134 復活 ④
アパートで一人、勝也の帰りを待つ。
今頃はもう音を出しているだろう。
ハードロックのブランカとは違いビートパンク寄りのメサイア。
だがバンドとして音を出すだけでも勝也にとっては至福の時間のはず。
本当は見たかった。
勇太に頭を下げて頼み込んででもスタジオに行きたかった。
だが今は何も考えずに思いっきり弾かせてあげたいという思いが勝ったのだった。
正規メンバーのコピーではなく自分なりのフレーズで弾いてほしいというメサイア側からの希望で、勝也のリミッターは外れているだろう。
ワクワクした気持ちで何度も時計を見るが先日の待ち合わせの時と同様に時間が経つのは異常なほど遅かった。
7時からの2時間リハ。
9時で終わった後、細かい打ち合わせやミーティングがあるはずだ。
帰ってくる時間は聞いていないが勝手に11時は過ぎるだろうと予測していた。
だが時計が10時を少し過ぎた頃
「ただいま~」
「えっ?!早っ!…おかえり~~~っ!!」
玄関までダッシュで向かうとまだベースを担いだまま靴も脱いでいない勝也に飛びかかるように抱き着く。
「わっ!ちょ…ちょっと靴ぐらい脱がせろって…」
やはり勝也は笑顔だった。
そしてしばらくギュッとしがみついた後顔を見上げ
「お疲れ様、楽しかった?」
「あぁ楽しかった」
それを聞いてからようやく勝也を解放しベースとエフェクターケースを受け取ると寝室に戻す。
それから勝也の部屋着を出して着替えを待つ間
「どんな感じだった?うまく合わせれそう?全曲音出せたの?まだ細かいトコ…」
「待て待て!いっぺんに聞くなってば。とにかく座らせろ」
寝室からリビングへ移動するとようやく二人並んでソファに座る。
「っていうかお前なんで寝るカッコなの?今日は…」
「それがね~」
優奈の服装がいつも一緒に寝る時のモノだったのに気づくも、一連の父の気遣いと優しさを聞き
「ホンットに頭上がらねぇな」
「いつもあたしの考えの遥か上を思いっきり飛び越してくるもん」
「でも正直今日は嬉しいかな。本音言うとさ、今日はお前といたかったし」
「え…ホント?」
「うん」
その幸せそうな笑顔と満足げな表情からよほど楽しかったと見える。
それから今日のスタジオでの話を延々と始める勝也。
腕にしがみつきながら笑顔でずっと聞き
「じゃあ適応は出来たって感じ?」
「ん~…まだ今日初めて合わせたトコだからな。一応様子見ながら暖機運転って感じかな」
「そっか、これからだね」
「あぁ。JUNCTIONみたいにみんな一斉にスタートじゃなくて、ブランカ以外の出来上がってる他のバンドに入るって初めてだからさ。でも今日で大体つかめた」
「楽しみだなぁ」
一緒に布団に入る時間は充分あったものの、勝也は今日の復習や気づいたフレーズを試すためにベースを弾き始めた。
いつもならそれを取り上げて襲いかかるところだが今の勝也にそれをしようという気にはなれない。
「先に寝るね?あんまり遅くまで弾いちゃダメだよ~」
もうすでに聞こえていない様子だった。
翌朝、優奈が目覚めると隣で勝也が寝ている。
後から布団に入ってきて優奈に抱き着いて眠ったようだ。
ギュッと体を拘束されているがその寝顔があまりにも幸せそうでなかなか起こす気になれずにしばらく見つめていた。
そろそろ時間も迫ってきた頃
「おはよ~、そろそろ起きよ~」
「…ん…ん~…」
寝ぼけているのか優奈の服の中に手を入れてくる。
「ちょっとぉ、そういうのは昨日の夜にしてよね」
その手を出させようやく起き出した。
まだ眠そうな勝也を起こし朝のパンを焼くと化粧を始める。
その横でモグモグしている勝也に
「勇太達、喜んでた?」
「ん…なんかリハ終わった後疲れ切った顔してた」
「やっぱ緊張してたんだろうね(笑)」
ギリギリまで勝也を眠らせていたため今日は弁当を作っていない。
朝からコンビニで昼用のパンなどを買ってから学校へと到着すると、待ち構えていた友人達からも質問攻めにあう。
「おはよ、久々のスタジオはどうでしたか?」
「あぁ楽しかったよ」
「すっごい笑顔で帰ってきたもん(笑)」
「あれぇ?平日なのにアパートで待ってたんだぁ」
「あ…えっと……えへへ」
そこからまた復習のためAirPodsを耳につけた勝也。
「勇太がまだ来てないんだよなぁ」
「え、そうなの?いつもならもうとっくに…」
その時勇太が蒼白な顔で教室に入ってくる。
そしてなだれ込むように自分の席へと座った。
「おう、昨日どーだった?」
「やっぱいつもと勝手が違うか」
するとうなだれたままの勇太が
「どうもこうもねぇよ……全く次元が違う……」
「…え?」
「まず音圧がケタ違いだしルート弾き一つにしたって粒が全然違うし…やっぱりあいつバケモンだった…」
「けどJUNCTIONで一緒にやったじゃねぇかよ」
「レベルが違うよ…あれはhideのコピーだから勝也はそのまま音源をトレースしてただけだったんだ。ヘタに『勝也の弾き方で』とか言っちまったモンだから…」
「…全然違うの?」
「お前らあのFINALの時のRhythm Battle聞いたろ…あそこに入っていく勇気あるか?」
「そりゃ無理だ…」
「ウチの曲なのに自分のコード追いかけるだけで精いっぱいだったよ…ヘタにフィルなんか入れようなんて、それこそ爆発物に手ぇ突っ込むようなモンだ…」
「…そ…そんなに?」
「…あんなベース相手に涼しい顔して笑いながら弾けるブランカの人たちってどんな神経してんだろ…」
その言葉を聞いて周りの友人達も固まっていた。
勇太と言えば…いや、メサイアと言えばそこそこ名の知れたバンドのはずなのだが
「なぁ優奈ぁ…勝也はなんか言ってた?」
「…えっと……言ってもいいのかな……」
「なに?!なんて?!」
蘭達も一斉に優奈を見る中
「合わせるの初めてだから…その…様子見ながら『暖機運転』って感じだったって」
「…あれで……暖機……?」
開いた口が塞がらない勇太。
いきなりガバッと机に突っ伏して
「だっ…だめだぁぁぁ~……俺達の方が2週間なんかじゃ追いつけない……」
「当たり前だろ。今でこそ普通に話せるようになって麻痺してるかもしんねぇけど、あいつはあの『ブランカのKATSUYA』なんだぞ?」
ふとみんなが教室の後ろに目を向けると涼しい顔をして復習している勝也。
勇太にここまで言わせるほどのベース…洋司たちもそれを聞きたくてたまらなくなった。
その日の帰り道
「ねーそういえば衣装どーするの?」
「ん?あ~そっかぁ…なんにも考えてなかった」
「あのエナメルは着ないの?」
「あれはさすがに暑いよ、それにジャンル的にもちょっと合わないだろ」
「あれ着てほしかったなぁ~」
「まぁなんか黒いの着ときゃいーだろ、メイクもしないし」
「え~!髪とメイクぐらいいつものにしよーよぉ!」
「だから何回も言ってるけど俺はヘルプだっつーの」
優奈の希望としてはあのブランカの時のままのカッコで出てほしかったのだが…
「あ、今度の土日はリハある?」
「日曜の昼間に入るってよ。とりあえず詰めて入れるのはそこしかないから」
「じゃあ一緒に出掛けていい?リハの間だけ一人でブラブラしてくる」
「3時間あんだぞ」
「家で待ってたらそれ以上に会えないじゃん」
「…そっか」
その日曜日、昼頃に一緒に街に出た。
「終わったら電話するわ。あんま遠くまで行くなよ」
「うん、わかった」
「ナンパとかされそうになったら逃げんだぞ」
「じゃあなるべく早く保護しに来てね(笑)」
スタジオ前で別れると勝也はリハへ、そして優奈はその近辺の店をブラブラと散策する。
3時間後。
メサイアのメンバーと共にスタジオのある建物から出てきた勝也に
「おーい」
すぐ近くに優奈が立っていた。
「なんだ、ずっとそこで待ってたのか?」
「ううん、そろそろかなぁと思って迎えに来た」
「おー…優奈ぁ…」
「勇太ぁ、アンタ日に日にやつれてってるね(笑)」
そんな会話を交わしていると
「うわ…ホンモノ……」
「やべぇ、めちゃくちゃ可愛い……」
「あ、こんにちはぁ」
「わ…しゃべったぁ」
メサイアのメンバーも優奈の事は知っていてその可愛さから一度話してみたいと思っていたのだった。
そんなメンバーから羨ましい目で見られながら2人で帰っていく。
「あんな可愛い彼女……いいなぁ…」
ベースを担いだ勝也とその横を歩く優奈はいつもにも増して目立っている。
優奈が持っている紙袋を見て
「なんか買ってきたんだ」
「ん?あぁ…うん服買ってきた」
「そっか」
そのまま電車に乗り駅前のスーパーで買い物をしてアパートに戻る。
すると
「はい、プレゼント」
持っていた紙袋をそのまま勝也に差し出す。
「は?自分のじゃなかったのかよ」
「自分のだなんて言ってないもーん。ね、開けて?」
「ったくお前はいつも俺のモンばっかり…たまには自分の…」
ブツブツ言いながら紙袋を開けて中身を取り出すと
「うわ……何コレ!」
中から出てきたのはシルク調の黒シャツ、そこに同じく黒で刺繍の入った服だ。
「今度のライブにどうかなと思って」
「めちゃくちゃカッコいいじゃん……でもこんな高そうなの…」
「だって勝也の復活記念だもん」
「だから俺はヘルプなんだってば」
すると真面目な目で勝也を見据え
「ヘルプだとかそんなの関係ないよ。勝也がライブハウスでベースを弾くんだからあたしにとってはこれが勝也の復活なの。この日をずっと待ってたんだから…これぐらいさせてくれたっていいじゃん」
その目は本当に待ち望んでくれていた事がヒシヒシと伝わる真剣な目だった。
「そっか…そうだな。ありがと、これ着て出るわ」
そういうと着ていた服を脱いでそのシャツに袖を通してみる。
「どぉ?似合う?」
「ヤバ……思った以上にカッコいい♪」




