17 スマホ
夢のようなクリスマスを過ごした仙台から地元に戻る。
冬休みの間は二人ともバイトを出来るだけ昼型シフトに変更してもらい、夜は極力一緒に居られるように合わせていた。
涼子の経営するalesis本店では優奈が働くようになってから爆発的にお客さんが増えたという。優奈に憧れる女子はもちろんだが圧倒的に男の客が増えており、営業スマイルではあるが優奈が笑顔で自分の目を見て話してくれるという男性にとっては夢のような店だからだ。
今日も一日精一杯働いている優奈を涼子も笑顔で見守る。
「アンタよく頑張るねぇ、今月から時給上げてあげるよ」
「ホントですかぁ?!やった!あたし欲しいものあるんです」
「へー、なぁに?」
バイト中はオーナーとバイトという関係性のため敬語で話す優奈。
「えーナイショです」
「どーせ勝也に何か買ってあげるとかでしょ」
「いえ、これだけは自分用に」
「ありゃ珍しい。勝也におねだりしてみれば?誕生日とかに」
「あ…誕生日って…」
迂闊だった。
もう付き合って3ヶ月近くにもなるが勝也の誕生日を知らない。
逆にもちろん優奈の誕生日も勝也は知らないだろう。今日帰ったら聞いてみようと決心した。
優奈が欲しいもの…それはkillerのベース。
どうしても勝也と同じ黒のランコアを自分の部屋に飾りたかった。
だが弾く事のないベースを買うなどと言い出せば勝也は怒るだろうと思い秘密にしていた。
毎回バイトが終わると客の男性から色々声を掛けられる。
「バイト終わりなら少し話しませんか?」
「よかったらお茶しに行きませんか?」
から
「今からご飯食べに行こう」
といった厚かましいものまで。
それらの声掛けに全て「彼氏がいるのでごめんなさい。」と丁寧に断り、小走りに駅へ向かう。一刻も早く勝也のアパートに着きたい一心である。
電車を降りると駅前のスーパーで買い物をしてからバスに乗り、降りるとほぼ駆け足でアパートに到着する。
「あれ…ただいまー」
「おう、おかえり」
今日は勝也の方が早かったようだ。
スーパーの袋を見ると
「お前買い物してきたの?今日は俺の方が早いっつったろ」
「えー!聞いてない!」
「…言ってなかったっけ」
「だったら向こうで会えたじゃん!」
「言ってなかったかなぁ…」
伝えたという自信が無くなってきた勝也。今日は自分の方が早かったため晩御飯を作っていたのだった。
「まぁいいや。これは明日のご飯にしよ」
買ってきた食材を冷蔵庫にしまうと
「着替えてくるー」
バイトの日は帰りにここへ寄り夕飯を一緒に食べて夜遅くに帰る。
冬休みに入ってからはそんな生活だった。
居酒屋の厨房で働く勝也はさすがに料理も上手で優奈の作れないようなメニューも作ってくれる。
「勝也のご飯食べるたびに自己嫌悪が…」
「は?なんで」
「だってあたしにはこんなの作れないもん」
「俺はお前が作るメシの方が好きだけど」
こんな一言が優奈の気分を良くさせる。
そして片づけも終わり数時間後…勝也の腕枕に頭を預け抱き着いている優奈に
「なぁ、毎日家に帰るの遅いけどたまにはバイトからそのまま家に帰ったりとかもした方が…」
「え…ここに来ちゃダメって事?」
「そういう意味じゃねぇよ。ただ家族との時間っていうか、毎日だと全然会ってねぇだろ」
「…なんでそんな事言うの?…学校がある間は昼間しか会えない日だってあるんだから休みに入った時ぐらいいいじゃん!」
「そりゃそうだけど、せっかくあんな事言ってくれたお父さんとも最近全然話とかしてねぇだろって事だよ」
「…勝也は会えない日があったって平気なんだ?毎日毎日あたしが来るのがだんだんメンドくさくなってきたんだ?」
クルッと背中を向ける。めずらしく優奈が口答えしケンカの雰囲気になってしまった。
「いう事聞けねぇのか?」
「………」
「そっかわかった。じゃあ勝手にしろ」
ムクッと起き上がるといきなり服を着始める勝也。
それは部屋着ではなく外出用で
「…ドコ行くの?」
「………」
「ねぇドコ行くの!」
「うるせぇな!」
部屋から出ていこうとする勝也の背中に向かって
「だって会ってないと不安なんだもん!いつでも連絡取れるわけじゃないし、勝也がここから外に出ちゃったら帰ってくるまでドコで何してるのかもわかんないんだもん!…今日だって帰ってくるまで早上がりなの知らなかったし…だから一緒にいられる時間はずっと一緒にいたいって…そう思っちゃダメなの?!」
最後まで聞こえたかどうか、勝也は出て行ってしまった。
一人残された部屋で毛布にくるまって泣く優奈。
結局その日勝也が帰ってくる事はなく一人寂しくアパートにカギをかけて家に帰る事になった。
それから2~3日優奈がアパートに来ることは無く連絡もない。
怒っているのかスネているのか、どちらにしても今まで連絡が途絶えた時はロクな事がなかった。
「ったく…アイツは0か100しかねぇのかよ」
翌日、居酒屋のバイト終わりにalesisに行ってみた。
ごった返す店内を外から覗いていると、気づいた涼子が慌てて飛んできて腕をガシッと組み強引に通りの端っこに連れていかれる。
そしてものすごい至近距離で
「ちょっと!アンタがいきなり店入ってきたら大騒ぎになるに決まってんでしょ?!変装ぐらいしてきなさいよ!」
「な、なんだよ…別に俺の事知ってるヤツなんて…」
「そういうトコ、ホンットSyouにそっくり!いい?あたしの店だからって来てくれるブランカのファンもいっぱいいるの!そんなトコに入ってきたら…アンタそういうの一番嫌いでしょ?」
「あ…そういう事」
「で、何の用?優奈ならもう帰ったよ」
「あ、そーなんだ。じゃあいいや」
「ケンカでもした?ここ2~3日優奈もちょっと元気ないみたいだけど」
「…別に」
「アンタに怒られた時の優奈はこの世の終わりみたいな顔になるからね。そこまで行ってないって事は今回はアンタが怒らせたんじゃないの?あの子はアンタの事しか頭にないんだから、もうちょっと女心考えて優しくしてあげなよ」
「女心ったって…何をどうすればいいのかわかんねぇもん」
「誕生日に何か買ってあげるとか…なんか欲しいものあるみたいだよ」
「誕生日?あいつの誕生日って…いつ?」
「はあぁ?!アンタ自分の彼女の誕生日も知らないのぉ?!信じらんない…ちょっと待ってな!」
店の中に駆け込んでいく涼子。しばらくして戻ってくると
「2月17日!履歴書見てきた。あと1か月半ぐらいでしょ、何かしてあげな」
「ふーん…わかった。サンキュ」
帰りの電車の中、しばらく考え込む勝也。そしてアパートに着くが今日も電気はついていなかった。
荷物を置くとすぐに電話を掛ける。しばらく呼び出し音が鳴った後
「……もしもし…」
「あ、俺」
「…うん」
「まだスネてんのかよ」
「だって勝也が来るなって言ったんじゃん」
「来るなとは言ってねぇだろ」
「でも…あたしだけ残して出てった」
「それは悪かったよ」
「いいよ別に。……どうしたの?」
「明日もバイトだろ?何時まで?」
「…6時」
「じゃあ終わったら待ってろ」
「え…ドコで?」
「駅前。俺明日は島村さんトコだから6時半までには行ける」
「…いいの?」
少しだけ声が明るくなった優奈。
「ナンパとかされんなよ」
「うん、隠れとく」
翌日、6時20分ぐらいに駅前に着くと優奈の姿は無かった。
「あれ」
キョロキョロ探していると後ろからドン!と肩で体当たりされる。
「わっ!びっくりしたぁ」
「隠れとくって言ったじゃん」
実際駅前に立っていたら間違いなく何度もナンパされただろう。そのぐらいの自覚はある優奈。笑顔は見せているもののどこかぎこちない顔を見て
「ちょっと付き合え」
そう言って歩き始める。後ろをトコトコついてくる優奈が
「ドコいくの?」
「いいから黙ってついてこい」
少し歩くと駅の向かい側にある携帯ショップに入る。
「…え?…え?」
驚く優奈には見向きもせずに店員に話しかける。
「すいません、携帯買いたいんですけど」
「え…ちょっと…誰が?」
「俺」
「…ウソ…なんで?」
「どれがいいとかわかんねぇから選んでくれ」
「ちょ…ちょっと待って!ちょっと来て」
店員に謝って一旦外に出る。
「なんだよ、店員さんに悪いだろ」
「何?なんで急に…どうしたの?」
「連絡取れないのがイヤなんだろ?」
「そうは言ったけど!でもだからって…」
「俺が携帯持てば解決するじゃん」
「でも携帯は…」
前に涼子に聞いた『例の女に携帯を持たされていた』事を気にしていた優奈。
それを聞いたからこそ勝也に携帯を持って欲しいと今まで言えなかったのだ。
「い、いいよ…そんな無理に持たなくたって」
「俺が欲しいんだよ」
「え?」
「俺だっていつどこにいてもお前の声聞きたくなるし2人の写メだって撮りたいし、LINEだっけ?そういうのとかもしたいし」
「ホ…ホントに?」
「さっきみたいに待ち合わせとかも出来るだろ」
今までのぎこちなさが消えパァッ!と明るい表情になった優奈。
その目には涙が溜まっているものの
「わかった!じゃ、あたしと同じヤツにしよ」
今度は優奈が勝也の手を引いて店に入っていく。
プランだのギガ容量だのチンプンカンプンな話は全て優奈に任せ、ただ黙って言われたところに言われた事を書いていくだけの勝也。
そして1時間ほど長々とかかった契約にイライラし始めた頃ようやくスマホを渡された。
店を出て優奈の方がウキウキしている帰り道
「寄ってくか?」
「わざわざ聞く?」
「…ですよね」
携帯ショップを出て以来勝也のスマホはずっと優奈の手にあり、色々と設定やLINEなどのアプリのインストールをてきぱき続けている。
結構な時間のため今日の夕食はコンビニで適当に買って帰った。アパートに着いてもまだいろいろ操作している優奈に
「よくそんなに早く色々と出来るよな。俺使いこなせんのかな…」
「大丈夫。全部あたしがやったげる」
そういうとアドレス帳に一番に自分の番号やメールなどの情報を打ち込み、自分のスマホにも勝也の番号をやっと登録出来た。
そしてこっそり自分の誕生日も入れたところで
「あ!そういえば勝也の誕生日っていつなの?」
「10月17日」
「…10月17………え………10月っっっ?!」
「うん。ダメだった?」
「10月ってもう付き合ってたじゃんっ!!」
「そうだっけ…あぁそうだな」
「信じらんないっ!!普通「今日俺誕生日」とかって言わないっ?!?!」
「だって気づいたら過ぎてたんだもん」
「あーもぉっ!ホンット信じらんないっ!2か月以上も前じゃんっ!」
「ご…ごめん…」
「どぉしてくれんのよっ!彼氏の誕生日祝うのってすっごいイベントなのに…」
今にも泣きだしそうな顔になってきた優奈にさすがに慌て
「悪かったってば」
「……許さない」
「じゃあどうすればいいんだよ」
「知らないっ!」
「わかった、じゃあこうしよ」
「何?」
「2月17日、俺も一緒に祝って」
「え?…それってあたしの…」
「2人分、2人で一緒に誕生日しよ」
「…え?…え?なんであたしの誕生日知ってんの?!」
「ナイショ」
「ズルーい!教えてよー!」
すっかり笑顔になりはしゃぎだす。そこからはまた今までのように2人っきりの時間を楽しんだ後…
2~3日しか空いていないのだがずいぶんと久しぶりのようにベッドに横たわる2人。
「なぁ、よく考えたら俺と優奈の誕生日って月は違うけど同じ日なんだな」
「ん?…ホントだぁ!17日と17日!」
「毎月17日にパーティしときゃウッカリ忘れる事ないんじゃねぇか」
「それ、忘れる前提で言ってない?」
また上に乗ってくる優奈。胸のあたりに顔を横向きにくっつけて
「ねぇ…明日も来ちゃダメ?やっぱり毎日逢いたい…」
「何のためにスマホ買ったんだ?」
「そうだけどやっぱ顔見たいもん」
これほど一途に想い続けてくれている優奈。その想いは勝也も同じだが…優奈の両親の優しさをはき違えるわけにはいかない。
しばらく考えた後ニコッと笑い
「ここに一緒に住むか?」
「……え…」
パッと顔を起こし驚いた目で見つめてくる優奈に
「今は月に2~3回ぐらいだろ?ここに泊まるの」
「うん」
「それはここに外泊してんだよな」
「…うん」
「だったらこれからは実家に『外泊』しろ。それで月に2~3回だけ『帰って』来いよ」
「それって…」
「ままごとみたいかもしれないけど、気持ちだけでもいいから俺と一緒にここに住んでるって思っとけ。そしたら寂しくないだろ」
「…同棲?」
「あぁ」
涙を隠すため胸に顔を押し付けてくる優奈。
確かにままごとかもしれない。
だが人目を気にせず自分たちの幸せを大事にしてくれる勝也らしい提案が嬉しかった。
「うん…ここに住む」
涙声でそう答えボロボロと涙をこぼしながらキスしてくる。
そして少し顔を離すと
「じゃあここにあたしのものがもっと増えてもいいんだよね」
「寝る場所ぐらいは残しとけよ?」
今までと何も変わらないが、2人の同棲が始まった。




