139 分かれ道
敢えて2人っきりで過ごしたライブ翌日。
結局家からはほぼ出ることは無かった。
週が明けるとまた学校では土曜日のライブを見に来てくれていたクラスメイトや友人達が盛り上がり、一皮むけた扱いとなったメサイアや復活を果たした勝也を中心にして何日も話題には事欠かなかった。
そんなある日
「おっ、紗季ちゃんからLINE来てた」
「またなんか悪だくみだろ」
みんなが見に来てくれたライブ以来、LINEで御礼は伝えていたものの会ってはいない。
また女子会の誘いかと思いながら開いてみると
「あ~、久々にみんな集合だって~~」
「ん?まぁたメンドくさい事を……」
「はいはい♪えっと今度の土曜日いつもの店で…だそうです」
なんだかんだブツブツ言いながらも勝也の表情は嬉しそうだ。
正直メサイアのライブに出て以降の勝也は機嫌も良くいつも楽しそうである。
優奈と2人でいてもよく笑い甘えてきたりする事もあるほどで、やはりこの男は根っからのベース好きなのだと改めて思った。
土曜の朝早くに優奈がアパートへ帰ってきた。
今晩ここに泊まるため昨日の夜は仕方なく実家に帰ったのだが、問答無用で布団の上から勝也に飛び乗ると
「起きるよー!!」
「…ん~……重い……このデブ……」
「…は…はああぁぁぁぁぁ?!?!?!デ…デブゥゥ!!増えてないどころかちょっと痩せたんですけどぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
迂闊にポロッといった言葉が優奈の逆鱗に触れガチギレさせてしまう。
「ちょ…ちょぉっと!わかった!…悪かったってばっ!!!!」
「許さんっっ!!!」
結局布団の中に潜り込んできた優奈に襲われそのまま朝から始まるのだが…久しぶりに朝日の差し込む明るい部屋で見た裸は相変わらずスリムで本当に綺麗だった。
「集まんのは夕方だから朝昼兼用でなんか軽く食べよ~」
「ん~……カレーがいい」
「…軽くじゃ済まなくなるからダメ」
結局優奈が冷蔵庫にあったもので適当に作ると文句1つ言わずに食べる。
軽い昼食の後、優奈は化粧を始め勝也は横でベースを弾いている。
するとふと優奈が手を止めてジッと見つめてきた。
「ん…間違った?」
「ううん、間違ってない」
「んじゃどした」
「なんでかわかんないけど昔を思い出しちゃった…」
「昔?」
「まだこの部屋にも入れてもらってない頃の事」
この部屋にも入っていない頃と言えば出会ってすぐの頃だ。
まだ勝也からの扱いもヒドいもので、あからさまに迷惑そうな顔をされながらも必死に追いかけていた1年生の頃。
「なんで?」
「だって…ここであたしが普通に化粧してて隣では勝也がベース弾いててみんなのいつもの集まりに普通に呼んでもらえて…なんか信じられないなぁと思って」
「…い…今更?」
「だってあの頃からは想像できないんだもん」
思い出して泣く事こそなかったが感慨深い気持ちになった事は事実だった。
今の暮らしに辿り着くまでにどれほどの歴史があったのかを思い出すと1日や2日では到底足りないが、それだけの道程を歩んできて今ここでこうして化粧をしている自分がたまらなく嬉しくなった。
今となってはこの部屋のどこに何があるのかなど、勝也よりもはるかに熟知している。
そして今日はいよいよ久しぶりに全員集合の飲み会である。
「久しぶりだなぁ~、全員集合っていつ以来だっけ?」
「ん~…全員ってなるとだいぶ前だろ」
「こないだのライブ前の時も勝也だけいなかったしね」
「なんだかんだでいつも誰か一人だけいないとか多いもんな」
集合場所へ向かう電車の中からすでにテンションは上がり始めていた。
電車を降りていつもの道を歩いていつもの店へ。
もう顔馴染みとなっているこの店でも
「いらっしゃ~い!今日は全員集合ですね」
「そーみたいです♪いつ振りだって感じですけど(笑)」
「みんな揃うってなると3ヶ月ぐらい前じゃないですか?」
「そんなになるんだぁ」
店員の方がしっかり覚えていた。
店の真ん中程にある階段から2階へ上がるとふすまで仕切られた個室座敷が両側に並んでいる。
その左側がいつもの部屋で、今日もそのふすまを開けると
「お~優奈ぁ♪」
「出た出た、優奈大好き男(笑)」
「こんばんはぁ~」
これもまた自然と決まった定位置へ2人で腰を下ろす。
「あとはBanクンとこだけ?」
「あぁ、ちょっと遅れるから先に始めといてくれってさ」
「なんだよ言い出しっぺのクセに」
当然紗季もまだ来ていないため涼子とみぃと優奈でほとんどの注文を済ませる。
そして乾杯の頃にはもう男たちは転げまわるほどに大爆笑していた。
「毎回毎回よくこんだけ笑う事あるよねこいつら」
「しかもいつも新しいネタ用意してくるし」
「バカだから笑いのツボがおんなじなんだろうね」
注文が終わって陰口をたたいた後それぞれの彼女が定位置に戻る。
だが結局その彼女達も涙を流すほどに笑い転げていくのだった。
開始直後から最高の盛り上がりを見せる宴会。
すると
「おー、相変わらずうるせぇなぁお前らは」
「あ!おっせぇなぁ!大体の悪口は言っといたぞ」
「平蔵の声、下まで聞こえてたよ」
「…ありゃ」
1階を通るついでに注文してきたBanと紗季の飲み物が届くとまた乾杯が始まる。
そしてしばらくしてBanからの報告。
「あ~あのさぁ。俺、ツアーミュージシャンやる事になった」
「おっとマジかよ」
「へー、フリーで?」
「まぁとりあえず最初はな」
すると優奈が小さな声で
「ねー…ツアーミュージシャンって?」
「ん?レコーディングとかでバック演奏すんのがスタジオミュージシャン。で、ライブとかツアーとかでバックバンドとして演奏すんのがツアーミュージシャン。まぁレコーディングメインかライブメインかの違いって感じかな」
「へー、色々あるんだぁ」
「最近は打ち込みが多いからレコーディングとかはあんま無いみたいだしよ」
「ドラムはどうしてもそこがツラいよな…。あ、ちなみに俺はスタジオミュージシャンやる事にした」
「ほぉ、平蔵の方がライブやるんだと思ってたけどなぁ」
「やりたいけどよ、しばらくは音追及してみんのもいいかなと思ってさ。それに出たくなったら出れるとこ探すし」
「勝也は両方やるって方向だよな」
「ん~…まぁどんな仕事がくんのかによるけどね」
「ま、これでとりあえずはみんな道が決まったって事か」
「え…Syouは?」
「俺はとりあえずカラオケのガイドボーカルやる事になったからよ」
「まぁでもこれで一応はみんな動き出したって訳だ」
最後のJunの言葉は彼女達の心に残った。
元々自身のバンドを持ちながらサポートとして参加していたKouは元のバンド1本に活動を戻している。
そしてようやく決まったそれぞれの道はやはり5本に別れていたのだった。
そこからはいつもの大宴会となっていくのだが…久しぶりに全員揃い、もうすでにくだらない話で大笑いしている男たちを不思議そうな表情で見つめる優奈。
「どした~?あんま飲んでないじゃん」
「ん…うん、なんかやっぱりスゴいなぁと思って…」
「何が?」
「だってさ、やっと方向が決まったって…結局みんなプロになるんでしょ?」
「まぁそれでお金貰うんだからそういう事だよね」
「選択肢が『プロ』しかないって…どういう人たちなの?って」
「こないだの勝也のライブ見た後からだよ」
「…え?」
確かにメサイアのライブ前にみんなでご飯を食べていた時はそんな話は一つも出なかった。
「前にJunのライブ見に行った時、帰り道であいつら誰も口きかなかったでしょ?メサイア見に行った帰りもそうだったの。でももうあたし達もそれがなんでなのかは分かってたから敢えて無理に話とかはしなかったんだけどさ」
「やっぱウチらが見てもあのライブは…っていうか勝也のベースは凄かったよ。今までブランカのベーシストとして見てきたアイツとは違ったもん」
「どこか変わった?」
「ブランカの曲ならウチらだって全曲知ってるしここで勝也のベースがちょっと目立ってくるとか分かるでしょ?でも知らない曲弾いてる勝也を見たのは初めてだったし…あのクソ坊主に言うのはムカつくけど、やっぱあいつは天才だよ」
「…そ…そぉ?」
「あんただってベース弾いてんならわかるでしょ?」
「だってそれは…まだまだレベルが大人と子供だもん…」
「みんなまだやっぱり勝也の事気にしてたんだよ。自分らのバンドに入らせるためにこの街に呼んで自分達が決めた約束ってだけでそれを解散して…散々振り回しちゃったから」
「だからあいつが復活したのはみんな嬉しかったんだ。ウチらも含めてね」
「どこでだって充分やっていけるだけの腕持ってるクセにそれをブランカでしか見せようとしなかったもんね」
メサイアのライブ後、優奈は勝也と一緒に打ち上げに参加していたためその飲み会には行っていない。
そこでそんな話があった事などまったく知らなかった。
今この目の前で大笑いしながら盛り上がっている男達はどんな高さでモノを見ているのだろう。
Syou 爆発音のような音圧を奏でるブランカの中にいてその歌詞一言までも観客の耳に届けるほどの圧倒的な声量を誇り、低音から超高音までを自在に操る天才ボーカリスト。
平蔵 その音だけで観客に涙を零させるほど音色を自在に操り、そのテクニックと派手なステージアクションはSyouと並んで『ブランカの顔』とも言える天才ギタリスト。
Jun ブランカの曲のほぼ全てを作曲し、それ以外の曲ももれなくこの男のアレンジが入っている。メンバー一番のイケメンでありながら、その高速ピッキングは『ブランカ名物』とまで言われた天才ギタリスト。
Ban 破壊的な音量のパワードラマーでいながら、その繊細なストロークはジャズでも通用しそうなほどのテクニシャン。彼を目指す者は相当いると言われる天才ドラマー。
Kou 正式メンバーではないが彼がいないとブランカのライブは成り立たない。別バンドに在籍しながら完全にメンバーとして認識されている、3台を同時に操る天才キーボード。
そして…
勝也 これだけの年齢差を微塵も感じさせない完成度と、屋台骨としてブランカというバンドを劇的に飛躍させた男。未だに彼を勧誘する声も絶えないほどの実力と知名度を誇る天才ベーシスト。
今思えば『ブランカ』とは、これだけの天才が集まって一つのバンドをやっていたという事自体が信じられないほどのドリームバンドだったのだ。
「でもみんなの行く道が決まったって事は…」
「うん。もうあの頃に戻る事は無くなったって事だよね」
大爆笑している本人達から少し離れたところで、あの楽しかった頃を思い出して涙ぐむ彼女達だった。




