきた頃
「いったんここでお昼休憩入りまーす!」
ようやく休憩に入った。
「ふぅぅ~……疲れたぁ…」
「楽屋の方にお弁当用意してますので」
「ありがとうございまーす」
楽屋に戻っていく途中も
「そういえば今日って土曜日だっけ…ちゃんと食べてるかなぁ」
こんな時でも勝也の心配ばかりが頭に浮かぶ。
楽屋に入るとマネージャーが
「よっ、お疲れ~。弁当美味しかったよ」
「先に食べてる…信じらんない」
笑いながら自分も弁当を取ろうとしたとき
「あ、そういえばカバンの中からずっとブーブー鳴ってたよ。電話かかってきてたんじゃない?」
「え…誰だろ…」
カバンへ歩み寄り中からスマホを取り出す。
そして画面を見ると…
「……え?」
母からの着信履歴が十数件入っている。
相当急ぎだったのだろうか…少しビビりながら
「ちょっと電話してきます…」
楽屋を出て人のいない場所まで移動すると母に電話をかけた。
「あ、もしもー……」
「ちょっと!アンタ今日勝也君にレコーディングだって事伝えてないの??」
「……えっ?」
「先方さんから何回も電話かかってきてんのよ!担当の人に何回かけても繋がんないって!!」
「え?…だって今日なんに…ち……あ…ああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
「あ~!じゃないわよっ!!勝也君にかけても出ないしアパート行ってもいないのっ!とりあえずアンタは先方さんにすぐ電話入れて!あたしは今勝也君探してるから!」
「ごっ…ごめんっ!!」
大急ぎで楽屋に戻りカバンからもう一つのスマホを取り出してみるとおびただしい量の着信履歴が表示されている。
そのスマホを持ち、また楽屋を飛び出してその番号に電話をかける。
「もしもしっ!あの…申し訳ありませんっ!!!」
「ちょっと…どうなってるんですかっ!!間違いなく引き受けてくださいましたよね?!今日がレコーディングだっていう事もお伝えしましたよねっ??」
「はい!それは間違いありません…申し訳ありません、こちらのミスで…」
「いつになったら来られるんですか?!スタジオはあと1時間しか無いんです!それまでに来て間に合わせてくれるんですかっ?!」
「あの…それが今本人と連絡が…繋がり次第すぐに向かわせますので!」
「連絡がって……ちゃんとベースラインは出来てるんですか?!」
「えっと…その…それも間に合わせるように…」
「来てから作るとかじゃないですよね?!KATSUYAさんの作り込むフレーズでないと弾かないっていう条件でしたよね?あと1時間…とにかく何とかしてくださいっ!」
「はいっ!すぐに連絡…」
まだ話している最中に電話は切られた。
そのまますぐに母に電話をかける。
「もしもしっ!勝也見つかった?!」
「ダメ、どこにもいないよ。車はあるけど部屋の中にもいないし携帯もつながりはするけど出ない。先方さんの方は?」
「それが…スタジオはあと1時間しか無いからそれまでに何とかしてくれって…」
「1時間って東京でしょ?今から向かったって…曲は勝也君に渡してあるの?」
「それも…まだ…」
「あなた何やってるのよっ!!」
「…ご…ごめんなさい…」
「あたしに謝ったって仕方ないでしょ!!とにかく勝也君がいそうなトコ探すしかないよ、どこか思いつくトコ無いのっ?!」
すると優奈を探していたスタッフが後ろから
「安藤さん、ちょっと打ち合わせの方お願いしまーす!」
と、声をかけてきた。
勝也のマネージャーをしているどころかBFRという事務所をやっている事さえも極秘なため待ってもらう訳にもいかず
「…え?…あ…えっと……は…はい…」
どうすればいいのか頭の中は整理もつかず
「…おかあさんごめん…先方さんの番号言うから…あとはお願いしていい?」
「あなた2回目だよ?ちょっと話し合わないとね…。いいよ、LINEで送って?あとは何とかするから」
「…ごめんなさい…」
母に全てを押し付けて優奈は自分の仕事へ戻った。
結局打ち合わせからそのまま午後の撮影へ入り夜になってようやく今日の仕事が終わる。
そこからマネージャーがずっと一緒だったため、宿泊先のホテルへ到着してからようやくまずは母へ電話した。
「…ごめんなさい…今日どうなった?」
「結局勝也君から電話来たのは3時ぐらいだったよ。先方さんにはもう今日は無理だって伝えたけど、電話はその場で切られちゃったから…」
「ごめん…」
「もう出てくれないかもしれないけど一応あなたから電話して?録り直しさせてくれるのかもう他の人に頼むのかとか…」
「…わかった。…あ、勝也は…なんて言ってた?」
「今すぐ行って謝るって言ってたけど…音源もないのにベース弾く事は出来ないからとりあえず引き止めた。それにこっちのミスなのに本人に謝らせる訳にいかないし」
「…怒ってた?」
「怒ってるとまではいかないけど…口数は少なかったよ」
母との電話を切るとすぐに今回のクライアントに電話した。
「…はい」
「あ、あの…BFRの安東です…この度は本当に申し訳ございませんでした」
「…はい」
「それであの…もし可能でしたら後日改めて弾かせていただけませんか?」
「ですが…」
「もちろん演奏料は頂きませんし日程やお時間等も全て合わさせていただきます」
「あの…今回の件はKATSUYAさん本人が忘れてしまっていたという事ですか?」
「え?…あ、いえ!本人の耳に入っていなかったというか完全に私のミスで…」
「だとしたら安東さん…あなたはKATSUYAさんの足を引っ張っているという事ですよ?」
「…え…」
「同じ業界にいる者として失礼を承知で言います。こういう事があれば信用を無くすのは事務所よりもまずアーティストです。一番表に出るのは本人なんですから」
「…はい…申し訳ありません…」
「あなた方から見ればたくさんある仕事の中のほんの一つかもしれません。ですが私どものような小さな事務所にとっては、それこそ社運を賭けたといってもいいぐらいの一大事業なんです。だからこそ借金してまでもKATSUYAさんや他にも大物アーティストさんにお願いしてようやくこぎつけたレコーディングなんです。今回リリースする楽曲に全てを賭けるつもりでいるんです」
「…はい…」
「今はKATSUYAさんに参加してもらったというだけで業界の目には留まります。だからこそ私達も何度も何度も必死にお願いして…」
「…申し訳ありません…」
「本当にもう一度信用させてもらって大丈夫なんですか?」
「え?…はい!それはもちろん!もしもう一度チャンスを頂けるのでしたら…」
「今度の24日の夜ギター録りがあります。スタジオ側にもう一つブースを抑えられるようにお願いしてみます」
「あ…ありがとうございます!必ず…必ず弾かせていただきますっ!」
もう一度チャンスを貰えた。
ウッカリという言葉では済まされない大きなミスだったがなんとか挽回できる機会が出来た。
大急ぎでスマホのスケジュールアプリにそれを打ち込もうと開いたのだが…
「……え…24日って……」
その日は12月24日、クリスマスイブ。
自分のスケジュールにもBFRのスケジュールにも『絶対仕事はしない!!』と赤文字で書き込んである日だ。
高校生最後のクリスマス。
来年からは2人とも社会人になり記念日やイベントなどを優先するのも難しくなるだろう。そんな想いから絶対に2人っきりで過ごそうと約束していた。
「…そんなぁ……」
一気に奈落の底に落とされた優奈。
意気消沈のままとにかく今は母に伝えることが先決だと電話をかけた。
「もしもし…」
「どうだった?」
「うん…もう一回チャンスくれるって」
「そう!良かったじゃない!」
「……うん…」
「どうしたの?かなり言われた?」
「それもあるけど…そのチャンスっていうのが24日なの…クリスマス…」
「…あら……」
「でもその日にギター録りあるからそこしか無理だって…」
「そう…」
それからしばらく沈黙があり
「ねぇ、あなた明日は帰って来なさいよ?」
「…まだわかんないよ、何時に終わるかにもよるし…」
「お父さんがね、絶対に帰って来いって。終電無くなるようだったら迎えに行くからって」
「…え?」
「もうこれ以上は無理だよ。あなたに勝也君のマネージャーは」
「ちょっと待ってよ、そりゃ今回は完全にあたしのミスだけど…」
「2回目だよ?」
優奈はつい先日も同じようなミスを犯していたのだった。




