13 鍵
ブランカ解散回避の翌朝。
いつもの時間に優奈はアパートの前にいた。
インターホンを押すのをためらい、勝也が出てくるのを待っていたのだ。
普段よりも遅れる事10分弱、優奈が心配し始めた頃勢いよくドアが開くと慌てた様子の勝也が飛び出してきた。
そして階段下にいた優奈に気づくと
「何やってんだよバカ!来てたんなら起こせよ!」
「…ご、ごめん!」
ただ単に寝坊しただけのようだ。
久しぶりに見る制服姿の勝也に顔をニヤけさせながら、照れ臭そうに隣に並ぶ。
また一緒に歩ける日が来た。それだけで幸せ過ぎて足取りも軽かった。
口数は少なかったが会話も交わしながら学校へ到着する。
すると校門を入ったところで待ち構えている男がいた。
その顔を見て、トラウマになりつつある優奈はスッと勝也の後ろに隠れる。
ちょうどその時、昨晩優奈から解決の報告を聞いていたみさ達もいつもより早く学校へ来た。
康太と勝也の対峙を見た瞬間に
「康太!いい加減にしなよ!まだ文句あんの?」
そう食って掛かった途端
「悪かった!!」
康太が頭を下げて謝ったのだ。周囲が驚くなか…
「俺…ホントにお前のことを認められなかった。今まで陰キャのフリして、それで急に存在感出してきたと思ったらあっさり優奈の事奪ってって…
どうせバンドの事だって裕福な家で育って欲しいモンなんでも買い与えられて、何かのツテで有名なバンドに入れてもらったんだろうって勝手に思ってた。千夏に本当の事聞くまではそう思い込んでた。
…お前がブランカのメンバーだってビラ撒いたのも俺だ。みさ達が話してるの盗み聞きして…お前を困らせたかった。優奈に何度も何度もデートしてくれって頼んだのも早く松下の本性に気づいて戻ってこいって思ってた。
全部俺が悪いんだ、優奈は何も悪くない。だから俺はぶん殴られたって構わない。けど優奈のことだけは信じてやってくれ…頼む!」
みんな驚いていた。
そしてブランカを解散寸前まで追い込んだ康太に対して勝也はキレるだろうと思った。
だが
「そっか」
勝也が答えたのはそれだけだった。
あまりにもあっさりと答えた勝也にも驚きの目が向けられる。
「…殴らねぇのか?」
「お前を殴ったら全部無かった事になんのか?」
「…それは…」
「お前の気持ちはわかるよ、確かに俺はみんなとの間に壁を作ってた。このまま誰にもバレないようにこっそり卒業するつもりでいた。けどそれは俺が間違ってたんだ。
でもな岡島。後から出てきて悪いが俺も優奈だけは譲れねぇよ。こいつは俺を守るためにお前と出掛けたって言った…けど逆だ。この先もし優奈に火の粉がかかるような事があったら、その時は俺が命懸けで守る。世界中の全員敵に回してもこいつだけは絶対俺が守る。だから優奈は渡せない」
周りで聞いていた女子は全員涙をこぼした。
こんな言葉を言ってくれる男が現実にいる事が信じられなかった。優奈が羨ましくて仕方ない表情だった。そして当の優奈も涙を止めることなど不可能だった。
「お前なら俺は負けを認めるよ。その代わり…大事にしろよ?」
「あぁ」
話が終わると康太は校舎へ向かった。
そこでもう一度振り返ると
「なぁ、俺も「勝也」って呼んでいいか」
「勝手にしろよ」
これでようやくこの二人の事を邪魔する者はいなくなった瞬間だった。
「なんなのあいつ。散々迷惑かけといて今更…」
プンプン怒るみさに
「違うよ、アイツはアイツで本気で優奈の事想ってたんだ。ただちょっとだけ表現の仕方が不器用だっただけ。だよな陽平」
それを聞いた陽平も
「優奈が何でお前を選んだかわかるような気がするよ。ありがとな勝也」
陽平の御礼は、勝也の言葉で「康太もまた可愛いヤツなのだ」という印象をみんなに与えて康太が悪者にならないようにしてくれたからだった。
この一件はようやく収まりまた元の生活に戻った。
授業が終わると優奈はまた勝也の隣を歩くことが出来る。今朝の勝也の言葉で今までよりも一層愛情を感じられるようになった優奈。
「ねぇ、今日はどのバイト?」
「今日は無いよ」
「え、ホントに?!」
「居酒屋以外全部ヤメちまったもん」
「うそ…ヤメたの?」
「そりゃ黙って一週間も休んだらヤメる前にクビだろ。居酒屋だけは休むって連絡しといたから大丈夫だけどそんな急にシフトも変えられないし、今週は休みかな」
「…え?…え?それじゃあ今週はずっと会える?」
「お前はバイトだろ」
「それが…涼ちゃんが今回はさすがに精神的に参っただろうからバイトは来週からでいいって」
「ふ~ん、じゃあ言われた通り自分チでゆっくりしとかないとな」
「え…アパート行っちゃダメなの?」
「もう来る気でいんの?」
「あ…そっか………そうだよね…そんな何もかも急に…」
「バーカ、また引っかかってやんの」
「…え?…え?何?」
「このまま来るか?」
「……うん!行く!」
満面の笑顔になると、すり寄ってきて手を繋いできた優奈。
康太には許さなかった手を勝也には自ら繋いでいった。
珍しく二人でコンビニに寄ってみたり、滅多にないデートのような帰り道だった。
アパートに到着し久しぶりにこの部屋に入る緊張から、以前のように玄関で優奈がキスしてくる事は無かった。
2人でジュースを飲みながらテレビを見ていると徐々に体を寄せ合ってはいくもののそれ以上進むことはなく、だんだん無言になっていく二人。
そしてようやく口を開いたのは
「ね~…ベース聴きたい」
「ん?じゃ向こうの部屋から持って来いよ」
「うん」
優奈が持ってきたのはスタンドに立てていた練習用のベースだが
「違う。Killerの方」
「え…でもあれは…」
「お前だけは触っていいよ」
優奈だけが勝也の分身とも言えるkillerに触れることを許された。
それはおそらくこの世で唯一自分だけの特権に思えて…恐る恐るではあるがkillerを手に戻ってきた。
その宝物を弾く勝也の隣に座る。ジッとその音を聴き手の動きを眺めるとやはりこの人はベースを弾いているときが一番幸せそうだと感じた。
二度と見れないと覚悟までしていた勝也のベース。それを今自分だけの為に弾いてくれている。
また目に涙をためる優奈に
「なんで泣いてんの?」
「…カッコいいから」
「訳わかんねぇ」
「勝也はわかんなくていいの!」
それから数時間後…2人はベッドにいた。しがみつくように寄り添っている優奈。
「…やっぱ勝也の匂いがないと落ち着かない」
「そっか」
「あ!そういえばこの一週間ドコにいたの?」
「ん…別の女のトコ」
「え…別の…?」
「うん」
「………」
「わはは!バーカ、まぁた引っかかってやんの」
「もぉ!ホントかと思ったじゃん!」
怒って上に覆いかぶさってくる優奈。
「叔母さんトコだよ、ここの大家さん」
「…あ…そっか…確かに女の人だね」
「何も聞かないで一週間置いてくれたよ」
「…この部屋には帰って来たくなかったの?」
「ここはもうどこ見てもお前の想い出があるからな」
「想い出だけでも顔見たくなかったんだ…」
「本物見たくなるからだよ」
「…え?」
ムクッと体を起こして顔を見る。
「確かにあの時は気が狂いそうなぐらいハラ立ったけど…」
「…うん」
「でもやっぱお前の事好きだっていう気持ちは消えなかったから」
それを聞くとまた目に涙をいっぱい溜める。
そしてぶつかるような勢いで唇を重ねてくると
「…ねぇ…もっかい」
「しまった、お前が底なしなの忘れてた…」
「イヤなら勝手にあたしがシますけど」
「…わかったよ。そのかわり今日はお前が「もう無理」っていっても終わってやんねぇからな」
「そこだけは絶対勝也に負けないもんねーだ!」
そのまままた始まるが…結局最後はいつも通り勝也の方が先にギブアップする。
それから二人で起きだし、服を着て部屋を出る時
「優奈、これ持っとけ」
手に握らせたのはピックのキーホルダーがついたカギ。
「え…これってこの部屋の…」
「いちいちカギ開けに来んのメンドくせぇんだよ」
真っ赤な顔と照れ隠しの言葉と共に、優奈にアパートの合い鍵を渡したのだった。




