183 Kou ②
蘭と2人で街に出るのは初めてだが、気心の知れた相手だけに久々に楽しい気分だ。
が、当の蘭は真っ青な顔で
「…うぇぇ~…吐きそう…」
「天下の蘭ねぇさんが何言ってんの(笑)」
「あのねぇ!あたしだって普通の人間なんだからね」
「え…そ、そうだったの?」
「…アンタじゃなかったらブン殴ってるトコだよ」
そうこう話しながら歩いているとついにKouの店の前へ到着した。
「…え…ここって…Kouさんの店だったの?」
「あ、そっか。蘭はあの時いなかったんだっけ。正確にはKouさんのお母さんの店だけどね。そのドア入ったらカウンターの中にKouさんいるはずだから。じゃあね~」
「…は?!ちょっとちょっと!アンタ何帰ろうとしてんのよっ!!」
「え?そりゃあたしは帰りますよ、蘭をここに案内しにきただけだもん」
「バッ…バカじゃないの?!あたし一人でなんて入れるわけないじゃんっ!!」
「だってあたしは久しぶりにアパートに帰…」
「そんな事許される訳ないでしょぉ?!責任取りなさいよっ!!」
「ちょっ…ちょっと!あたしはそれをずっと楽しみに…ちょっとぉ!!」
無理矢理腕を組まれ、強引に店内に引きずり込まれて行く優奈。
カランカラァン!
「いらっしゃ…おぅ、さっそく来たか」
「あ…あの!突然変なお願いしてしまって…すいません!!」
ペコッと体を直角に曲げて頭を下げる蘭。
だがその隣には
「なんにも変なお願いじゃ……ん?…優奈、なんでそんな不機嫌な顔して…」
「別にっ!!!」
そっぽを向いて明らかにふて腐れた顔の優奈だった。
二人並んでカウンターに座るとKouが温かい紅茶を淹れてくれた。
「で、聞きたい事って?」
「あ…あの…実は新しいkeyboard買おうと思ってて…それでちょっと色々教えてもらえたらなって…」
「へぇ、何狙ってんの?」
「RolandのPhantom7なんですけど…」
「おぉ!俺と一緒じゃん」
「そうなんです、だから実際どうなのか聞いてみたくて。安い買い物じゃないからちょっとビビってるんですけど…」
「あれは間違いないんじゃねぇかな、蘭レベルならあれぐらいの使った方が…」
「い…いえいえ、あたしなんてまだまだ…」
「あのさ、本気で選ぶんなら自分の実力はちゃんと認めろよ。萬壽釈迦の蘭って言ったら俺が知ってる中でも相当ハイクラスな奏者だ。変に謙遜して低いレベルの楽器なんか選んじまったら一瞬で後悔するぞ」
「…え…」
あのKouが直接目を見て褒めてくれた。
めずらしく蘭の目は感極まって潤んできている。
それから色々と特性や使い勝手の会話に花が咲き、完全に蚊帳の外になる優奈。
「ほらぁ…やっぱあたしいなくても良かったじゃんかぁ」
小さく囁いたそんな愚痴さえも2人の耳には届いていない。
完全に退屈モードに入ってしまった優奈。
スマホをイジってみたりしても暇つぶしにもならず、小声で
「ね~あたしもう帰ってもいい?」
「は?ブチ殺されたいの?」
「…はぁ~…」
「はは(笑)優奈にはあんま興味ない話だわな。ところで勝也は?」
「興味ないって訳じゃないんですけどね…今は島村さんトコ行ってます」
「ホントに…他に行くトコねーのかってぐらい入り浸ってるよな」
「頭の中にはベースしか無い男ですからねぇ」
すると蘭が質問を始めた。
「勝也って中学生の頃からあんなベースバカだったんですか?」
「そこだけは変わんねーな、それ以外は別人みたいになっちまったけど」
「…別人?」
「コイツのせいだよ」
Kouがアゴで差したのは優奈だ。
「あ~…納得です(笑)」
苦笑いの優奈も含めた会話になってきて、蘭の表情からも緊張が取れてきた頃
「そういえばKouさんっていつぐらいからあんな3台もいっぺんに使うようになったんですか?」
「いつってブランカ手伝うようになってからだよ」
「…え?」
『手伝う』という言葉に少しだけ違和感を覚えたもののよく考えてみればKouはあの6人の中で唯一正式メンバーではなくサポートだった。
普通に一緒にいて普通に接してきたが、改めて考え直してみると思わず優奈の口から
「Kouさんってどうして正式メンバーにならなかったんですか?」
「ん?…まぁホントの事言うと最初は手伝う気すら無かったんだけどな」
【ブランカが結成されて少し経った頃…
まだ平蔵もケンカ三昧でBanもモノも言わない男だった頃の話。
「やっぱツインソロにするとどうしても音が薄くなるよなぁ」
「そりゃバッキングが消えたらそうなるだろ」
結成当初はJunか平蔵のどちらか1人がギターソロを弾き、もう一人はリズム隊と一緒にバッキングを担当していた。
だが作曲するJunの頭の中にはどうしてもハーモナイザーではなくちゃんと2本のギターでハモりたいという想いがあり、実際それをやってみるとそれまでのバッキングが消えた途端に少しだけ音圧が下がるという難点が生まれた。
Banの腕前は文句ナシ。
Halleyのベースも決して貧弱なモノではない。
だがどうしてもソロ部分になると少し違和感が出てくる。
「なんかもう一枚ぶ厚い層が欲しいんだけどなぁ」
「ソロの時だけベースのボリューム上げてみるか?」
「そういう感じじゃねぇんだよ、音の大きさじゃなくてなんかぶ厚さっていうか」
「けど5人で出すにはそれが限界って事じゃねぇのか」
「う~ん……5人で……ん?5人?」
「…?」
「もう一人メンバー入れるってのは?」
「…は?」
「例えばキーボードとかさ、もう一枚違う音重ねりゃ…」
「待て待て!そう簡単に言うけど俺はそっちの知り合いはいねぇぞ」
「みんな知ってるヤツでキーボードいねぇの?」
Junを含め、鍵盤奏者に知り合いはいなかった。
「ヨソから引っこ抜く訳にもなぁ」
「まず一番に性格的なモンが合わねぇと色々面倒な事も起きそうだしよ」
面倒という言葉で視線が平蔵に集中する。
「…なんで俺を見んだよ」
「ま、ウチはやってて楽しいってのが第一条件だからさ。無理に入れなくてもこのメンバーで出来る一番楽しい事やってりゃい~んじゃねぇの?」
ほぼ全ての作曲を担当しているJunの希望は受け入れてやりたかったが、楽しいというのが大前提で無理に上を目指している訳ではないという想いはみんな共通だったためいつしかそんな話題も出なくなっていった。
そんなある日
「今度の対バンってなんてトコだっけ」
「え~っと…『flap crony』だって」
「聞いたことねぇな」
「最近出てきたバンドみたいだぞ。インストだってさ」
「インストぉ?ボーカル無しかよ…聞いてる方は退屈じゃねぇの」
「けど歌が無い分ごまかし効かねぇからなぁ。ヘタに手ぇ出せないジャンルだろ」
そのライブ当日、ハコ入りの時間に楽屋で初めて対面したflap crony。
「おはようございまーす」
「お…おはようございます」
「うわ…ブランカだ」
もうすでにそこそこの知名度になっていたブランカ。
結成して間もないflap cronyも緊張の面持ちだったのだが
「あ、おはようございます。えっと…ブランカさんはKey無しですよね、そのままステージ上に楽器置いたままだと邪魔になりますか?」
「あ、下手ですか?平蔵の後ろだからそこなら大丈夫ですよ」
唯一Kouだけは面と向かって会話できる男だった。
そして逆リハの為、後攻のブランカからのリハとなる。
そのリハが終わると
「…やっぱ音ブ厚いですよね」
「ホントですか?ありがとうございます」
他のメンバーはなんとか仲良くなろうと褒めちぎってくる中
「けどギターソロの時少しだけ音圧下がりますね、何かもう一枚ぐらい被せた方が…」
「……え?」
以前話題になっていた弱点をKouはたった一度のリハを見ただけで言い当てた。
そこが一番の問題ではあったが、逆にそこを指摘してくる人間もいなかった。
呆気にとられたブランカの視線を気にすることなく自分の準備を始めるKou。
そしてflap cronyのリハが始まる。
「すげぇ…このバンド相当上手いぞ」
敢えてボーカルを置かないインストバンドで勝負してくるだけあってメンバーそれぞれが相当なテクニシャンだという事がわかる。
だがその中でも飛びぬけた男がいた。
「あのキーボードめちゃくちゃうめぇ」
「あぁ、それぞれかなり上手いけどあのキーボードが全部まとめてるって感じだ」
「あいつ…欲しいな」
「…は?」
「あぁいうのがいれば相当幅は広がるし、なにより上手い」
「けどあいつはflap cronyの核だろ」
「ダメ元で声かけてみるか」
ライブ前の楽屋でちょうど2バンドのメンバーだけになる時間があった。
そしてSyouの口から相手のメンバーへとその内容が告げられると
「え、Kouを…ですか?」
「はい、もし良かったらウチで弾いて貰えないかなと思って」
「すげぇ…ブランカに?」
「相当な腕ですよね。すごく気に入っちゃって」
flap cronyのメンバーも自分達の仲間がブランカに誘われていることに驚きを隠せないでいた。
だが当の本人は
「悪いけど無理だよ。まだウチも組んで間もないし、まだまだこれから…」
「…お前ブランカだぞ?しかも向こうから…」
「相手がドコだろうと関係ねぇだろ。俺はお前らとやっていきたいからflap crony作ったんだ。それにライブとかかち合っちゃったりしたらメンドくせぇし」
言葉の端々からKouもただ売れたいわけではなく人との繋がりを大事にする男だと言った匂いがプンプンする。
「あの、だったらスタジオだけでも…」
「え?」
「俺達は別に売れたいとか有名になりたいとかがメインじゃないんで…ただこのメンバーでやんのが楽しいってだけなんです。だからもし時間取ってもらえるんなら、スタジオで一緒に遊ぶだけでもダメですか?」
「あ……えっと……」
ただライブをやるのに音のパーツとして自分のキーボードを欲しがっているのだと思っていた。
これだけ勢いもあり人気急上昇中のブランカだが、バンドに対する思いはひょっとしたら自分に似ているのかも…と思い始めた。
「…考えときます」
そしてライブが始まる。
結成してまだ間もないflap cronyだが、その玄人受けするテクニックはすでに結構な集客力だ。
しかし自分達の後に出たブランカを見てKouの目の色が変わる。
「こいつら、ホントに楽しそうに演るんだな」
圧倒的な音圧とそれぞれのテクニック、そして何より楽しそうなメンバーを見てブランカへの見方が少し変わりつつあった。
まだ警戒心が抜けきっていないKouだったが、それよりflap cronyのメンバーがブランカと意気投合してしまい合同で打ち上げをやろうという話になった。
打ち上げ会場の居酒屋ではそれぞれ各パートごとに分かれたような盛り上がりになり、口数の少ないBanもドラマー同士の話に花が咲いていつもより明るい表情だ。
そして必然的にたった一人のボーカルSyouとたった一人のキーボードKouが余る。
かなりよそよそしさも取れて2人で話し始めると
「ブランカってホントに楽しそうに演るんだね」
「まぁバカばっかりだからね(笑)」
「どんなバンド目指してんの?」
「…別に目指すところなんて無いよ。いつまでもこのメンバーでやっていけたらいいなって、それしか考えてない。けどもしいつかメジャーとかの話が来たとしたらその時は解散しようって約束してんだ」
「…え?」
「自分達が楽しいから見に来てくれる人も楽しませられるんだろ?それがやりたい事を制限されるような状況じゃ100%のライブじゃなくなる。それだったらやる意味ないしね」
「…あ……」




