18 killer
年末、入学して初めて勝也が実家に戻る時期になった。
数日間の帰省だが大晦日から正月は離れ離れになる。
カバンに下着や着替えを詰め込んでいる勝也の横で手伝いもせずにふて腐れた顔をしている優奈。
「…ねー…なんで一緒に行っちゃダメなのぉ?」
「だから何回も言ってんだろ?お前はお前の家族との正月ってのがあるじゃねぇかよ。すぐに帰ってくるから」
「すぐって言ったって大晦日もお正月もいないじゃん…初詣とか初売りとか色々行きたかったのにぃ」
「帰ってきたら付き合うから大人しく待ってろ」
「大人しくかどうかはわかんない」
「…キレられてぇか?」
「だってぇ…」
「ほら、もう出るぞ」
「…ぶぅ!」
不機嫌な顔をして立ち上がる優奈。
勝也もまた両親や地元の友達に会うためだと分かってはいるのだが…
「あ、そうだ。お前にちょっと預かってて欲しいモノあんだけど」
「…何?」
「コレ」
ガッと掴んで優奈の前に出したのはケースに入ったままのkillerのベース。
「…え?」
「あんな帰省ラッシュの人混みの中に持っていきたくねぇし、かといってこの部屋に放置しとくのもヤだし。ちょっと預かっといてくれ」
「…ちょ…それはちょっと…」
「なんで?コレ触っていいのはお前だけなんだからお前にしか預けられないんだけど」
「いや…でも…」
「そっか。じゃああの人混みの中持って帰るしかないか…壊れても仕方ねぇな」
「ダメ!壊れたりしたら…」
「んじゃ、はい」
また突き出されると渋々…しかし嬉しそうに受け取る。
「責任持ってお預かりします」
ベースは一旦部屋に置き、駅まで行くことになった。アパートの前で見送ってくれればいいという勝也だったがそこは頑として譲らなかった。
肩から掛けたカバンをしっかりと掴んでついてくる優奈に
「そこ持ってたら重いんだけど」
そういって自分から手を繋いでいく勝也。
駅まで着くともうすでにジワッと目を潤ませている優奈に
「着いたら電話するわ」
「うん…ちゃんと帰ってきてね?」
「帰ってこれたらな」
「もぉ!ちゃんと言ってよ!」
「冗談だよバカ。すぐ帰ってくるから待ってろ」
帰省ラッシュの人混みの中だがほっぺに軽くキスする。
「ご両親と姉ちゃんによろしく言っといてくれ。んじゃな」
最後まで繋いでいた手を離すと一人で改札を通り人混みの中に消えて行った。
その背中が見えなくなった途端にポロッと涙をこぼす。
さっそく寂しくなってくると急いで来た道を戻り一目散に勝也の…いや、2人のアパートを目指す。
アパートに一人入ると余計に寂しさもこみ上げてきたものの、それを振り払うように掃除や片づけを始めた。
大掃除だ。時間をかけて部屋中を綺麗に仕上げ洗濯物も畳んでタンスにしまう。
そして今朝まで2人で寝ていたベッドにゴロンと横になるとまたジワッと目が潤んできた。
「…逢いたいなぁ」
ムクッと起き上がると自分が来ていた服を脱ぎ勝也のタンスを開け、中から服を取り出して着てみた。
勝也の匂いに包まれると少しだけ落ち着いた。
「よし、あとはこのコを連れて帰らなきゃ」
Killerと書かれたベースケースを肩に担ぐ。
相変わらず実際の重さ以上の重量を感じながら片手にギタースタンド、もう片方の手に自分のカバンを持ち肩からベースを下げて歩いて帰った。
そのまま自分の部屋に直行するとさっそくケースからベースを取り出しスタンドに立てかける。
それをマジマジと眺めながら
「すぐ帰ってくるって言ってたからしばらくここでガマンしてね」
まるで生きている相手のように話しかける。
あのブランカのKATSUYAのベースが今ここにある。
誰も触ることを許されない、あのステージで自分の分身のように勝也が弾いているベース。
いつまで見ていても飽きない自信があった。
ふと気づいたように1階へ走って降りると、自分の部屋に入る可能性のある両親や姉に今自分の部屋に勝也のベースが置いてある事、そしてもしそれに指一本でも触れようものならマジギレする!といった注意事項を何度も何度もしつこいほど伝えた。
翌日の30日。
いよいよ明日で今年も終わる。勝也とは電話やLINEで話してはいるもののやはり寂しさは拭えないでいた。
勝也のベースの写メを撮ったりしているとみさからの電話。
「おーう、旦那がいなくて退屈してんでしょー?」
「はは…お見事」
「ねー明日遊び行っていい?ありさと千夏も」
「いーよ。なんか4人って久しぶりだねぇ」
「久しぶりって誰のせいだと思ってんのよ」
「あ…失礼しました」
翌日3人がやってきた。玄関まで迎えに出ると
「あれ?泣いてない…寂しくてずっとメソメソしてんのかと思ってたのに」
「もう涙も枯れましたよーだ!」
「お邪魔しまーす」
久しぶりに4人集まり優奈の部屋へ上がる。
すると即座に
「えー?!コレって勝也のベースじゃないのぉ?!」
「うん…実家帰る間預かっててくれって」
「スゴーい!ホンモノ?」
「当たり前じゃん(笑)」
「ねぇねぇ、触ってもいい?」
「ごめん、それだけは勘弁して?あの人このベースだけは絶対誰にも触らせないんだ」
「…へー♪」
それを聞いてニヤニヤした目で優奈を見る3人。
「な…何?」
「その誰にも触らせないっていう大事なベースをアンタには預けるんだ?」
「あ…えっと…」
「あームカつく!なんで優奈のトコにしか幸せをくれないんだ神様はぁ!」
みんな大爆笑となった。
それから母に用意してもらったジュースやお菓子で盛り上がっていると
「ねぇ、コレってkillerっていうメーカーなんでしょ?高いのかなぁ」
「うん、killer。この勝也のは安いほうだよ?定価だと9万円ぐらい」
「それでも9万もするんだ?」
「コレはランコアって言うんだけどね、同じカタチでもこの上のクリミナルとかになると高いのは45万とかだよ?違うカタチとかだと100万ぐらいするのもあるし」
「100…ベースってそんなにするの?!」
「買ってからも色々かかるしね。このランコアはここのピックアップ…この四角いヤツね?これをフロントをセイモアダンカンにしてリアをバルトリーニっていうのに変えてあるの。で、ここのバランサーを…」
「ちょ…ちょっと待った!何語しゃべってるのか全然わかんない!っていうかアンタなんでそんなにベースに詳しくなってんの?」
「あ…えっと…えへ♪」
「えへ♪じゃねぇよっ!何?色々聞かされてんだ?」
「ううん、自分で勉強した。最初の頃…まだ全然相手にしてもらえなかった頃ね?そのころに楽器屋のおじさんに教えてもらったんだ。勝也はベースの話題になったら急にたくさんしゃべるようになるよって。それで本とかネットとかで調べた」
優奈のベッドの枕元にはあの時島村に貰ったkillerの本がボロボロになるほど読みこまれた状態で置いてあった。
「へー、じゃあもしあたしが先にベースの事調べて勝也に話しかけてたら…」
「それはホントにヤバかったかも(笑)」
「ちくしょー!先に気付くべきだった!」
また大爆笑になるが
「でもさ、もし相手が優奈じゃなくてウチらだったらムリだっただろうね」
「なんで?」
「そりゃそうでしょ。ウチらはアンタみたいにあんな一途に一生懸命耐えられなかったと思う。あんた、あいつと出会ってから変わったもん」
「ホントホント、もう別人だもんね」
「そ、そんな事ないよ…」
「気づいてないのは本人だけか(笑)」
それから語り始める優奈。
「でもさぁ…ホントに嬉しかったよ。あの人、今までこのベースだけは誰にも触らせなかったんだって。ケースに入れてからなら機材運搬の時に少しぐらいは触ったりもするだろうけど、でもこの本体だけはメンバーも触った事無いんだって。それほど大事にして思い入れがあって。…勝也が弾いてるとね?このベースとホントに会話してるみたいに見える時があるの。部屋で弾いてるだけでもそこには入っていけない壁みたいなのを感じる時あるんだ。正直言ってこのベースが憎かった時もあったもん」
「…ベースにまでヤキモチ?」
「だって声かけても全然気づいてくれない事だってしょっちゅうあるんだよ?」
「そりゃ仕方ないでしょ。あんなに凄いベーシストだもんね」
「ね、写メぐらいなら撮ってもいい?」
「そんぐらいならいいんじゃない」
それを聞くなり3人ともスマホを取り出すとあらゆる角度から写メを撮り始めた。
そしてくまなく隅々まで撮っていた千夏が
「うわ…うわうわうわ!…ヤッバ…鳥肌たった」
「え、どしたの?」
「これって…多分シリアルナンバーかなんかだよね」
「ん?どれどれ」
千夏が見ていたヘッドの裏部分、そこを覗き込んだありさも
「うわ…怖っ…これって…」
「え?なに?…なんかヘンな事になってる?!」
飛びつくように優奈もヘッドの後ろを覗き込む。
するとそこに書かれていたナンバーは
「…0…2…1…7…」
「はぁ?!…優奈の誕生日じゃんっ!!」
それを見て呆然とする3人、そして両手で顔を覆って泣き始める優奈。
「やっぱ優奈じゃなきゃダメだったんだ。こればっかりは「運命」としか思えないよね…」
年が明けた3日。
明らかに焦った様子の優奈が駅の改札を通っていた。入場券を握りしめてホームへの階段を駆け上がるとちょうど電車もホームに入ってきたところだった。
予定よりも一日早く帰ってくると連絡があったのは昨日の夜。
それから嬉しさのあまりなかなか寝付くことが出来ず、うたた寝してしまったのは明け方だった。
寝坊してしまったもののギリギリなんとか電車の到着時間には間に合ったが何両目に乗っているのか聞くのを忘れていてキョロキョロと探す。
すると後ろから頭をポン!と掴まれて
「ドコ探してんだお前」
振り返るとそこに逢いたくてたまらなかった顔があった。
無意識に思わず飛びかかるように抱き着くと
「おかえりー!!」
「ただいま」
歩きにくいほどにぴったり腕にしがみついた優奈と2人でアパートに帰る。
「あれ…なんかすっげぇ綺麗になってない?」
「そりゃあ頑張りましたよあたしは」
「そっか、じゃあお土産やる」
地元で買ってきた和菓子や優奈の実家への土産などをたくさん出してきて
「あとコレも。ウチのお袋から優奈にだってさ」
「…え?…え?あたしに?…勝也のお母さんが…どうして?」
「そりゃぁ彼女が出来たぐらいは話すでしょうよ」
「えーー!!話してくれたのぉ?!」
「そしたら顔見たい!ってなって仕方ないから写メ見せて…」
「えーー?!どれ?…どれ見せたの?!」
「コレ」
勝也がスマホを開いて見せたのは、うたた寝している優奈を隠し撮りした写メ。
「ちょっとぉぉ!!信じらんないっ!よりによってこんな…」
マジギレ顔の優奈だが
「そうか?俺は結構気に入ってんだけどな、可愛いし」
「え?…あ…えっと…」
急にポッと赤くなる。
「お袋が今度帰ってくるときは連れて来いって」
「ホントに?…いいの?」
「なんか色々話したいんだってよ、俺の悪口だろうけど」
「…仲良くなれそう(笑)」




