140 Banと紗季 ①
「ねー、ツアーミュージシャンって事は日本全国行くの?」
「どうだろうね…あんま同じトコ固定でずっとやるつもりは無いみたいだけど」
「だったらツアーで地方回るってよりかは単発の方が良さそうじゃん」
「ま、Banクンにドラム叩いて欲しいって人がどれぐらいいてくれるかだよね」
「それは心配ないんじゃない?だってBanさんだよぉ」
「確かに…平蔵レベルだってもうすでに声かかってるぐらいだし」
「…平蔵レベルって、すっごいレベルですけど(笑)」
「でも忙しくなったり地方行くような仕事とか増えたらなかなか会えなくなるんじゃないの」
「そこは耐えるしかないでしょ」
「最初の頃みたいに?」
「わははぁ♪あったあったぁ(笑)」
「…げ!余計な事思い出させんなっ!!」
「あ~!あたしそこまだ聞いてない…紗季ちゃんとBanさんの馴れ初めってやつでしょぉ」
「き…聞かなくていいっ!!」
「え~!聞きたい聞きたいっ!!」
男たちが盛り上がっている横でいつもの女子会のように盛り上がっている彼女達。
そしてその話は、まだ優奈が聞いたことのない過去へと遡っていく。
【みぃが文字通り体を張って平蔵を守ったあの事件から数か月後。
本当に生まれ変わったかのようにギターと正面から向き合い、ケンカをする事も無くなり、そしてもう既にみぃの尻に敷かれ始めていた平蔵。
だが元々Junが言っていたように恐るべきセンスを持っていただけあって本気で取り組み始めると瞬く間にその実力を発揮し始めていた。
「…あの音ってホントに出せるんだ」
「ん?」
「この曲作った時にさ、こんな音のリフから入ったらカッコいいだろうなぁって思いながら作ったんだけど…まさかホントに出してくるとは思わなかった」
「あぁ、平蔵の音か」
「ホンットにあいつって気持ち悪いぐらい凄ぇギタリストだよな」
「…それってホメてんのか?」
スタジオリハの休憩中、平蔵がトイレに行っている間の会話だった。
「それならいっそのことカウント無しで入ってみるとか」
「それだとBanが頭の拍数取りづらくねぇ?」
「どうだ?Ban」
「ん…別に俺はどっちでもいーよ」
「………そっか……」
当時のブランカの中で一番の荒くれ者だった平蔵が真剣に音楽に向き合い始めると、また次の悩みが出始める。
その実力自体は相当なモノであるBanだが、どうにも『真剣さ』と言う部分では意欲が感じられないのだ。
作曲したJunやボーカルのSyouが出す要求には求めた以上のクオリティを返して来るのだが、あくまでも『言われた通りにやっているだけ』といった姿勢にも見える。
自ら意見を出すことなどまったく無く、考えを聞かれてもほぼ『俺は何でもいーよ』という返事だった。
「実力自体は疑う余地もねぇしあいつ以上のドラムなんて考えられないけど…もうちょっとなぁ」
「たしかにあれでもっと前のめりな姿勢になったら完璧なのにな」
「あいつってあれで本気なのかな。どうもまだ目一杯には見えねぇんだけど」
そんな会話もチラホラと出ている。
結成当初からのオリジナルメンバーではあるが、性格上前に出てくるタイプではないのだとみんなが思っていた。
「Halleyとは息も合ってるように見えるけど」
Halley。
勝也の前任で島村が前に言っていた『少しジャンルの違う』ベーシストである。
「ま、叩いてる時はすっげぇ楽しそうだし…あいつはあれでいいんじゃねぇか?」
それがBanという男のキャラなのだとみんな半ば納得していた。
そんな中でのあるライブの後。
出待ちのファンへの対応の為裏口前の人込みの中にいたブランカだったが、その輪の中にズンズンと入ってくる女性がいる。
そしてBanの背後に近寄ってくると
「ねぇ!あんたがドラムの人だよね」
「え?」
ドラムと言われて自分の事だと気づいたBanが振り返った途端
バッチイイィィィィィン!!!!!!!
思いっきりのフルスイングでビンタがBanの頬を捕らえた。
一瞬にして辺りが静寂に包まれる中
「いい身分だよねぇ!そこらじゅうの女に『お前だけだよ』とか言っていい顔して、まだこんなに囲まれて鼻の下伸ばしてんだぁ?!?!」
何の事か分からずキョトンとしたBanにさらに
「しらばっくれないでよね!!和美ってコ知ってんでしょぉ?」
まだそれでもわからないBan。
「…いや…和美って……だれ?」
「はあぁぁ??こんの最低ヤロー……」
またもや手を振りかぶるが、そこへ猛ダッシュで駆け寄ってきた女性がその腕にしがみつき
「ちょっ!ちょっと!!紗季ちゃんっ!!…その人じゃないっっ!!!」
「……えっ??」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
その和美というコがBanに頭を下げるとそのまま紗季の腕を引っ張って連れ去っていった。
呆気にとられたメンバーとファン、そして左の頬を真っ赤に腫らしたBanが無言のまま立ちすくんでいたのだった。
それから楽屋に戻り
「なんだったんだ、さっきの…」
「すっげぇ勢いだったけど結局ホントに心当たりねぇの?」
「ねぇよ。誰だ和美って…」
「でもさぁ、あんなに思いっきり引っぱたいといてごめんも無かったよね」
「その和美って本人?あの子だけ謝ってたけど…」
「なんにも聞かずにいきなり人に手ぇ上げること自体頭おかしいんだよ!」
「お前が言うな!」という視線がみぃに突き刺さる。
結局今回の人違い殴打事件も笑い話になろうとしていた頃、次のライブがあった。
ところがそのライブでちょっとした打ち合わせミスから曲の入り方が合わず、一度演奏が止まるというブランカにしては珍しい失態があった。
その日も出待ちが大勢群がっていたにもかかわらずメンバーは出て来ず、どれだけ待っても音沙汰がないため徐々にファンが帰っていき始める。
そしてほぼ誰もいなくなった頃、無言のブランカがゾロゾロと裏口から出てきた。
楽屋で相当な言い合いがあったらしく全員が不機嫌な表情のままだったが、そのメンバーに近づいてきた一人の女性が
「…あ…あの…えっと…」
「あ?悪いけど今日はちょっと…」
「あ、そうじゃなくて…その…」
「あぁ、こないだの」
「…その事で…えっとドラムの人は…」
「もうすぐ出てくんじゃねぇ?」
みんな明らかに不機嫌である。
そしてJunの言う通り後ろからBanが出てきたところで
「あ!…あの…その…こないだは…」
「え?…あぁ、いーよ別に」
「いやそういう訳には…」
すると少しイラだったような大きな声で
「いいって言ってんだからいいんじゃねぇのぉ?大体何考えてんのかさっぱり分かんねぇし、思ってる事も言えねぇヤツだから人違いとかでぶん殴られんだよ!」
「おい平蔵…」
「あ?なんか間違ってるか?言われた通りにしか出来ねぇヤツが言われた事まで間違えちゃあ救いようねぇよなぁ!」
楽屋で相当モメたようだがこれだけ言われてもまだ言い返さないBan。
「平蔵、ちょっと言い過ぎだ。今日はもういいだろ」
最悪な空気の中、当然打ち上げなどという雰囲気ではなくその場で全員が解散していった。
1人残されたBanとどうしていいか分からずに立ちすくんでいた紗季だけになってしまう。
「あの…なんかあったの?」
「え…別に」
「別にって…なんかあったからあんなに言われてたんでしょ?」
「アンタには関係ないだろ」
その言葉にイラッとした紗季。
「そりゃ関係ないけど。でもあんなに言われて言い返しもしないなんて…なんでそんなに気ぃ弱いの?男でしょ」
「うるせぇな、わざわざ言い返したってメンドくせぇだけじゃん」
「ふ~ん、何でも適当にやってるとそんなトコまでやる気なくなっちゃうんだ」
「…は?」
「どうせバンドだって適当に遊びでやってんでしょ?だから何言われたってハラも立たないんだよね」
「バ…バカにすんじゃねぇよ!俺はドラムだけは真剣に…」
「言われた通りにしか出来ないって言われてたクセに」
「あ、あいつらはすげぇ上手い奴らばっかなんだよ!だからあいつらの望む通りに叩くことが一番いいに決まって…」
「じゃあアンタじゃなくてもいいんじゃん」
「…え?」
「あの人達が求めるドラムさえ叩けるんならそれはアンタじゃなくてもいいって事でしょ。この前初めてアンタ達のライブ見た時、みんなホントに楽しそうだった。『あぁ、このバンドはこのメンバーだからみんな楽しいんだ』って一番に感じた。でも他の人達はどうか知らないけど少なくともアンタは対等に向き合ってないって事だよね」
「………………」
また何も言い返せなくなったBan。
「こないだの事謝りに来たつもりだったけどもうどうでもいいや。じゃあねー」
そういって帰ろうとする紗季に
「…よ…よぉ!」
「ん~?」
「次のライブ見に来いよ」
「なんで?別に興味ないんだけど」
「…さすがにドラムまで否定されちゃ黙ってられねぇ。次のライブで本気なトコ証明してやるからよ」
「別に…さっき関係ないって言われちゃったし」
「そっちにはなくてもこっちにはあるんだよ!」
これほど勢いよく話すBanなどブランカのメンバーでさえも見た事は無いだろう。
「気が向いたら行くかもしれないけど期待しないでね」
「こないだ俺の事ぶん殴ったろ」
「あちゃぁ、こんなトコでそれ出してくる?…しょうがないなぁ…分かったよ。いつあんの」
「まだ決まってない…けど決まったら教えるから!電話番号教えろ」
「ちょっと…まさかそっち狙いじゃないでしょうねぇ」
「バ…バカか!お前みたいな気の強い女…」
先行き不安なスタートだった。




