125 憧れ
休み時間の購買、みさ達と自販機前を通っていく優奈。
その足は岳とテーブルに座り笑いながら話している勝也の方へ向かっていた。
「何よ2人っきりで…またなんか企んでんでしょー」
「え?いや、またミキ連れて遊びに行こ…」
「わっ!バカ、バラすなっ!!」
「はぁ?!バラすなって…まさか内緒で行こうとしてたんじゃ」
「いや、別に内緒とか……ははは」
「まさかあたしにまで内緒のつもりだったんじゃないでしょーねぇ」
「…いや、えっと…そ、そんな訳ないじゃないですかぁ……はぁ……」
ギャーギャー文句を言われ続けている勝也と岳。
その光景は周りから見ても楽しそうで、やはりこのグループはどこにいても注目を浴びていた。
下級生たちも憧れの先輩たちの楽しそうな笑顔を見て笑顔になっている中、その輪の更に外からジッと見つめている女子生徒がいる。
その視線は勝也ではなく、学校一の美人で憧れていない女子はいないとさえ言われるほどの存在感である優奈へと向いていた。
「なによ、あんたも生意気に松下先輩の事見てんの?」
「え…いや、えっと…安東先輩…綺麗だなぁと思って…」
「当たり前でしょ、あの松下先輩の彼女なんだよ?あんたなんか憧れる事さえ許されないっての」
「…そんな言い方……」
「天と地がひっくり返ったってあんたが安東先輩みたいにはなれないんだからさ、見るだけで迷惑なんじゃない?」
「ヒッドーー!!!」
「…あんな風にはなれないってことぐらいわかってるもん」
イジめられているというほどではないが、眼鏡をかけ堅物という印象を受ける真面目っぽい風貌の『春』。
友達もおらずいつも一人なのだがこうしてクラスメイトにからかわれていた。
校内でたまに見かける優奈に憧れていてスマホにはこっそり隠し撮った優奈の写メまで保存しているほどのファンである。
友達と話している時の笑顔や勝也の隣にいる時の幸せそうな表情まで、春にとっては全てが別次元で天使のような神々しさの優奈に心を奪われていた。
学校で見れた日は家に帰ってもいつも優奈の事が頭に焼き付き
「はあぁぁぁ~~……」
「なんなんだよ、さっきからため息ばっかり」
「ん~?今日も安東先輩綺麗だったなぁと思って…」
「そんなの当たり前だろ」
「そうだけど…」
「あのな、俺のクラスの耕平だってあんなに仲良くしてもらってるのに未だにしゃべる時はちょっと緊張するってぐらいなんだぞ」
「えっ?お兄ちゃんって耕平先輩を呼び捨てできるような仲なの?」
「…いや…そう言ってるのが聞こえただけだけど…」
「だろうね。でも安東先輩としゃべれる事自体が羨ましい…」
「ま、お前なんかとは住む世界が全く違うんだよ。遠くから見て憧れるぐらいしか出来ねぇんだから」
「そんな事わかってるもんっ!!」
その翌日もまたクラスメイトの女子にからかわれた。
いつも一人ぼっちでいる分いつでも優奈の事が頭にある春。
放課後、友達に言われた言葉を思い出しながらトボトボと校舎を出ようとしていた矢先
ドンッッ!!
「きゃっっ!!!」
出会い頭に人とぶつかり、その反動で転んでしまう。
「あっっ!!ごっ、ごめぇん!大丈夫??」
慌てて腕を掴み起こそうとしてくれるその相手の顔を見て驚愕した。
「えっ!!あっ!…あの…だ、大丈夫ですっっっ!!!!」
あの憧れの優奈が自分の目を見つめ、しかも腕を掴んで引き起こそうとしてくれている。
初めて目を合わせた緊張からその腕を振りほどいてしまった。
「ケガとかしてない?痛いトコは?」
少し汚れた春のスカートをパンパンとはたきながら尚も心配してくれる。
外見だけでなく中身までが優しい人だと知った。
「あの…ホントに大丈夫ですから…」
優奈が自分のスカートの汚れをはたいてくれている事自体が申し訳なく体を引いて遠慮するも
「あ!!眼鏡割れちゃってる…」
「えっ?…ホントだ……あ、でも安物なんでホントに大丈夫ですから」
「ダメだよ!あたしのせいなんだからちゃんと弁償する」
「えっ!!いや、ホントに!…そんな…あの…いいですっ!!」
「ダメッ!!」
「あ…えっと…‥‥」
「家ドコ?」
「…え?」
「教えて!」
「あの…えっと…駅の近くの…○○っていうお団子の…」
「あ、わかる!へ~あそこなんだ。わかった、今日はこれからバイトだから…眼鏡無しでも帰れる?」
「…あ、はい…大丈夫です…」
「じゃあその眼鏡貸して」
「…え…あの…ホントにいいですから…」
そういうも割れた眼鏡は奪い取られてしまった。
初めて優奈と会話した。
眼鏡が割れた事や家を聞かれた事よりも優奈と目を合わせて話せたことが嬉しくて上機嫌で家に帰る春。
眼鏡を割ってしまった事は少し怒られたものの以前使っていた眼鏡を引っ張り出してきて事なきを得た。
その翌日の夜
「お兄ちゃぁん…もし安東先輩がウチに来たりとかしたらどうする?」
「バカかお前。あんな綺麗な人はウチの団子なんか食わねぇだろ」
「そうじゃなくて、その…あたしに会いにとか…」
「…ついに妄想もそこまで来たか。はいはい、もしホントにあの人がお前なんかを訪ねて来たらなんでも言う事聞いてやるよ」
そんな会話をしていた夕飯過ぎ、家のインターホンが鳴った。
母が出てそのまま玄関へ向かうと大きな声で
「春ーっ!!安東さんって言う方がみえてるよー!」
「…えっっっ!!」
足が空回りするほど大慌てで玄関までドタドタとダッシュする2人。
すると玄関口には本当にあの優奈が立っていて
「あ!昨日はゴメンね?眼鏡屋さん行って直してもらってきたの。ちゃんと見えるといいんだけど」
そういって眼鏡の入ったケースを差し出した。
「えっ!!あの…ホントにそんな…」
すると母にケーキの入った箱を差し出し
「申し訳ありません、昨日私の不注意で…えっと…春さん?の眼鏡を割ってしまって…」
「えーっ、こんな丁寧な事していただかなくても…逆にすいませんっ!」
お互い頭を下げ合う優奈と母。
兄・海に至っては目の前に現れた本物の優奈を見て完全に固まっている。
「あの…よかったら上がってください。ちゃんと御礼も申し上げたいので」
「ありがとうございます。ですがそこで人を待たせてまして」
「ぜひその方も一緒に」
「いえ、ちょっとそういう事が苦手な人なので…」
春と海は直感した。
勝也だ。
あの校内一の有名人である勝也が今ここに一緒に来ている。
一気に緊張感が高まり吐き気まで覚える兄妹。
「この度は申し訳ありませんでした。夜分遅くに失礼しました」
丁寧に頭を下げて玄関を出る優奈。
だが春と海と母はそのまま一緒に外に出て見送る。
すると
「…うわ…ホ…ホントに松下先輩……」
少し離れた電柱の前に一人の男が立っている。
そこへ小走りに駆け寄る優奈の後を母が追うと
「あ、あの…わざわざ申し訳ありませんでした」
勝也に向かって直角に頭を下げる母に
「あ、いえ。こちらの不注意だという事なので」
「あの…よろしかったら少し上がって行かれませんか?」
「いえ、もう夜分ですのでここで失礼します」
「そうですか…ウチの娘をお友達が訪ねてきて来ていただいたのって初めてだったものですから…」
「え?」
「引っ込み思案な子で今まで友達を作れなかったようで、どうすればいいのか…」
「ちょっとお母さんっ!…そんな恥ずかしい事…」
「そうなんですか…」
「この度は本当に気を遣わせてしまってすいません。わざわざありがとうございました」
丁寧に礼を言うと、名残惜しそうな春と海を連れて家に戻っていった。
「…ため息が出るほど綺麗な人だねぇ」
「うん、あんなに近くで見たら息も出来なくなる」
「しかも春なんかに会いに」
「それにあの松下先輩まで一緒になんて…」
「あの男の人、凄い人なの?」
「凄いどころの話じゃねぇって!そもそも…」
それから兄妹2人がかりで勝也と優奈の有名なエピソードが延々と語られた。
「これをキッカケにアンタ達と知り合いにでもなってくれればいいのにねぇ」
「そんなのムリだよ、あんな凄い人達と…」
「あ…お兄ちゃん、そういえば何でも言う事聞いてくれるんだったよね?」
「え、そんな事言ったっけ」
「ズルーい!!」
その翌日の昼休み、1年の校舎がにわかに騒がしくなった。
なんとその廊下を優奈が歩いていたのだ。
「うわ…すっっっごい綺麗~……」
「なんでこんなトコあるいてんだろ…誰か探してるのかなぁ」
するとその廊下の途中で
「あれ、優奈さん。どーしたんですかぁ」
「あ、樹生ぉ!ちょうど良かった。あのさ、駅前のお団子屋さんのトコの…えっと、春ちゃんって女の子何組か知らない?」
「春ちゃん?あ、団子屋の子なら僕とおなじ組ですよ、あの暗~いヤツでしょ?」
「ちょっと連れてって」
「いいですけど…」
すぐ先にある樹生のクラスへ案内される。
その教室を優奈が覗き込むと教室内が一気に騒然とした。
「きゃあぁぁぁっ!!…あ…安東先輩……」
「えっ??」
1人で席に座りスマホの中にいる優奈の写メを見ていた春も、周りの女子の声でバッとその方を見た。
すると
「あーいたいた!春ちゃーん、ちょっとおいでー」
「えええぇぇぇぇ~~~っっっ!!」
「えっっっ!!!!…あ…あたし……ですか?」
名前を呼ばれて一瞬固まるも慌てて席を立ち優奈の元へ。
あの『安東 優奈』が自分達の教室までやってきて、その中でも一番地味で独りぼっちな春をわざわざ連れ出しに来たとあってクラス中が春に注目する。
「ちょっと付き合ってくれる?」
「…えっ?……えっ?」
真ん丸な目をした春にガシッと腕を組んで連行した。
呼び出されたどころか友達の様に腕を組んでくる優奈に緊張がMAXになる春。
そしてクラスの女子達も少し離れて恐る恐る後をつけていった。
春が連れていかれたのは購買前のランチルーム。
そこにはみさ達がテーブルを一つ占領して待ち構えている。
「連れてきた~」
「へ~、確かに素材はなかなか良さそうじゃん」
「でしょ?絶対イケると思うんだよね」
そう言いながら春をその真ん中の席に座らせる。
そして
「さぁて、やるか!」
ランチルームに大きな大きな人垣ができる。
その中央に春が座らされ、眼鏡をはずされ髪をとかれ、そして生まれて初めてのメイクをされ…この学校一有名なグループの女子たちが楽しそうな表情で春の運命を変えていった。
しばらくして
「ホラ、見てごらん」
優奈が見せた鏡。
その中には見た事も無いとんでもなく可愛い女子がいる。
「…え……コレ……あたし?」
「そう。春ちゃんはね、元々すっごく可愛い顔してるのにそれに気づいてなかっただけ。こうしてもっと顔出してちょっと化粧すれば相当なモンだよ」
「たしかにこの顔立ち隠しとくのはもったいないよ」
「そんなに大した化粧品使ってないからね。これぐらいなら買えるでしょ」
ポカンと口を開けたまま鏡に映る自分を見つめている春。
そして今まで散々春に意地悪を言ってきた級友も
「…う……うそぉぉぉ……」
「完全に負けた…」
優奈の企みは見事に的中し、一瞬にして『優奈の知り合い』というこの学校では特別な目で見られる肩書と男子生徒の注目を浴びるほどの顔を与えられた春。
ちょうどその頃、2年の校舎でも女子生徒の悲鳴と騒がしい光景が起きていた。
「こーへーっ!」
「え…勝也さん」
「ちょっと付き合え」
「あ、はい」
突然の勝也の登場に教室内が騒然とする中、ちょうどそこで海と目が合った。
「ん?お前、確か昨日の団子屋の」
「えっ!…お…覚えててくれたんですか…」
「なんだ耕平と同じクラスだったのか。ちょうどいいや、お前も来い」
「えっっっ???」
春の兄・海もまた、周りから真ん丸な目で見られ始める。
勝也が向かったのは同じくランチルームで、到着した時にはちょうど春のメイクが済んだ頃だった。
その人垣の真ん中に入っていくと
「もう出来たの?」
「うん、どぉ?」
「おー!いーじゃんいーじゃん、やっぱ映えたな」
そう言いながら春の頭をポンポンと撫でた。
それは周りの女子からすれば羨ましすぎる扱いで
「ぎゃ~~っ!!なんであの子だけあんな事…」
自分の妹の生まれ変わった姿をみて
「…ウソだろ…お前……春?」
「あ…お兄ちゃぁん……どぉしよ……」
そこへ追い打ちとばかりにJUNCTIONの男達や康太達まで集まってきた。
「お、この子かぁ」
「すっげぇ可愛いじゃん」
「どこに隠れてたんだぁ??」
やいのやいのと春を取り囲んでこの有名なグループが騒ぎ始めた。
優奈と勝也の思惑通り、集められたこのメンツに囲まれただけで春と兄の存在感が一気に急浮上する。
「ねぇ、いっその事眼鏡やめてコンタクトにすればぁ?」
「あ…いえ、この眼鏡だけは…安東先輩に直してもらった眼鏡なんで」
春にとってはこの眼鏡は宝物になっていたのだった。
それからというもの当然ながら春の周りには人が増えからかう者も全くいなくなった。
そしてお団子屋さんでは
「こんにちはー!」
「あ!安東さん!おかげさまでウチの春に友達がたくさん出来て…なんと御礼を言えばいいのか…」
腰が折れるほどに頭を下げる母。
「いえ、元が良かったんですからあたしは何も。今日はお団子買いに来ました」
「買うなんてとんでもない!お好きなの持ってってください」
「そういう訳にはいきません」
目移りしながらお団子を眺める優奈。
ちょうどそこへ帰ってきた海が
「あ!…安東先輩……」
「おー、海!おかえりー」
あれ以来、海もまた一気に友人が増えた。
そして優奈にも顔を覚えてもらえたのだった。
「安東先輩も団子とか食べるんですね」
「なによ、あたしが変な奴みたいじゃん」
「い…いやそういう意味じゃ…。あ!松下先輩に言っといてくださいよぉ」
「何を?」
「いきなり後ろから強烈なヘッドロックはヤメてくれって…」
「あはは♪扱いが耕平並みだねぇ(笑)それやられるようになったら一人前だよ」
「そんなぁ、ホントに首から上が取れそうになるのに……」
また1人、いや2人の目立たなかった兄妹の運命を正反対に変えてしまった優奈だった。




