133 復活 ③
翌朝、優奈が起こしに来た時にはもう起きてベッドの上に座りベースを弾いていた。
「おは………まさか寝てないんじゃないでしょうねぇ」
「ちゃんと寝たよ、目が早く開いちゃっただけ」
「ホントぉぉ?(笑)」
それからパンを焼いたり片づけをしている間もベースを弾き続ける。
「そろそろ用意しないと学校遅れるよ」
「もうちょっと…」
「ダーメ♪」
これまでも毎日ベースは弾いていたがライブに出るために練習するというのは文化祭以来だ。
しかも出るのがライブハウスという事もあって勝也自身も相当楽しみなのだろう。
昨日頼まれていた優奈のAirPodsを取り出すと勝也のスマホと同期させて
「はい、これでずっと聞けるよ。あと充電器も持ってかないと」
「サンキュ」
朝の準備を終えてアパートを出るともう勝也の耳にはAirPodsが入っていて、それ以降は優奈が話しかけても全く聞こえていない。
バスに乗る時も降りる時も子供のように手を引いて連れて歩くという面倒ぶりである。
「おはよー♪…朝から何イチャイチャしてんの?」
「イチャイチャじゃなくて先導。ほっといたらまだバス乗ってるよ、この人…」
一旦は全曲覚えたため昨日ほどの集中ではないものの、授業中はほぼ曲を聞いている。
そして昼休みになる。
今日は優奈が出した弁当に気付くと聞くのをヤメて食べ始めた。
「大体固まった?」
「あぁ、あとは他のメンバーのクセとか合わせてみてからかな」
「楽しみだね」
「でもまぁヘルプだから自分の思うように弾く訳じゃないし」
「え…そういうモンなの?」
「あぁ、ヘルプってのはあんま目立っちゃダメなんだよ。元々のベースが弾いてるフレーズを代わりに弾くぐらいのつもりでいかないと曲の雰囲気が変わったりするだろ?メサイアのベースってどっちかと言えばルート弾きがメインであんまリフっぽいのとかは入れないタイプだから、お前が聞いたらいつもの俺とはちょっと違って聞こえると思う。それに…」
弁当を食べながらではあるがやはり勝也の口数はいつもよりはるかに多い。
口調や表情の小さな変化で勝也の機嫌を判断できる優奈から見てもこれほどわかり易いのは久しぶりだ。
延々と続く勝也の話を笑顔で聞きながら、この久しぶりに感じるライブ前の幸せな時間に酔いしれていた。
すると勇太が現れ
「ご飯中にごめん。勝也、今日頼むな?」
「あぁ7時だよな」
「うん、一応ウチのベースも来るから。勝也が弾いてくれるっつったらどうしても見に行くって…」
「来れるんなら弾けってんだ」
「はは(笑)…それでさぁ、ちょっと聞きたい事あんだけど」
「ん?」
「昨日さ、『完コピする』って言ってくれてたじゃん、あれって勝也の弾き方はしないって事?」
「そりゃそうだろ。まぁクセみたいのは出るかも知んないけど基本的にはお前んトコのベースを再現するつもりだよ」
「ソコなんだけど…勝也が弾いたらこうなるんだって感じで好き勝手やってくんない?」
「…は?」
「昨日メンバーと話してたんだけど、勝也が完コピしてくれるっつったらさ…せっかく弾いてくれるんならいつもの曲が勝也のベースでどう変わるのか聞いてみたいって言うんだよ。だから…」
「でもお前んトコのベースと俺じゃ全然タイプ違うんだぞ」
「だからだよ。ウチのベースももっと選択肢っつーか幅が広がると思うんだ。こんな弾き方もあるんだみたいな」
「お前ね、そういうのはもっと早く…」
周りもキョトンとし始める。
さすがに優奈も
「あんなに集中して覚えたのに…またイチからやり直せって言うの?」
「こんなチャンス二度とないからさ、手に入れられるモノは全部手に入れたいんだ」
しばらく勇太と見つめ合うと
「ふぅん…お前のその貪欲さは気に入った。その代わりどうなっても知らねぇぞ?やるからには遠慮なく本気でいくからな」
優奈を含め、それを聞いた周りの友人達は全員鳥肌が立った。
あのFINALの時のRhythm Battleを思い出したのだ。
その勝也が本気で弾くと言い切った。
そして自ら言った手前、後には引けない勇太でさえ
「…あの…お手柔らかにね」
爆笑が起こる。
その日の夕方。
本当なら優奈はバイトのはずだったのだが急遽よっちゃんに頼み込んでシフトを変えてもらい一緒にアパートまで戻った。
「なんでお前までバイト休むんだよ」
「どうしても今日は見送りたいから」
「ただのリハだってのに…ヘンなの」
不思議そうな顔をしながらアパートに着くと部屋着ではなく外出着に着替える勝也。
その光景はもう見慣れているものの、パパッと早めに夕飯の準備をするとまだ明るいウチから2人で食べ始めた。
「6時ごろ出ればいいぐらい?」
「まぁそんぐらいかな。ちょっと早いかもしんねぇけど」
普段より軽めの夕飯を終える。
いつも通り平然としている勝也に対しどこか落ち着かない優奈。
練習用のFenderも手にしない勝也に
「急にいつも通りにって言われて大丈夫なの?あんなに一生懸命覚えたのに…」
「ん?だってもうコピーじゃなくていいんだからあとは自分で煮詰めるだけじゃん」
平然と言ってのけた。
そして時計が6時を指した頃
「さて、んじゃそろそろ出るわ」
その言葉に優奈がピクッと反応する。
すかさず寝室へ行くと勝也のエフェクターケースと自分のkillerを手に取り玄関前で待つ。
靴を履いて玄関を出て階段を一緒に下り
「ね、ねぇ!…ここで待ってていい?」
「別にいいけど今日は平日…」
「泊まりたいとか言わない!ちゃんと帰るから…ここで待ってたい」
「家には連絡しとけよ」
そう言うと優奈からベースを受け取り、肩にかけた。
この姿だ。
優奈がバイトを休んでまでどうしても見たかったのはここからベースを担いでリハへ向かう勝也のこの姿だった。
自分でも気づかないうちに目に涙が溜まる。
やっとこの日が来た。
ブランカのリハに向かう勝也をここから見送っていたあの頃の想いが一気に甦る。
「…おかえりなさい……」
「は?」
優奈の言った言葉の本心は勝也も気づいている。
ベーシストとしての自分に対して言ってくれた言葉だと。
グッと優奈の首に手を回して引き寄せるとそのまま軽くキスをして
「行ってくるわ」
「……うん♪」
そのまま振り返ることなく駅へ向かった勝也。
涙をこぼしながらその後ろ姿をこっそり写メに収めた。
勝也の姿が見えなくなるまで見送ると一人で部屋に戻る。
夕飯の後片付けと洗い物、そして洗濯や掃除などを済ませ一旦家に帰った。
父が帰って来たところで今日の夜遅くなる許可を得に話し始める。
勝也がまたライブに出ることになった経緯や、今日がその初リハであることなどはもうすでに話してある。
「ちゃんと帰ってくる。泊まったりしないから…少しだけ遅くなってもいい?」
あのアパートで勝也の帰りを待っていたいのだという気持ちを正直に話すと
「自分の気持ちだけを考えるんじゃない」
やはり事情がどうあれ平日に遅くなるという事は許されない事なのだろうか。
シュンとなった優奈に
「君が彼の帰りを待っていたいという気持ちだけか?…彼にだって話したい事はたくさんあるだろう」
「……え?」
「おそらく幸せそうな顔で帰ってくるはずだから、ちゃんと話を聞いてあげなさい。…それが朝までかかったとしてもね」
パチッとウインクして許可をくれた父。
思わず抱き着いて礼を言うと、明日の準備をしてアパートに戻った。




