120 看病
「肺炎っ?!」
「…の一歩手前だって」
「相当ツラかったんじゃねぇか?」
「あたしが気づいてあげられなかったから…」
「自分からツラいしんどいって言わない人だもんねぇ」
「どれぐらい入院するの?」
「2~3日って言われたけど、治りが遅かったら伸びるかもって」
入院した翌日、学校を休む気だった優奈だが勝也に怒られて仕方なく登校した。
友人達に病状と現況を報告し
「病室までベース持ってこいってうるさいの」
「こないだみたいにケガじゃないから弾こうと思えば弾けるだろうけど…ねぇ?」
「肺炎の方がとにかく絶対安静にしろって言われてるのに…」
「じゃあまた今回も見舞いとかは行けないの?」
「安静なんだから康太は特にダメだろうね(笑)」
ソワソワしながら放課後を待つ。時間が経つのがもの凄く遅い。
ようやく放課後のチャイムが鳴ると
「じゃーね!」
その言葉を聞いた友人が視線を向けると、もうそこに優奈の姿はなかった。
喉の炎症もヒドいため今食べ物を持っていく訳にはいかない。
バスを待つ間の少しの時間で本屋に駆け込み、今月のベースマガジンだけ買って病院に向かった。
病院に着くとそのままエレベーターに乗って勝也の病室がある階まで上がる。
廊下を走るわけにはいかないもののその歩幅は大きく、早歩きで病室の前に着くと
「え~?そうなのぉ??(笑)」
中から女性の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「…え?」
病室前の札を見ても間違いなく勝也の部屋である。
ソローッとドアを開けると
「あ、じゃあまた来ますね~」
声の主は看護師だった。
そして優奈にペコッと会釈すると出ていった。
「びっくりした…誰かと思った」
「おう、ベースは?」
「だからここに持ってくるのはダメだって言ったでしょ?怒られるって」
「バレないように静かに弾くから大丈夫だってば!」
「あんな大きいモノどうやって隠すのよ。もぉ…コレでガマンしなさい」
買ってきたベースマガジンを渡すと少しだけ大人しくなった。
「なんか食べれたの?」
声を掛けても全く聞こえていないらしく本に夢中。
まだ時折咳は出ているようだが昨日に比べると相当マシに見える。
「ねーっ!なんか食べれたのぉっっ?!」
「わっ!!なんだよ、びっくりすんだろ!そんなデケェ声出さなくても聞こえるよ!!」
「聞こえてないから言ってんじゃん」
「なんかスープみてぇなのだけ出てきたよ。全くハラの足しにもならねぇヤツ」
「やっぱまだ固形物はダメなんだ…じゃあなんか飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「カレー♪」
「キレられたいの?」
財布を持って売店へ向かう。
2ℓのスポーツドリンクを買っての帰り道にスマホが鳴り
「勝也君どぉ?」
「うん、もうツラそうな感じはないよ」
「そっか良かったね♪何か食べたいものあるなら作るけど」
「あ~まだモノは食べられないみたい。でもありがとね」
「そっか。アンタご飯は?」
「帰ってから食べるから置いといて」
しばらく母と会話してからまた病室へ戻る。
扉の前に来ると
「やだもぉぉ~♪ホントにぃぃ?(笑)」
またもや女性の声が聞こえた。
さっきと言い今と言いどうも看護師としてではなくただの楽しそうな会話にしか聞こえない。
少しイラッとした気持ちを感じながら
「ただいま~」
「あ、また長居しちゃった。ごめんなさ~い♪」
優奈が戻ってくるとまたスッと出ていく看護師。
「…ポカリ買ってきた」
「あぁ、サンキュ」
「…今、飲む?」
「うん」
コップにポカリを注ぎながら
「…さっきもいたね、今の看護師さん」
「ん?あぁ、あの人は…」
「今日の担当の人なの?」
「違うんじゃない?朝イチはおばちゃん看護師さんが来てたし」
「じゃあ今の人は何しに来てるの?」
「知らねぇよ」
「知らないって…それにしては楽しそうに話してたじゃん」
「ブランカのライブ見に来た事あるんだってよ」
「……え?」
担当でもない看護師が頻繁に病室にやってくる事自体不自然なのに、おまけにブランカのファンだという。
先日の温泉でもこの病院でもブランカの知名度はやはり相当なモノだったが自分がいない時にここで2人っきりで話しているという事実が優奈には気に入らなかった。
「そんなにしょっちゅう来るんだ」
「別に通りかかった時ぐらいだろ」
「通りかかっただけで寄ってくの?いくら看護師でもおかしくない?」
「なんなんだよ。なんで怒ってんの?だからあの人は…」
「怒ってる訳じゃないけど理由も無く話しに来るっておかしいじゃん」
「やっぱり怒ってんじゃねぇか、何疑ってんだよ」
「だってあたしがいなかったらあの人と2人っきりじゃんか。昼間なんてあたしは来れないし…その間ってずっと2人って事でしょ?」
「ずっとってずっとここにいる訳ないだろ」
「それでもヤなんだもん!他の女の人と…」
「…お前がそれ言う?」
「え?………あっ……」
そうだった。
勝也と他の女性が楽しそうに話しているだけで不機嫌になっていたが、それを先にやったのは優奈だ。
自分は勝也にこんな思いをさせていたのか…。
しかも勝也は入院中で相手は看護師である。
当然入室を拒否するわけにもいかないが自分の場合は拒否することも出来た上に男の車にまで乗り、更にそこから降りる所まで見せてしまった。
「ごめんなさい…」
「いいよ別に…。ちょっと寝るわ」
そういうと優奈に背を向けてしまう。
「…また明日来るね」
まだ面会時間中だが病室を出た。
本当は時間ギリギリまでいるつもりだったのだが、自分の事を棚に上げて文句を言い勝也を怒らせてしまった事を後悔し反省しながら病院を出る。
「…何やってんだろあたし」
だがそれでも勝也が他の女性と楽しそうに話しているところを見るのはどうしてもイヤで、翌日の放課後は見舞いに行く事が出来なかった。
次の日は土曜日で学校は無い。
本当なら面会時間と同時に病室へと飛び込むはずの日だが実際病院の前までは来たもののなかなか足を踏み入れられない。
勝也はまだ怒っているだろうか…昨日も優奈が顔を出さなかったにも関わらず勝也からは電話もLINEもなかった。
このままではもっと会いづらくなっていくだけだ。
重い足取りでようやく病院の中へ入ると、またエレベーター前で立ち止まってしまう。
そして何度も何度もためらいながら勝也のいる階まで辿り着いたところで
「あら、今来たの?」
当の看護師から声を掛けられた。
「え…そ、そうですけど…」
「昨日来なかったから勝也君怒ってたよ~?」
「…勝也君って…」
看護師が名前で呼んだ事で明らかにイラッとした表情になる優奈。
いくらなんでも下の名前で呼ぶなど馴れ馴れしすぎる。
「今日退院だから今頃もう荷物まとめてるんじゃないかな。早く行って顔見せてあげてくれないと昨日から不機嫌でしょうがないの。お願いね?」
「…た…退院っっっ?????」
不機嫌な表情だったものの今日が退院と聞いて慌てて急いで病室へ走った。
そして勢いよくそのドアを開けると
「ごっ、ごめんっ!!退院だって今聞い…」
案の定ギロッと睨まれた。
荷物は無造作にカバンに詰め込まれ、不機嫌に荷造りしたことが手に取るようにわかる。
「…昨日来ねぇからだろーが」
「だ、だって怒ってると思ったから…その…来にくくて…」
「来なかったら余計怒るって事ぐらい分かんねぇのかよ」
「だって…でも退院決まったんなら電話ぐらいくれたって」
「あ?俺が悪いってのか?」
「…ごめんなさい」
「もういいよ!」
そういうとカバンを担いで立ち上がり病室を出る勝也。
後ろから着いていくものの話しかける勇気もない。
するとナースステーション前で例の看護師に遭遇した。
「今日は来てくれて良かったねぇ」
「ふん!こんなヤツもうどうでもいい」
「あらら、ホンットに平蔵の言う通り彼女が常に傍にいないと機嫌悪いんだね(笑)」
「えっ?…へ…平蔵って……」
「あ?だから言ったろーが、この人平蔵クンのお姉さんだって」
「え?……えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
勝也と親し気に話していた看護師はなんと平蔵の姉だった。
「き、聞いてないぃぃっっっ!!!ちょっと!早く言ってよぉ!あたし挨拶もしてな…」
目を真ん丸にして文句を言ったかと思うと直角に頭を下げて
「あ、あの!はじめましてっ!…平蔵さんにはいつもお世話になってますっ!安東優奈と申しますっっ!!」
「あはは、聞いてなかったんだ?道理ですっごい怖い目で見られてると思った。こちらこそ平蔵がいつもお世話になってます。勝也君と親しく話してるからムカついちゃってた?(笑)」
「えっ?…いえ、あの…えっと……はい…すいません……」
「心配しなくていいよ。あたし結婚してるし子供もいるからさ」
「あ…えっと…心配なんて…その…」
「勝也君が入院してきたその日にね、なんとなく顔に見覚えもあるし名前もそうだし…それで平蔵に聞いてみたの。そしたらフルネーム合ってたし…平蔵が家出ちゃってからは年に1~2回ぐらいしか顔合わせないからさ。で、勝也君に色々平蔵の事聞いてたんだ。誤解させちゃったみたいでごめんねぇ?」
「…そうだったんですか……」
「だいたいお前が人の話も聞かねぇで勝手にブリブリ怒るからこんな事に…」
「…それって勝也が岳ちゃんに怒られた事じゃん…」
「ああぁ??!!こんのヤロ…もうホントに怒った!俺は歩いて帰るからお前は勝手にバスかなんかで帰れっ!!」
そういうと一人でズンズン歩き始める。
「ちょっとぉ!!そんなぁ…あ、お世話になりましたっ!失礼します!」
急いで勝也の後を追う優奈の背中を見つめながら
「…ホントに平蔵が言った通り仲のいい2人(笑)」
土曜日で会計が閉まっているため精算は後日になる。
そのままカバンを担いで病院を出る勝也の後ろからついていく。
「ねー……ごめんってばぁ…」
「ついてくんな!」
「だってホントに聞いてなかったんだもん、平蔵さんのお姉さんだとか…」
「お前が勝手に怒り出すからだろーが」
「…言ってくれたら怒らなかったもん」
するとクルッと振り返り
「あのなぁ?あの時俺が気が狂いそうになるほどムカついたってのにそれと同じ想いさせるような事する訳ねーだろ!!お前が俺の事信用してねぇから疑ったりするんだ!!なのにしんどい思いして苦しんでる彼氏ほったらかしにして見舞いにも来ねーし…ホント信じらんねぇ」
「…ごめんなさい……」
「ふん!お前はバスで帰れっつったろ、じゃーな!」
また優奈に背を向けて歩き始める。
「えー!せっかく来たのに…」
「知るか!」
「…カレーの材料ムダになっちゃうじゃん」
「……え?」
「カレー食べたいって言ってたから退院したら作ってあげようと思って高いお肉とか買っといたのに…」
「…えっと……」
「仕方ないから家のご飯にまわそーかな」
「……しょうがねぇから一緒に帰ってやってもいい」
「なんであたしよりカレーの方が大事なのぉ??(怒)」




